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ミラージュオブフェイト  作者: 黄原凛斗
9章:協会朗唱
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貴方が堕ちて




「エロ狼からサー、ケイトのこと診ろって命令さレテさー。ま、仕事もナカったし」

 エロ狼、つまりウェルスのことだとミラは察するが、なぜケイトを診ろなんて言ったのだろうかと新しい疑問が生まれる。

 そして、カースにひっついているヴィオを見てカースに聞いた。

「なんでヴィオまで連れてきてるのよ」

 アベルをミラが抱え、カースとヴィオも連れて部屋まで戻る。ユリアがアベルを心配そうにしていたがどうしようもないので黙ってカースとミラを眺めている。

「んー、ヴィオが一緒に行きタイっていうカラ」

「ふーん……」

 ミラがヴィオに視線を向ける。探るように目を細めて睨むがヴィオはどこ吹く風。

 宿舎に戻るとまずアベルをケイトが眠っている寝室と同じ部屋に運ぼうとしたが、本人に拒否された。しかも、なぜかアベルはヴィオの首根っこをつかんで空き部屋に向かおうとする。

「ちょっとこいつに話がある」

 息絶え絶えで何を言っている。そう思ってミラは大人しく寝かせようとしたが、ヴィオがそれを止めた。

「私も紅雷と話すことあるのでー。ちょっとだけいいですよね、師匠」

「…………襲われたら大声出すんだよ?」

 アベルは「んなことしねーよ!」と言いたかったが思うように喋れず、ヴィオに連れられるまま、空き部屋へと向かった。

 ユリアが心配そうにするも、ついてくるなと二人揃って無言の威圧をしてくるのでしょんぼりとしてミラについていく。カースとミラ、ユリアの三人は男の寝室に入ってケイトの様子を確認する。

 眠っているケイトの顔色は悪い。当然息はしているのになぜか不安になるほど生が希薄だった。

「……しばらく見ない間にまあよくもこんな悪化するね……」

「カース、あんた前に会ったときに気づいてたの?」

「ちゃんと診てないからだいたいしかわからないけどね」

 真剣な声音で喋ることからだいぶ重症らしい。ケイトの胸元あたりに手をかざして青白い光が浮かび上がり、カースは舌打ちした。

「ボロボロじゃないか……ん? こっちなんかはきっかけがあれば壊れる、か……。こっちはまだ平気だとして……って、はぁ!?」

 声を荒らげたカースにユリアがびくっとして後ずさる。ミラも、カースが声を荒らげたことが珍しいのか驚きの表情を浮かべている。

「嘘だろあの女……なんて面倒なことしてるんだ……どうしようもないじゃないか……」

 歯ぎしりしながらケイトを診るカースにミラはもしかして……というような表情を浮かべる。

「ユリア、悪いけどちょっと向こう行ってもらっていいかしら」

「え、でも……」

 ケイトを心配そうに見つめるユリア。気持ちはわかるのだがミラはちょっと困ったようにユリアを諭した。

「大丈夫。終わったらちゃんと呼ぶから」

「……はーい……」

 渋々部屋から出るユリア。それを確認したカースが空いていた手で術式を魔力で描き、ケイトの胸元にかざす。

「あの女……術式修復や変更しようとしたら術者に呪いがかかるようにしてやがる……」

「キリアってば何してるのよ……」

 キリア、とはケイトの母親のことで、彼らもよく知る人物であった。

 とても気まぐれで感情的。それでいて恐らく千年の間でも彼女に並ぶ術師は片手で数えるほどしかいないだろう。

 正直、ケイトは両親の性格と全く似ていないなと思い出すたびにミラは思った。顔は母親寄りだが髪色も祖父の隔世遺伝だし。

「キリアの封印は二つ。一つが崩壊寸前。もう一つはしばらく問題ないよ。崩壊寸前の方は僕でもいじるとさすがにまずい。……あの女がこんな封印するってことは、いつか壊れる前提だろうし。まあ、一応出来る範囲のケアはしておいたよ」

