仕事人VSオシャレ強盗
あたしが『仕事人』になってから数週間が経った。
それまでに解決した仕事はどれも大したことのないちっちゃいものやったけど、こういう事が意外に性に合ってる事に気がついた。
三つ編みの中学生の万引きを阻止した時も、
腹の出たおっさんを狩ろうとしていたやんちゃ坊主たちをこらしめた時も、
ヤクザ同士のケンカをポリが来る前に辞めさせた時も、なかなか気分がよかった。
必殺仕事人、ルイ。
響きも悪くない。
ここ数日でわかった事はもう一つ。
あたしのポルターガイスト能力がすば抜けてるって事。
エンマが言うには、他の能力者はせいぜい石ころや釘やスプーンやフォークなんかの小さいものや大きくても椅子やテレビくらいの大きさのものしか動かせへんらしい。
でもあたしは違った。
水や火や風まで自由に動かせる。
やった事はないけど、たぶん人間も動かせると思う。
人を飛ばす事は出来ても自分は飛べへんて…
やっぱ理不尽やわ。
神様め。
いつまでもうだうだ言うたるからな。
覚えとけよ。
「ルイ」
「あ゛?」
神様への怒りを引きずったまま、エンマに返事をした。
完全に八つ当たりやけど、そんなん知らん。
全て神様に言ってください。
「なんだよ、機嫌悪りぃな」
「別に。で、なんなん?」
エンマはすでにあたしの気分屋には慣れたらしく、八つ当たりをしても全く気にしいひんようになった。
慣れって恐ろしい。
いや、素晴らしい。
「え〜っと、なんだっけなぁ…。あぁそうだ、思い出した。今日は素晴らしい知らせがある」
「絶対素晴らしくないやろ」
あたしもエンマの楽観的な性格には慣れた。
いちいちイライラもしてられんし。
「本日午後3時きっかり、お前が今立ってる場所から100メートルほど先にある銀行に強盗が入る」
それのどのへんが素晴らしい知らせなんか、ぜひ説明していただきたいもんやわ。
エンマはたまに、こんな風に未来に起こるよからぬ出来事をあたしに報告してくる。
それをなんとかするのもあたしの仕事。
「うん」
「のちに、殺人事件へと切り替わる」
「うん」
「撃退せよ」
「了解。でもさぁ、前から思ってたけど、エンマは未来の事が分かっててそれをあたしに変えろって言ってるわけやろ?未来って変えてもいいの?」
「未来を変えたらダメだなんて、誰が言ったんだ?」
「あらゆる書物」
っていっても、マンガやけど。
「悪い未来を良い未来に変えて何が悪い。まぁでも、出来るだけ変えないようにな。今回は、金を奪われないようにする事と人を殺させない事だけをやってくれ」
「わかりました」
まだちょっと時間には早かったけど、とりあえず銀行に行ってみる事にした。
現在の時刻は午後2時45分。
銀行の自動ドアを通り抜けると、やたらと明るい空間が広がっていた。
自動ドアですらあたしの存在を感知出来ひんらしく、開いてくれへんかった。
まぁ、開いたら開いたでビックリするけどな。
あたしと、中にいる人達が。
自動ドアの両サイドには、おっきな観葉植物がめんどくさそうに立っていた。
銀行にある観葉植物は、銀行強盗が入った時に、犯人の身長の目安にするために置いてあるいうんはホンマなんかなぁ。
風もないのに、ふと葉っぱが揺れた気がした。
もしかしたらコイツはあたしの存在に気付いたんかも。
あんた、もしかして幽霊か?―
そうやで、珍しい?―
そうでもないけど―
こんな会話が出来ればいいのに。
銀行内は空いていた。
大学生くらいの女の人とどっかの会社の制服の女の人、初老の男の人とその奥さんらしき女の人、サラリーマン、白髪で品のよさそうなばあちゃんの6人しか客はおらん。
客サイドのゆったりとした時間の流れに比べ、カウンターの中の銀行員たちはビデオの早回しのようにせわしなく動いている。
ずっと見てたら酔ってきそうや。
エンマの報告に誤差はないはずやから、3時まではする事がない。
とりあえず、深緑で合皮張りのソファに腰掛けた。
