朝食での
朝になり泊まっていたお礼に俺が朝飯を作ることになったためキッチンを借りたが非常に汚い。掃除に手間をかけてしまったせいで完成が遅れてしまった。
「師匠は片付けないから……私もあんまり得意じゃないけど」
手伝ってくれたヴィオが困ったようにぼやく。いやこれは片付けないとかそういう次元じゃない。完全放置だ。
「めしー」
食卓で待っているアベルが急かすように声をかける。ヴィオはそんなアベルを睨みつけながらすでに出来上がったハムエッグを運んで食卓に並べていく。
「文句言うなら手伝いなよ紅雷。まったく……」
「俺そういうことするの面倒だし」
言いながら白銀の鎚を持ち、無言でそれを見つめているアベル。そんな様子を見てヴィオは羨ましそうな視線を向けた。
「いいなぁ……せめてその破邪鎚ボヌムだけでも欲しかった……」
しょんぼりと落ち込んだままキッチンに戻りできたばかりのサラダを持っていく。しかしヴィオが使い手と認められない限り持つことすらできないのだから難しいのだろう。
一通りの準備が完了し全員で食卓を囲んでいるとミラさんが困ったような顔でサラダをつつきだした。
「困ったなぁ……ヒモト直行便しばらく出ないっぽい」
「小生モ初耳だったヨ。ヒキコモリはヨクないネ」
カースさんは見た目に反して結構よく食べる。これスープ足りるだろうか……。
「確かお昼スギのマレからコーピア行デコーピアからヒモト行ナラ行けるンジャないカナ。隣町モ行けるカ怪しいシ」
「コーピアって……めんどくさ……」
マレの隣国コーピアは大陸でも上位に位置する豊かな国で輸出入がトップクラスである。職人や研究者も多く、更には観光客も多い。
あの国なら直行便はきっと出ているのだろう。隣町まで行って確認でもいいとは思うが判断するのはミラさんだろうし。
キノコのソテーをさりげなくカースさんの皿へ移しながらミラさんは言葉を続ける。
「コーピア寄るのは構わないのよね。むしろここより大きい店とかあるだろうから物資補給には最適だし。仕方ない、経由で行くか」
更にはスープに入っていたキノコをカースさんのスープへと移しているのを目撃してしまう。いつもきちんとしてるのに行儀が悪い。カースさんはミラさんの食べかけを喜んで食べているらしく恍惚としている。傍目から見なくても危ない人だ。
「あとカース、携帯水晶早く買いなさいよ。これ私の水晶宛だから」
「エー、小生水晶通話嫌いナンだヨ。ミラちゃんがイツでも出るッテいうナラ買うケド」
「買うな、一生」
くだらないやり取りをして朝食を終えるとアベルがヴィオに声をかけた。
「おいチビ」
「何?」
チビという言い方が不満なのかややイラついているような声で返すヴィオ。するとアベルは白銀の鎚をヴィオに握らせた。
「……えっ?」
「貸す」
「えっこ、これ……破邪鎚ボヌム……?」
信じられないといった様子で手渡された鎚を何度も何度も触りなおす。アベルは眉を寄せながら一度鎚をヴィオから取り上げた。
「こいつはあくまで貸しだ。お前が俺の金を返せば俺もこいつらを揃えて返してやる」
「……なんで破邪鎚貸してくれるの?」
「お前が欲しい欲しいうるさいから『こいつ』説得してやったんだ。感謝しろ」
気恥ずかしいのか視線をそらしてもう一度破邪鎚を渡す。するとヴィオは嬉しそうに破邪鎚を抱きしめるようにした。アベルは何も言わずにヴィオから離れていこうとするがそれに気づいたヴィオはアベルの裾を掴んで引き止めた。
「……なんだよ」
「あの……その……ありがとう」
「――アベル、だッケ?」
カースさんがいつになく真剣な声音でアベルを呼び止める。アベルも相手が相手だからかやけに緊張した面持ちだ。
「……君にヴィオはマダアゲないからネ」
「何が」
そのやりとりを見たミラさんは笑いをこらえようと必死になり、シルヴィアは何か言いたげな表情を浮かべていた。
そのシルヴィアの視線に気がついたアベルはなぜかシルヴィアに食ってかかる。
「お前もなんだよ」
「ロリコンさいてー」
「ふざけんなてめぇ」
今にも殴り合いになりそうな雰囲気の中、ユリアがのんびりと朝食を摂っている。それを見ていたカースは独り言なのか語りかけたのか判断がつかない口調で呟いた。
「哀れな人形、か……」
「ふぇ?」
間の抜けた声を出したユリアはどうやら聞こえなかったらしい。正直俺もほとんど聞こえなかったが。
「サテ、そろそろ準備シナイと乗れナイよー」
「わかってるっつーの。みんな、すぐにでも出るから準備して」
準備の流れになったせいでカースさんの呟きは結局分からずじまいになってしまった。ヴィオがやけに上機嫌で破邪鎚を抱きしめているのが見える。そして少しだけ寂しそうにも見えた。
「ア、そうだケイトケイト」
カースさんが手招きして俺を呼ぶ。ミラさんが少し離れたところで「ケイトに変なこと言うなよー」と行っているのが聞こえたがカースさんは無視して俺に言葉を続けた。
「君、死にやスイからコレ持ってナ」
軽い調子で手渡されたのは割と綺麗に出来た人形――というかとても俺に似ている人形だ。
「これは……?」
「前回のは試作品ダカラ。コレはある種完成版、カナ」
そしてカースさんはミラさんに聞こえないほどの小さな声を俺の耳元で発した。
「呪われた炎の一族の生き残り。幾重にもかけられた君を縛り妨げるそれは『呪い』であると同時に『呪い』だ。精々、自分の『可能性』と『ありえた未来』に潰され飲み込まれないように」
そのカースさんの忠告の意味を、俺は忘れた頃に思い出すことになる。
俺の『可能性』と『ありえた未来』の意味を。
ケイトへの忠告はいったいいつになったら書けるのだろう……。
この話が終わったら汚いですが地図の絵を投稿しようと考えております……。