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BLACK×HEAVEN  作者: 結子
2/8

仕事人発動

次の瞬間、あたしの目の前には見慣れた景色が広がっていた。



あたしがずっと暮らしてた街…




リュウと出逢って、そして裏切られた街…




あたしが死んだ街…




きゃあきゃあ大騒ぎしながら歩いてる女子高生も、でっかい声を張り上げて話してるおばはんたちも、フラフラ徘徊してるホームレスも、全部があたしを幸せな気持ちにさせた。




生きてる時はウザかっただけのものが全部、泣きたくなるくらい懐かしく感じた。




あー、あたしは死んだんや。




この人らとはもう全然違う世界にいるんや。




電車に飛び込む前…




ホンマに死にたいと思ってた。




リュウのおらん世界から消えたいと思ってた。




後悔なんか絶対しーひんと思ってた。




でも…



「後悔したか?」




最初の時と同じで、姿は見えへんかったけど、声だけが頭に響いてきた。




耳で聞いてるのとは全く違う感覚。




エンマは…




あたしの名前だけじゃなくて、心ん中までわかるんかなぁ…




「うん…」



「でももうお前は生き返れねぇ。だったらせめて、天国に行きてぇよな?」



「あたしは…天国に行ける?」



「お前の頑張り次第だ」




エンマの声は優しかった。




優しい閻魔様か…




世の中の絵本を全部書き直した方がいいんかもしれへんな。




「がんばる」




頭にふわっとした感触があった。




それがエンマの手やって事がなんとなくわかった。




アイツ…




いいヤツやん。



それにしても。




今、あたしは幽霊なわけやけど…




そやのに、完全に足があるわけよ。




えっ、なんで?




普通に地面に立ってるわけよ。




だから、なんで?




幽霊ってさ、普通こう、なんか…




ふわっとしてて、足とか無くて、宙に浮いてるもんなんじゃないの?




いや、でも実際見た事ないし、こんなもんなんかなぁ。



「お前、運が悪かったな」




エンマがまた話しかけてきた。



「は?」



「幽霊って浮かんでるイメージだろ?」



「うん、まぁ。でもあたしは普通に立ってる」



「飛べるやつと飛べないやつがいるんだよ」




あたしは飛べへんやつって事か。




だから運が悪い。




なるほど。




飛べる方がいいに決まってるもんな。



「じゃあ、思いっ切りジャンプしてみ」




エンマに言われた通り、渾身の力を振り絞ってジャンプしてみた。




その飛躍力は生きてる時と大差なし。




「あー、だめだ。お前ホントついてねぇな」




エンマは小バカにしたような口振りでそう言った。




次はどういう事や。




「宙に浮かぶことは出来なくても、ものすごいジャンプ力があるやつもいるんだ」




あたしにはそれも備わらへんかったってわけか。




確かについてない。




「なんとかならへんの?」




せっかく幽霊になったんやから、ちょっとくらい飛んでみたい。




人間の夢やん?




