閑話:老爺と美女
長老は悩んでいた。どうしたらこの暴れ馬よりも厄介な女をおとなしくできるのかと。
「だーかーらー、付いていくだけでもさー」
「お前さんが関わるとロクなことが起こらん! いいんじゃ、気にせんでも」
「気にするに決まってるでしょうがクソジジイ!! いーからとっとと結界から出られるようにしろっつってんだよ!」
「やかましいわこの剣馬鹿女! 少しは大人しくできんのか! 年寄りの血圧上げる気か!」
「あがれあがれー! そしてぽっくりさっさと逝け! 大丈夫、葬式は出ないから!」
この様子を聞いていた村の青年は思った。子供かこの二人は。
売り言葉に買い言葉な二人を青年はこっそり見ているとふと、二人の姿が違って見えた。しかし、気のせいだと判断し明日に備えての準備に戻った。
「そもそもロクに自分の魔力抑えられない奴が最強気取るなよガキ!」
「ハァ!? 老いぼれのカスカスジジイだけには言われたくねーよ! そもそも最強とか思ってねーわよ!」
すると長老は嫌味っぽく笑った。
「そうじゃったなぁそうじゃったなぁ。お前さん、ウェルスやカースの馬鹿に勝てんもんなぁ。ああ、あとはあの――」
「うるさいっ! アレは論外! ダメな理由をちゃんと言いなさいよ! 納得できない」
子供っぽくぶすくれると長老は大きくため息をついた。
仕方ない、と呟いて引き出しからある物を取り出した。
それは写真だった。写真とはジュエルや水晶などの石にその場の様子を保存し後で紙媒体に写したものだ。色もそのまま綺麗に写る。最近は映像も保存できたりお互いの顔を写しながら通信することも可能になった。
「何? なんの写真?」
「ここ最近で起こってる魔物の妙な動きをロレンス……先程死体で見つけた奴じゃ、そいつに調べさせていたのだが……」
写っているのは魔物。特に珍しいわけではなくこの辺によくいる魔物だ。
しかし、残り半分になったところで明らかに最初の写真とは違うものになった。
歪な姿の魔物。このような魔物をエレナは見たことがあった。
「人工、魔物……」
「見覚えがあるじゃろう」
「あるも何も……これ……い、いつから!?」
驚きのあまり声が裏返ってしまうがそれすら気にせず長老に問い詰める。
「いつから……いつからなのよ!? 答えろ!!」
「――四日ほど前からじゃ。魔物を調べていたら偶然遭遇したそうだ」
四日。さすがにすぐ先日なら情報が回らない。
しかも長老はできる限りギリギリまで隠したかったのだ。調べ上げられるまで。
「死人が出た以上悠長に調査しとれん。お前さんに気づかれないまま終わらせたかったんじゃが」
「あんたは、これ、どう思ってるの」
淡々と、単語を組み合わせるのに精一杯なのかとぎれとぎれな言葉がエレナの口から漏れた。
「あやつらの再来、復活、じゃろう。まったく、本当に……」
その先に続く言葉は部屋に入ってきた青年の大声にかき消された。
「た、大変です! ルカとサラ、それにエレナ様のお弟子さんたちが全員消え――」
グシャリと不吉な音が二つ部屋に響く。青年はその音が何か気づくまでにしばらくかかった。
そして、青年は不幸なことにエレナの顔を見てしまった。
「あの馬鹿たち……! アベル辺りが止めると思って油断してた……そっか、仲良くなった二人がいるものね……」
青年は思った。この人絶対悪魔か何かだ。書物に描かれている悪魔そのものの表情と怒気を孕んだ空気。
そして青年は更に不幸なことに怒りで震える長老と目が合ってしまった。
「あのクソガキども……一度消し炭にせんとわからんのか……!」
この青年、エドガーは後に語った。人生で一番恐ろしかったのはあの二人の怒気が溢れる部屋にいなければいけなかったことだと。
「クソジジイ! 結界から出しなさい! 連れ戻す!」
「連れ戻すだけじゃぞ! 仕方ないから今回ばかりは目を瞑ってやる。全力で連れ戻せ!」
言いながらエレナにかけられていた魔法が解かれた。
特に肉体への制限はないはずなのにやけに体を動かすエレナはそのまま無言で結界の外へと向かった。
――馬鹿じゃないの!? 見つけたらぶん殴る!
心の中で弟子たちへの罰を考えるがあのことを思い出して頭を振った。
――もし、本当にあいつらが復活したのだとしたら……アタシは……私は……。
「私は――」
泣いているかのような声は誰かに届くことはなかった。
「のう、エレナ。昔お前にこんなことを言ったな。『この世界に平和なんて存在せぬ』と」
独り、何もない空間に呟きを落とす。それは遥か昔に彼女と交わした他愛のない会話。
『平和がないなら作るまでよ。私の力はきっとそのためのものよ』
そう言って誰もを魅了する笑みを浮かべた彼女はもう、壊れてしまった。
「結局、今も平和は存在せぬよ。仮初の平和も、時期に崩れる」
『強さなんていらない! 独りになるくらいなら何も力なんていらない! 私は!私は――』
そう叫んで泣きじゃくった彼女。本人は覚えているのだろうか。
きっと、覚えていない。それでいいのだ。――忘れたほうがいい。
「いつか、本当の平和を作れるのかのう、お前らは」
倒された写真立てを立て直しじっと見つめた。
写真に写っていたのは六人の少年少女。
冷たそうに見えるも微笑む少年。
いたずらっぽく微笑む少女。
戸惑いながらも笑おうとしている少女。
満面の笑みでピースサインをしている少年。
苦笑しつつも楽しそうな少年。
――そして、この上ないほど幸せそうに笑う少女。
「もう、お前さんのこんな笑顔は見れんのかのう」
長老は目を閉じ写真立てを再び伏せた。