あたしにはもう体重なんてないから、ソファがあたしの重みでくぼむ事はなかった。
そこが透明人間と違うトコ。
あたしの隣には、品のよさそうなばあちゃんが座っている。
ばあちゃんは不意にあたしを見つめた。
と思ったけど、あたしの後ろにある整理番号が表示される電光掲示板を見てただけやった。
ふぅー。
残念なような安心したような。
周りを見渡すと、いろんな物が目に入ってきた。
素人に見せかけたおばはんが、爽やかに笑っている生命保険のポスター。
家族で真新しい家を嬉しそうに眺めている住宅ローンのポスター。
いつのかわからんような女性用の雑誌や釣り雑誌。
若手俳優と若手女優が好きだの嫌いだのちちくりあってるドラマの再放送を流してるテレビ。
グッピーとネオンテトラと水草が共存している水槽。
そう言えば、機械で金をおろすことはあっても、カウンターに世話になった事はないかもしれんな。
銀行内を観察するだけでも意外に新鮮で楽しかった。
時間はすぐに過ぎる。
時刻は午後2時59分。
「みなさん、申し訳ないですが、じっとしていてくださいね」
4人の男たちが銀行に入ってきた。
間違いなくコイツらが強盗。
でも、あたしが想像してた強盗とはだいぶ違う。
黒い目だし帽をかぶって、細長い猟銃やら金属バットやらサバイバルナイフやらを持った男たちが、
『動くんじゃねぇぞ!ちょっとでも動いたぶっ殺すからなぁ!』
とか言いながら荒々しく乱入してくる思てたけど、全く違う種類の強盗団が来たもんやから、逆にビビってしもた。
男たちは、全員黒いシャツに黒いスーツに黒いネクタイ、黒い中折れハットに黒いサングラスという全身真っ黒の出で立ち。
耳にイヤホンでもしてたら、強盗いうよりはどっかのSPに見える。
手にしている武器は、猟銃やサバイバルナイフじゃなくて、リヴォルバーやトカレフ的な片手で扱えるくらいの小さい銃だけ。
この強盗団を『カッコイイ』と表現してもあながち間違いではない。
オシャレ強盗。
素敵犯罪者。
「ルイ」
エンマが低い声で言った。
「ん?」
「コイツらを甘く見るなよ。見栄えはいいが冷酷だ。未来の殺人犯なんだからな」
「わかった。で、誰が殺られる予定なん?」
「さっきお前の隣に座ってたばあさんだ」
あの人が…
あたしは、あの品の良さそうなばあちゃんが強盗団のトカレフで頭を撃ち抜かれる事を想像した。
強盗団の薄ら笑い…
客たちや銀行員たちの甲高い悲鳴…
ばあちゃんの頭から噴き出す大量の血…
その血でできた血だまり…
生臭い血のにおい…
絶対にそんな事させへん。
あたしがばあちゃんを守る。
アイツら、絶対檻に入れたる。
今まで悪さをしてきたあたしでも、こんな状況になると正義感というものが沸き上がってきた。
強盗団は、手早く出入り口のシャッターを下ろした。
外界からの隔離。
まぁ、あたしだけはいつでも出れるわけやけど。
そもそも中ではあたしはおらへん設定やけどな。
強盗団のこの行動は、人質の客たちを外に逃げられんようにするためと、外から人が入ってこんようにするためと、外から中の様子が見えへんようにするため。
でも、あたしにはもう一つ理由があるように思えた。
もう外に逃げられへん、誰も助けてくれへんというプレッシャーを人質にかけ、精神的にも人質を支配するため。
その効果はすぐに表れた。
強盗団が入ってきた直後には何が起こってんのかわからへんというような表情をしてた客たちが、シャッターが下ろされるのと同時に恐怖の表情を露わにした。
「お嬢さん、すみませんがこのケースに出来るだけたくさん現金を詰めていただけますか?」
口調は疑問系に間違いないけど、それは完全に強制のニュアンスやった。
丁寧語が返って強盗団の冷酷さを表しているように見える。
「は…い…」
『お嬢さん』と呼ばれた若い女性銀行員は、震えながら消え入るような声で返事をした。
