罪負い人の夜
※押し倒しシーンがあります。苦手な場合は飛ばしても構いません。
結局、一日だけカースの家に泊まることとなり揃って雑魚寝状態で弟子たちは眠っていた。寝る寸前までアベルとヴィオ、それにシルヴィアが喧嘩していたがそれだけ平和な証拠だと思いたい。
気持ちよさそうに眠るヴィオの寝顔を見てミラは思うところがあったのか意外そうに言った。
「カースは……変わったね」
「ミラちゃんのほうが変わったよ」
真面目な声音にふざけていない口調。たまに見せる本当の姿は本人に余裕がないときの証拠だ。
カースは椅子に座りミラは空いていたソファに腰掛けてココアを飲みながら昔を思い出す。こんなふうに話せるのは変わったということなのだろうか。
「そう、かな……」
記憶を辿り、苦笑する。確かにそうかもしれない。
子供でいられなくなって、でも大人になりたくなかった私は、現実からも自分からも逃げた。
優しい仲間がいたはずなのに、彼らを失ったことで一緒にいようとした仲間を振り払ってしまった。後悔はしているが今更どうしようもない。
「あのころのミラちゃんに比べたら近寄りやすくなったしね」
雰囲気が柔らかくなったとでも言いたいのだろうとカースの言葉を解釈して手にしていたコップを近くの床に置いてカースのほうに向き合おうと体を動かした瞬間、ミラの視界は変わっていた。
その意味を理解する前にミラはとっさに左手でカースを振り払おうとするが掴まれてしまい動きを抑えられた。ソファを寝台の代わりにして押し倒されたミラは近くに弟子たちがいることもあってかあまり騒ごうとはしない。
「ミラちゃん……」
「さ、触んなっ! ……近い近い近い!!」
熱っぽい瞳のカースが近づいてくるせいでさすがに無理だと判断したのか足をばたつかせて逃れようとする。その抵抗をどう思ったのかカースは意地悪く笑った。
「抵抗しちゃってかーわいー」
獲物を前にした狼のように舌なめずりをする彼の姿は何も知らない女ならときめくかもしれない。本性を知っているミラからしたら恐ろしい魔物にしか見えないのだが。
「っ……変わってないわね結局。ヴィオがいい効果をもたらしたと思ったんだけど」
「僕は元々こうだから。ヴィオは今のところ大切にしてるしね」
完全に素になっているカースは一人称が変わる。それだけ今の状況が本気だということだ。
「はっ……この嘘つき狼」
「褒め言葉ありがとう。油断しすぎだよミラちゃん」
確かに押し倒されるまで気づかないのは弛んでいる証拠だと反省せざるを得ない。ミラは寝ている彼らの様子を横目で伺いながらカースに言葉を返す。
「油断してるのがわかって助かったわカース。わかったから退くか死んでくれるかしら」
「どっちも嫌って言ったら?」
「ヴィオを起こす」
すると意外にも反応し嫌悪感を示す瞳で睨んでくるカースを見てミラは反撃とばかりに畳み掛けた。
「別にあんたが最低のケダモノってバレるけど、いいのかしら?」
もちろん起こす気ではないがなりふり構ってはいられないのが本音である。効くかどうかは微妙なところだ。
しばらく悩んでカースは諦めたようにミラの上からどいて椅子に座り直した。一応距離をとっているため二度目はさすがにないだろう。
無言の状態がしばらく続く中、静寂を破ったのはカースの言葉だった。
「会わないようにしてたのはヴィオがきちんと自立するまではいい人を演技していたかったんだ。あの子には、普通の人生を送らせたかった」
「その結果が呪術師見習い? 笑わせてくれるわね」
呪術師なんてまともな人間がやることではない。それなのに普通の人生などふざけている。
「あの子が勝手に身につけてたんだよ……勝手に部屋に入るなってあれほど言ったのに」
「甘やかしすぎた結果じゃないの」
「かも、ね。けどワガママはそこまで言わないし素直だし自主性があって可愛いよ」
「――ロリコ」
「冗談でもそれ以上言うとミラちゃんを襲うよ」
その言葉いとっさに動いて距離を取る。しかしその反応が不満だったのかカースは不貞腐れたように目を細めた。
「初心というか……尻軽女になれとは言わないけどもうちょっとくらい体を許してくれるとこっちは嬉しいんだけど」
「誰が許すか死ね」
「えー……ひっどいなぁ。僕がどれだけミラちゃんのために尽くしてると思ってるのさー」
「尽くされた記憶よりも殺されかけた記憶の記憶が多いわ」
「あれは僕の愛だって」
「あれが愛なら世界は平和に包まれてるわ」
何度も殺されかけたしこいつのせいで死にそうになったこともあった。
けれど今はこうしてココアを飲んで普通に(さっきみたいなことはあるけど)話せる。人生何があるかはわからない。
「ヒモトには墓参り?」
「……うん」
英雄の一人、仲間でもあった彼の元へ。レイフィアの墓参りで少しだけ精神的凹んだがやっぱり避けるのはもっと嫌だから。
「……行けるといいね」
「なによそれ」
「あんまりいい予感しないから」
まるで予言でも言うような口調にミラははっとする。悔しいことにこいつの予感は当たる。もしかしたらなにか起こるかもしれない。
「とりあえず、このルカ、だっけ? 彼のことはまあカイルと同一視してないならいいよ。しだしたら君の首を絞めてあげる」
「……しないわよ」
ルカのことはきっとこれからも言われるだろう。けれど決して『そういうつもりではない』。
「だけどもし、私が混同するようなことがあったら……」
「その時は僕……イヤ、小生がミラちゃんを痛めつけてアゲル」
口調がいつの間にかいつもどおりに戻ったことでもう危険なことはないだろうと伺える。警戒をとくつもりはないけれども。
「殺すって言わなくなっただけマシか……」
からかい混じりにいうとカースはすねたように視線をそらす。決してカースが優しさで言っているわけではないことをミラはわかっていた。
これは、警告。
「大丈夫。ルカはルカだから」
「ナライイけどネ」
「……それとカース。シャオリーに最後に会ったのいつ?」
唐突な話題の切り替えに面食らったのか言い表せない複雑そうな表情でミラを見る。困ったようなため息をつきココアを飲み干すと搾り出すような声で呟いた。
「彼女にハ会わナイほうガ正しいト思う」
「まあ、会ったらどうせ殺しにかかってくるしね」
シャオリーはカースを許すことはないだろう。和解はきっと永遠に不可能だ。でもだからこそもう一度きちんと話してほしいとミラは思う。
「……人殺しを許スほど彼女ハ甘くナイヨ」
それは真理だった。カースの罪は赦されるものではない。シャオリーが彼を永遠に憎むのは当然とも言える。
今こそ表向き真っ当に生きているカースだが過去の彼は一歩道を違えばミラたちの敵であり最悪の虐殺犯になっていた。いや、もう虐殺犯ではあったが。
「私たちはいつまで背負い続けるの……?」
カースは何も答えない。そのまま彼らの間には静寂が君臨し続けた。
短い夜がもうじき明ける。朝日が昇る頃、かつての英雄たちは何を思うのか……。
ちょっとしんみり語って(しんみり……?)る二人でした。
このシーンはもう少し過激な描写を書いていたのですが実は全年齢で登録しているためカットしました。サイトのほうに無修正版を載せますので興味がありましたらそちらもどうぞお願い致します。