ep.11
足が軽やかに歩みを進める。
行く先を指示するように。
それにしても、どこを見ても蔦だらけだ。やたらと大きな木や無数の植物がこの建物全体に、生を吹き込むように存在している。
やはり、そうなんだ。
答えは手元のスマホでも十分わかる。
たが、この眼で見て感じたい。そう思い、ここを目指した。
敷地内西側にそびえる樹木が目の前に荘厳と立っている。
「でかい」
自然と口が開く。
幹の近くに小さな看板が見えた。
「メタセコイア」と記されたその木の大きさに、怖さすら感じた。下には続けて文字が並ぶ。"生きている化石"という表記に、目が打ちつけられた。
生きているのに、死同然。
まるで俺を見てる様だった。
中身はあの時に死んでいる。
影に触れようとして冷たい地面を撫でた。
少しずつピースが脳へとハマる。その度に心臓はうるさく騒ぎ始めていた。
答えを一致させる為、同様に検索をかけた。
「メタセコイア 意味」
出てきた文字にもう驚きなど感じなくなっている。
「メタ」とは、変わったという事。
続く花言葉は、平和、楽しい思い出と記されていた。
それが化石と言われるこの木の本当の意味。
何かが"思い出に変わった"と、そう伝えているのか。
俺の影は微動だにせず突っ立っていた。まるでこちらを観察するように。
懐かしい。なぞなぞの答えを考えていると、祐希は決まってじっと見ていた。
「よし、次はあっちだ」
駆け出すと、影も必然と付いてくる。
黒いシルエットのそれを、当たり前のように祐希だと感じていた。
走るのは俺の方が得意だった。祐希は典型的な運動音痴。でも頭脳派で誰にでも優しくて、思いやりの強い奴だった。なのに、何故あんな風になってしまったんだ……。
目の前には常緑が俺達を迎えてくれた。職人が丁寧に手入れしたのが一目で分かる。これだけ気持ちの籠った木だ。当然ながら意味があるのだろうと、スマホで木の画像を撮ると検索を始めた。
「カイズカイブキ」
昭和当時は大気汚染に耐える唯一の針葉樹だったようだ。続けて花言葉が「援助」と記されている。縁起の良いものだそうだが、俺には歪んでしか見えなかった。もう脳は洗脳されているのか、それがあたかも正しいと喝采するようだった。
「律、すごいよ」
祐希の声が影から放たれた気がした。
可笑しくて、楽しくて、笑えた。
胸が高鳴る。
浮世離れした景色が、次から次へと目に飛び込んでくる。
祐希と歩く夜のアイビースクエアは、
生涯忘れない。
今この瞬間がひどく心地良かった。
ふと看板の文字に目が移る。
倉紡記念館。
日本の紡績産業の歴史等を展示してるようだ。今日はもう閉館しているのか、真っ暗だった。
『一輪の綿花から始まる倉敷物語』
あの一文と一致する場所。
「ふっ。ははははっ」
髪をくしゃりと搔き上げた。一筋の流れた汗と、湿り気を帯びた頭皮に気付く事なく、笑みだけが零れ落ちる。
「祐希、今からこの画面に移る文字で、俺は正解が出せる」
独り言を自慢げに影へとぶつけた。
通りすがる観光客の冷ややかな目線に言葉。その意味の持たないもの達に、既に体は反応すら示さなかった。
高速で画面をスライドする指だけが俺の興味を掻き立てる。
そうーー求めていたのは、きっとこれだ。
綿花の花言葉。
「繊細」「私を包んで」
影に向かってまくし立てるように話始めた。
「彼女のブログタイトルは、向日葵。毎回のように出てくる花。それはこの地の綿花から始まったように、花の意味から始めて綴ったものだ。だから全ての意味を一致させられれば答えが出る」
影がまた揺れている。
誤りなのか、正解なのか、
告げることも無く。
あの時俺にもっと力があれば。
きっと包んであげられたのにーー
手に優しく貼られた絆創膏へと触れた。さっきの医師が纏う優しさが祐希に似ていた……そんな気がした。
俺はこの時、もっと深く考えるべきだったんだ。
そうしたら、君に少しは償えたのに。




