闇夜の独白と女の戦い
その夜、シルヴィアの家に泊めてもらうことになったのだがどうも食事の際のことで胃が痛い。
なので外を散策して気分転換をしようと試みたのだが真っ暗でどうも面白くない。
「月が出てないのか……? いや星の光もない……こんな暗いはず――」
「多分結界の関係だと思う」
横から声がしたので思わず体を竦ませる。よく見るとルカだった。
「なんでいんの?」
「いや、ちょっと……見失っちゃて。君こそ何してんの?」
何を見失ったのかは言わなかったが聞かなくてもいいと判断したのでとりあえず質問に答えるだけにする。
「寝れないから夜の散策……」
「ふーん……あのさ、せっかくだから言っておくけど思わせぶりはよくないと思うよ」
意味深なことを呟きルカはすたすたと進んでいく。なんとなく気になったのでルカの後についていく。嫌がられるかと思ったけど何も言われなかった。
「そういえばさ、結界の関係ってどういう意味だ?」
「僕らの村にもあったでしょ? 僕らの村は星も月明かりもちゃんと届いてたけどここの結界は多分あんまり入ってこないんだと思う。まあそのほうが強固な結界になるんだろうけど」
「ていうかなんで結界張ってるんだ?」
前から疑問だったのだがなぜ村に結界を張るのだろう。魔物の襲撃を阻止するためだろうか?
少し悩んだように唸るとルカが少し言いにくそうに呟いた。
「僕らの村は魔物の襲撃阻止のためが主な理由だけど……多分ここは――人間から逃れるためだと思う」
人間、そうだ。シルヴィアたちは亜人だ。見た目は人間に近くとも亜人に変わりはない。
少し前に聞いた話だが昔は亜人迫害の勢いが強かったらしい。それを考えると――。
「エルフェリアは特殊だしね。未だに表に出てるエルフェリアも少ないし」
「……なあ、エルフェリアってなんだ?」
ずっと気になってたことを尋ねる。するとえっ、みたいな顔をされた。
「知らないの? エルフェリアはいくつもの人外と人間の血が混じってできた種族で、見た目こそほぼ人間だけど身体能力や潜在能力、寿命は並みの人間の比じゃないくらいすごいんだよ。確かアミーユの英雄の一人もエルフェリアだったはず」
英雄の一人、そう言われて思い出すのは亜人だったと伝えられている『レイフィア・カタルシス』だ。女狩人で狙いは外さない凄腕だったと。
「彼女、レイフィアのおかげで亜人迫害がだいぶ収まったらしいんだけどね。千年経っても根本は変わらないっていう……」
「別に迫害するほどでもないと思うけどなー。ちょっと耳とんがってるだけじゃん」
思ったことを素直に述べるとルカは変な顔をした。呆れているのかと思ったがそういうわけでもないらしい。
「人間は自分と違うものに対して敏感なんだよ……亜人であれなんであれ」
やけに実感のこもった言い方が気になったが何か言う前にルカが口の前に人差し指をやり静かに、というジェスチャーをした。
よく見るとエレナさんが石碑の前で座り込んでいた。
俺たちに気づいていないようで、石碑にそっと触れ何やら呟いていた。
「久しぶり。ごめん、ずっと来れなくて……」
傍には誰もいない。エレナさんは誰に話しかけているのだろうか。
何となく姿を現すのは気が引けてこっそり様子を伺っていた。
「うん、最近は弟子が増えた。私、魔法全然ダメなのに魔法使いの弟子だなんて……弟子にしたからには責任は持つけど」
親しげに話している感じだがどこか悲しそうだ。ルカも複雑な表情をしている。
聞いてもいいのだろうか。いや、聞いてはいけない気がする。
「私にできるからなぁ……やっぱり一人はきついよ……独りなんて……」
段々、泣くのを堪えるような声になっていき俺とルカは無言でその場から離れた。もう大丈夫だと思ったところで二人して立ち尽くしてしまい沈黙がその場を支配する。
先にその沈黙を破ったのはルカだった。
「エレナさん……もしかして……」
「ルカ……?」
ルカは大きくかぶりを振る。まるで自分に言い聞かせるように。そして俺を見た。