自分が銀行員になった事を今ほど後悔した事はなかったに違いない。
女性銀行員は、強盗がカウンターに優しく置いたアタッシュケースを持ち、奥の部屋へ進もうとした。
「どこへ行くんです?」
強盗がトーンを少し低くして聞いた。
「あの…ここにはお金…ないんです…。金庫へ行かないと…」
あぁ、女性銀行員、呼吸困難に陥ったような話し方になってもうてる。
「あぁ、それもそうですね。では、見張りを付けさせていただきます。構いませんね?」
一応確認はしとるけど、こんなんやったらうんとしかゆえへんやん。
女性銀行員はコクリとうなずいた。
声も出せへんようになったんちゃうかと不安になった。
「おい」
強盗は、人質にリヴォルバーの銃口を向けて威嚇している仲間を呼んだ。
「お前が見張りにいけ」
銀行員や人質たちに対する言葉遣いとは全く違う命令調。
やっぱりコイツがリーダーなんやろう。
部下には厳しいらしい。
リヴォルバーを持っていた強盗はしっかりうなずくと、カウンターを軽ろやかな身のこなしで乗り越え、女性銀行員の後ろに立った。
女性銀行員の腰の辺りには銃口がピッタリとつけられている。
「お嬢さんに乱暴なマネすんじゃねえぞ」
リーダーはリヴォルバーに乱暴に言った。
リヴォルバーはもう一度うなずくと、女性銀行員と共に奥の部屋へと消えていった。
「さて、少しヒマになってしまいましたね。どうしましょうか」
リーダーは、初めて人質たちを見ながら言った。
人質たちの背筋が一斉に伸びるのがわかる。
自分たちに向けられている銃口よりも、今は銃を手にしていないリーダーの方が遥かに恐ろしいという事にそこにいる全員が気付いていたから。
リーダーのジャケットの胸の辺りがいびつに膨らんでいるのを全員がわかっていたから。
全員が、人間の本能で、一番の危険人物を察知していた。
「みなさん、どうなさったんですか?せっかくのこの時間を楽しみましょう」
リーダーは楽しそうに笑っている。
理解不能。
「ふざけんな…」
危険を察知しているはずのサラリーマンが言った。
怖いもの知らず。
「何です?」
リーダーは威圧的な声で言った。
この男は、サラリーマンが何を言ったのかわかっている上であえて聞き返している。
サラリーマンにチャンスを与えたんかもしれん。
今『なんでもない』と言えば、見逃してくれるはずや。
サラリーマン、チャンスを無駄にすんなよ。
「ふざけんなって言ったんだ。こんな状況で何をどう楽しめっていうんだ!」
やっぱりな。
まったく、せっかくの配慮を。
大学生風の女性と制服の女性が、サラリーマンとリーダーを交互に見ている。
お願いだから、反抗しないで―
じっとしてて―
そんな風に思っている表情。
まぁその反応は正しい。
誰でも、いらん事すんなって思うのが当然やもんな。
「なら、死にますか?」
リーダーはジャケットの内ポケットに、指を滑り込ませた。
楽しむか死ぬかしかない選択肢。
やっぱりこのリーダーは普通じゃない。
リーダーのその行動を見たサラリーマンの顔は青ざめ、腰を抜かしたようにその場に崩れ落ちた。
粋がんな、ヘタレが。
リーダーは座り込んだサラリーマンを見ながらニッコリ笑った。
嫌な笑いではなく、穏やかで優しい笑み。
逆に怖い。
リーダーは終始ニコニコし、時々鼻歌を交えながら、仲間が金庫から戻ってくるのを待っていた。
女性銀行員とリヴォルバーが奥の部屋へ入ってから5分ほど経つと、2人はアタッシュケースを重そうにかかえながらリーダーの所に戻ってきた。
「遅かったな」
リーダーがリヴォルバーに冷たく言い放った。
「すいません」
リヴォルバーはリーダーに頭を下げた。
「中身を確認させていただきますね」
リーダーは女性銀行員にさわやかな笑顔を向けた。
女性銀行員はその素敵な笑顔に少し顔を赤らめた。
お前は、いつでもどこでも色恋かいな。
さっきまで震えてたくせに。
リーダーはアタッシュケースを開き、帯のついた札束をパラパラと確認している。
