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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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1/7

ep.1

 

 あの日俺は自分を殺した。


 お前なんて涙を流す権利すら無い。

 呪いのようにそう幾度も言い聞かせて。


 今日もソファに倒れ込み、ネクタイを緩め息を吐く。

 毎日がその繰り返しだった。

 

 いつまで経っても慣れない営業。


 背後から、ねっとりとした声が降ってきた。

 

「平山〜……お前の後輩は今日NPO法人で一件取れたってよ。あのホワイトボードに"0"じゃない数字が来る日は、一体いつなんだろなぁ〜」


 上司から求められるのは数字のみ。偽りの仮面が無ければとうに辞めている。


 分かっている。

 たかがこんな事『辛い』ものでは無い。あの頃に比べたらまだ幾分呼吸が出来ている気がした。


 チーン。


 ただの結果として鳴るその音が現実へと引き戻す。温めたコンビニ弁当を、唯一彩るブロッコリーから食べ始めた。

 無意識にパソコンを開くと、当たり前のように文字を打ち込む。


「教育虐待」

「中学受験 闇」

「救えなかった」


 キーボードを打つ音さえ日常に溶けていた。

 あの日以来、関連する記事や掲示板を見ることがやめられない。


「酒を飲んで暴言を吐き"受験指導"をした父」


「教育虐待ー子どもを壊す親たちー」


「全てあの子の為だった。母が強いた中学受験。5年後に起きた異変」


 脳裏に浮かんだのは地面へと叩きつけられた手紙だった。『律より』……封筒に記した名が雨に消された。


 瞬きを繰り返すと、溢れかえる文字をひたすらスクロールした。

 並べられた言葉の数々が頭の奥を殴る。

 一呼吸ついて白米を口に放り込むと、検索結果の中に埋もれていた、1つのブログに手が止まった。


 「向日葵」


 そのタイトルに想い出の欠片が弾かれた。


 転校先で全く馴染めずに居た小学2年の春。そんな時、声をかけてくれたのが「葉山祐希」だった。


 嬉しそうに本を広げ突然出してきたなぞなぞ。戸惑うばかりで全く答えられなかった。

 それでも祐希は休み時間になる度に出題してきた。何問出されても解けなかった。でも、その日最後の問題で初めて正解した。


「お日様の周りに咲いてるお花、な~んだ?」


 その答えが向日葵だった。

 あの時の嬉しさは今でも鮮明に覚えている。向日葵、まるで祐希の笑顔のようだったから。


 握りしめた手の痛みで我に返った。僅かに、震えるその手を見つめる。ペットボトルを開け緑茶を口へと流し込んだ。いつもと同じお茶なのに何故か苦味だけが後を引く。部屋の埃っぽさが鼻を掠めた。味気ないコロッケを噛じるとパソコンの画面へ視線を戻した。


 ブログのヘッダーは画面から溢れんばかりの向日葵の花束が写る。

 圧倒的な黄色に目を奪われた俺は、気づけば最新の記事をクリックしていた。


「いつか妹と行きたい場所」


 その一言と、真っ白な鳥居の写真が上げられていた。このままでも十分すぎるが、映えを考えてか、端には小さく花が添えてある。


 そのまま1つ前の記事をクリックした。


「いつか妹と食べたい物」


 今度はどこかの名物らしき鮮やかな料理の写真だった。海の幸と旬の野菜が乗った散らし寿司のように見える。お揃いの器に盛り付けられた二人前の料理。なのに、その隅には、なぜか一膳の箸と花だけが小さく写り込んでいた。


 なんだろう。一見ありふれた幸せそうなブログに見えるのに、クリックする手を止められなかった。


 切り替わった次の記事が画面に映し出される。その写真に思わず惹き込まれた。


 店先は季節の花壇やプランターが彩り豊かに並べられ、ショーウインドウには目線の高さ程に配置された花が目を引く。興味の無い自分でもきっと足を止めたくなるだろう。


「いつか妹と行きたいお花屋さん」


 いつか……。


 冷え切った心に、熱した針を刺されたような鋭い痛みが走った。


(いつかまたーー)

 何度も願っては、その日が必ず来ると、信じていた。

 だがあの日、祐希が最後に口にした『いつか』は、二度と来ることは無かった。


 あの時の幼き自分を思い出すと、腹の奥から全てが溢れ出そうになった。思わず両手で口を抑え、それを飲み込んだ。


 再度ヘッダー画像の向日葵へと戻す。

 向日葵……祐希のあどけなく笑う姿にどうしても引っ張られる。


 「律、これ知ってる?」


 祐希は教室にあった図鑑や本を眺めながら、無知な俺に沢山の事を教えてくれた。

 確かに幸せだったあの日々。


 それでも何故か、ヘッダーのそれが救済の象徴に見えた。

 心臓が肋骨を壊そうと暴れ出す。


 救えなかった自分へと喰らいつく。


 数えるのも億劫になるほどの密度のそれは、このブログの"唯一の光"に感じた。


第1話をお読みいただき、ありがとうございます。


あの日から時が止まったままの男・律と、

ネットの海で見つけた「向日葵」のブログ。

過去と現在が、なぞなぞのように絡み合う物語が始まります。


この物語が、誰かの心の奥底に眠る「忘れられない景色」に触れることができれば幸いです。


もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや評価、感想などで応援していただけると執筆の励みになります。


次回、ep.2。

彼が解き明かそうとする「なぞなぞ」の正体とは――。

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