婚約者が病弱な妹に真実の愛を見つけたそうで、婚約破棄するそうです。――だがな、そう簡単に私が溺愛する妹を渡すと思うなよ
「フェリシア。婚約を破棄したい」
「は?」
フェリシアは驚愕する。
場所は夜会。公爵家令嬢のデビュタント。
フェリシアは赤いドレスに身を包み、髪もメイクもばっちりだ。
一応政略結婚とはいえ、こいつを不快にさせないように全力女子力爆盛りだが。不満か?
夜会では婚約者と一緒に行動するのが一般的だ。今はめちゃくちゃ序盤。開始の挨拶をまだ小さい令嬢が頑張って話している。
これから今日どうするの?この雰囲気でいくの?帰るの?バカなの?
フェリシアは持っている鞄をフルスイングでこのアホ男の顔面に叩きつけたい衝動を必死に抑えた。
ふー。ふー。ふー。どうどう。落ち着け私。今日の私はスーパーウーマン。取れるな仮面。よーーし。耐えた。
「まあ。あちらのお料理美味しそうですね。あなたの分も取ってきましょうか?」
フェリシアはにこやかな笑顔をアホ婚約者ことレジアスに向ける。
「真実の愛を見つけたんだ。天使みたいな子だ」
ちーがーうー。アホかこいつは。
今じゃない。伝わんねーか。
フェリシアはレジアスの耳に顔を近づける。
「おい、脳無し。よく聞け。今じゃない。わかった?」
レジアスは初めて聞く、フェリシアの重低音を聞いてかくかくと頷く。
逆にこいつと結婚する流れにならなくて正解なのでは?とフェリシアは真剣に考えるのであった。
問題は形式上は政略結婚であること。
ん?
よくよく考えてみると、不義理をしているのは向こうなのだ。こちらが責められるいわれはない。むしろフェリシアの経歴に傷が付く分、金をふんだくることができるんじゃないか?
フェリシアはにこやかな顔でそんな事を考えながら、婚約者役を全うするのだった。
※ ※ ※ ※ ※
夜会も佳境を迎え、公爵家のお嬢さんにお見送りされる。
外に出て、少し外れた場所に陣取る。
フェリシアは仮面を外し、絶対零度の視線をレジアスへ向ける。
「で?」
「婚約を破棄したい」
「聞いた。次」
「真実の愛を見つけた。見ただけで心が震えるんだ」
「へー」
レジアスは悪びれる様子も無く、フェリシアに言う。
まあ。政略結婚なんてこんなもんかと、レジアスに興味を完全になくしたフェリシアは適当に返事をすることにした。
「ちなみに相手の名前は?」
「フェルンと言うらしい」
「フェルン……らしいってどういうこと?」
「初めて見た子だ。妖精みたいな子なんだ」
「え?話をしてないの?」
「ああ。見かけただけだ。目も合ったと思う。そして少し微笑んでくれた」
「……髪色と年齢はどれくらい?」
「薄い桃色で美しかった。恐らく十五歳くらいだと思う」
フェリシアは大きなため息をついた。
「多分。私の妹ね。病弱で自分の部屋からほとんど出られないのよ。微笑んだのは私の婚約者だから。写真見せたしね」
「おおお。僥倖じゃないか。私がフェリシアの妹と結婚すれば、政略結婚も問題ない」
まあ、確かに。これで問題なくなる。私の傷以外は。
それも置いておこう。今はいい。金で補填してもらおう。別に構わんさ。
さて。
「おい。お前。今聞き捨てならない言葉が耳に入った気がした」
フェリシアの豹変にレジアスが少し引く。
その距離を詰めたフェリシアはレジアスの胸倉を掴む。
「お前?フェルンと結婚するっていったか?私の最愛の妹と結婚するって? ああ?」
完全に飲まれているレジアスはフェリシアの地雷を踏み抜く。
「フェリシア落ち着きなよ。これは政略結婚さ。僕は次期侯爵。フェルンは僕がしっかり守るよ」
フェリシアは完全に頭に血がのぼる。レジアスを後ろの外壁に叩きつける。
「いいだろう。ならば戦争だ。あまり私を舐めるなよ小僧」
そう言い残して、フェリシアは自分の馬車に乗って帰宅した。
※ ※ ※ ※ ※
フェリシア・レリシティ。
レリシティ子爵家の長女であり、国上層部が認める圧倒的才女。国営最上位の学院を首席で卒業。卒業研究時に国内の手つかずの鉄鉱石の地層を調べ、新たな採掘事業に手を出した。その功績を家に押し付けて、レリシティ男爵家を子爵家に押し上げた。それはフェリシアが、まだ目立つ時じゃないと判断したためであった。
フェリシアは風呂に入って、いつも通り妹のフェルンの部屋に来ていた。
17歳のフェルンは病弱なこともあり、発育が悪く、見た目が凄く幼い。レジアスがフェルンを十五歳くらいだと思ったのも納得であった。しかしフェリシアはそれすらフェルンの美点と言って憚らなかった。フェルン自体は少し気にしているのだが。
フェリシアはいつも通り、フェルンを両足の間に入れてよしよしする。
そしてバレないようにスーハ―スーハ―と髪の匂いを嗅ぐのであった。
