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ミラージュオブフェイト  作者: 黄原凛斗
9章:協会朗唱
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負け犬なんかじゃ



 シルヴィアは店先に並ぶジュエルを見て頭を抱えていた。


 ――あれも欲しい、これも欲しい。でも優先すべきはこれ……。


 シルヴィアが手に持っている商品は魔力タンクとも言えるジュエルで、使用すると一時的に魔力が増加するというアイテムだ。もちろん人工ジュエルなので希少性の低い安物だが。

「……できれば使わないに越したことはないんだけど……」

 シルヴィアの奥の手を使うにはこのジュエルが必須ともいえる。それも複数。しかし、これを購入したら気になるジュエルがほかに買えなくなってしまう。

 所持金はミラが多めに渡しているのでそこそこあるのだが、魔力タンクはやはり希少性が低いとは言え予備タンクにもなるのでなかなかに値が張る。しかもそれを複数。あっという間に所持金が吹き飛ぶだろう。安物でこれだから天然ジュエルの魔力タンクは恐らく手の届かない値段なのだろう。

「はあ……」

 もっとおしゃれとかに使いたい。もっと美味しいものとかに使いたい。ついそんなことを考えてしまうが、これを乗り越えなければ……


「そもそも私に戦う理由なんてないような……」


 冷静に考えればシルヴィアは別にケイトとさえいれればいいわけだし、負けても損をするわけではない。

 まあ、ほどほどにやればいっか。

 そう納得して、魔力タンクを一度棚に戻し、欲しかった戦闘用のジュエルに手を伸ばす。

 しかし、直前で別の手がジュエルを掴み、レジへと向かおうとする。

「ちょ、ちょっと!」

 ほぼ同時、よりも少し遅かったがシルヴィアも買おうとしていたので、つい止めてしまう。

「それ、私も欲しいんですけど……」

 振り向いた女性は金髪で気の強そうな顔をしている。アマデウス人は金髪が多いと聞いていたがやはりそうなのだろうか。よく見ると協会員の証であるバッジがついている。

「……店員さん。これ、在庫まだあるかしら?」

 手にしたジュエルを店員に見せ、在庫を確認してくれる。店員はそれをみて困ったように言った。

「すみません、今お嬢さんの持っているので最後ですね」

「そう」

 どうでもよさそうに返事をするとそれをレジに置いて財布を取り出す。シルヴィアは慌てて女性の手を掴んだ。

「あ、あの、譲ってもらえませんか……?」

「……私が貴方に譲る義理などないのだけれど」

 最もな反論にシルヴィアはうっと言葉を詰まらす。そうだ、自分も狙っていたとはいえ、ちんたらしていたから取られただけのこと。

「す、すいません……」

 そう言って一歩下がったシルヴィアを見て、女性はターコイズブルーの瞳を細めて吐き捨てる。


「それに貴女、目が本気じゃないもの」


 本気じゃない――。

 その言葉にシルヴィアは言い表せぬ敗北感を抱く。いつもどこか妥協している自分を貫く女性の言葉が重くのしかかる。

 会計を済ませて何も言えずにいるシルヴィアとすれ違い、表情を見せずに言う。


「最初から負けることを考える負け犬に、勝利など訪れませんわ。それではごきげんよう、負け犬」


 それだけ吐き捨てると女性は店から出ていった。



(負け犬って……負け犬って……)

 店に取り残されたシルヴィアは先ほど買おうか悩んでいた魔力タンクジュエルの前で顔を俯けている。しかし、いきなり顔をがばっとあげて叫びこそしないものの乙女がしてはいけない表情で内心女性に対しての罵詈雑言を並べ立てる。


(初対面の人間に負け犬とか普通言う!? むかつくむかつくむかつく!! なによ、ちょっと美人だからって調子に乗って!!協会員サマはみんな人を負け犬とか言えるほど偉い訳? あーもうっ! 私は負け犬なんかじゃない!!)


