監視と襲撃と記憶
「あー、なんで俺が尾行とか……拷問のほうが楽しいってのに」
さりげなく恐ろしいことを言いながら銀髪の『少女』はある家屋を見張っていた。
シャオリーの住む無駄に広い家。その周囲は木々が生い茂っていて身を隠すのにはちょうど良かった。もう寝静まった頃だが念のため様子を伺っていた。
「はぁ……あいつをからかうこともできないしツマンネ。さっさと家帰りたーい」
その瞬間、少女は寒気のようなものを感じた。
――殺気。
しかし、自分に向けられたものではないことを感じ、しばし安堵する。
「誰だ……?」
視線を巡らせていると目標の庭に二人の人影があった。
見張ってる際に何度も目にした黒髪の少年と金髪の少女。
名は調査書に載っている限りでは少年のほうが「ケイト」、少女のほうが「ユリア」ということがわかった。
もちろん、厳密には今回の尾行相手ではない。彼らの師、「ミラ・エルヴィス」が目的だった。命令の内容は「彼らの尾行と監視、可能性があるならば本部へ連れ帰ること」だが後者は確実に無理だと少女は考えていた。
ミラ・エルヴィスは恐らくもう、監視されてることに気づいているだろう。だが何も仕掛けてこないということは機会を伺っているに違いない。迂闊には本人を含め弟子に手を出せなかった。
それにも関わらず――
「あの二人に馬鹿みたいに殺気放ってるのは誰――」
二人の様子を見ていると「ケイト」のほうが頭を抱えながらその場に膝をついた。
そして、殺気の主は彼に向かって駆け出していた。
「っ――!?」
「ケイト君!?」
突然、その場に膝をついた彼を支えようと手を伸ばした瞬間、強く振り払われた。
「触るなっ!! 来るな……もう嫌だ……!」
――触るなっ!!
あまりに理解の追いつかない言葉に呆然とする。まるで何かに怯えるような彼の様子に驚くよりも、拒絶されたショックが強かったなんて。
未だに苦しんでいる様子の彼に戸惑っていると背筋が凍るような気配を感じ咄嗟に風の防御壁を発動した。
何かが風に阻まれて地面に落ちると風は消え、人影が浮かび上がった。
「へー、よく気づいたね。ちょっと意外」
それは少女。フードを深く被っていて詳しい容姿はわからないが低い背丈と声から子供であることは間違いなかった。
「何者ですか」
「たいしたものじゃないよ。ただの雇われ。そいつを殺すためのね」
彼女が指さしたのは蹲るケイト君。さっきよりも苦しそうにしている彼を殺そうと言うのか。
「目的は知りませんが――させません、そんなこと」
「あははっ、すごいかっこいいこと言うね。でもさ、暗殺が目的の人間が悠長にお喋りしてくれると思ってたわけ?」
途端、十体ほどの人形が私と彼を囲い勝手に動き出した。
「動いて――!?」
「別におかしいことでもないじゃん。さあ、死んじゃえ、ケイト・フィアンマ――!!」
彼女の命令で人形が襲いかかってくる。風の防御壁を再び発動させようとし、ありえないことに気がついた。
「な、なんで――」
魔法が使えない。魔力不足でもなくミスがあったわけでもなく、魔法が発動しない。
「呪術師相手に自分の手が封じられることぐらい予想したほうが今後のためだよ?」
レイピアで人形を薙ぎ払うが彼を守りながらでは限界があった。
間違いなく彼女のほうが上手だった。
人形に気を取られていると少女はいつの間にかケイト君のすぐ近くまで迫っていた。
「ケイト君!!」
「恨みはないけど死んでね」
少女が振り下ろした短刀が彼に突き刺さ――
「こんなところで死ぬかよ!!」
力強い声と共に、少女の短刀を弾く金属音が響いた。
「げっ、結界張られてるし。庭に干渉できないとなると……」
庭で何かが起こっていても音は聞こえないだろうし姿は見えない。随分と徹底しているようだがどうしても理解できなかった。
「さっきのあの子、なんでわざわざ結界張ったんだろ。暗殺者ならさくっと殺っちゃえばいいのに」
何もできない彼女は不干渉を貫くことを決めとりあえずその場の様子を見守った。
意識が覚醒した途端、戦場だった。
ユリアが動く人形のようなものと戦っている。
俺自身は謎の人物に殺されかけている。
「ケイト君!!」
「恨みはないけど死んでね」
その瞬間、俺は剣で相手の短刀を防いでいた。
「こんなところで死ぬかよ!!」
短刀は弾け飛び、耳障りな金属音とともに謎の人物のフードがめくれた。