あー。いい匂い。この世の宝だわ。この子は神の造形した人間の中でも最高傑作に違いない。あー天使。私の天使。癒される。
「姉様。くすぐったいです」
「ほー。じゃあこうしてやろう」
そう言って、フェリシアはフェルンのわきに手を入れてくすぐる。
「や。やめて……。いやあ。くすぐったいです。ねえさま」
それを見て鼻を膨らませるフェリシア。
もはやセクハラであった。
「はーはー。もう。ねえさまの意地悪。めっです」
きゅん。
フェリシアはしんだ。
フェリシアは再起動した。
ふー。危ない。昇天するところだった。
フェリシアはギリギリで復活した。
「なー。フェルン?」
「どうしたんですか?姉様?」
「私、婚約破棄されたよ」
「え?姉様がですか?レジアスさんにですか?え?姉様何か悪い事したのですか?」
フェルンのつぶらな瞳が心配そうにフェリシアを見上げる。
「なんでっ!私が!なんかした前提なんだよ!!」
フェルンの寝巻と背中の間に手を突っ込むフェリシア。
もう、やりたいだけだろう。
「やっ。冷たい。やあああああ。姉様ダメです。くすぐったいです。ごめんなさいです。ごめんなさいしますから、許してください」
それを聞いて、フェリシアは手を抜く。
そして、顔を真っ赤にしながらフェルンは、フェリシアに抱き着く。
「ごめんなさい。です」
フェリシアは耐えた。
危なかった、鼻血を吹き出すところだった。
フェルンもこれをすれば姉は全てを許すとわかっている。なかなか強かな娘であった。とても恥ずかしそうだったが。
おずおずと元の姿勢に戻るフェルン。耳が赤いのが、もうたまらんとフェリシアはフェルンを後ろから抱きしめる。
「で、どうしてなんですか?」
「フェルン。そういえば、レジアスを最近見かけなかったか?」
「んー。そういえばこの前、お散歩したときに見かけました。目が合ったので、この人が姉様の婚約者かーと」
「それでレジアスがお前に一目惚れしたそうだ」
「へ?」
フェルンはフェリシアに抱き着かれたまま見上げる。
「真実の愛だってさ」
「はい? 姉様待ってください。おかしいです。話したこともありません」
「うむ。で、フェルンと結婚したいそうだ。フェルンはあいつと結婚したいか?」
フェリシアはフェルンをぎゅっと抱きしめながら聞いた。
「ありえません。姉様にそんな適当な理由で婚約破棄する人なんて。話したくもありません」
ぷっくりと頬を膨らませて怒るフェルン。
それが可愛くて意地悪しなくなったフェリシア。
「でも、政略結婚だってさ」
「……や。です」
ダメだった。フェリシアは酷く後悔する。人生一番の後悔かもしれない。
誰だ、フェルンにこんな悲しそうな声を出させたのは。あいつか。レジアスか。万死に値する。
よし。
フェリシアはフェルンの頭を撫でて、立ち上がる。
「ねえさま?」
「殺してくる」
「えっ?ダメです。それはダメです」
「うん。じゃあ社会的に殺してくる」
「ぇー」
フェリシアは固まるフェルンを置いて颯爽と部屋を出た。
※ ※ ※ ※ ※
翌日。フェリシアは父のレリシティ子爵と共に、レジアスの家、ヴァルディス侯爵家に来ていた。
応接間で、ヴァルディス侯爵とレジアスが既に待っていた。
「やあ。レリシティ子爵。ようこそいらしてくださった。フェリシア君も自分の家と思って寛いでくれ。まあ実際そうなるんだからね」
ヴァルディス侯爵は上機嫌だった。フェリシアは一瞬でこれは話してないなと察する。レジアスを見ると少し顔を俯けていた。
そして、フェリシアはレリシティ子爵と共に席に着いた。
そのタイミングで、レジアスが切り出す。
「父さん。聞いて欲しい。俺はフェリシアではなく、フェリシアの妹フェルンと結婚する」
ヴァルディス侯爵にとって寝耳に水だった。
フェリシアは何度聞いても慣れないのか、こめかみをひくつかせている。
レリシティ子爵は隣から凄まじい怒気を放つ娘に引いていた。
「は? レジアス。お前、何を言ってるんだ。お前を支えてもらうために、フェリシア君との婚約を整えたと何度も説明しただろう」
「いや。父さん聞いて欲しい。俺は真実の愛を見つけたんだ。フェルンじゃないとダメなんだ。それに政略結婚なら妹でも問題ないはずだ」
ヴァルディス侯爵の右腕がピクリと動いて、ギリギリ踏みとどまったのをフェリシアは見ていた。
おー耐えた。流石侯爵様。
まあ、フェリシアは容赦はしないが。
「だそうです。侯爵様。どうしましょう。私、婚約破棄されてしまいましたわ。傷つきますわ。心も、経歴も。私は次期侯爵様に婚約破棄された女。それを一生背負って生きていかないといけませんわ」
「それは本当に申し訳ない。でも、すまない。これだけは譲れないんだ」
