賭けと強さと自信
「ていうか、エレナさん、ユリアはどうしたんですか」
「ああ、もうすぐ合流できると思うよ。ケイト連れて近くの森の看板のところで待ち合わせてるの」
一人で待たせて大丈夫なんですか、と聞こうとしてやめた。エレナさんもそれぐらいわかってるだろうし何より本人が強い。
なんだかんだ言ってアベルもついてきてる。とっととどっか行けばいいのに。
俺の願いは届かず最終的に目的地までついてきた。
「さて……あれ、ユリアー?どこ行ったー?」
睨み合う俺とアベルに気づかない振りをしエレナさんは辺りを見回す。
「ユリアーユリアー……。本当にどこ行ったんだろ。待っててって言ったのに」
さすがに不安になってきたのかエレナさんも顔を曇らせる。
辺りは日が沈んで暗くなってる。森に入ってしまったんだろうか、そこにいた気配さえない。
「……おい、ここはまずいぞ」
「ん? どうしたんだよ。お前はどっか行けば?」
「ここは俺が来る予定だった仕事の場所だ。魔物の討伐依頼だったんだが」
魔物の討伐依頼。確か大量繁殖したり突然変異した魔物が確認されると町や村、あるいは国が出すものだと聞いた。
ちなみに俺の住んでいたところにもそういう大量繁殖などの問題があったのだが外部からの協力などで討伐したとか。
「……エレナさん。ユリア危険なんじゃないんですか?」
「…………」
エレナさんは聞こえていないのか別のことを考えているのか無言だった。そして何か気がついたのか手をぽんと叩きアベルに向き合った。
「アベル、あんたにある提案があるんだけど――」
何かを言いかけたその時獣のような唸り声が森の奥から響いた。その唸りに混じってユリアの声も聞こえた。
「エレナさん! ユリアの声が……!」
「聞こえてるよ! 仕方ないわね……アベル、あんたもきなさい!」
なぜかアベルを連れて行こうとするエレナさん。俺が止めようと振り返った時、アベルはたいして驚きもせず言った。
「仕方ないな……」
何が仕方ないのかさっぱりだがアベルは虚空からあるものを出現させた。
「……槍?」
「見てわかんないのか?」
「いやわかるけどさ……」
槍なんて持ってなかったはず。何もないところから槍を出現させていたのだ。
「え、どうやった――」
「そこの二人早くしなさい! 後でいくらでも話せるでしょうが!」
エレナさんの声に邪魔されて聞くことはできなかったがアベルが「やっぱり馬鹿なんだな」といったようなことを言っているのは伝わってきた。主に表情から。
「ユリア!大丈夫……っ!?」
声のしたほうに駆けつけてみるとそこには大型の魔物と対峙しているユリアの姿があった。
魔物は二メートルもありそうな『樹木』だった。正確には樹木に顔のような部位があり枝が腕のようになっている樹木の化け物だった。
「なんだよ……これ」
「『クレイジーウッド』、生き物の生気を吸い取り魔力に変換する魔物……の突然変異だったな」
おぞましい唸り声とともに枝の腕を地面に叩きつける。ユリアはその枝を必死に避けているがどこか動きが鈍い。
「って俺武器置いてき――」
ドサリと見覚えのあるというか俺の荷物が地面に落ちた。エレナさんの足元に。
「……なんであるんですか」
「持ってきたから」
「いや、今まで持ってなかった――」
言い終える前に魔物の枝が襲い掛かってくる。ギリギリのところで避けたが魔物は休むことなく攻撃してくる。
ユリアがなんとかこちら側に寄ってきたが足取りがおぼつかない。
「大丈夫かユリア!」
「ケイト君こそ大丈夫ですか!? エレナさんが『痴漢の冤罪で捕まった』って言ってましたけど……えんざいってなんですか?」
エレナさん、頼むからユリアにそういうこと教えないでくれ。
心の中でエレナさんに突っ込むとユリアの違和感に気づいた。
「ユリア、怪我してない割りにへばってないか……?」
「よくわからないんですけど……何度か攻撃が掠ったんです。そしたらなぜか……」
ユリアの腕には確かに掠り傷があったがこれくらいで弱るものなのだろうか。
その間も攻撃はやむことはなくとりあえず避けることだけに専念した。
「おい、雑魚!」
「雑魚じゃねぇ!」
「お前魔法使えないのか!?」
アベルも切羽詰ってるのか苛立ちを隠さない表情で叫ぶ。残念ながら俺は魔法の知識も何もないので使えるのかすらわからない。
「わ、わかんね――」
言葉を続ける前に枝に邪魔されてアベルが吹っ飛ばされた。近くの木に激突し小さく呻く。
「あー……ナルホドね。クレイジーウッドの突然変異種。相手の生気だけでなく魔力も吸い取ってるのね」
アベルとユリアの様子を見て関心したように頷く。
魔力を吸い取ることにどう関係するのかわからないがアベルの様子を見るとだいぶ弱ってるのがわかる。
「まあ、こいつと一番相性がいいのはケイトかな。がんばりな」
