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ミラージュオブフェイト  作者: 黄原凛斗
第一部 1章:旅の始まり
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森にご用心

 温かい日差しがもうしばらくするとうだるような暑さになるのかと思うと少し億劫になってしまう。

 それでも期待が膨らむ旅のことを考えるとそんな心配が無意味に感じていた。

 なのに――。


「なんでこうなるんですか――!」

 木が鬱蒼と生い茂る森。人気はなく、旅人ですらほとんどいないと思われる。

 狐やリスのような小動物もいれば見上げるほどの大きさの魔物もいる。そう、今目の前にいるような。

「だーかーらー、ごめんって。まあそんなたいした魔物じゃないし大丈夫大丈夫」

 呑気そうに答え俺の隣にいる少女の肩に手を置く。

「まあそういうわけだから二人でがんばって。これくらい倒せないとこれから先大変だからね」

 他人事のように言い俺たちの元から数歩後ろに下がる。

「え、ちょっと! 俺とユリア二人は無理ですって!」

「男がうだうだ文句言わない。危なかったらちゃんと助けるから」

「ケイト君、がんばりましょう!」

 ついていけないのは自分だけなのか。

 一見儚そうに見える少女ユリアとよく分からないただものすごく強いとしか言えない美女エレナさん。

 この二人と共に旅をする俺ケイトはつい最近までただの一般人だった……のに。

 見た目が黒目黒髪な事意外本当に普通の一般人だったのに。

「ほらほら、強くなりたいんでしょ」

「ケイト君! 来ます!」

 どうして、こうなったんだろう……。


 数分前の出来事。


「ごめん、迷った……」

 師匠とも呼べる人が初っ端から迷ったと告げてきたのだった。


 旅に慣れていない自分が言うのもなんだが先導しておいて迷うとはいかがなものか。

 自信満々に「大丈夫大丈夫! 久しぶりだからちょっと不安だけどなんとかなるから!」と言い張っていたのにこの有様だ。

 彼女、エレナと名乗る女性は男なら一度は必ず見惚れてしまうだろう美貌を持ちかなり強い(はずなのだがイマイチ実感がない)謎の人物だ。ちなみに胸の絶壁を指摘すると死にかけた人を目撃しているので気にしてるのだと思われる。

 栗色の長い髪は艶やかで琥珀色の瞳は不思議な力を持つようだ。

 彼女と出会い自分は世界を巡る旅をすることができるようになった。魔物との戦い方も野宿の仕方も基本的なことをすべて教えてくれる頼もしい人物……と胸を張って言えないような言動がたびたびある。

 何かと試すようなことが多いし考えていることが本気で読めない。唐突に課題だのテストだの言って無理難題を押し付けようとするがとりあえず今の所全てなんとかなっている。

 そしてもう一人、このわけのわからない旅の同行者がいた。

「迷っちゃったのなら仕方ないですねー。どうしましょうか」

 どこか抜けている声で話しかける綺麗な金色の髪を持つ少女。実際俺と年齢差はさほどないと思うのだが精神的に幼い気がするので少女としておく。彼女は名前、出身共に不明なまさに謎の少女というやつだ。小説とかでよくあるパターンだが現実はそれよりも酷い物だった。まず出会いの経緯は俺の家の前に行き倒れていた所から始まり、目が覚めたら覚めたでこいつには記憶が一切ないのだった。名前もわからなければ一般常識のようなことまで知らないことがある。まあ、生活に困るほどではないのだが。

 とりあえず不便なのでユリアと名前をつけた。名前をつけたときの反応が犬みたいだったがそれに突っ込んだら負けだろう。

 エレナさんとは違うタイプの綺麗さがあるのだが本人はイマイチそれがわからないらしい。金髪金瞳で体は折れそうなくらい細く守ってあげたくなるような儚さがある。

 何度も言うようだが現実は残酷だ。正直、魔物と戦ってるときは俺よりユリアのほうが強い。むしろ何度か助けられた。エレナさんも記憶なくす前は旅人とかで戦い慣れしてたんじゃないかと言っていたくらいだ。根本的に武器も違うのに勝てる気がしない謎の虚無感。

 俺は武器を選ぶときエレナさんに決めてもらったのだが片手で扱えるオーソドックスな剣と両手で扱う少し難しいが慣れれば威力が高い剣。どっちも練習しろとそれこそ無茶を言われた。どちらも両刃、というより諸刃なのだが結構普通らしい。

 一応名前があるらしいが詳しいことはわからないと言ったら呆れられた。一般人に剣の種類がわかるわけないじゃないか。片手剣はブロードソードという種類らしく一番出回っているオーソドックスな物らしい。初心者向けなので少しこぶりだそうだ。両手剣のほうも少しこぶりでツーハンデッドソードというものだと言っていた。正直剣の修行していた時期があるとはいえまだ重さに慣れない。最近の常識では武器は二種類以上扱えることがステータスとなると言っていた。

