炎の一族
その後、カースさんの家へと戻り仮面の外れ、呪いの解けたカースさんがのんびりヒモト産のお茶を飲んでいるのを弟子全員で観察していた。
鉛色の短髪は癖なのかところどころ跳ねておりそのせいもあってかやや幼く見える。というか顔立ちも幼い寄りなのかもしれない。血のように赤い瞳は妖しさを感じさせ仮面をかぶっている時との雰囲気もだいぶ違う。呪いがあるときは余裕がなかったのだろうか。
しかし背は高くも低くもない170cm前後でミラさんと並ぶと大人っぽくも見える。
極めつけは幼く見えるはずなのにやけに整った顔立ち。仮面のときはまだよかったもののこんな顔であんなことを言ってるのかと思うとぞっとする。
「……世の中不平等ね」
シルヴィアの呟きに賛同せざるをえない。あんな変な人がこの顔でしかも天才なんて……。
「マア、小生は、ネ? でもコノ顔あッテもミラちゃんは落トせナイしー」
「顔で落ちてるなら私は一体何人に落ちると思ってんのよ耐性バリバリよマックスよ」
呆れたようにカースさんを見ながらミラさんは嘆息する。物語に書いてあることがだいたい正しいならつまり……そういうことなんだろう。ルカも恐らく知っているはずなので何も言わないが。
「これから後何人ミラさんのストーカーが現れるんでしょうね」
ルカが鼻で笑いながら嫌味もとい嫌がらせを口にする。
そう、物語のとおりならミラさんは複数の男に付きまとわれているはずで、全員とは言わずとも少なくとも生存している人はいるはずなのだ。
しかし言い寄ってたのは誰だったかは思い出せない。最後の読んだのは結構昔だしもう一度読み返したいな、あれ。
「あれは……その、私のせいじゃないし……私だって嫌なんだから……」
「小生はトモカク、アノクソッタレ監獄長にもコノ前会ったンだっケ?」
「いや結構前に会ったきり。ていうかできることなら顔を見たくないトップ5に入ってるからあいつ」
「小生ハ?」
「トップ5のうちの3よ」
「それは1じゃないことを喜ぶベキなのカ」
仲がいいのか悪いのかよくわからない関係だとつくづく思う。
カースさんの方を見るとその隣で嬉しそうだが少し不安そうな表情を浮かべたヴィオが座っている。
少なからずヴィオはカースさんに好意を抱いているのだろう。それが師弟関係か恋愛なのかはわからないが。だからこそカースさんが執着するというミラさんの言動が気になるのだろう。カースさんを盗られたくないから。
そんなヴィオの様子に気づかないのか、カースさんとミラさんは完全に二人にしかわからない会話を繰り広げている。
「ああ、そうそう。例のアレ、頼んどいていい?」
「……アア、例のアレね。リョーカイ」
「あと最近モリアから連絡あった? 探してるんだけど」
「……シラナいしシリたくナイ」
「どこにいるんだか……協会にいるやつ以外だと今まともに場所がわかるのはシャオリーとカースだけなのよね」
「ホカのはミンナ好き勝手ダシね」
「お前が言うなっつーの。ジョンはもう協力してくれないだろうし、リィドはどうせ寝てるだろうし……困ったな」
聞き覚えのある名前が出てくるせいでようやくこの人たちは本物のあの英雄なんだなとしみじみ思う。
格闘家シャオリー。天才的格闘センスを持つ異郷から来た存在。彼女の足技を食らえば普通の人間は一発で倒れるほどとも。そして戦闘中は深いスリットの入った服のせいで魅惑の生足美脚が見れるという。
占い師モリア。高確率で当たると評判の占い師で予知や『まじない』を得意とするある種の魔女。ミステリアスでどこの国出身かすら不明だがかなりの実力者でアミーユを助けた一人。
情報屋ジョン・スミス。名前を捨てたという意味で名無しを名乗る男。遠くの景色を見聞きし全ての物事を知る力を持つ最高の情報収集家だったが協会から離反したことかあまり多くは語られていない。
少なくともこの三人は間違いないだろう。リィドは聞き覚えがない名前だがそれなりの人物と見て間違いない。まさかとは思うけどこれから彼らに会うことになるんだろうか……。嬉しいような複雑な気持ちだ。特にシャオリーさんとはできるだけ関わりたくない。
「とりあえず私はヒモトへ行くわ。この町にも船あるでしょ?」
「アルよー。スグ行く?」
「あ、あのー」
このままだと聞くに聞けなくなりそうで早めの切り出してみる。ミラさんは微妙そうな顔でやっぱり無視はできないか、といったため息をついた。
