Encounter in the rain Ⅲ
「ガネーシャおばさーん、ちょっと頼みたいことが――」
「あらまあケイちゃんどうしたの。何かあった?」
朝食の準備をしているのかスープの香りが漂ってくる。ガネーシャおばさんは旦那さんのバリアンおじさんとの二人暮らしで何かと世話になっている。
「実はさ……俺ぐらいの歳の女の子が着れる服貸して欲しいんだけど」
「……ケイちゃんとうとうそういう趣味に目覚めたの?」
「とうとうって何だよ! 違うよ何ていうか……行き倒れの女の子拾ったんだけど濡れてるし風邪ひきそうだから……」
「あらあら、女の子? この町にケイちゃんくらいの女の子なんていないはずなのに」
驚きつつもクローゼットの奥から一応着れそうなものを出してくれる。家に招き入れ寝ている部屋に連れて行こうと思ったその時、がたがたと壮大な音が響いてきた。オマケにがしゃーんとまるでコントのような割れる音までついている。
「……こっちの部屋」
恐る恐る扉を開けると中は悲惨なことになっている。花瓶は当然割れて物置同然だったためか山積みになっていたものが見事に崩れている。
そしてその下に生き埋めになっている少女が呻いていた。
「な、何があったんだ……」
「あらあら、後で掃除しないとねぇ。とりあえず体拭いてお着替えしないと」
生き埋め状態をなんとか引っ張り出しおばさんが濡れた髪をわしゃわしゃと拭く。その間、少女はされるがままで何も知らない無邪気な子供のようだった。
「お嬢ちゃんお名前は? どうしてこの町に?」
そろそろ着替えのために出ていこうと背を向けて扉に手をかけようとする。しかし、少女の予想外の言葉に動きを止めてしまう。
「……わからないんです。自分の名前も、ここはどこなのかも」
突然オルヴェンの町に現れた少女はいわゆる『記憶喪失』だった。
そして急遽町のとある施設で開かれた町内会議。議題は当然少女のことについてである。
この町は過疎化が激しく十代二十代の若者はもうほとんどいない。もうすぐ十五歳になるだが歳の近い友人がいなかった。原因は都会へ出て高等教育機関に通うためや夢を抱いて都会で商売を始めようと考えた住人があまりにも多く人口は緩やかだが確実に減少していた。
自分より幼い四、五歳くらいの子供も二十人いるかいないか程度だ。彼らも恐らく学校のないこの町ではなく都会、もしくは教育機関のある町に出ていくだろう。
そんな中、突然現れた年頃の若者、しかも女子となると町内会議は白熱した。
「もうこのまま住んでもらっていいんじゃないかな」
「賛成!」
「可愛いし!」
白熱というより……もう、この町の大人はダメかもしれない。
「うーむ、『きおくそうしつ』とやらは治りそうなんか?」
町長がこの町でたった一人の医者であるバルブルさんに問いかける。すると彼はため息をついた。
「きっかけがあれば案外簡単かもしれませんが……そもそも彼女が何故記憶喪失になったのか原因がわかりませんし何とも言えません。魔術的、呪術的要因があるなら記憶の回復は難しいでしょう。ですが強く頭をぶつけたなどの理由ならばぱっと思い出すかもしれません。また精神的ショックで自ら記憶を閉じている場合、何らかのきっかけで戻るかもしれませんがそういう場合は本人が積極的に思い出したくないと考えるでしょうし」
「話が長いから要約しろ」
町長は長い話が苦手な人だ。バルブルさんは慣れているのか目をわずかに細めると端の方に座っている少女を見て言った。
「まあ、戻るのは、当分、無理なんじゃ、ないですか?」
「よし、じゃあ住民登録するかの」
「待て待て待て、じーさん、本当にそれでいいのかよ」
いくら過疎ってるとはいえそんな簡単に得体の知れないやつを迎え入れていいのか。
しかし、俺の思っていた以上に住人は呑気思考のようだ。
「ケイトおまえ、それでもアウローラ男子か! 女の子には優しく誠実にするのが当然だ!!」
「記憶喪失で困ってる可愛い女の子を助けないで何がアウローラ男か!!」
「骨の髄まで女性に尽くすのがモットーのアウローラ男らしくなりやがれい!!」
「あんたらいい年ぶっこいて何言ってんだ!! 奥さんたちに言いつけてやろうか!」
ここにいる男の大半は既婚者だ。それなのに何を言っているんだか。
そんな様子を見ていた少女はまるで幼い子供のように目に入るものすべてが新鮮、という表情を浮かべている。まあ確かに悪い奴ではなさそうだ。
すると、バルブルさんがいつの間にかタバコをふかしながら呆れた声で言った。
「結局んとこ、お嬢さんがどうしたいかってのが最重要だろ。本人の意思が一番さ。で、どうするんだいお嬢さん」
お嬢さん、と呼ばれてしばらく少女は反応しなかったが数十秒たってようやく自分のことだと気づいたのか勢いよく振り返った。
「私、私ですか!? 好きなたべものはじゃがいもです!」
「……お嬢さん、とりあえず落ち着きなさい」
大丈夫だろうかこいつ……。さっきから言動が素でそうなのか抜けている上に斜め上すぎる。
「お嬢さん、行くところはあるかい?」
「……わかりません」
力なく首を振る様子に嘘は感じられない。本当にわからなくて落ち込んでいるようだ。
「じゃあ、これからどうする? 最終的に決めるのはお嬢さんだ」
会議に参加しているおっさんたちから一斉に視線を向けられたからか少女はわずかに怯み俺の後ろに隠れた。こういうところもまるで子供だ。
「おやおや~、ケイト君ってば随分と好かれてますな~」
「余計な勘ぐりするな。第一発見者だからだろ」
バルブルさんの冷やかしにそっけなく返すが実は内心結構焦っている。こういう状況とはいえ女触られるのはどうも落ち着かない。
しかも悲しいことに実は並ぶと身長がほぼ同じ――いや少し負けてるかもしれないことに気づいてしまい悔しい。最近身長伸びないけどさすがにもっと伸びる、よな……?
「その様子じゃケイトの家で居候になりそうじゃの」
「いやいやいや、おかしいだろ。そもそも男女二人で一つ屋根の下はありえないから」
全力でごめんこうむる。そもそも普通は大人が止めるべきことだろうに。
「本人がいいなら問題ないじゃろう。というか間違いが起こってくれた方がありが――」
「下世話なこと言うな!! つか俺の意見は!?」
「女子と男の言い分なら女子のほうを聞くに決まっておろう!!」
「最低だこの大人たち!!」
言い争い(という名の俺をからかう遊び)は結局大人たちの方が上手で俺は丸め込まれてしまう。本人も俺に懐いたのかあまり離れようとしないのでしょうがなく受け入れることとなった。
周りがダメだとしっかりするというケイト。この頃が一番まとも。