予想外の提案
「いやぁ、ほんとごめんねぇ。ウェルスの馬鹿のせいで怖かっただろう?」
はっはっはっと軽く笑うその人は助けてくれたヘイム・ストゥーニルさん。
俺たちは客室でお茶とお菓子を出され、ミラさんとヘイムさん、そしてなぜかセレスさんを交えて話をしていた。
「まったく……セレスもウェルスの暴走を止めてくれよ?」
「えへへ……私はどちらかというと中立ですから……」
「気持ちはわかるけど、子供達困らせるのはかわいそうだろ? えっと、ユリアだっけ? 喉、大丈夫かい?」
「は、はい。平気です」
ユリアの首には怪我もなく本人も元気そうなのでヘイムさんもそのまま軽く流す。ふと、ヘイムさんはルカを見てふっと悲しそうに微笑んだ。
「うん、本当に瓜二つだ。これはウェルスやあいつが怒るのも無理はない」
「……あの、僕」
ルカが何かを言いかけてヘイムが手で言葉を制す。
「ちゃんと説明してあげるけど、君は受け止められる?」
「……聞かないとなんとも」
「だよね。んー、じゃあまずこれを見てくれないかな」
そういって俺たちに差し出されたのは一枚の写真。かなり古びているが保存状態はいいのか、そんなに劣化はしていない。
まず目を惹かれたのは若い姿、というよりあまり見た目が変わっていないミラさん。写真の方が幼さが残っているため若い、と形容すべきだろう。写真全体は記念写真かなにかだろうウェルスさんやヘイムさんも写っており、心なしか全員今より若く見える。というか、ミラさんのこんな笑顔初めて見た。
そして、話の主題であろう彼女のすぐそばにいる青年に視線を移す。
「……これ、ルカじゃないよな?」
アベルが驚いたように写真の人物を示す。その人物を見てシルヴィアもルカと見比べるためか視線が行き来する。
「似てるなんてもんじゃないわよこれ」
「ルカ君そっくりですー」
ユリアもシルヴィアに同調するその人物。黒系のローブをまとった魔法使いだと思われる青年は写真の楽しそうな雰囲気に似合わぬ物憂げな表情を浮かべている。
「恐らくみんなも一度くらいは聞いたことあるだろう。カイル・ラバース。ミラの幼馴染で英雄の一人。魔導師として優秀だった彼にルカ、君はぞっとするほど似ている」
どうしよう。この状況ですごく言いづらい。
サラはなぜか無表情で写真を見つめている。これ、声かけないほうが正解かな……。
ルカも似ていると言われて複雑なのか表情が暗い。
「ルカ、君がミラとそばにいるとミラが君に依存しているのではとウェルスたちは思うわけだ。代用している、とも捉えられる」
あまりの言い方にミラさんが何か言おうとするが、状況が悪化するだけだと思ったのか余計なことは言わなかった。
うーん、これ、やっぱり言ったほうがいいよな。
「ウェルスとしてはルカ君のこと詳しく調べたいだろうしミラとも――」
「あの、そんなに似てますかね?」
ヘイムさんの言葉を遮って思っていたことを口にする。すると、セレスさんとサラを除いて皆が「何言ってるんだこいつ」と言いたげな顔で一気に視線がこちらに集まった。
「いや、たしかに遠目から見れば似てるかもしれませんけど写真を見た限りではカイルさんとルカってあんまり似てませんよね? 瞳は同じですけど髪の色はカイルさんは赤みがかった茶髪で、ルカは暗い色ですし」
髪の色が同じというわけでもなく、顔だってそんなに似てるわけでもない。似てる似てるってみんなが声を揃えるものだから俺がおかしいのか。
「そうねー、やっぱりカイル君とルカ君は似てないわねぇ」
なんでもないように言ったのはセレスさん。紅茶を飲んで机にティーカップを置くとルカを見て言った。
「みんな似てる似てるって言うけれど私はそうでもないと思うし、ケイ君だってそう思ってるもの。あんまり気にしないで? ルイス君とカイル君のことにはみんな敏感だからちょっとピリピリしてるのよ」
ルカはそれを聞いて「は、はあ……」と気の抜けた返事をする。サラはまだ何か悩んでいるのか写真を見つめながら無表情。いい加減心配になってきた。
まあ、少なくとも前にミラさんがルカに泣きついた件があるからミラさんは似てると思ってるんだろうなぁ……。
「うん……まあ、セレスとケイトの感じ方は置いておくとして……」
あ、俺たちの意見置いておかれた。
「えー、ヘイム君ひどい」
「セレスは天然だから……」
セレスさんも同意見らしいがあの人たしかにほわほわしているところがあるからなぁ……。うん、仕方ない俺の意見は忘れてもらおう。
「で、ミラを含めて君たちをこれからどうするかについて話そうか」
ヘイムさんが真剣な声音で突然話を切り替える。変に笑顔で誤魔化されるよりはありがたいがこれはこれで緊張する。
「ウェルスの意見も最もで、できる限りミラには協会にいてもらいたい。まあ、僕としてはミラを閉じ込めておくのなんて無理だと思ってるし、適度にここにいてもらえればいいんだけど……」
「ウェルスがそんなの許すはずないじゃない。あいつ、ケイトたちが入院してる間に血盟契約書に無理やりサインさせようとしたんだからね」
「……そんなことまでしようとしてたのかウェルス……」
血盟契約書?