 タンクジュエルを買えるだけ掴みとり、レジに叩きつけるような勢いで置く。

「これお願いします!!」

「は、はい」

 一部始終見ていた店員が気迫に押されて冷や汗を流しているがシルヴィアはそれに気づかない。


(試合で勝ってあの女見返してやる!! 相手が誰だか知らないけど私を怒らせたあの女を恨みなさいよ!!)


 協会員なら試合もきっと観るだろうと判断し、シルヴィアは先ほどの女性へ逆襲するために戻って訓練の勤しむのであった。







 金髪をなびかせ、ターコイズブルーの涼しげな瞳を持つ女性は自分の職場へと戻っていた。

 協会本部、依頼管理部所属、準幹部候補、キャサリン・オールディトン。

「さて……休憩時間まだ残っていることだし――」

「キャサリン、ちょっといいかしら」

 自分を呼ぶ声にキャサリンはがばっと振り返り、その人物を確認するやいなや、抱きつこうと勢いよく飛び出す。

「お姉様ああああああ!!」

 しかし、その人物――リーフはさっと体を傾けてそれを回避し、わずかに顔を引きつらせながら用件を伝える。

「あなたのことをウェルス――協会長が呼んでいるわ。休憩時間伸ばしてあげるからちょっと行ってきなさい」

「いいえ、(わたくし)にはお姉様との愛しい時間を過ごすという大切な業務があるため協会長の言葉など聞こえませんわ! ああ、お姉様お姉様!!」

「……部署異動されたくなければ速やかに協会長執務室に行きなさい」

 いらだちを隠しきれていない低い声にキャサリンはしょぼんとし、周りに居た下っ端や中堅クラスの協会員はびくっと身を竦ませた。

「はぁい……お姉様の言う通りにしますわ……」

「いい子ね。彼らへの指示は私がするから」

 彼ら、というのはリーフやキャサリンの下についている協会員たちのことだ。普段はキャサリンが業務の指示をしている。

「リーフ部長が来るなんて久し振りですね。ここ最近キャサリン先輩がずっと取り仕切っていたというのに。てっきり協会長にかまけすぎて、こちらのこと忘れているのかと思ってました」

 近くにいた下っ端の一人がリーフに対して淡々と言う。リーフは顔に出さないように(忘れてたことバレてる……)と思ったがキャサリンがそれを掻き消す勢いで下っ端に怒鳴る。

「お黙りなさいルネ!! お姉様の行動は絶対に正しいのです!! むしろ私に任せきりなのは信頼の表れというものなのよ!! そうですよねお姉様!!」

「……早く行きなさい、キャサリン……」

 頭をぽんぽんと叩いて促すと蕩けるような笑みでキャサリンは喜ぶ。そして言うとおり協会長の元へと駆けていった。

「どうかしたんですか、部長。キャサリン先輩が呼ばれるだなんて……」

「ああ、ちょっとね……ルネは気にしなくていいわ。それより、ユーリッヒと一緒に諜報部に行ってあの束渡してきて」

 指で示した先に山積みになった書類の束を見てうへぇと下っ端は顔をしかめる。

「二人でもあの量は厳しくないですか……」

「諜報部なら一人でやらされる量よ」

「……わかりました。ユーリさーん」

 フードをかぶった下っ端の一人に声をかけ、二人は書類の束をどうにか抱えて部署から出る。

 人員不足に悩まされる協会のこれからを思いながらリーフはため息をついた。

 種族や年齢、性別問わずに採用はするものの、それなりの試験や能力チェックを経て選ばれる。一部ではエリートとも呼ばれるがそんなことはない。むしろ行き場をなくした人間がここに流れ着くことも少なくないのだ。

 フルネームを隠し、名前だけでやっていく人間だって多い。偽名だけは弾いているためそれはないが、どこ出身かを隠したいがためにファミリーネームを消している。先ほどの下っ端二人もフルネームを名乗ったことは片手で足りるほどだ。

 ワケありの人間ばかり集まるこの協会は正義を名乗るには異質すぎる。




下っ端のルネとユーリッヒはサイトの方にある下っ端シリーズのキャラ。ここでは当然脇役。

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