ところでコイツら、急ぐ気とかはないんやろか。
さっさとせぇ。
「大丈夫ですね。では、私たちはこれで失礼します。お騒がせしました」
ホンマにね。
大騒ぎですよ。
リーダーがそう言い、全員がホッとした時、カタカタと不吉な物音が聞こえてきた。
カウンターの向こう側にいた男性銀行員が、四つん這いになって何かをしようとしてるんが見えた。
カウンターの真下に設置されている緊急時用の赤いボタンを押そうとしとる。
このボタンを押すと自動的に警察に通報される仕組みになっている。
コイツアホやなぁ。
がんばるんはいいけど、もっと上手いことやれや。
地べたに座らされている人質たちは、カウンターの向こう側は見えてへんから物音の正体もわからへん。
でもリーダーはずっと立ってるからそれが何なんかをしっかり把握した。
「そのボタン、押したいみたいですね」
リーダーの手にはすでにトカレフが握られている。
銃口は、真っ直ぐに男性銀行員の頭に向けられていた。
「押してもいいですよ。あなたの命と引き換えならね」
リーダーは穏やかな表情でとんでもないことを口走った。
男性銀行員は、マンガの登場人物のようにゴクリとつばを飲み込み、その場でおとなしくなった。
「おいとましようと思っていた所ですが、彼のせいで気分を害しました。なのでもう少し怖い思いをしてもらいましょう」
人質たちはたぶん、あの男性銀行員の事を一生恨むやろう。
そんな気配が重々しく漂っている。
「ど、どうせ撃てないんだろう?その拳銃は見せかけなんじゃないのか?」
今までなんにも言わずに様子を見ていた初老の男性がリーダーに言った。
また新しいアホが出てきた。
男性の奥さんらしき女性が男性の腕をつかんだ。
やめてください、余計な事しないで―
「何ですか?」
リーダーは男性を見た。
サングラスのせいで目は見えへんはずやのに、リーダーが目を細めるんがわかった。
「お前たちが持ってるそれは、おもちゃなんじゃないかと聞いているんだ」
男性は比較的ハッキリした口調で言った。
初老といっては失礼な年なんかもしれへん。
アホやけど、さっきのサラリーマンよりは根性ありそうや。
でもあんた、あれは本物なんよ。
残念やけども。
「これがおもちゃだとおっしゃるんですね?」
リーダーはトカレフを手で弄びながらニッコリと笑って言った。
「あぁ」
男性はだんだんと強気になってきている。
あのリーダーでもそろそろ怒り出すんちゃうやろか。
「では、確認しましょうか」
リーダーはトカレフの銃口を男性の太もも辺りに向けた。
こらアカン。
アイツ、ホンマに撃ちよるわ。
リーダーが引き金を引いた瞬間、銀行内に凄まじい銃声が響いた。
銀行員と人質たちは全員キツく目をつむってる。
が、撃たれたはずのあの男性の悲鳴がいつまでたっても聞こえこーへんから、全員がほぼ同時に目を開いた。
男性の太ももは何ともなってない。
そらそうや。
だって、あたしが弾止めたんやもん。
銃口から弾が飛び出した瞬間、弾を一瞬その場に止め、それから床に落とした。
リーダーは床に落ちている弾を見て、首をかしげた。
射撃の腕には自信があったらしい。
「何故ここに弾が落ちているのかはわかりませんが、とにかくこれがおもちゃじゃないという事はわかっていただけたかと思います」
さきほどまでいきり立っていた男性は、首がもげるんやないかと思うくらいコクコクとうなずいた。
「あなた、死にたいんですか?いい加減にしていただきたいんですがね」
リーダーは頭の後ろに目でもついているかのように、振り返らずに言った。
リーダーに『あなた』と呼ばれたのは、初老の男性ではなく、カウンターの内側であの赤いボタンを押そうとしている男。
さっきのヤツとは違う男。
この銀行では、一体どんなマニュアルがあるんか知りたくなった。
強盗が入ってきたらバレても懲りずにボタンを押せ、とか?