「さっき見たことは忘れよう。エレナさんのためにも」
俺はしばらく悩んで素直に頷いた。まだ知るべき時ではない、そんな気がした。
俺とルカはそのままシルヴィアの家に戻った。
女子と男子で部屋を分けてもらったのだが男子の部屋の前の廊下がどうも騒がしい。
何事かと思うと寝巻き姿のシルヴィアとユリアが向かい合っていた。
「あれ、なんで二人が……」
「……………………ケイトってさ、本当に罪深いよ」
ルカの言葉の意味がよくわからなかったがとりあえずスルーした。そして二人の会話をこっそり聞いてみる。
「なんであんたが男子部屋の前にいるの。女子はあっちよ」
「なんであなたこそここにいるんです。ご自分の部屋があるんでしょう」
「もちろんケイトと一緒に寝ようと思って」
俺のいないあいだでよかった。今心底思った。寝てる間に入り込まれてたら恐らく朝一番で驚愕していただろう。
「ケイト君はそんな簡単に人と寝ません。私だって一緒に寝るとき苦労してるんですから」
ユリアの発言のせいでルカの視線が痛い。軽蔑というかなんというか。とりあえず違うんだ言い訳させてくれ。
旅に出る前に確かにユリアが一緒に寝たいなんて言うことはしょっちゅうあった。というか毎回拒否ってるのにユリアが聞かないんだ。だから決してやましいことはないんだ信じてくれ頼む。
もちろん、俺の心とは裏腹に二人の会話は続いていく。
「ケイトはあんたのこと世話の焼ける子供みたいだと思ってるんだから! わかる? 私の方が地位が上なの」
「地位? ケイト君はそんなふうに順位みたいなのつけません! ケイト君は私にも優しいんです!」
すごく嫌な予感がしてきたので仕方なく二人に近づき止めに入る。さすがにまずい。
「ちょっと私より一緒にいた時間が長いからっていい気にならないでよね!!」
「あなたにケイト君の何がわかるんです!! ケイト君は――」
「お前らいい加減に――」
二人の間に割って入った瞬間、男子部屋の扉が勢いよく開きシルヴィアとユリア、ついでに俺にも何やらハンマーのような何かでの攻撃が行われた。
ちなみにかなり痛い。
「てめーらうるせーんだよ!! 今何時だと思ってんだ!!」
予想通りアベルが木で出来たおもちゃみたいなハンマー片手に立っていた。
どうでもいいけど、それ本気で殴ったら死ぬよな?
「人が寝てるところにごちゃごちゃと……とっとと寝るかよそでやれ!!」
正論なのだがどうしても納得いかないことがある。
「アベル……なんで俺まで殴んだよ……これかなりいてーぞ!」
「痛くしたんだから当然だろ。というかお前が原因なんだから少しは反省しろチビ」
「おまっ……相変わらずムカツク――」
アベルに文句を続けようとしたところでシルヴィアが立ち上がりアベルの胸ぐらをつかみあげた。
さすがにアベルも予想していなかったのかちょっと驚いたようだ。
「いきなり乙女に何すんのよ! この短絡男!!」
「てめーがうるさいのがわりーんだろうがこのカマトト女!!」
「カマトト……!? どうやら、命はいらないようね……!」
シルヴィアが槍を出現させアベルに首筋に向けた。
アベルも無言で槍を出しシルヴィアに向ける。
重苦しい空気を破ったのはルカの詠唱だった。
「ああ、もう……『短いながらも安息を。スリープ』」
するとアベルとシルヴィアは突然倒れ眠りについた。ルカを見ると呆れた顔でため息をついていた。
「とりあえず収集つかなくなりそうだから眠らせた…………ていうかサラ、見てるなら止めてよ……」
ルカが後ろに視線をやると渋々といった様子でサラが出てきた。
なんかやけに青ざめてないか。
「だって、ユリア怖いんだもん……めっちゃ怖いんだもん……」
ちなみに肝心のユリアはアベルの一撃で気絶している。外傷はないので多分大丈夫だと思う。
結局、ルカがアベルを、サラがシルヴィアを、俺がユリアを運ぶことになりろくに休めないまま眠りについたのであった。
そして、こんな日々がしばらく続くという悪夢を俺たちはまだ知らなかった。