「無理だな」



「なんで?あんた、閻魔なんやからなんとかしてや」



「閻魔は万能じゃねぇんだよ。それに、神様が決めた事だから仕方ねぇ。あきらめろ」




神様ねぇ…




もう何でもありやな。



「そもそも神様は何を基準に飛べるとか飛べへんとかを決めてるん?」



「さぁ。あの人めんどくさがりだから、たぶんテキトーだと思うけど」



「理不尽やわ」




神様がめんどくさがりて。




どうりで願い事が叶わんかったわけや。




ちゃんとしてくれな困るわ。




神様、しっかり。




「じゃぁ今から注意事項言うから、ちゃんと聞けよ」



「めんどくさい」



「うるせぇ。俺だってめんどくせぇよ」




そう言われると、逆にちゃんと聞こうという気になるんはなんでやろう。



「まず、お前は飛べないからこれから行動するときは全て徒歩。



その際、生きてる人間には触れない事。



生きてる人間を通り抜けない事。



徒歩で行けねぇような場所には俺が連れてってやる」




「何で触ったらアカンの?っていうか、触れるん?」



「触れるっていうか、人間の体の中にお前の手を通り抜けさせるって事だな。



あいつら意外に敏感だから、触られるとその場所に寒気を感じるし、通り抜けられるとものすごく不愉快な気持ちになる」



「ふぅん」




やってみたくなった。




好奇心旺盛ですから、私。



さっそく、一番近くにいた大学生くらいの兄ちゃんの肩に、そっと手を通してみた。




みるみる内に首もとまで鳥肌がたった。




兄ちゃんは、周りをキョロキョロと見回しながら、両腕をさすりはじめた。




あたしの姿は見えてへんみたい。




おもしろ〜。




「あ、コラ」




エンマが言った。




あたしは上を向いてニッと笑った。




エンマがそこにいるような気がしたから。



「じゃあ、次な。腹は減らねぇが、疲れる事はある。だから、無理はしないように」



「了解」



「たまに他の幽霊に出会う事もあるだろうが、当然の事だからいちいちビビる必要はない。気が合うようなら友達になってもいい」



「了解」



「はい、次。生き霊に会ったらとにかく逃げろ。何が何でも目を合わすな。絶対からまれんな」



「生き霊って?」



「まだ生きてる人間の霊だ。



強い恨みや憎しみによって生まれる。



人間のそういう気持ちがハッキリ形になったものだな。



でもやっぱり霊なわけだから、普通の人間には見えない。



あいつらの力はハンパねぇから本物の霊でもかなわねぇ」



「絶対逃げます。がんばります」




背中が少し寒くなった。




人間の感情って…




怖っ!!



「次、たまにお前の姿が見えるやつがいるはずだ。霊感があるやつだな。そいつらとは会話が出来る」




生きてる時はそういうの信じてへんかったけど、自分が霊になったら、そういうのありがたいと思える。




自分の姿が誰にも見えへんのはすごい悲しいし、声が誰にも聞こえへんのはすごい辛い…




そんな時に、あたしの姿が見えて、あたしの声が聞こえる人が現れたら嬉しいに決まってる。




あたしの口元は、知らず知らずのうちに緩まっていた。




「きっとお前を支えてくれる」




エンマの笑顔が頭に浮かんだ。



もちろん、あの牙は健在。




あたしは、霊感のある人を探すことに決めた。



「あともう一つ。



これで最後だ。



緊急事態の時、霊感のないやつにも話しかける事が出来る。



伝えたい事を頭の中で念じれば、相手の頭の中に直接言葉を送れる。



だが、これはものすごい体力が必要だ。



相手にもお前にも大きな負担がかかる。



だから、あまり使わないように」



「わかった」




エンマからの注意事項を聞き終えた感想。




なかなかめんどくさい。




まず飛べへん意味がわからんし。




だってそれは絶対条件っていうか、幽霊の醍醐味やん?




