ep.9
葉の絡まるレンガの赤に、綺麗だと喜ぶ観光客。俺には理解し難い。くすんだその色は、過去の汗と涙が染み込んだ念にしか見えなかった。
気味が悪い。
身体が自然と縮こまる。
背後から吹いた風が真っ直ぐ流れていった。
視界全体に広場が見えると、更に連なる赤みの四角に吐き気がした。
四方八方全てに映るそれが、血みどろのようだった。
……そうか。
身体が否応なしに拒むのは、似ているからだ。
祐希が俺に投げつけた
あの御守りにーー
揺れ始めた頭を筋張る手で抑える。
違うんだ、祐希。
俺が、あの時、
本当に込めた思いは……
それじゃない。
頭蓋ごと破壊しそうな程、強烈な痛みが走った。思わず身体が地へと崩れ落ちる。
胃から戻された大量の液体が、足元へと流れていく。
息をするので精一杯だった。
汚れた口元に目から落ちた雫が混じる。鼻からの粘っこい水分は長く、長く伸びて落ちた。
俺はただ、あの約束を果たしたかった。
それだけなんだよ。
硬い地面に思い切り拳を振り落とした。くすんだ煉瓦に鮮やかな赤が加わる。
こんな痛みなんて、比べものにならないよなーー。
「お前なんか親友じゃない。二度と来るな」
優しい祐希が放ったあの言葉。
俺の足元に落ちた御守りには確かに違う赤が混じっていた。
すぐそばで2羽の鳥が寄り添うように羽をおろす。
そのさえずりが俺の孤独をあぶり出した。
「大丈夫ですか?」
突然の声に仰け反った。
目の前には青年が心配そうに俺を見ている。
手にはウェットティッシュと絆創膏を持っていた。
「あ、あの、その」
混乱のせいか、しどろもどろになる。
汚らわしい俺を気味悪がる事なく、青年は手から流れた血を優しく拭き取ると、絆創膏で覆ってくれた。ただの流れ作業のような手際の良さ。微塵も変えない表情に、見慣れているような錯覚を覚えた。
「体調悪いんですか?」
優しい声色に心は落ち着きをみせていく。
「すいません。昼食を食べ過ぎたせいで」
「そうでしたか。この辺りは美味しい物がたくさんありますからね」
笑顔が孤独さを溶かすようだった。
それに、妙に安心感のある空気が流れている。
「顔色も戻りつつありますね。この近くの総合病院に勤めているので、また体調が悪くなったらいらしてください」
そう言って軽く会釈をすると、何事も無かったように去っていった。
医師。
そりゃ安心するのは当然だ。
息が漏れるように僅かな笑みが浮かんだ。
ここは、何なんだよ。
岡山に来てからというもの、思い出ばかりが波のように絶えず流れる。
「僕、千歳お兄ちゃんの代わりに医学部目指すんだ。お父さんがね、メスを握れない葉山の人間は、葉山じゃないって。酷いよね……。だから今までみたいに遊べなくなるかも」
当たり前だった日常が崩れ始めたのはあの日だった。突然のことと、まだ小学生なのにと不思議に感じたのを覚えてる。
ブログを辿り、違和感を確かめたくて、ここに来たのに。
全部が過去へとリンクする。
ずっと俺を見てるのか?
導かれるまま岡山へ来たのも、お前が手繰り寄せていたんじゃないか?
1人だけのうのうと生きている俺を、地獄へ叩き落とす為に。
膝をゆっくり上げ、ゆらりと立ち上がると数回頷いた。
お前と一緒なら俺はそっちがいい。
だからーー
これが終わるまで待っててくれ。
ここからは2人で行こう。
失うものなんて、無い。
この命以外に。
夜の帳が降ろされていく。
始めよう。
なぞなぞ二人旅。
そう前を向いた瞬間だった。
1回の通知音。
静寂を切り裂くその響きが
俺を呼んでいた。




