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第86話 補給

 揚陸戦艦『大和』の副長室は、主人の性格を反映して、非の打ち所がないほど整頓されていた。  壁にはサルガナス大海の詳細な海図が貼られ、机の上には明日のグアミ入港に向けた膨大な書類が、寸分の狂いもなく積み上げられている。


 そのデスクの椅子に、ベルナール中将は深く腰を下ろして葉巻に火をつける。

 彫りの深い顔立ちに、窓から差し込む月光が鋭い陰影を落とす。

 エウロ欧州連合の中でもひときわ南側の血を引くその美貌は、ただ黙っているだけで映画の一場面のような絵画的冷徹さを放っていた。

「…………」


 彼は周囲を一度、鋭い視線で確認した。

 もちろん、この部屋には彼一人しかいない。  ベルナールは、軍服の胸ポケットにゆっくりと手を伸ばした。

 そこには、先ほど食堂で強引に手に入れた、一枚の紙片がある。


 指先で引き出されたのは、光沢のある写真――コードナンバー『S-7』。


 そこに写っているのは、リヴァイアサン中隊の象徴たる三姉妹ではない。  

 階段を駆け上がり、ふと足を止めて階下に向けられた、ユイ軍曹の屈託のない笑顔。

 ポーズも作らず、レンズを意識もしていない、ただの「日常」の断片。

「……ふん」


 ベルナールは鼻で短く笑った。だが、その口元はわずかに緩んでいる。  

 いつも自分に対して、「堅物すぎる」と不満げな視線を向けてくる彼女が、こんな顔をして笑うのだ。


 彼は写真を卓上スタンドの明かりに透かした。  硝煙と怒号が支配する艦橋で、冷徹な指揮官として立ち続ける彼にとって、この少女の無防備な笑顔は、どんな戦略地図よりも価値のある「地図」に見えた。

 「……変態、か。否定はできんな」

 彼は自嘲気味に呟き、写真を一番上の引き出しの、さらに隠し底にある重厚な手帳の間に挟み込んだ。


 ふと、窓の外に目を向ける。  

 そこには、明日入港するグアミへと続く、穏やかな夜の海が広がっている。  

 ベルナールの胸ポケットは軽くなったが、その代わりに、彼の冷徹な心臓には、明日を生き抜くためのささやかな「毒」であり「希望」である熱が、確かに宿っていた。


 揚陸艦『大和』がグアムの巨大なドックへとその身を横たえた瞬間、艦内は二つの世界に分かれた。  

 一方は、エンジンの除染作業と食料搬入に追われ、マンガニスの煤にまみれて絶叫する整備班と給養班の地獄。  


 そしてもう一方は、上陸許可を与えられた歩兵師団と、束の間の休息を許されたリヴァイアサン中隊の天国である。


 戦争で無ければ、極上のサルガナス大海の楽園であるグアミ。


 昼前。

 ユイ軍曹の案内で、中隊の面々は軍が接収したプライベート・ロッジへと足を踏み入れた。

 だが、そこは手練れの戦士たちの集まり。

 荷物を置くや否や、男たちはそれぞれの「目的」のために散っていった。


「……ハインツ、ヴォルフ。少し話がある。いいか」  

 ガリアスが重厚な声で呼びかける。

 その視線の先には、ハインツの娘クリスと、自分の息子ヴォルフの「将来」――結婚についての話し合いがあった。

 亡国となった今、家族の絆こそが彼らにとっての唯一の法なのだ。  

 一方、ソルガは「少将、アレだ」とカイに声をかけ、カイが鋭い瞳で応じている。

 男二人、街へと消えていった。


「……ったく、みんな元気だよな。俺は祖国が気になって、そんな気分になれねぇや」  

 アランはそう毒づくと、ビールを掴んで自室に籠もり、古いラジオのノイズと格闘し始めた。


 結局、波打ち際へと繰り出したのは、三姉妹とシュミット、そして鼻息の荒いユイの五人だった。

 ユイ軍曹の「英雄付き報道官」という役得は、まず水着選びという甘美な任務から始まった。

「ビューティーアドバイザーにお任せを!」

 ユイは、シュミット中佐と三姉妹を、メイン通り商業施設の一角にある、最新の水着ブティックへと連れて行く。

 そこには、大東亜とエウロの常識を覆すかのような、大胆なデザインの水着が壁一面に並んでいた。

「さあ皆さん! 艦隊の士気高揚のためですよ! 広報部持ちですから、遠慮なく好きなだけどうぞ!」


 ユイが目を輝かせると、隣に控えていた相棒のユキ軍曹が、すでに手帳とペンを構えてテキパキと動き出す。

 ユキのツインテールの毛先は、期待に弾むように小刻みに揺れていた。


「アンジャリさんには、肌の白さに映えるオフホワイトのレース素材を。マリスさんには、その勝気な瞳に合う、深紅のホルターネックはいかがでしょう。エルザさんは、フリルとリボンのあしらわれた、少々甘めのパステルカラーで……!」


