番外:予言と占いと呪術師と
カースとヴィオのくっちゃべり
「ししょー」
「ウン?」
観客席に陣取ったヴィオとカースはまだ開始前の闘技場を眺めながら他愛もない会話をする。
「占いや予言でみんなの勝敗、わからないんですか?」
「アー……占いとか予言カァ……」
ちょっと困ったようにカースは笑う。そんな表情を見てヴィオは首をかしげて尋ねる。
「ししょーって占いも予言もできますよね? 私、そっちの分野よくわからなくて……」
「んー、あの分野ハ知らなくてイイと思うヨ」
「えー、気になりますー」
ぽかぽかとカースの肩を叩くヴィオ。カースは笑いながらヴィオをなだめていると、協会員によるアイス販売を見つけた。アイス意外にもホットドッグやドリンク類が売られているが今近くにいる販売員はアイス担当らしい。
「えーっと、じゃあ、ヴィオ。あそこにアイス売ってる人がいるね?」
途端に流暢な口調になったカースにヴィオはぽかんとして黙って続きを聞く。こういうときは真面目な話ということをヴィオは知っていた。
「今ヴィオは『アイスを買う』、『買わない』という2つの選択肢があると仮定しよう。どうする?」
「え、えっと……買う!」
「じゃあ、アイスの味が3種類あったとしよう。バニラ、チョコ、イチゴ。3つの選択肢が出たね? どうする?」
「えっと、えっと……チョコ!」
アイスの販売員が(買うのかなぁ……?)とひっそり思いながら周囲をウロウロしている。が、カースは気に留めず続ける。
「じゃあ、チョコアイスを食べることになったヴィオだけどこの先何が起こるかわかるかい?」
「え? えーっと……チョコアイス美味しい!」
アイスの販売員が笑うのをこらえ、買うのか買わないのかわからないため同じルートを再び歩き出す。カースは(さすがに買ってやったほうがいいか……)と考えながら話を再開した。
「でも、食べるまでヴィオはどうなるかわからない。買った後のことを予測するのが予言、占いなのさ」
「は、はあ?」
「この世界には無数の『可能性』がある。アイスを買ったヴィオと買わなかったヴィオ。この時点でもう違う未来だろう?」
「たしかに……」
「で、アイスを買ったヴィオはもしかしたらお腹を壊してしまうかもしれないし、途中で落としてしまうかもしれない。これを事前に予言占いをするとしよう。僕がヴィオがアイスを落とすと予言しました。でも、ヴィオは食べきってお腹を壊してしまう」
「あ、あれ? 予言が外れてますよ? あっ! 予言を聞いたから落とさないように気をつけるってことですか!」
「うーん、まあ言いたいことはわかるんだがちょっと違うんだよな」
カースはアイスの販売員を呼びつけチョコアイスをヴィオに買ってやる。目を輝かせたヴィオは食べつつもカースの話に耳を傾けた。
「つまり、無数にある可能性の一つを視るしかできないのさ。モリアのように精度の高い占い師は可能性でも最も有力なものを視る力があるというだけ。もしここで彼らの占いをしてもその通りになるとは限らない。……それに、彼らは捻じ曲げるだけの力を持っているからなぁ」
「捻じ曲げるだけの力?」
「そう。ヴィオは滅多にお腹を壊さないだろう? じゃあお腹を壊しやすい人がアイスを食べた時と比べてヴィオはお腹を壊さない可能性が高い。ほかの可能性もたくさんある」
「ほ、ほえ?」
「つまり、人によって可能性の数に幅があるんだよ」
弟子たちや英雄。それらの運命をねじ曲げるだけの力を持つ存在。彼らは一般人がもつ可能性よりも数十倍、選択肢があり未来がある。
「彼らのように可能性が多いやつらを占っても予言しても当たるとは限らないし、見ても面白くない。そういうことだよ」
「うぅ……全然わかりません」
「ほんと、そんなでよく僕のメモから呪術盗み見て習得したよね」
アイスを食べ終わったヴィオはゴミを近くのゴミ捨て場に捨てに行き、カースのもとへ戻ってくる。
「つまり……占いや予言なんてしても意味ない?」
「需要ある客には意味あるよ。気休め程度にはね」
そういう泊が欲しいだけなのだから。
「可能性と運命というものは面倒でね……運命をねじ曲げる彼らが可能性を量産して掃いて捨てるほどの可能性が溢れかえる……ま、どうしても変えられない運命はあるけど」
「変えられない運命?」
「そう、大きな――世界に関わることさ。千年前の争いもおそらくその一つ」
確実にアニムスはあの時敗北する運命だったのだろう。どんな道筋を辿ってもアニムスは負ける。きっと別の可能性では敵幹部が生き延びたかもしれないし改心したかもしれない。差異はあれど必ずアニムス敗北という結果は覆られなかったとカースは踏んでいる。
「まあ僕は本職じゃないからさ。モリアあたりならもっと詳しい話がわかるだろうよ」
「あの人はやーです。ししょーのこといじめますから」
「……いじめだったらまだいいんだけど」
いじめではなく彼女なりの愛情表現だからタチが悪い。憎悪ではなく愛情。ある意味愛憎とも言うかもしれないが。
「ま、占いや予言はいつかヴィオが大人になってそれでもやりたいならやればいいさ」
「私が大人になってもししょーはししょーでいてくれますか? 一緒にいてもいいですか?」
「……仕方ないからいてあげるよ」
「わぁい!」
無邪気に笑うヴィオを見てカースは自嘲する。
――この子のそばにいる資格なんて、とうの昔に僕自分で捨てたじゃないか。
『殺す……殺す殺す殺してやル――!!』
憎悪を向ける彼女の瞳を覚えている。
この子のそばにいることを彼女はどう思っているだろうか。
『クソ呪術師め!! 絶対に許さない!! 許してやるものか!! 世界がお前を肯定してもワタシだけは!! ワタシだけはお前を一生恨んでやる!! 絶対に殺してやル!!』
それだけのことを自分はしてきた。そのこと自体を悔やむつもりなんてサラサラない。その程度で改心するなら最初からしているはずがないというのに。
殺してきた人間への罪悪感はない。都合がいいとは思う。けれど、この子だけは守りたいと思ってしまった。おそらく、この子を危険に晒す者がいたら許すことはできないだろう。
身勝手な人間だ。いつか必ず罰が下される。
この子のそばに居続けることなんて、許されない。
この辺の話はまた別の機会に触れる話ですが呪術師は立ち位置が特殊なので話半分で。カースの因縁は過去編で(できたらいいなぁ)!