 念のためいうがつい最近まで俺は一般人、飲食店の店長だった。

 それがなぜこんな所で魔物と戦ったり旅をしているのか。

 とりあえず色々あったとしか言えない。本当にいつの間にかあっという間としか表現できないくらい色々短い間にあったのだ。もし俺が自伝なりなんなり書くのならば冒頭は色々あったと一言でまとめてしまうだろう。

「ケイト君?大丈夫ですか。なんかぼーっとしてますけど」

 ふと声をかけられユリアの顔を見る。色々考えてたらぼーっとしていたようだ。

「無理しないでくださいね。ケイト君、ただでさえよく怪我するのに」

「大丈夫だって。お前も気をつけろよ。……俺よりなぜか強いけどな」

 エレナさんのほうを見るとにやにやと楽しそうに俺たちの様子を見てくる。いや、だから違うんですって。

 口を開きかけた瞬間、エレナさんが何かに気づいたように辺りを見回した。

「どうしました?」

「……気づいてないの、アンタ?」

 呆れるような目を向けられてちょっと傷つく。だからつい最近まで一般人だった人間にこの人は要求するスキルが高いんだって。

 ユリアもきょろきょろと辺りを見回していると何かに気づいたかのように体を竦ませた。

「何か、大きいのが来るような……」

「はい、ユリア正解ー。ケイトもうちょっとがんばれ」

「スイマセン、俺に何を求めてるのかさっぱりわかんないです」

 つーかなぜわかるんだユリア。やっぱりこいつ、記憶失くす前は旅人とかクランの人間とかじゃねーのか。

 ユリアはレイピアを構え辺りを警戒する。エレナさんは欠伸をしながら近くにあった切り株に腰掛ける。エレナさんの感覚が本気でわからなくなる。

「エレナさん、なんだかよくわかりませんが魔物とかがいるんだったらそんな――」

 言い終える前にメキメキと木がへし折れる音とともに魔物が俺たちの前に現れた。

 大きさはだいたい俺の背丈の倍、優に三メートルはありそうだ。どういう魔物かは知らないが知っているもので例えるとするなら熊の背中には羽らしきものが生えているような感じだろうか。全身緑色で「お前らを食ってやる」と言わんばかりによだれを垂れ流し鋭利な爪を示している。

「……こいつ、どこにいたんでしょうか」

「多分飛んできたんじゃないかな? さっき、アタシが歩きながら食べ物食べてたし」

 エレナさんは相変わらずくつろいでる。なんでこんなに呑気なんだ。

「って、エレナさんが原因なんですか!?」

「ごめんー、まあともかくいい訓練になるっしょ。習うより慣れろ。百の訓練より一の実践」

 意地の悪い笑みを浮かべて顎で魔物を示す。

「二人でそれ、倒しちゃいな」



 そして今に至る。

「早っ!? こいつ思ったより早っ!」

 想像よりも遥かに早い動きに翻弄される。鋭利な爪が今にも俺のことを引き裂きそうだ。というか本気でこれ当ったら死ぬって。熊鳥(他に呼び方が思いつかないのでこう呼ぶことにした)はユリアよりも俺を重点的に攻撃してくる。ユリアはレイピアで攻撃しようとするが素早すぎてうまく当てられないようだ。とりあえず俺も逃げるくらいしかできない。その様子をエレナさんはおもしろくなさそうに眺めている。

「……思った以上にてこずるねー」

「当たり前じゃないですか!」

 何度もしつこいようだがエレナさんは本当に何を期待してるんだ。

「う~。こうなったらあの魔法を……」

 レイピアを収めると手をかざし何か言い始めた。

「『来たれ、我らを護りし慈悲の風よ』ウィンドスラッシュ!」

 ユリアの言葉に反応したかのように風がその場に発生し、熊鳥に向かっていく。

 鋭い刃のように風は熊鳥を切り刻む。唸り声をあげ暴れまわる熊鳥は最初に比べて元気がないように思えた。

 風は俺を守るように包んでいた。一体いつこんな魔法を覚えたんだろうか。

 熊鳥がよろける瞬間、俺とユリアは懐に飛び込み剣で切り込んだ。



「おー、なんだかんだで倒せたじゃん」

 熊鳥が絶命したことがわかったエレナさんは立ち上がりまたしても欠伸をする。

「だからいきなり無茶振りするのはやめてくださいって! 命がいくつあっても足りません!」

「死なないから大丈夫。アタシがいる限りこんな雑魚に殺らせはしないよ」

 自信満々に言い切る。その自信の根源を教えて欲しいくらいだ。

 ユリアは何かに気づき少し先の様子を見に行ったようだ。すぐそこだろうから心配することはないだろうがなぜか無性に不安になる。

「それで、どうするんです? この辺にある町に行きたかったんでしょう?」

「うん、それがさ――」

「二人ともー! 町がありましたー!」

 エレナさんが口を開きかけたがその前にユリアが遠くから叫んだため聞こえなかった。

 特に聞き返すこともなくユリアがいるところに小走りで向かう。

「……面倒が起きそうな予感」

 エレナさんの呟きは俺たちに聞こえることがないまま風に流された。




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