紫色の髪、この暗闇の中でもわかる鮮やかな紫。いっそ不気味なほどだった。
そして、まだ幼いであろう顔、というか体格からしても十歳ほどの少女であることも明らかになる。
少女は一度距離をとり悔しそうに顔を歪めた。
「ちっ、依頼書にはたいしたことないって書いてあったくせに……って嘘!? 結界が――」
「なんのことだかわかんないけど……とりあえずお前誰?」
目の前の少女は答えるつもりはないのか姿を消した。同時に気配と殺気も消え思わず安堵した。
「ったく、なんだったんだ……ユリア、大丈夫か――」
振り返った瞬間、ユリアが抱きついてくる。思わず焦ったがユリアの意図を察しそのまま動かないでいた。
「よ、よかったぁ……! ケイト君が思い出してくれて……!!」
ようやく搾り出した声は涙が混じっているようでユリアを無碍にできずとりあえず子供をあやすように撫でてやると安心したように顔をあげた。
「ケイト君が……生きてくれればいいって、思ってたのにっ……! 私のことを忘れてるケイト君を見て……っ、苦しくて……」
「わ、わかった……ごめんな」
「でも、一つわかったことがあるんです」
泣き顔から真剣な表情に変わったユリアは俺からは離れない。正直近すぎる。
「きっと私も親しい人がいてもし再会できたとしても傷つけてしまうって……」
その言葉を聞いて俺は正直驚いた。ユリアはこのままでいいとすら思っていた時期が少なからずともあったからだ。
「でも、それと同時に記憶をなくしてからのみんなとの関わりもあやふやになってしまう……だから」
「それでも、俺はお前が幸せになれればいいよ。お前の人生だ」
やや混乱気味になっているユリアを諭す。しかしよくわかっていないようで首を傾げている。
ここ数日、シャオリーさんに拾われた自分の生活はどこか楽しかった。特に記憶が必要とも思わなかった。だから、ユリアの言いたいこともわかる。
言葉を続けようとして違和感に気づき振り返る。ユリアもほぼ同時に気づいたようで俺から離れ辺りを伺う。
「いちゃいちゃしちゃって……もうムカツク!! いいや、関係ないのは殺らない主義だけどめんどくさい!」
ざぁっと風が木々を揺らしたかと思うと小さな人影が蠢いた。先程の少女が戻ってきたのか。
「死んじゃえ! ケイト・フィアンマ――!!」
俺の右斜め後ろから迫る気配を感じ振り返――
「あわわわわわわ!? きゃああああああ!!」
気の抜けた叫びとともに俺とユリアの横をすり抜けてごろんごろんとそれは景気良く転がり近くの池に音を立てて落ちた。
バシャバシャとしばらくは溺れているような感じだったが溺れるほど深さがないと気がついたのか冷静になって立ち上がって――また転んだ。
「いっつぁ……服びしょびしょ……あっ、呪具! 呪具がない! どこどこ!? あっ、あった!」
完全に重苦しい空気は掻き消え妙に和んでしまった。もしかしたらこいつ、こっちが素なのか。
と、そこにアベルがシャオリーさんの家からこっちへ向かってきた。
「おい、何だよさっきからうるさいな」
「悪い、アベル。何か変なのが――」
「……お前記憶戻ったのか?」
驚いたように尋ねるアベルにそういえば俺記憶喪失になっていたんだと今更ながらに気づいた。
「あー、うん。一応……」
「……………………ま、仕方ないか」
「仕方ない?」
「別に。んで、変なのって何――」
少女がいる池に目をやったアベルは石のように固まり、同時に驚きで瞳が満ちていた。
「もうヤダァ…………せっかく引き返して準備万端にしたのに結界はいつの間にか切れてるし服びしょびしょだし……ってあれ?」
少女はアベルと十秒ほど目を合わせていると突然何かに気づいたように立ち上がった。
『ああああああー!?』
素っ頓狂な少女とアベルの叫びがハモる。お互いを指差し驚きを隠せていないようだ。
「な、なんだってあんたが、こんなところに……!」
「なんでお前がこんなとこに……!」
知り合いではあるようだが親しいわけではなさそうだった。
互いに武器を片手に警戒するように向き合う。
「行方知れずだったはずじゃあ……『紅雷の槍士』!!」
「それはこっちのセリフだ!! 『紫刃の呪術師』!! なんで今更――」
また一波乱起きそうな予感しかしない。記憶を取り戻したばかりにも関わらずいつものようにため息をついた。