ほんで、幽霊やのに疲れるし頭も痛くなるて。




どうやら幽霊も閻魔と一緒で万能ではないらしい。




期待はずれもここまできたらあきらめるしかないな。



下界で働く事をどれだけの期間続けなアカンのかわからんけど、なんか気ィ抜けてきた。




でも、どれくらい続けなアカンの?ってエンマに質問する気はなかった。




だって、とんでもない数を言われたら余計に気ィ抜けるやろうから。




「今日はとりあえずパトロールな」




あたしは『パトロール』という言葉に対して、顔がアンパンで出来てるあの国民的ヒーローを思い浮かべた。




そういえば、どういう原理かアイツは空を飛べるんやったな。




アンパンに負けた気がした。




くそー。




顔面濡らしたろか。



「その辺テキトーに歩いてみろ」




エンマに言われた通り、テキトーに歩いてみた。




おかしな感じがする。




あたしは今普通に歩いてて、でも他の人にはあたしは見えてへん。




自分が死んだという事に慣れるまでには、もうちょっと時間がかかりそうやった。




「パトロールとか言われてもなぁ…」




独り言のつもりでもなかったけど、エンマからの返事はなかった。




向こうの都合で交信するつもりなんやろか。




勝手な話や。



あたしは、エンマが絡んでこーへんのをいい事に、ちょっとした悪さを試みてみる事にした。




こんな体になることなんて滅多にないんやから、ちょっとは楽しまな損やろ。




とりあえず、横を通る人の体に片っ端から触れてみた。




あたしに触れられた人はみんな、さっきの大学生と全くおんなじ反応をする。




周りをキョロキョロ見渡しながら両腕をさする。




霊感のない人間でも、近くに『何か』がいることだけはわかるらしい。




だからキョロキョロしてその『何か』を探そうとする。




でも、結局見つからへんからあきらめる。




みんなおんなじ反応やから、この実験にはすぐに飽きてしまった。


さて、レベルアップ。




次は人を通り抜けてみる事にした。




メタボリックなおっさんはイヤやったから、さっきとは違って人を選ぶ事にした。




あたしの目についたんは、白いフリフリのワンピースを着て、隣にいるBボーイの腕にしがみついている脱力感丸出しの女。




その女をみた瞬間、あたしは思った。




嫌い。




よし、アイツにしよう。



あたしはその女の真ん前に立ちはだかった。




自分から通り抜けるのではなく、こいつに通り抜けさせようという魂胆。




理由は特になし。




さぁ、来い。




女の顔とあたしの顔が、女の胸とあたしの胸が、女の足とあたしの足が一瞬重なった直後、女はあたしの後ろにいた。




「え?何これ…」




女が、茶色に染めた眉毛を寄せた。




「どうした?」




Bボーイが心配そうに女の顔をのぞきこんだ。




「なんかぁ〜、今すっごい変な感じがしたぁ〜。気持ち悪い〜うぅ〜」




女はネチネチと泣きそうな声で言った。




あ〜、殴りたい。




Bボーイの表情はさらに心配そうになった。




「大丈夫?病院、行く?」




コイツも殴りたい。




コイツらの会話に腹を立てるやつはきっとあたしの他にも大勢いるはず。




「優しい〜」




幽霊に通り抜けられた人間が不愉快な気持ちになるのは、あまり長い時間ではないらしい。




周囲を不愉快な気持ちにさせているやつらは、もっと不愉快な気持ちになるべきや。




ねぇみなさん、違いますか?



「おい」




げっ。




閻魔様の登場。




「お前、何やってんだよ」




エンマの口調には怒りは含まれてないように思えた。




「何って、実験」



「ただのいたずらだろうが」




エンマは、あたしがこんな悪さをするという事を見越していたに違いない。




いやぁ、さすがや。



「パトロール、終わったのか?」



「っていうか、まだ始めてもないけども」




エンマのため息が聞こえた。





そんなもんまで聞こえるとは、素晴らしい性能。




「お前な、天国に行けなくてもいいのか?もっとがんばれよ」



「だって、急にパトロールとか言われても、何をどうしたらいいんかわからんねんもん」



「悪いことしそうなヤツが悪いことしねぇようにすんだよ」




そんなアバウトに言われても困るけど。



「じゃあ例えば、さっきからあそこでヤンキーに絡まれてるメガネを助けるとか?」




あたしはカツアゲをくらってるメガネの少年を指差した。




「そうだよ!見えてんだったらさっさと行け」




めんどくさい、そう思いながらもエンマのいう事に従った。




ちんたら歩いて、模範的なカツアゲを実施しているヤンキーの近くに立つと、あたしはすぐに首をかしげ、眉間にしわをよせた。




えーっと…




どうしようかな。




「もしもーし」




とりあえず声をかけてみた。




無反応。




「おい、聞いてんのかコラ!」




怒鳴ってみた。




無反応。



さて、どうしたもんか。




どん詰まり。




「なあ、これどうしたらいいの?」




エンマに話しかけてみた。




まさかの無反応。




お前もかい。



「さっさと出せって」




ヤンキーがメガネの胸ぐらをつかんだ。




メガネはビビって額から大量の汗を出している。




あ〜ぁ。




かわいそうに。




2人の顔と顔の距離は異常に近い。




ヤンキーっていうのは、なんでこう顔を近づけたがるんやろうか。




習性?




鉄則?




不思議で仕方ない。



メガネはカバンの中に震える手を突っ込んだ。




金出す気や。




マズいな。




あたしは、何かないかとあてもなく周りを見渡した。




そこで目をつけたんが、ヤンキーの足元に転がってる石ころ。



でも、拾おうとして気がついた。




アカン。




触れへん。




どうしよ…




もうっ!!




