近づく音
「私の師匠はあの天才呪術師カースなんだもの!! 英雄とは認められないけど千年前、アミーユに協力したあのカース様だよ!!」
エレナさんとシャオリーさんが同時に顔を歪めたのはカース、という人物の単語が出た瞬間だった。
「うがああああ!! 嫌だ! 絶対に関わりたくない! できる限りカースと関わりたくない!!」
「ミ……エレナちゃん、気持ちはわかるけど落ち着いテ……うぇ……あいつのこと思い出したら気分悪くなってきた」
唐突に二人で盛り上がってるというか真剣に嫌がっている感じが痛いほど伝わってくる。というか知り合いなんだろうか。
「でもそろそろ会いに行かないといけない時期だったし潮時かな……どの道か……でも嫌だああああ」
「エレナさん落ち着いて……というかここからマレまで結構遠いですよ?」
現在アウルムの端だがかなり遠い。マレは大陸の南側でマギア、アウローラとも隣接している。向かおうと思ったならかなり時間もかかる。
それについてはどうなのかと尋ねる。するとエレナさんはふっ、と苦笑した。
「ああ、そうね……大丈夫、空間転移のジュエル結構残ってるから……ああやだなぁ、会いたくない……」
ここまで嫌がるのも中々珍しい。というかそんなに嫌なら無理しなければいいのに。
「と、とりあえずカースのところへ案内しなさい……説教以外にも用があるし……」
「えー……その、師匠の知り合いなんですか……?」
「知り合いとは認めたくないわ」
きっぱりと言い放つとまた頭を抱えて部屋の隅へと蹲る。エレナさんともあろう人がどうしてここまで嫌悪感を露わにするのかさっぱりわからない。
シャオリーさんも明らかに嫌な顔をしており、しきりに遠い目をしては顔を伏せる。
「どーせ監視を撒くには適当にジュエル使って逃げたほうがいいし……でもやだなぁ……」
完全に欝状態に陥っている。というかエレナさん、大丈夫か。
「ねえやっぱやめない? というかシャオリー代わりに行かない?」
「エレナちゃん……腹くくったほうがいいよ……?」
哀れみを込めた視線を送るシャオリーさんの気持ちはわかるがここまで駄々をこねるエレナさんも面白いというかなんというか。
「くっ……そうだよね、そろそろ会わないと面倒なんだよねわかってる、わかってるんだよ」
独り言のようにブツブツと呟き始めまた駄々をこねるように動かなくなる。
そして思い立ったように立ち上がりジュエルを手に宣言した。
「仕方ない、とりあえずカースのところ行くわよ! ヴィオ、ガウデレまで飛ぶからそこから家まで案内して」
「……わかってますって。ああ、師匠に怒られそう……」
ジュエルを構え真剣な顔つきになったかと思うとエレナさんは呆然と立ち尽くす俺らを見て呆れるように言った。
「ほら、ぼーっとしない。あんたたちも行くんだから」
「え、あ、はい」
エレナさんが伸ばした手を思わず反射的に取りはっとする。その時、ユリアとシルヴィアが少しだけ安心したように見えた。エレナさんはため息をつくように笑いジュエルを発動させた。
「さあて、行くわよ。弟子共!」
空間転移が発動しエレナ、弟子六人、ヴィオがその場から姿を消した。
それを見送りシャオリーは振り返る。
「……もしかして隠れるの苦手?」
そう言って言葉を放った先には黒の制服に身を包んだ少女。彼女は憂鬱そうな表情を浮かべ髪をかき混ぜた。
「元々尾行監視だなんて俺の性分じゃないんです。で、案の定バレてたし逃げられたし」
「お前みたいな『下っ端』ごときにミラちゃんは捕まえられないヨ。あいつもわかってるハズ」
「えーえー、そうですよ。元々アテにはされてませんし。続行不可とみなして本部に帰還しますよ」
不貞腐れたように愚痴をこぼす少女を一瞥しシャオリーは過去のことを思い出す。
(協会も監獄も動いてる……おまけにアニムスにも動きがあるとなるト……本当に歴史は繰り返すのかナ)
「あ、そうそう。獄長に伝言頼まれてたんです。伝説の格闘家、シャオリーに会ったら伝えろって」
「獄長、ってことはクラウィス……。なんだって?」
少女は一度目を伏せ息を吸いこみ満面の笑みを浮かべながら伝言を一字一句違わずに伝えた。
「えー、こほん。『アバズレ格闘女、邪魔すんなよ死ね』、だそうです」
言うまでもなく、シャオリーの怒りは爆発した。
ちょっと短め。