友情を超えた友情
あたしが死んでから丸1日が経った。
あたしの死を知って、あたしの為に泣いてくれた人はいるんかなぁ…
そう思ったらいてもたってもいられへんくなって、生きてる時によく仲間とたまってた場所に行ってみた。
座右の銘、行使。
そこは、コンビニの前でもなく、寂れた倉庫でもない。
ただの児童公園。
昼間はちっちゃい子供が楽しそうに遊んでるけど、夜になるとしんと静まり返り、絶好のたまり場になった。
たまにポリが来る。
それがウザくてたまらんかった。
あたしは、ほぼ毎日その公園にいた。
仲間たちもほぼ毎日そこにいた。
特別に何かをするという事もなく、会話がやたら盛り上がるというわけどもなかったけど、みんながそこにいたがった。
年も違うし、住んでる場所もバラバラやったけど、なんでか自然に集まった。
たぶん、みんな寂しかったからなんやと思う。
みんなが誰かと一緒にいたかったんやと思う。
誰一人、そういう事を口には出さへんかったけど、みんながその事に気付いてたんやと思う。
だから、あんなに居心地がよかったんやと思う。
公園に着くと、今日もやっぱりみんながいた。
でも、なんとなくいつもと違うような感じがする。
輪になって座っているみんなの真ん中には、ポウっと明かりが灯ってる。
なんやろう…
あたしはみんなにゆっくり近付いた。
黒のスウェットのヤスとジンベエのシゲの間から、その明かりの正体を確かめようと中をのぞき込んだ。
みんな…
なんで…
こんな事……
一気に熱いものがこみ上げてきた。
仲間たちの輪の中に灯っていたのは……
あたしやった。
ステンレスの縁取りの写真立ての中に入ったあたしの顔写真。
あたし、すごい笑ってる。
ちゃんと笑えてる。
いつの写真なんやろう…
その写真立ての前には、ロウソクが2本と線香が数本、雑草とあんまり変わらへんちっちゃい花束、よう吸ってたタバコ、大好きやったチュッパチャプス、それにCDラジカセが置いてあった。
「ルイ…なんで…」
ゴスロリのマリアが、隣にいるナナコの手を握り締めながら涙声で言った。
ナナコは、夏は浴衣で春秋冬は着物を必ず着ている。
今日は、鴬色のシンプルな着物。
そのくせ、髪はシャンパンゴールド。
ナナコはマリアの手をしっかり握り返した。
「アイツも相当キツかったんだろ。かわいそうに…」
最年長のタケが言った。
喉の奥がつまったようなしゃべり方はいつもの通り。
「かわいそうなんかじゃねぇよ。俺らだってアイツと変わんねぇのに…なんで…アイツだけ…」
パンクバンドのボーカルみたいなシュウイチが、膝から崩れ落ちた。
顔を両手で覆って泣いている。
タケがシュウイチの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「ちゃんと…送ってやろうな」
タケはそう言って、CDラジカセの再生ボタンを押した。
動くかどうかもわからんような古いラジカセのボロボロのスピーカーからは、あたしが毎日のように聴いていた音楽が流れてきた。
前に観た映画で流れてた曲。
not at allのFROM SILENCE。
「これ…ルイがいつも聴いてた曲?」
ナナコは抑えられんくなったみたいで、ポロポロと涙を流した。
それを隠そうとしいひんナナコは、いつも以上に凛としている。
「誰も経なんか読めねぇしよ、この曲が経の代わりだ」
タケも少し目を赤くしながら言った。
これは…
あたしの為のお葬式…?
きっと誰もお葬式をやってくれへんかったんやろう。
だから、こうしてコイツらがやってくれた。
ヤス…
シゲ…
マリア…
ナナコ…
タケ…
シュウイチ…
ゴメン……
ゴメン……
「葬式か…?」
エンマが言った。
「そうみたい…」
「お前、いい仲間がいるじゃねぇか。それなのに自殺なんて…やっぱり地獄に墜としとくべきだったな」
どんどん溢れ出てくる涙を止められへんかった。
拭っても拭っても溢れてくる。
涙腺が破裂したみたい。
あたしなんかの為にこんな事してくれて、ありがとう…
あたしなんかの為に涙を流してくれて、ありがとう…
「ル…イ…?」
マリアが言った。
驚いてマリアの方を見ると、マリアは間違いなくあたしを見ていた。
え…?
あたしが…
見えるん…?