「エレナさん、いつも思うんですけど何もしてくれないんですか!?」
非常事態なのにも関わらずエレナさんは平然としている。むしろ見てて楽しんでるようだ。
そもそも相性がどうのってどういうことだろうか。
「アタシが手出したらあんたらのためにならないでしょうが……」
面倒そうにため息をつきユリアに近寄る。ぐったりとしていて体を動かすのが辛そうだ。
「ユリアは無理かな……まあ一人でよくやったもんよ」
ユリアは呻きながらも体を動かそうとしている。生気を吸われただけでこうも動けないものなのだろうか。
「麻痺毒持ち……あの突然変異種、麻痺毒持ちみてーだな」
「そうね。麻痺毒で獲物を鈍らせてから生気と魔力を吸い取って力にしてるって感じ?」
冷静にアベルとエレナさんが分析する。ユリアとアベルの動きが鈍いのは麻痺毒とやらのせいらしい。
「まあ、所詮樹だから」
そう言いながらエレナさんは俺と同じような両手剣と謎の宝石のようなものを虚空から出現させた。
「アベル。あんた、賭けでもしない?」
「は……?賭け?」
「アタシがこの魔物を今から一分以内で倒したらアタシの言うことなんでも聞くってのは?」
エレナさんの謎の提案にアベルも首を傾げる。この状況で余裕の発言なのとなぜそんな賭けを提案するのかという疑問で何も言えなくなっていた。
「そーだなぁ。じゃあ一分以内に勝てなかったらアタシが何でも言うこと聞いたげる」
余裕の表情を崩さないエレナさん。アベルは少し悩んだあと見下したように笑う。
「一秒でも過ぎたら駄目だからな。ばっくれないならいいぜ」
「じゃあ……成立ってことで」
にやりと笑って武器を持っていないほうの手に持っていた宝石のようなもの指で弾く。
赤い色をしたそれは魔物の近くまで飛び、その場に炎を発生させた。
魔物の体にも飛び火しあっという間に全身を炎で包んだ。
「念のため――」
そして持っていた剣を構える。
次の瞬間には魔物は真っ二つになっていた。
「は……?」
あまりにも一瞬のできごとにアベルも面食らっていた。
当然だ。ちなみに俺は一度見たことがあるのでそこまで驚かないが炎に関しては驚かざる得なかった。
「賭けはアタシの勝ち……でいいよね?」
有無を言わせない口調で念を押すエレナさん。間違いなくこの人は俺の知る人間の中で最強なのだと改めて思い知らされた。
「一分もしなかったよね?」
こともなげに告げるエレナさんに恐怖すら感じる。もはや違う次元すぎる。アベルはまだ思考が追いついてないのか無言だった。
しかし状況をよくわかっていないユリアが場違いなくらい気の抜けた声で問いかけてきた。
「えっと……どちら様なんでしょうか、この人……」
「あー、そういえば説明してなかったな……こいつは――」
「何者だよ、あんた」
掠れた声でアベルがエレナさんに言う。目つきが異常だった。例えるならば縄張りに突如現れた知らない生き物を見るような、警戒する目つき。
するとエレナさんは拍子抜けするほど軽い調子で答えた。
「ただの旅人エレナだけど。それ以上でもそれ以下でもないって」
「エレナなんて名前クラン業界にも冒険者関係にも聞いたことない名前だ。その強さなら名が知れてるはずだろ。偽名か?」
エレナさんは答えない。無言の状態が続くがそれを打ち破ったエレナさんの声は相変わらず軽いものだった。
「偽名だなんて……ガキには関係ないじゃん。アタシが偽名だろうが本名だろうが」
「そういう問題じゃ――」
「あっ、賭けはアタシの勝ちだから言うこと聞いてね」
無理に話をずらした感じがしたがエレナさんは有無を言わさずアベルの髪をぐしゃぐしゃにかき回す。その行動にまたもや面食らっていた。
「いやー最近、二人弟子できたらもっと欲しくなっちゃったのよー。で、あんた筋はいいんだけどちょーっと惜しいから弟子にして強くしてあげる」
「はぁ!? 何ムチャクチャ言ってんだ!」
「ムチャクチャだかなんだか知らないけど言うこと聞くって約束したじゃん。弟子になることは確定事項だから」
無茶苦茶にもほどがある。というかなぜいきなりそんなことを思いついたエレナさん。唐突というか気まぐれなのか。もちろんアベルも納得いかないようで色々喚いているがエレナさんは適当に流している。
それをずっと見ていたユリアは不思議そうに呟いた。
「私のいない間にお友達増えたんですか?」
「友達じゃねーよ。なんていうか……エレナさんの弟子その三?」
「つまり『きょうだいでし』ってやつですね! 前に読んだアミーユ冒険記にありました! あれ? でもケイト君に兄弟いない……あれ?」
やっぱりユリアはどこか常識が欠けてると思う。というか馬鹿なのかもしれない、言っちゃなんだが。
うーん、と頭を抱えるユリア。アベルをおちょくるエレナさん。ひたすら喚くアベル。
このときが一番平和だったのかもしれないと俺は後になって気づくのだった。