俺たちが疑問に思っているとヘイムさんが説明してくれた。
血盟契約書とは契約を結ぶ上でかなり上位に位置する効果を持つ方法で、羊皮紙に互いの血判とサインを書くことで契約ができる。ウェルスさんはどうやら『協会本部の敷地内から出ることを禁止する』という旨の契約書に無理やりサインさせようとしたらしく、そのまま戦闘沙汰になだれ込んだとミラさんが話してくれた。隣でヘイムさんが頭を抱えている。
「あいつ……ほんっとにもう……」
呆れているのか顔をなかなかあげないヘイムにセレスさんが肩を叩いて慰める。随分苦労しているようだ。
「契約は双方同意の上で行なうことに意味があるって何度言えばあいつは理解するんだ……!」
「だからウェルスは血盟契約を好むんじゃない。カースとかだってたしか血盟契約でしょ」
カースさんにもどうやら行動に関する制約で血盟契約を用いてるらしい。血盟契約の問題点はどうやら互いの血液が少しでもつけばいいらしく、あとは名前を書けば完了。なので、名前を無理やり書かせて指なり手なりを切って血を紙に垂らせば契約したことになる。
これ、契約としては致命的なんじゃないか……?
ウェルスさんの印象がどんどん悪くなっていく。
「ま、まあ……僕が血盟契約なんて真似はさせないさ……うーん、双方妥協する気、ないよね?」
「私はない」
「だよねぇ……」
ヘイムさんが困ったように笑う。あ、この人苦労人だな。
「……はあ……しばらくはウェルスもリーフをつけて書類叩きつけてきたから仕事抜け出せないとは思うけど……リーフはなんだかんだでウェルスに弱いしなぁ……」
「ミラちゃんが寝てる時に勝手にサインさせてしまうかもしれないわねぇ」
「ねえ、二人してさらっと恐ろしい可能性言わないでよ、寝れないじゃない。実際ここ数日ろくに寝れていないけど」
あまり表情を見る限り寝不足という感じはしないのだが、ミラさんはあまり寝れない日々を送っていたらしい。
「……はあ……昔は僕らで手合わせして負けた方に言うこと聞かせてたけど……今そういうことも――」
「あら、懐かしい。あの時はミラちゃんたちが勝って協会を顎で使ってたわね」
「やめてよ、そんな前の話持ち出すの」
恥ずかしそうに目線をそらすミラさん。そういえばアミーユ冒険記に協会の幹部と戦って勝利、協力関係を結んだとかあったけど、それのことだろうか。
ふと、ミラさんがはっとしたように顔をあげるが何を思ったか、すぐにため息をついて話題を切り替えた。
「で、私はここにいるのは嫌だからね」
「……いつも思うんだけどさ、ミラ。なんでここにとどまりたくないの? 恐らく一人でフラフラしてるより何倍も安全だし、生活に困ることはないよ? そもそも君、実家にずっと戻ってない――」
「私のことは私が決める。実家は……一度そろそろ顔出すわよ。あの子も心配してるだろうし」
「まったく……ウェルスもウェルスだけど、君もわがままだよ、ホント」
ヘイムが呆れたように紅茶を飲み干すと、おかわりを催促するようにカップを振る。それを受け取って新しく注がれた紅茶に口をつけたところで、ヘイムさんは顔をあげた。
「ははっ、あたしの気配に気づかないとは最近たるみ過ぎだぞー」
振り返るとそこにはポットを抱えながら楽しそうに笑う知らない人がいた。赤い髪と赤い瞳を持つ溌剌とした女性だ。
「トレア、久しぶり」
驚いた様子もなく声をかけるミラさん。女性はそれに対して嬉しそうに返す。
「おうおう、久しぶり。元気してた?」
「トレア、君……いつからいたの」
「トレアなら『そんな前の話』のあたりからいたわよ」