「……多分それって、ケイトのもう一つの――」

「ああ、モリアから聞いたよ。可能性だって? 全く……馬鹿げてるよ」

 くだらないとばかりにカースは吐き捨て、ケイトに術式を定着させる。

「所詮可能性は可能性でしかない」

「そうね。……でもケイトは――」

「それと、ディダスの方の封印も弱まってるから、こっちは封印補強しておいた。ただこっちはここにいる限り危険だね。元凶が近すぎる」

「元凶?」

 ミラが訝しげに聞くと、カースは目を細めてミラに呆れたように返す。

「……まさか知らないのかい?」

「……え、何、知ってて当然なの?」

「…………」

「…………」

 両者なんともいえない沈黙。

「ま、ミラちゃん知らないならいいや。僕の領分じゃないし」

「待ちなさいよ、気になるじゃない!!」

「ンー、じゃあキスしてくれたら教えてアゲルよ」

「自分で調べるわ」

「辛辣ゥ」

 馬鹿なやりとりを二人でしていると、ケイトが音に反応したのかわずかに動く。

 すると、ゆっくりだが、目を開け、ケイトがミラに気づき、次いでカースを見て眉根を寄せた。

「……なんでカースさんがここに?」

「大人の事情ッテやつサ」

「ケイト、大丈夫?」

 ケイトが起き上がろうとするのでミラがそれを支えるようする。まだわずかに顔色が悪いが先程よりはよくなっていた。

「多分、大丈夫です……」

 ミラがほっとしたように緊張を和らげる。それを見てカースが言う。

「まあ、ストレスを抱えすぎナイようニネ」

「ストレス?」

「ソウ。あんまりヨクないカラ」

「は、はあ……」

 ストレスと聞いてミラがぎくりと目線を泳がせ、カースがそれを見てじーっとミラに視線を向ける。

「ミラちゃん……? ドウしてそんな挙動不審なのカナー?」

「……ケイト! 何か食べたいものはあるかしら!! 私がご飯作ってあげるから好きなもの言いなさい!」

 誤魔化すようにミラが言うと「今まで作ってなかったのかよ……」とカースが呟き、ケイトが困惑したように首をかしげた。

「いや……別になんでもいいですけど……」

 遠慮しているとかではなく、本当になんでも良さそうに言う。しかし、ミラが必死になってケイトに言う。

「遠慮しなくていいから! そうだラザニア!! ラザニアとかどう?」

「え、じゃ、じゃあそれで……」


 ケイトにストレスを与えていたというこれまでの自分の言動を振り返り、ミラは少しばかり反省してちょっとだけケイトに優しくなった。




「ところでどうでもいいんだけどさぁ」

 急に、普通の口調になったカースにミラは首をかしげる。ケイトの体を起こす手伝いをしていたミラは起き上がれたのを確認し振り返る。

「モリアに、よくも、居場所を、教えて、くれたね?」

 目が笑っていない。ゆっくり低い声でじりじりと追い詰めるような様子にケイトがびくりとする。

「ふ、ふふふ……ふふふふふふふふふふふふ……僕も舐められたものだ…………あの後逃げるのに僕がどれだけ必死だったか……」

「いや、ほら、あの時はちょっと協力してもらったから代わりにね? ね?」

「そのおかげで僕は4日ほど眠れなかった挙句ヴィオとモリアが連日喧嘩してモリアから逃げるために家ごと転移する羽目になったんだからね……」

 笑っていないを通り越して目が死んできた。

「あああぁぁぁぁ……腕が……腕が……」

 なにか思い出したのか左腕を抑えながら顔を俯けるカース。躁鬱でもこじらせているんじゃないだろうかとミラが若干心配になった。

「あ、相変わらずモリアも過激ね……」

「過激!? ミラちゃんはあれを過激の一言で済ませるわけ!? あいつと再会してから腕の骨と肋骨と足の指の骨が折れたんだよ!?」

「……えっと、それについては悪かったと思うわ」


 モリアはカースのことが『大好き』すぎてつい力が入ってしまう……とのことらしいが、毎回その度にカースの骨が折れたり内蔵が逝く。バイオレンスというかこう、行き過ぎている。

