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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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ep.6

 

 倉敷駅に降り立つと、天井からの光に目を細めた。白いフィルターが少しずつ色を付けていく。


 ホームには弾ける笑顔が濁流のように絶えず流れていた。俺なんて形さえ帯びていないように思えた。


 改札口を通ると、美観地区までのルートを確認する為スマホを取り出す。



 新着通知。



 心臓が背中から飛び出すように跳ね上がる。視界の端が黒みを帯びていく。


 画面が切り替わると鼻からふっと息が漏れた。


 クソ上司からだ。


「平山様、お疲れ様です。有給消化後、退職手続きを進めます。ご確認ください。長い間のご尽力に感謝いたします。益々ご活躍されることをお祈りいたします。」


 何の温度も持たない、ただ並べられただけの文字。それにPDFファイルが駒のように添付されていた。


 即座にスワイプして画面から排除する。


 きっとあの会社からしたら、俺もこんな感じなんだろう。

 そうは思えたが、なぜか清々しさもあった。

 これで、心置きなく集中できる。

 迷うことなく指先が動いた。

 マップを検索すると、赤い矢印だけが俺を動かし始めた。


 駅前の大通りをまっすぐ進む。歩道が整備され見通しも良く、初めてでも余裕で辿り着けそうだ。

 観光地らしい雰囲気を歩く度に感じられる。だが、楽しげな声だけが耳には痛かった。


 えびす通商店街、本通り商店街、そして美観地区へと矢印は続く。


 アーケードが日差しを隠し、汗ばんだ体を少しばかり楽にしてくれた。

 リュックからペットボトルを取り出すと、一気に飲み干した。

 今日の気温の高さが嫌になる。

 潤い切らない体が、さらなる水分を求め始めると、前方に自販機が見えた。


 ポケットにある残りの小銭を鷲掴みにすると、一番安い水のボタンを選ぶ。

 鈍い音と共に落ちたそれを手に取ると、隣の古本屋が目に入った。隅に色褪せた古い講演会のポスターが残っている。


『美観地区出身 作家なぞなぞう先生の講演会。一緒になぞ解きを楽しもう!』


 祐希が大好きなあの本の著者だ。

 その単純かつ妙な名前は忘れる事など出来なかった。


 画びょうは錆に覆われ周囲にも色が侵食している。貼られ続けた歳月がここの歴史として不気味に溶け込んでいるようだった。


 水を三度口に含むと、足を進めていく。


 目の前に鮮やかな彩りがパノラマ写真のように広がった。

 白壁の建物に、人力車。

 川の流れる音に足が止まった。



 祐希……俺、来たよ。


 そう思った瞬間にドブのような匂いが鼻を突き抜いた。

 行き交う人の流れがそれを風に乗せて舞い上げる。掌で鼻を覆い、方向を失った足でとにかく進めた。どこでもいい。目を見開き、左右を血眼で見定める。少し先に脇道へと行けそうなルートを見つけると既に足は駆けていた。


 角を曲がると喧騒が僅かに遠のいていく。壁に身体を預けると、上半身が波打つのを感じた。空を見上げ目を閉じた。視覚を無くすと嗅覚が何かを引き寄せる。


 なんだ……?


 先程とは違う何か。


 甘ったるい香りと鼻の奥を突くような酸味。


 目を開け地を見ると、写真にもホームページにも写らない幾つかのゴミが、建物の影に潜むように落ちていた。


 美しい景観が幻で、

 この場所だけが現実に見えた。


 ゲホッ。


 突然肺の奥に何かが触れた感覚がした。


 目に見えないそれは咳として輪郭を持ち体外へと放たれる。


 何かを見過ごしている。


 嫌な予感だけが俺の体温を冷まし始めた。


 急いでスマホを取り出すとブログの返信を再度読み直す。


 質問の意味。

 あるんだ。

 絶対に、何かが。


「そうなんですね。とても羨ましいです。この地から始めて色々巡りたいんです。船には乗られるんですか?」



 違和感が確信に触れた時、俺の耳から全ての音が消えた。

 すぐさま新たなタブを開いて検索をかける。

 素早く動く指先が何故か遅く感じた。


「美観地区」

「この地から始まった」


 打ち込んだキーワードから弾き出された記事に目を通す。



『倉敷と綿花の深い関係』


 スッと指先から感覚が消えた。


『一輪の綿花から始まる倉敷物語』


 飛び込んできたその文字が曲線を描くように歪んで見える。


 その場に崩れ落ちると、コンクリートのザラリとした無機質さに触れた。


 俺は気づかなかった。



 笑みがこぼれていたことに。




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