泡沫と暗躍と躍動と
「戻したいと思わないって……じゃあどうするっての!?」
シルヴィアちゃんの怒りすらこもった声にケイト君は本気で驚いたように体を揺らし次いで怯えたように小さく震えた。
どういうことか理解できない。ケイト君はいったいどうしてしまったの?
「だから俺は……シャオリーさんのところでのんびり暮らし――」
「故郷の記憶も失ったままでいいの!? 帰るところがあんたにはちゃんとあるのよ!!」
声を荒らげるシルヴィアちゃんを宥めようとサラちゃんが近づく。ケイト君は目をそらしたまま震えていてそんな彼が痛ましくて思わず手を伸ばしてしまった。
指先がケイト君の手に触れた瞬間バチンと弾くような音が私の耳に残った。
ケイト君は私の手を振り払い拒絶する。どうやら無意識だったようで振り払った直後「ごめんなさい」と小声で謝った。対して痛くないはずなのに振り払われた手と心が痛かった。なぜだかはわからない。
わからないことだらけだ。
明るい街並みの小さな広場。そこにはかつて幼い少年とその父親らしい男がいた。
――父さん父さん、俺もっと強くなりたいよ
『どうしてだい? 急いで強くなる必要なんてないんだぞ』
――急いでるわけじゃないけど、早く強くなって約束を守りたいんだ
『約束?』
――あの子を守……ま、もる……?
視界が一転し暗い闇に包まれた少年は怯えていた。得体の知れない恐怖、どうにもならない絶望。
――こないで! いやだいやだいやだ!!
『……君が望んだのよ? 大丈夫、怖くないわ』
――助けて……父さん……助けて……誰か――
『君は独りよ。ねぇ、ケイト君?』
少年は闇に呑まれその闇すらも、消えてしまった。
――とある占いの街。
「あらぁ? 愛しい人との再会? 自分で占っておきながら胡散臭いわねぇ」
天幕のようなところで占いをしている美女はブツブツと独り言を続けている。
客がこないため暇を持て余しているのだ。
「……水晶だと気が乗らないわね。タロットにしましょ――ってあらやだ落ちちゃった」
タロットを取り出そうとして床にばらまけてしまい拾おうとした瞬間、あることに気がついて手を止めた。
「運命の輪の正位置……あらあらこれは当たりそうなヨ・カ・ン」
運命の輪のカードを拾い上げ愛おしそうに口づけをし占い師は呟いた。
「さてさて『運命の出会い』はどのように訪れるのかしら」
彼女はこのとき気付かなかった。
魔術師のカードが、逆さになって手からこぼれ落ちたのを。
――協会本部。
旅人だけでなく民間人をも助ける正義の組織。そう呼ばれ始めたのはいつからだったか。
「とりあえず、一通り昔馴染には伝えたんだよな?」
「ええ、シャオリーちゃんにも会ってきたしモリアさんも――」
「ま、問題は監獄の連中だな。一応あいつを遣いに出したしとりあえずは大丈夫だろう」
そう言って体を大きく伸ばし髪をかき混ぜた男は大きな机に突っ伏した。
「ミラ……今度こそ逃がさねぇからな」
ドスの利いた声で呟いた彼は遠くにいる彼女の思い浮かべ目を伏せた。
――協会諜報部。
「あのやろぉぉぉぉ!! いったいいつになったら帰ってくるんだ!! 仕事とか言ってまたサボってんだろ!!」
「落ち着いてください! そんなに騒いでも仕事は減りません」
諜報部は大量の書類処理に最悩まされていた。軽く机からはみ出るほどに積まれた書類は今にも崩れ落ちそうだ。
「そろそろ誰かにあいつを連れ戻す仕事任せるか……これじゃいつまでたっても終わんねぇ」
「あなたもサボらないでくださいよ――アルレさん」
部下の一人に言われ諜報部長アルレは嘆息した。ボサボサのカーキ色の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜ横目でちらりと部署内を見回すと半分位が疲労で潰れていた。少数精鋭と言えば聞こえはいいが要するに人員不足なのである。
おまけに、仕事が回ってくる量が人員と比較すると圧倒的に多い。もちろん体を壊したことのない部員なんていないというくらいに。
「仕方ない……適当に誰かをあいつのとこに向かわせる。いくらあの人の命令だからってこれ以上戻ってこなかったら諜報部がヤバイ」
「管理職って大変ですねー。二十代前半でそれなのに年取ったらどうするんですか」
他愛もない会話をしていると机に溜まった書類が雪崩の如く崩れ落ち半泣き状態に陥るのアルレであった。
――監獄。
極悪人を収容する拘置所で最も恐ろしい場所。日々拷問を処刑を繰り返す地獄のような所と言われている。実際に拷問と処刑は実行されているのだが。
「何? ミラを見つけた?」
「はい。アウルムで見かけたとの情報が入りました。数人連れがいたそうです」
「ふん……そっちはとりあえずどうでもいい。なんにせよ久しぶりに足取りが掴めたんだ。撒かれるなよ」
不遜に言い放つ彼を見て部下である彼女は思った。あのミラに気がつかれず尾行しろなどと無理な話だ。実際、気がつかれてるかもしれない。
けれど、彼のためにはそうしなければならない。彼が心から求める『ミラ』を得るために。
「承知しました」
かつての偉人たちと新鋭たちが密かに、しかし強く躍動し始めた今、止まっていた悲劇は再び――
だいぶ時間が経ってしまって申し訳ありません。こんなに亀更新ですがお付き合いいただけると嬉しいです。