 まあ、カース本人もミラに迫ったり変態行動をするのでお前が言うなとミラは何度も思っているのだが、あまりにもモリアの愛情表現がひどすぎて同情してしまう。


「とにかく! 勝手に僕の居場所教えないでね! 頼むから! ヴィオもモリアに噛み付くし……ほんっと大変なんだからさ……」

「今どこに住んでるのよ」

「……今度連絡入れる。今教えるとどこからかモリアにバレそうで怖い」

 相当怯えているらしい。



『いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』



 突如、つんざくようなシルヴィアの悲鳴がケイトやミラの鼓膜に突き刺さった。

















 空き部屋になだれ込んだアベルとヴィオ。力がうまく入らないアベルをヴィオがせせら笑う。

「こーらい。調子はどう?」

「この……クソチビ……!」

 苦しそうに胸を押さえるアベルを見て、ヴィオはにっこりと笑う。

「薬、抜けてきてるみたいだね。いいことじゃん」

「黙れ……! 元はといえばお前が――」

「紅雷のために没収しただけだよ?」

 いけしゃあしゃあとのたまうヴィオにアベルは罵詈雑言をぶつけようと考えたが、息苦しいせいでうまく言葉にならない。

「……禁断症状、すごいね。普通そんなにならないよ? 何年中毒なの?」

「おま、えには……関係ない……!」

「ふーん。そういうこと言うんだ」

 つまらなさそうにヴィオは薬を手のひらに出してアベルに見せびらかす。錠剤がはいったそれは袋の中で数錠揺れ動いている。

「これは紅雷から没収した分ね。返して欲しい?」

「かえ、せ……」

「でもこれもすぐなくなっちゃうよ? 予備、欲しいでしょ?」

 アベルにはヴィオの言いたいことがわからず、聞き返そうとして激しい頭痛に襲われる。

 苦しそうなアベルを見て、ヴィオはどこか楽しそうに水筒と取り出す。

「もーしょうがないなぁ」

 薬を一つだけ出して、あとはしまうと水筒の水と錠剤を口に含む。そしてアベルの口にそれを流し込んだ。所謂口移しというやつは互いにその気はないはずなのに、どこか妖しい雰囲気があった。

「げほっ、けほっ……」

 むせ返るアベルに、ヴィオはにんまりと笑う。

 はっとしたアベルがヴィオの手首を掴んで壁に押し付ける。壁に追い詰められてなおヴィオは余裕を見せつけており、アベルから視線を逸らしはしなかった。

「ガキのくせにとんだアバズレだな……何が望みだ」

「ただの契約だよ? 呪術師に唇を許した以上、紅雷が悪いんだからね?」

 空いた手で、ヴィオが自分の左鎖骨あたりを指差す。アベルはそれを見て自分の左鎖骨を確認すると、紫色の刻印が刻まれていた。

「紅雷は私の言うことを聞くの。絶対服従、ってわけではないけど、私の言うことを聞かなきゃダメー」

「一方的に契約させといてよく言うぜ……」

「えー? でも薬を拒絶することだってできたでしょ? 紅雷の意思が弱いから悪い」

 くすくすと笑うヴィオは薬のはいった小さな袋を取り出してアベルの手に乗せる。

「ちゃんと言うこと聞けたらお薬あげる。どうせ、ここにいたら手に入らないでしょ?」

「……お前、目的は?」

「んー、なんとなく、紅雷をいじめたいだけ」

「はぁ……とんだクソガキだな……数年してから出直してこいよ」

 薬が回ってきたのか余裕が出来てきたアベル。ヴィオはそんなアベルを嘲笑う。

「紅雷にそんなこと言われる筋合いないもん。私が紅雷のご主人様だよ?」

 ぎり……とヴィオの手首を強く握る。壁に押し付けているから、後が残りそうだとヴィオはどこか他人事のように考える。

「どうせ解除しろって言ってもしないんだろ?」

「んー、もし紅雷がお薬必要なくなったら解除してあげてもいいよ」

 にっこりと、アベルの目をまっすぐ見て――


「ま、どーせアベルには無理だよ。だってアベルは弱いから」


 アベルは怒りで目の前が真っ赤になる……が、手を出そうとはしない。いや、できなかった。

 悔しさと惨めさでアベルはヴィオに殺意にすら近い感情を向ける。対してヴィオはどこかアベルを哀れんでいるようだ。

「大丈夫だよ、紅雷。私が飼ってあげる」

「誰が――」



「あーもう! ほんっとむかつく!!」



 ノックもなしにシルヴィアが部屋に入ってくる。機嫌が悪いのか独り言で怒鳴り散らしているようだ。

 すると、シルヴィアはアベルとヴィオがいることを知らなかったのか二人を見て凍りつく。


 状況。ヴィオを壁に追い込んで動きを封じてるアベル。









「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 変態いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! このロリコン!! 異常性欲者!!」


「はあああああああああああああああああああ!? うるせぇブス!! こいつなんかどうでもいいに決まってんだろ勘違いして喚くな!!」


 ヴィオは少しだけ残念そうにため息をついて、二人の喧嘩を見守りつつ、勝ち誇ったように微笑んだ。




アベル「俺の好みは年上だ」

シルヴィア「でも死ね」

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