ep.3
翌日は朝から腹の調子が悪かった。
朝食も摂らず会社へと着いたが、満腹のような感覚がある。
『二人分の料理に、一膳の箸』
あの写真が脳内にのっぺりと貼り付いている。なんとも言い難い気持ち悪さのままデスクへと向かった。
前かがみのまま椅子を引き腰を掛けると、殺風景さに目が泳いだ。
デスクが異様に片付いている。
昨日は確か書類を数冊置いたままで、朝から打ち込むデータのファイルを右端に寄せて帰ったはず。
思考が追いつかないでいると、耳元で上司の声が聞こえた。
肩が跳ねたまま上から引っ張られるように固まった。
「平山、お前確か無駄に有給だけは溜まってるよな〜?」
上司の口から飛ぶ唾が、まるでスローモーションに見える。その声一つ一つが、招き入れられた渦の中で泡のように遠のいていく。
お前なんて要らない。
そう聞こえた。
何かの切れる音が鼓膜を揺らした。
同時に腕がだらりと垂れ下がる。
張り詰めた弦が一気に弾け飛び、奏でる音は無くなった。
何故だろう。
呼吸が軽く感じる。
口角が上がると偽りの仮面は真っ二つに砕けた。
ゆっくりと立ち上がると右側に見えた上司の顔をじっと見た。
眉間に皺を寄せ、クズとして俺を見るその目に、胸の内に潜む棘が狙いを定めた。
「何だよ。早く行けよ」
何かヤバいものをあしらうように手を振る様が滑稽だった。
鞄を手に持ち振り向くと視線が一気に集まった。もう見なくてもいいその顔が妙に可笑しかった。
ポケットに突っ込んでいた社員証をデスクに放り投げた。
ふっと鼻から息が走ると、俺はそのまま黙って会社を後にした。
思い切り伸びをする。
見上げた青空は、ただ鮮やかで眩しい。足元にへばりつくような短く伸びた影。
きっと背丈はあの頃くらいの……。
両足を掌で2度叩くと、自宅まで走った。
家に着くと額から汗が流れるほどだった。部屋に干したままのタオルをもぎ取りシャワーを浴びた。
職場から逃げた俺を、祐希はどう思うだろう?
あの日の雨を思い出していた。
届けられなかった手紙。
滲んだ名前に被せられた足跡。
ボロボロになった封筒から覗く御守りを、手で包むように家まで走った。
逃げるように。
今度こそーー
どうか俺を見ててくれ。
ずっと許さなくて構わないから……
シャワーを止めると急いで着替えを済ませた。
下着を数枚、着替えを数着無造作にリュックへと詰め込む。
もう、迷いは無かった。
パソコンを開くと、そこには通知の赤が並んでいた。1つ、2つ……一時間おきに。
今までの更新頻度と比べると異常でしか無い。
まるで気付いて貰うためだけに、懸命に文字を絞り出したように思えた。