そのマリアの言葉に、他の5人も慌ててマリアが見ている方向に目をやった。
そこにはもちろん、あたしがいる。
5人とも目をバッチリ見開いて、口も半開きになった。
「もしかして…、みんなあたしが見えてる…?」
全員がうなずいた。
姿が見えているだけではなく、声まで聞こえるみたい。
すぐにピンときた。
これは、エンマの仕業や。
エンマがあたしの姿をみんなに見えるようにしてくれてる。
あたしの声をみんなに聞こえるようにしてくれてる。
「ルイー!!」
マリアを筆頭に、みんながあたしに走りよってきた。
マリアがあたしに抱きつこうとし、あたしもそれを受け入れようと両手を目一杯広げた。
でも…
マリアが前に突き出していた手は、何の抵抗もなくあたしの体を通り抜けた。
そうや…
あたしはもう死んでるんや…
もうこの子を抱き締めてやることも出来ひん…
マリアは16やけど、極度の甘えん坊で、いつも誰かが手をつないだり肩を抱いといたらな、突然泣き出す事もあった。
両親から充分な愛情を受けてなかったんやと思う。
そんなマリアの隣にいたんは常にあたしやった。
あたしはマリアがかわいくてかわいくて仕方なかった。
マリアもそんなあたしの気持ちに応えるようにいつもあたしの隣にいてくれた。
でも…
今マリアの手を握っているのは、あたしではなくナナコ…
もしかして…
あたしは…
自分ががリュウにされた事を、マリアにしてしまったんかもしれん…
あたしの体を通り抜けている自分の手を見たマリアの目からは、滝のように涙が溢れている。
「なんで…自殺なんて…」
ナナコが、倒れそうなマリアの体を支えながら言った。
しっかりとマリアを支えられているナナコが、羨ましくて仕方なかった。
「すごい大事な人に…
裏切られて…。
もうあたしなんて生きててもしょうがないって…
思ったから…。
あたしが存在する事にもう意味がないって…
思ったから…」
自分が言った言葉が間違ってるってもうわかってる。
だって…
あたしが存在する意味は、ここにあったんやもん…
あたしがやったのは、裏切り。
だから、みんなに申し訳なくて、みんなの目を見ることが出来ひんかった。
「俺らは…お前の何だったんだよ…。俺らじゃダメだったのかよ…。なぁ、ルイ…」
いつもはアホな事ばっかり言ってるシゲが、目にいっぱい涙を溜めて言った。
「ゴメン…ホンマにゴメン…」
謝ることしか出来ひん自分に腹が立った。
あまりに弱かった自分が情けなかった。
コイツらに甘えることが出来ひんかった事が悔しかった。
「あんまり責めるんじゃねぇよ。
ルイだって辛かったんだ。
それに、後悔して反省もしてる。
俺らがルイのいろんな事に気づいてやれなかったのも悪かったんじゃねぇかな」
タケがシゲの肩に手を置いた。
「ルイ〜…ルイ〜…」
マリアが激しい嗚咽を漏らしながら一生懸命あたしの名前を呼んだ。
抱き締めてやりたい。
頭を撫でてやりたい。
でもそれは絶対に出来ひん。
それが死ぬという事やから…
「ルイ…申し訳ないんだが、10分以上は無理なんだ」
そういう決まりがあるのか、エンマの力に限界があるのか、エンマは言いにくそうにそう言った。
「みんな、ゴメン…。あたし、もう行かなアカンみたい…」
あたしは必死で笑顔を作った。
笑う事は、泣く事よりもずっと難しい。
「俺ら、お前の事絶対忘れねぇから…」
シュウイチも笑った。
「ありがとう…。
あたしも絶対忘れへんよ…。
ずっとみんなを見てるから…。
じゃあ、バイバイ…」
あたしが別れを告げると、次の瞬間、みんながキョロキョロし始めた。
どうやら、あたしの姿はもうみんなの目には届いてないみたい。
まだここにいんのに…
目の前にいんのに…
やっぱり、エンマの力がなかったらあたしは人の目には映らへん存在になってしまうんや。
でも、これが自分で選んだ道やから…
この世から消える事を望んだんは、あたし自身やから…
「変わったヤツらだな」
エンマの声は優しかった。
「うん…でも、見た目とは違ってみんな誰よりもいいヤツやで」
「わかってるよ。そうじゃなくて」
「どういう意味?」
「お前は今幽霊なんだぞ。
死んだはずのお前が突然目の前に現れたのに、誰一人怖がってなかったじゃねぇか。
怖がるどころか、嬉しくてたまんねぇって感じだった」
はっとした。
確かに、驚いてはいたけど誰もあたしを怖がってはなかった。
「普通はさ、どれだけ親しくしてたとしても、死んだはずの人間が現れたらちょっとくらい怖いと思うはずなんだよ。
それが全くなかったから、変わったヤツらだなって言ったんだ」
ホンマに…
そんなんやから、みんな世間から浮くんや…
でも、あたしは大好きやった。
もちろんこれからも。
みんな、ありがとう。
あたし、絶対天国に行くから。
上からずっとみんなを見てるから。