ep.10
心臓が一気に跳ね上がる。
なのにスマホを持つ手は、俺の内とは異なるように、画面へと即座に触れた。
ブログが新たに投稿されている。
「大好きな妹。ずっとずっと、一緒だからね」
写真には圧倒的な濃さの緑葉へ被せるように、淡い白とピンクの花が僅かに紛れていた。
祈りと願い……。
まるで自分へ言い聞かせているかのように感じる。今までと明らかに違う事だけは、見て取れた。
ここは建物の壁を隠すように緑に覆われている。この地のように、彼女は何かを秘めているんだ。それを誰かに伝えたくてブログを始めたに違いない。
今更ながら、そう確信した。
迷うことなく画面に指が走る。
『今アイビースクエアに居るのですが、ここの建物を覆う緑が写真と同じように鮮やかですよ。』
返信を打ち終えたところで、また何かが引っ掛かった。
同じような緑。
もし、それが意図して同じ緑と思わせる写真を選んだのだとしたらーー。
岡山から美観地区、そしてアイビースクエア。俺は意思を持って来たんじゃなくて、ただ彼女の誘導で連れてこられただけ。
遠回しの、同じ緑。
空気が震える音と共に、脳が小刻みに動き出し脈を打つ。まるで時限装置のように。
通知音が響いた。
不思議だ。
この手は恐れる事さえ忘れている。心の奥も静けさで満ちていた。
これをやり切れれば、それでいい。
諦めではなく、覚悟だけが俺を支配していた。
「アイビーに覆われている今の時期は、ライトアップも綺麗ですよね。見られないのが残念です。」
アイビー……スクエア。
学の無い俺は、その意味すら知ろうともしなかった。ただの地名として示された文字に興味すら無かった自分が嫌になる。
すぐさま検索をかけた。
「アイビー 意味」
蔦……この緑の葉か。
続けて打ち込む。
「スクエア 意味」
落ち着いていたはずの心が、ひどく揺れ始めた。足に何かが這う感覚。ゆっくりと確実に狙いを定めるように。煉瓦の四角一つ一つが俺を監視する目に見えた。
スマホの画面に並ぶ文字。
違う、これじゃない。
一文字ずつ狩るかのように、求めている何かを探す。
口から細く液が垂れる。
飢えている獣のように。
荒く拭った手にそれがへばりつくと、スクロールする指がピタリと止まった。
一度消えた液が再び口からトロリと流れ出す。
これだ。
画面には「一致させる」の文字が浮かぶ。普通なら広場や四角という意味だろう。だが、今の俺にはこの『一致』という二文字だけが、網膜に焼き付いて離れなかった。
でも、何だーー!?
何を、一致させるんだ。
岡山へ来てからというもの、情報量の多さに俺程度の脳は、もう破裂寸前だった。
アイビーを何かに一致させればいいのか!?
疲れ果てた脳が這いずり回る。中では脳汁が染み渡り始めていた。
いや……分ける必要はないのか。
これで一つと見たほうが正しいんじゃ。
再び指を滑らせ調べた。
「アイビースクエア 意味」
人々の交流や独り静かに思考を重ねる場を提供するという意味ーー
彼女との交流、祐希への想い、もう後悔しないための思考の場。
連れてこられたはずなのに、どうしても全てが必然に感じる。
その意味。
早く気づけと、風が葉を揺らし始めた。
あえて写真の緑を、同じアイビーの色に寄せる必要性ーー
同じようにアイビーだけを写せばまどろっこしく無いのに。それでも、あの写真を選んだ理由。
そこに"意味"があるんだ。
あの頃のなぞなぞを解き明かすような快感が全身を塗りたぐる。
黄ばんだ歯が剥き出すように、口から迫り出していた。
キンと鼓膜まで届く耳鳴りが、まるで音楽のように聞こえた。視界が霧に覆われたように白く感じる。
何だよ……楽しい。
「ふっ、はははははっ」
気付いた時には笑いが抑えられなかった。笑みを浮かべながらも、鋭い眼光で煉瓦を睨みつけた。
祐希、先に解くのは俺だ。
ライトに照らされ形を持った影が揺れたように見えた。ただ、自分が肩を揺らしながら笑っていただけなのに。
俺にはもう祐希にしか見えていなかったんだ。
スマホの画面をこんなにも楽しく見たことなんて無かった。
あれから祐希をこんなにも近く感じたことなんて無かった。
植物のそれぞれの意味を考えたことなんて無かった。
始まりの場所。
俺にとっても。
さぁ。
答え合わせをしようか。