石ころ!!




飛べ!!




アイツに当たれ!!




切羽詰まっての念力。




素手でやれへんなんて、あたしも落ちぶれたもんやな。



「いってぇぇぇ!」




ヤンキーが、カエルを踏み潰した時のような声で騒いだ。




こめかみの辺りにはうっすらと血が滲んでいる。




あ?




もしかして…




今度は錆びた釘が目についた。




危ないもんがごっそり落ちとんな。




釘!




アイツのケツに刺され!!




「うぅ〜」




見事に命中した。




やっぱり、あたしは物を思い通りに動かせる。



ヤンキーはブツブツ言いながらも金は諦め、その場を小走りで去っていった。




メガネは何があったんかよくわかってないみたいで、呆然と立ち尽くしとる。




コイツ、思ったよりも若そう。



もしかしたら小学生かもしれんな。




メガネは急に動き出した。




ものすごい勢いで何かを探している。




落とし物でもしたんやろか。



しばらく動き回ったメガネは、カバンを大事そうに両手でかかえて上を向いた。




「ありがとう」




ドキッとした。




まるで見当違いの方向を向いてたけど、あたしに言ってくれた言葉なんやってわかったから。




「どういたしまして」




あたしが言うと、聞こえてへんはずやのにメガネはビックリした顔をした。




でも、それを大して気にすることもなく、メガネは走り去った。



「どんな気分だ?」




さっきは無視したくせに、今更出てきよった。




「何が?」




わざととぼけたった。




エンマに二度手間をプレゼント。




「人助け」



「まぁでも、嫌いじゃないかな」




人に礼を言われるのは気分がいいもんやって初めて知った。




「そうか。それにしても、お前にアレがあるとはなぁ。いやぁ、たまげた」



「何の話?」




今度はホンマに何の話かわからへん。



「お前の力だよ。物を自分の思い通りに動かせる力。ポルターガイスト能力」




アレにはあたしが一番ビックリしたわ。




「飛べへんくても、あんな事が出来ればいいや。何にも出来ひん幽霊じゃなくてよかった」



「簡単に言ってるけど、マジですげぇんだぞ」



「珍しいの?」



「かなりな」




得した気分。




特殊能力…




あぁ、いい響き。



「まぁ、こんな感じで世の中の為になる事をしてくれ」




あたしには、上から下界におりてきて、疑問に思った事があった。




いつエンマに聞こうかと思ってたけど、今ふと思い出したから今聞く事にする。




思い立ったらすぐ行動。




あたしの座右の銘。




まぁ、今決めた事やけど。




「なぁ、エンマ」



「うん?」




呼び捨てにした事を気にしている様子は全くない。




寛大な閻魔様。




「聞きたい事がある」



「どうぞ」











「あたしは、何で立ってるん?」












この疑問に気付いた時、あたしは自分が天才なんちゃうかと思った。



「だから、飛べねぇからだろ」



「そうじゃなくて。



あたしは物に触れへんはずやのに、何で地面には立ててるんかって事。



だって立ってるって事は、足が地面に触れてるって事やろ?」



「あぁ、そういう事か。



その説明すんの忘れてた。



っつうか、俺もどう言ったらいいのかイマイチわかんねぇんだわ」




「わからんくてもがんばって」



「例えば、さっきみたいに石ころを持ち上げる事は出来ねぇが、地面に立つ事はできる。



椅子を持ち上げる事はできねぇが、椅子に座る事は出来る。



壁を押すことは出来ねぇが、壁に寄りかかる事は出来る。



サッカーボールを蹴る事は出来ねぇが、サッカーボールの上に立つ事は出来る」



「サッカーボールの上に立つ事は、まぁ無いと思うけど」




「例えばの話だよ。でもほら、なんとなくわかるだろ?」




「わからん事もないかな」




「思ったより伝わったみたいでよかったよ」




「あともう一個」




「はい」




「あたし、どこで寝るん?」




「気にすんな。幽霊は眠くなんねぇから。ちなみに、風呂も便所も必要ねぇ」




秒殺。




さっきのややこしい説明とは大違いや。




まぁ、幽霊なんて存在自体がややこしいんかもしれへんけど。




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