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ミラージュオブフェイト  作者: 黄原凛斗
9章:協会朗唱
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歪みを抱え




 サラとルカが慌てて部屋に戻ったかと思うとなぜかそこではカースがアベルの胸ぐらをつかんで笑顔のまま揺さぶっている光景が繰り広げられていた。

「ア? あん? テメェ、ヴィオに何してンだよ?」

「だから、違……」

「アベル……監獄近くだから連れて行こうか……?」

「なんでミラさんまで俺が悪いってことにしやがんだ!!」

 ルカは現状把握のためにその場にいる全員に視線を向けるがやっぱりイマイチわからなかったのかサラと目を合わせて肩を竦めた。

「あ、サラちゃん、ルカ君。おかえりなさい」

 ユリアがミラの後ろで身を潜めるようにして立っている。

「どうしたの? というか、なんでカースさんが?」

「えっと、カースさんが、協会長さんに呼ばれてて、ケイト君のこと診てくれてて、シルヴィアちゃんが帰ってきて、えっと、えっと」

 要領の得られないユリアの説明から察するに、アベルとヴィオの怪しい現場を目撃を目撃したシルヴィアが叫んだ結果、カースとミラもそれを目撃し、回復したケイトと状況がよくわからないユリアがアベルの行く末を見守っているとのことだった。

「ししょー。私大丈夫ですってば」

「いや、コウイウ男は今のウチに始末してオカナイと……」

 とりあえずヴィオの説得により死刑は免れたらしい。

 呆然とそんなやりとりを見ている間にルカとサラはケイトたちに近づいて耳打ちする。

「そういえば、ケイト。もう大丈夫なんだ」

「ああ、多分。カースさんがなにかしてくれたらしい」

 ちらりとカースを見てケイトとルカは呟く。

「……アベルあいつの方がやばそう」

「ああ……短い付き合いだったね」

「死んでねぇよ!!」

 不機嫌そうに眉間にシワを寄せアベルを見下ろすカース。床に尻餅をついてカースを見上げたアベルは若干その気迫に飲まれかけていた。

「泣かせたら殺すからな」

「いや……だってあいつが……」

「殺すぞ」

「……いや、だから……あの……」

「わかってるな?」

 圧倒的威圧感に負けたアベルは「はい……」とだけ頷いた。

 しかし、カースはつまらなさそうにアベルを見る。

「しっかし、この薬中のどこがいいんだヴィオは……育て方を間違えたか」

 その小声はカースが口の中でブツブツ呟いただけでほとんど誰にも聞こえなかっただろう。

 アベルにガン飛ばすカースは普段の胡散臭い青年ではなく、娘が連れてきた彼氏を拒絶する父親そのものだ。全力で拒絶をしているが伝わらないように。

「ま、お前の依存なんて僕にはどーでもいい。ヴィオを不幸にするなら許さないってだけだ」

「不幸にするとか泣かせるとか言ってる意味がわからねぇんだけど……」

 間違ってもアベルはヴィオを受け入れるような発言はしない。一歩間違えたら将来が確定しかねない。

「あ? 呪術師の所有印もらっといて何言ってんの? せいぜいヴィオに尽くせよ、紅雷の小僧」

 所有印?とミラ以外一様に首をかしげ、よくわからないまま、空気を回復させようとしたミラが夕飯を作ると宣言し、慌ただしい夕方が近づいて来るのであった。







 協会長、ウェルス・ビレイサーは書類をまとめ、何かを口にくわえようとするがそれがそもそもないことに気づいてメガネのブリッジを押し上げる。

「回りくどいことをする羽目になるとはな……」

 しかし、一度徹底的に分からせなければミラは納得しないとウェルスは知っていた。

 集めた幹部、準幹部は弟子たちでもギリギリ勝てるか微妙なラインで選んでいる。ミラに確認させてもこれなら文句は出ないだろう。想像以上に幹部たちに拒否されて少し滅入ったウェルスだったがどうにか人数は合わせられた。一人、試合開始直前まで名前を伏せて欲しいというよくわからない要望をしてきたがまあ大丈夫だろう。ミラに見せるのには本人の能力経歴が記載されたもので充分だろうし。

「……負けるとは思っていない、が」

 ミラの弟子も成長が目覚しい。自分たちの時間の感覚がとうに狂ったからだろうか。とても早い成長を遂げている。そしてまだまだ伸びるだろう。

 いや、時間の感覚が狂っているわけではない。実際に彼らの成長は凄まじいものがある。一部を除いてだが。

「……やっぱり念には念を入れておかないとな」
















 ――陽が傾き、協会員も仕事を終えて夜勤と交代し始める頃。


 夕食。俺に作らせまいとミラさんが珍しく料理を名乗り出て、家庭的な料理の数々を並べていく。初めてミラの料理を食べるシルヴィアが驚きすぎてミラさんを二度見三度見してた。まあ、なんとなくできないイメージあるよな。