カウンターの内側では男が冷や汗をかいている。
今回ボタンを押そうとした男は、小太りで、なんらかの役職に就いていそうな風貌。
「あなたみたいな人の為に犠牲になる方はかわいそうですね」
リーダーは溜め息混じりに言った。
どういう意味やろう…
あたしがその意味を考えようとした瞬間。
リーダーのトカレフの銃口は、あのばあちゃんの頭に向けられていた。
誰かが余計な動きをすれば、他の誰かの頭が吹っ飛ぶという事か。
とんでもない悪徳ジェントルマン。
「あなたのせいでこのご婦人は死ぬ事になりました」
リーダーはまたもやニッコリと笑いながら言った。
今から銃をぶっ放すという表情では絶対にない。
「やめてください!撃つなら私を撃ってください」
小太りは顔を真っ青にしながらリーダーに懇願した。
「駄目です。あなたが死んだら責任がなくなります。自分のせいでなんの関係もない人が死んだという事実を一生背負っていきてください」
非道。
「そんな…」
小太りの目には涙がたまっている。
あんな事言われたら、誰でも泣きたなるわな。
でも大丈夫。
あんたはそんなに苦しまんでいいから。
「さようなら」
リーダーはばあちゃんを目掛けてためらいなく銃を撃った。
「一体どうなっているんだ…」
リーダーは、誰も傷つける事なく床に着地した弾丸を拾い上げてつぶやいた。
もちろん今度もあたしの仕業。
ばあちゃんも助かったことやし、そろそろ終わりにしよかな。
まず、強盗団の銃を奪い取る事にした。
とりあえず、一番ヒマそうにしてるやつの銃を無理矢理奪い取り、リーダーが銃を持っている右手に向かって投げ飛ばした。
「え?」
あたしに銃を奪われたやつはアホみたいな声を出した。
投げ飛ばした銃は見事にリーダーの右手に命中し、リーダーはトカレフを落とした。
今度は、その落ちたトカレフを隣にいるリヴォルバーの手にあてる。
そうやって落ちた銃をまた次のやつの手に当てていく。
4丁の銃が全て床に落ちると、それをまとめて銀行の一番端っこに滑らせた。
この一連の動作に要した時間は2秒くらい。
強盗たちは、もちろん何が起こったのかわかってない。
お互いの顔を不思議そうに見合っている。
こんな事は幽霊の、なおかつポルターガイスト能力者のあたしにしか出来まい。
へっへっへ。
さて、一番に行動を起こすのは誰かな。
「つ、捕まえろー!!」
そう叫んだのは、一度心が折れたサラリーマン。
立ち直りが早い。
サラリーマンのこの一言で、その場にいた男性全員が強盗団確保に励んだ。
この強盗団、武道派ではないらしく、銃を取り上げられるとたちまち弱くなり、銀行員たちに簡単に取り押さえられた。
小太りは、今度は堂々とあの赤いボタンを押した。
あたしは、ちょっとした好奇心と遊び心で、強盗団のサングラスと中折れハットを動かしてみた。
リーダー…
あんた…
ハゲとるやないか。
台無しやわ。
そんな事をして遊んでる間に、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
さすが、迅速。
大学生っぽい女の人が、意外な強力で出入り口のシャッターを押し上げ、外に到着した警察官を呼びにいった。
その様子を見ていると、あのばあちゃんが近づいてきた。
え?
近づいてきた?