レジアスは話せば分かってくれると信じて侯爵に話しかける。
もう侯爵の腕は血管が浮き出てパンパンだった。拳はソファーに食い込んでいた。
「で? どう落とし前つけますか?」
フェリシアは頃合いかと低い声で交渉を開始する。レリシティ子爵は一切口出ししない。娘には隣にいるように言われただけだから。
ヴァルディス侯爵は眉間に皺を寄せて考えている。
ここで考えさせる程、フェリシアは甘くなかった。
フェリシアはふーとため息を吐く演技をしながら止めを刺す。
「ミスリル鉱石の件は王家と直でやりますわ。初めからどちらでも良かったのですし。ヴァルディス侯爵には学生時代にお世話になったから、こういうお話をしたのでした。そちらから反故になさるなら、それで構いませんわね」
フェリシアはヴァルディス侯爵を追い詰める。ヴァルディス侯爵はもう詰んでいた。フェリシアが準備をしてやってきた時点で、チェックメイトなのである。
フェリシアは学生時代に鉄鉱石の採掘事業に手を付けた。それとは別にミスリル鉱床も発見していたのである。ヴァルディス侯爵には、業者の手配や後ろ盾など、フェリシアも色々と世話になっていた。その流れでフェリシアがヴァルディス侯爵家へ嫁ぎ、両家で大商いをする予定であった。
フェリシアとしては義理を捨てれば、婿をもらい、いずれ当主として王家と直接事業を進めても問題なかった。むしろそっちの方が利益は大きい。
「それは違うだろフェリシア。そのミスリルに関しても子爵家として権利を持っているはずだ。大体、フェルンが可哀想じゃないか。僕と結婚したらフェルンは侯爵家の人間だよ。フェルンにも富は分けてあげるべきだろう?」
こいつは一体何を言っているのだろうか? 突飛すぎて意味が分からない。フェリシアはポカーンと口をあける。
その直後、レジアスが吹っ飛んだ。我慢の限界を超えたヴァルディス侯爵の拳がレジアスに突き刺さったのだ。
「すまない。本当にすまない」
ヴァルディス侯爵は立ち上がり、何度もフェリシアに頭を下げる。フェリシアはもう笑うしかなかった。
「いたっ。父さん。どうしたっていうんだ。ミスリルは子爵家にあるんだから、フェリシア一人で決めるのは筋違いだろ?」
「ミスリル鉱床の採掘権は全て、フェリシア君個人がもっているんだ。もうお前は黙っていろ」
床に倒れたレジアスはそれを聞いて顔色を失う。
「大変ですね」
フェリシアはもう完全に他人事であった。
「恥ずかしい限りだ。教育不足を痛感する。私が未熟だった」
ヴァルディス侯爵は肩を落としてソファーに座る。
「廃嫡しては?」
フェリシアの声は低く冷たい。これから、この国を率いていくであろう女傑は次期侯爵に不適格の烙印を押した。
「次男と結婚してくれるとでも?」
ヴァルディス侯爵は乾いた笑いが出た。
「もちろん。お断りさせていただきます。ただし、ミスリル採掘の件は是非ご一緒に。私はヴァルディス侯爵の先見の明と身内にも容赦のない厳格さを信奉しております。いっそのこと、侯爵と結婚しましょうか?」
フェリシアは笑顔でヴァルディス侯爵を見る。
ヴァルディス侯爵は深いため息を付いた。
「やめてくれ。家内が泣くのは見たくない」
「仲良くやりますよ?」
ヴァルディス侯爵はレジアスを見る。
「器ではなかったか」
「父さん……」
フェリシアはレリシティ子爵の肩を叩いて、立ち上がる。
「では、よろしくお願いします」
そう、頭を下げて立ち上がった。
後に、ヴァルディス侯爵嫡男レジアスは廃嫡。ヴァルディス侯爵家は次男が継ぐことに。そしてフェリシアとの婚約はレジアスの廃嫡と共に取り消された。
※ ※ ※ ※ ※
二日後の夜。フェリシアはフェルンを足の間に挟んで、なでなでしていた。
「あの人、非常識すぎます。廃嫡されたからって、これからは素の俺を愛してくれって。怖いです」
なんとレジアスは廃嫡された身ながら、フェリシアのいない時間を見計らってフェルンに会いに来たのだ。そして、五メートルほど引き離された状態で求婚した。流石にレリシティ子爵もブチ切れた。謝罪かと思って引き合わせたらこれだ。ほとほと呆れた男だ。
ちなみに、レジアスはヴァルディス侯爵にボコボコに殴られた後、離れた国へ留学という形で国外退去させられた。もう二度と会う事もないだろう。
珍しく憤るフェルンの頭をフェリシアは撫でる。
「フェルンの相手は私がしっかり連れてきてやる。まぁ、真実の愛を見つけたら応援するがな」
それを聞いたフェルンは、「もー」と頬を膨らませる。
「真実の愛はもうこりごりです」
お読みいただきありがとうございました。面白かったと思っていただけましたら、評価していただけると嬉しいです。作者大喜びです。