「わかってるわよ。フィアンマのことでしょ」
「それで、フィアンマ……魔六家のこと、教えてくれますか」
「……いいわ。ただし、どんな内容でも覚悟してね」
真剣味を帯びたミラさんの様子にルカとサラは興味を示したようだ。直接関係なくても好奇心が疼くのだろう。
カースさんはお茶のおかわりを注ぎながら言葉を選んでいるミラさんをニヤニヤと見つめている。その視線に耐えられなかったのかミラさんは早口でまくし立てた。
「魔六家はかつて魔王とすら呼ばれる悪魔を討ち滅ぼし強大な力を得た一族とされているわ。貴族と同列の扱いでもありかなりの名家よ。炎のフィアンマ、氷のギアッチ、風のヴェント、水のアクア、雷のトゥローノ、大地のテラ。これら六つの一族の総称が魔六家。わかりやすい特徴としては潜在属性、使用可能属性共に『その一族の属性しか備わらない』っていうのが大きな特徴。けどその分、魔法の才能はそこらの魔法使いよりも格上っていうね」
「ケイト君はフィアンマだから本来、炎属性ノ魔法が使えるハズなんだケドネ」
注釈としてかカースさんも口を挟む。
俺には魔法の才能が全くないのはもうわかっている。炎どころか全属性壊滅的に。
「ケイトが異端なのよ。本来ならルカ並の炎魔法が使えてもおかしくないのに……」
「……でも、俺はフィアンマがそういう一族だって一度も――」
父からはそういったことは聞かされたことはない。ただ強くなりたいと言うとわずかに悲しそうに「そうか」と言われたことだけは覚えている。
「……フィアンマはね、十三年前に滅んでるのよ」
ミラさんの言葉は俺を驚愕させるには十分だった。
「十四年前、あんたの父親がフィアンマから逃げたのよ。ケイトとその母親を連れて」
「アレは大惨事だったネェ……たった二人でフィアンマ含メル魔六家の精鋭を半殺しにスルんだもん。その後、何者かにヨッてフィアンマ本家は襲撃され一族の直系傍系関係なくスベテ皆殺シにさレた」
「だからケイト。あんたはフィアンマ一族最後の生き残りってわけ」
一族最後の生き残り。
「……ぶっちゃけ、ぴんとこないですね」
大層な肩書きをもらったが実感がわかない。そもそも少し前まで小さな店をやってただけの人間が長く続く名家の生き残りと言われても。
「まあ、当の本人がコレだものね……」
「ていうかサー、フィアンマの生き残りがいるッテ六家のヤツラにバレたらヤバくナーイ?」
「……ちょっとヤバいかも」
珍しく顔を曇らせたカースさんにミラさんも同調する。その表情は不安になるのでやめてほしい。
「え、何がヤバイんですか?」
「魔六家は病的ナくらい六家の存続に執着シテルからね。生き残りがいた、ッテなったら魔六家が放ってオカナイよ」
「……協会に手を借りるか……それもシャクだけど一番安全なのよね」
「何で協会に? あそこは支援組織でしょう?」
「協会は色々手がけてるのよ。それに、協会は大陸国家会議で『どの国も個人も協会に過干渉できない』って決まりがある。これで魔六家は協会に干渉できないからケイトを預ければまず問題はないのよねぇ」
でもあいつに借りを作るのは嫌だし、とミラさんはぼやく。やっぱり協会にも知り合いがいるんだろうな。
「でも別にその魔六家の人達と話してもいいんですけど――」
「やめときなさい種馬にされるのがオチだから」
「……えー、マジですか」
「たねうまってなんですか? お馬さんですか?」
「ユリアはまだ知らなくていいことだよ」
ルカがそっとユリアをたしなめる。うん、知らなくていい。
魔六家の人たちとは向き合うべきだとは思う。聞く限りだと両親が迷惑かけたらしいし、理由があるならば話し合えば解決するかもしれない。
けど、相手にその意思がなければ話し合いは成立しないのは当然だ。
「だから、ケイトはこれから身の回りに気をつけときなさい。最悪ユリアに守ってもらいなさい」
「はい! 守ります!」
「頼むからユリア何も言わないでくれ……」
そんな全力で守る宣言される俺の身にもなれ。
「ヒモトに行くのに何も起こらないといいけど……」
そしてシルヴィアのその不安そうな言葉は見事に予想を裏切ってくれることとなるのを俺たちはまだ知らなかった。
もうちょっとだけこの章は続きます。次章は割りと平和になる、かな……?