あたしに?
「ありがとうね」
ばあちゃんは間違いなくあたしに言った。
だって、しっかり目合ってるし。
「えーっと…ばあちゃん、あたしが見えてるん?」
ばあちゃんは、元々しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにさせて笑った。
「見えてるよ。さっきからずっといただろ?あたしの隣に座ってた」
じゃあ、ばあちゃんが電光掲示板を見てると思った時、ホンマはやっぱりあたしを見てたんかもしれへんな。
「うん」
「あたしは、昔からあんたみたいなのが見えるんじゃよ」
「へぇー、大変なんやな」
知らんけど。
「大変な時もあるけど、今日みたいに得する事だってある」
「得?」
「助けてくれたあんたに、直接礼が言えた」
めっちゃ嬉しかった。
「礼はいらんよ。これがあたしの仕事やから」
「仕事?」
「まぁ、いろいろあるんよ」
「そうかい」
ばあちゃんの顔はまたしわくちゃになった。
ばあちゃんとの会話を終えると、さっきの大学生が呼んできた警察官がわらわらと銀行内に入ってきた。
予想以上に人数が多い。
警察官がきたなら、あたしがここにいる理由はもうない。
「ばあちゃん、あたしもう行くわ」
ばあちゃんはゆらりと手を振った。
あたしももちろん振り返す。
銀行の外に出ると、やたらと気持ちがよかった。
天気がどうとか気温がどうとかではなく、人を守ったという事が気持ちよかった。
「やっぱりお前、こういうの向いてるんじゃねぇか?すげぇスッキリした顔してる」
エンマがからかうように言ってきた。
「うるさい」
「褒めてんのに」
「もう!うるさい」
とは言ったものの、エンマに言われた言葉もあのばあちゃんに言われた言葉も嬉しくて仕方なかった。
でも、その事をエンマに気付かれたくなかった。
あまのじゃくなあたし。
さっそく次の仕事を探そうとした時、30歳くらいで背の高いすごくキレイな人がいる事に気がついた。
銀行の中をものすごい剣幕で睨みつけている。
幽霊のあたしでも寒気を感じるほど、恨みのこもった目つき。
この人がこんだけ憎んでる人がこの銀行内にいるって事なんやろか。
中にいた人たちを思い出してみた。
恨みを買うような人はおらんかったような気がする。
あの強盗団以外には。
でもまぁ、この人が誰をどんだけ恨もうが正直あたしには関係ない話。
「お前、気付いてねぇだろ」
エンマが低い声で言った。
若干の狼狽の色を感じる。
「何に?」
「その女、生身の人間じゃねえぞ」
驚いて、女をもう一度見た。
不覚にも目が合ってしまった。
女はカッと目を見開いた。
ヤバい。
直感的にそう感じ、あたしは即座に走り出した。
あ〜もう!!
飛びたい!!!
幸いにも、女があたしを追いかけてくることはなかった。
こっわ〜
あたしが走り疲れてゼェゼェいいながらガードレールに座っていると、エンマが労いの言葉をかけてきた。
「おつかれ〜。でもさ、何もこんなとこまで走らなくてもよかったんじゃねぇか?」
「だってめっちゃ怖かったんやもん!本気で殺されるかと思ったもん!あの人なんなん?」
あたしは涙声でエンマにうったえた。
「何って、生き霊」
「怖すぎるわ!!」
「俺にキレられてもなぁ。俺が作り出したわけじゃねぇし」
「まぁそうやけどさ。今外に生き霊がおるとか言ってくれてもいいやん」
「あぁ、ごめん。怒ったぁ〜?」
エンマの謝罪は空気よりも軽かった。
謝る気があるんかないんか疑わしいな。
あたしはエンマを無視した。
「ルイちゃ〜ん、ごめん〜」
甘えられても無視。
そのあともエンマは甘え口調で何回か謝ってきた。
あたしはそれをことごとく無視。
「ちっ」
おぅおぅ、舌打ちですか。
「聞こえてんで」
「ごめん〜」
もうええわ。