ミラさんがなんでもないように言う。ああ、だからなんかちょっと反応してたのか。
「ミラ惜しい。正解は『ここ数日ろくに寝れて』のあたりからだよ」
「そのへんの細かいところはどうでもいいわよ。問題はヘイムとセレスの反応の遅さよ」
「いやぁ……僕も疲れてるのかなぁ。まあトレアは僕よりそのへん格が違うし……」
「えへへ、私も全然……」
「協会幹部ぅ……」
ミラさんが頭を抱える。まあ気持ちはわからなくもない。
トレア・ジェメリ。協会幹部の一人で恐らく戦闘部署の責任者。類を見ない戦闘センスと直感力を持つ協会きっての武闘派、だったはず。
協会の英雄としては目立たない方だと聞いていたが……うん、本物見てわかった。あの冒険記とか絶対脚色多い。
「私はみんなのそういう呑気なところが苦手なのよ……」
「うん? 嘘はいけないな、ミラ。弟子もいるんだからちゃんと大人らしく振舞おう」
トレアさんに指摘されてうっ、と詰まるミラさん。
ミラさんって実は俺たちの前で見栄を張ることもあるからなぁ。虚勢というかなんというか、実は子供っぽかったりする。
「正確なことを言うならば『たとえここが安全だとしても自由にできないし、ウェルスの近くにいると身の危険を感じるから単なるわがままでここにいたくない』だろ?」
「……違うし」
あ、目をそらした。図星なんだな。
ふと、みんなに視線を向けると、アベルとシルヴィアは話を聞くことを放棄したのかお菓子を食べて喜んでいた。お前ら……。ルカとサラもお菓子をつまみつつ、幹部の人たちを観察している。まあ、話は聞いているみたいだし二人に関しては特に思うことはない。
問題はユリアだ。こいつ寝てる。
「うん、こうなったらあれだ。手合わせすればいいんじゃないか?」
「はあ? 私一人でみんなの相手とかさすがに無理――」
「うん? ミラの弟子と協会のルーキーを戦わせればいいじゃないか?」
しん、と静まり返る。アベルとシルヴィアですら硬直している。
「さすがにガチのベテラン幹部は出さないとしても、若手の幹部、準幹部くらいならちょうどいいだろ? ウェルスもそれなら納得するだろうし。そもそもミラを囲い込めるなら手段は選ばないあいつのことだ。これよりも面倒な提案叩きつけてくる前にこっちから提案しととかしたほうがいいぞー」
軽い調子で言うが、監獄の下っ端にすら負けた俺らに準幹部と戦わせるとか何言ってるんだ。どう考えても勝ち目が見えない。
可能性があってユリアとルカ、それかアベルくらいが勝ち星をあげられるかもしれないが、その三人も必ず勝てるわけでもない。そして俺とサラ、シルヴィアに関しては勝ち星を最初から考えられるほど強くない。
しかし、ミラさんはその提案に思うところがあったのか考える素振りを見せながら黙り込む。
「……それしか……」
「ミラさん? あの、ミラさん? 本気じゃないですよね?」
「アタシたち無理ですよ!? 勝てる気がしません!」
俺とサラが真っ青になって止めるが、まったく意味をなさなかった。
「よし、私の弟子と協会若手の手合わせ、ウェルスに叩きつけてやろうじゃないの!!」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「無理だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
『えええええええええええええええええええ」
俺とサラの絶叫と、ルカたちの本当にやるのかという驚きの声だけが虚しく響いた。
ミラはわがまま&アホの子なのでよく知る人物はそのへんが心配だったりつけ込みやすかったり色々思ってる。