 ミラさんは料理がすごく上手い。正直、俺より上だと思う。悔しいが経験の差だ。滅多に作ろうとはしないが嫌いというわけではないらしく、きちんと食欲をそそる美味しそうな料理を作るのだから世の中って不公平だ。ミラさんよりも料理に関心意欲があるやつが下手すぎて笑えないことだってあるのに。

「料理なんてやってりゃ誰でもできるわよ」

「うぐぐぐ……がんばります」

 悔しそうに歯を食い縛るサラ。そういえば弟子の中でまともに料理できるのサラくらいしかいないんだよな……。

「私もお手伝いするって言ったんですが……」

「ユリアは手伝わなくていいから」

 ユリアに手伝わせたらせっかく治ったのにまた体調が悪化する。というか死ぬ。

「ミラちゃんのご飯楽しみダナー」

「カースさんまだいたんですか」

 治してくれたのはありがたいんだがいつまでいるんだろう。

 ちゃっかりヴィオもカースさんと揃って椅子に座ってる。あれ、この部屋に椅子って人数分しかなかったよな?

 ヴィオはなぜかアベルの隣で、カースはヴィオの隣に座った。

「カースあんたねぇ……まあいいけど」

 呆れたように言うものの、追い払ったりはせず、追加で皿を増やしてうまいこと量を調節して盛り付ける。

「わー! 久し振りに美味しそうなご飯!」

 ヴィオが料理を見てそんなことを言い出すので一斉にカースに視線が集まる。

「待って、小生チャント作ってルよ」

「ししょーご飯作るの下手だもん……」

「……はぁ……ヴィオのためにも料理くらい勉強しなさいよ」

 というわけでいつもの7人に2人追加で9人の食事。

「……」

「……なんだよ」

 ヴィオがアベルの方をじっと見る。なにかとアベルも不審に思ったのか睨み返すが、ヴィオはアベルの食べようとしていたアスパラガスの肉巻きを指差して言う。

「こーらい、それちょーだい」

「は? お前自分の食えよ」

「……寄越すの、アベル」

 むっとした言い方をすると同時になにか違和感が生じる。魔法ではないのだが、なにか効果が発動したような感覚。

「…………はあ……ほら」

「あーん」

 アベルが面倒くさそうにフォークごとヴィオに向けると、ヴィオはアベルの腕を掴んで自分の口に来るよう誘導する。

 傍から見ていれば微笑ましい光景なのだが隣のカースさんが笑顔のまま顔を引きつらせていて台無しにしていた。

「じゃあこれご褒美―」

 同じく肉巻き、だが中身はニンジン。それをアベルの方へ向けるとアベルは心底嫌そうにヴィオを睨む。

「……てめぇ……」

「ほら、あーん」

 なんとなくだがヴィオが意地悪く笑っているように見える。気のせいだろうか。

 嫌そうですごく渋々と言わんばかりにヴィオの差し出した肉巻きを口にする。噛んでいるとなんだか表情がどんどん暗くなっていくのが見て取れた。

 そして、隣のカースさんがそろそろ目だけで人を殺せそうになっている。

「仲良しさんですね~」

 ユリアが呑気に二人の様子を見て言うと、ヴィオがちょっと誇らしげに言った。

「ふふん、そんなことないよ」

「……チッ」

 ヴィオとアベルの表情の差が凄まじい。アベルは嫌そうな感じが言葉にしなくても伝わってくるがヴィオはどこか嬉しそうだ。

 ちら、と視線がこちらに向けられる。ユリアだ。

「どうかしたか?」

「あ、いえ……なんでも、ないです」

 なぜか肉巻きをフォークに刺したまま視線を逸らされた。しばらく肉巻きを口にしないでなにか悩んでいる様子だったがなんだろう。

 若干殺伐とした食事だが、全員が食べ終わる頃には殺気もなくなり、食後の後片付けをそれぞれしていると、ヴィオとアベルがいないことに気づいて皿を洗い物のところに置いて部屋から出て二人の姿を探してみる。あの部屋にはいなかった。とすると部屋から出た協会の廊下か。


「――――――りだ」

「別に――――てるだけ」


 アベルとヴィオの声が聞こえてくる。曲がり角を曲がると二人が見つめ合って――いや、睨み合っている。

「あ、ケイト」

「……」

 ヴィオの方は俺に気づいてなんでもないとばかりに笑う。しかし、アベルは邪魔しやがってと言いたげに睨んできた。

「二人ともこんなところで何話してんだ?」

「んー? たいしたことじゃないよー」

 軽い調子で言ったかと思うと、ヴィオの声は次の瞬間にはぞっとするほど危うさを秘めた薄ら寒いものへと変わる。


「ね、アベル?」


 その笑顔に気圧されそうになる。忘れていた。こんなに幼くても彼女は呪術師だ。

 仄暗い何かを秘めていてもなんら不思議ではない。

 アベルのほうを見ると苛立った様子で「ああ……」とだけ呟く。なんだか、対等ではないその様子に気味の悪さを抱いてしまう。



 少しずつ、なにかが歪んでいく。


 俺だけじゃなく、全てが。






アベルの嫌いなもの:ニンジン

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