 ユキは、まるでシュテルツァーの換装用武器を機体特性に合わせて推奨するかのように、的確なアドバイスを繰り出す。

 三姉妹は最初は戸惑いを見せたが、ユイの強引な案内とユキの熱意に押され、試着室へと消えていった。


 そして、数分後。


 グアミの太陽は、すでに真昼の輝きを放っていた。

 白い砂浜は焼けるように熱く、ヤシの木が落とす影だけが、つかの間の涼を提供している。  

 ビーチへ足を踏み入れたシュミット中佐は、普段の重厚な軍服姿とは打って変わり、たくましい上半身を露わにした短パン姿で、海風を全身に受けていた。


「シュミット中佐! こっちです、こっち!」

 ユイが手を振ると、待ってましたとばかりに、ユイとユキの二人がビーチに飛び出した。 

 ユイは露出度の高いフリル付きビキニ、ユキはスポーティーながらも体のラインを強調するタンキニだ。

 二人とも軍人らしく、鍛えられたスタイルは抜群だが、本人たちは全く恥じらいを見せない。


「シュミット中佐! もっとセクシーに! ほら、左手の小指を少し噛んで! もっと、悩ましげに!大人の男の色気を……!」

「ユイ、指示がやばすぎるわ! でもその表情、いい!撮るわよ!」

 カシャ! カシャ!


 ユイは奇妙なポーズを指示し、ユキは容赦なくシャッターを切りまくる。

 ユキのツインテールが喜びでピョンピョン跳ねる。

 シュミットは戸惑いながらも、広報官二人の指示を、まるで上官の指示に従順に従うかのようにぎこちない笑顔を浮かべた。

「あの、ユイ軍曹、ユキ軍曹。指を噛むのは何か意味が……」


 その時、シュミットの声に重なるように、遠くから、しかし聞き慣れた言葉が聞こえる」


「ハイン……や、やめなさい! そんな変態のポーズを、私の婚約者にさせないで!」

 水着姿のアンジャリが、ロッジの影から駆け寄ってきた。

 彼女は純白のレースがあしらわれた水着の上に薄いパレオを巻いているが、それでも帝国ではあり得ない露出度の高さに、顔を真っ赤に染めている。

 

「キャーッ! アンジャリ少佐だ! ユキちゃん、見て! この完璧な『恥じらいの女神』! 今までのブロマイド、全部霞むわよ!限定プレミアム価格だわ!」

「ユイ、涎拭いて! でも分かる! アンジャリ少佐の『清楚なお姉さん』オーラ、これは新しい境地ね! 」

 カシャカシャ!


 ユイとユキは、アンジャリの登場に興奮し、再び容赦なくシャッターを切りまくった。


 アンジャリがシュミットの隣に駆け寄り、その腕を掴んで「もう、ハイン行くわよ」とハインの腕を掴み、波打ち際に歩いて行こうとするその瞬間。

「お姉さま! 独り占めは禁止ですわ! シュミット中佐、わたしも海にご一緒したいですわ」

「そうだよ、シュミット! 私の水着姿も見てくれない? きっとアンジャリお姉さまより似合ってるはずなんだから!」


 太陽の光を浴びて輝くような笑顔と共に、マリスとエルザが、まさに嵐のように現れた。

 マリスは深紅のビキニで、彼女の持つ勝ち気な気性を表現している。

 エルザは、フリルとリボンが愛らしい、しかし肌の露出も惜しまないパステルカラーの水着だ。 

 二人とも帝国出身とは信じられないほど、恥じらいもなく、自信に満ち溢れている。


「キャーーッ! マリスさんとエルザちゃんも来た! ユキちゃん、これは戦場よ! 広報官にとっての戦場!」

「分かってるわよ、ユイ! この『お嬢様によるシュミット争奪戦』、一挙手一投足、すべてを記録するよ! 」

 カシャカシャカシャ!


 ユイとユキは、もはやアドレナリンが出まくっているかのように興奮し、カメラの連射を止めない。

「シュミット中佐、ここに立っていては広報部に捕まってしまいますわ! さあ、波打ち際まで参りましょう!」  

 マリスがシュミットの腕を強引に掴み、砂浜へと引っ張り込む。

「そうだよ、シュミット! 早く! わたしと海で遊ぼうよ!」  

 エルザが反対側の腕を体全体でしっかりと掴んだ。

 二人はまるで、対艦シュテルツァーが獲物を海に引き摺り込むかのような容赦のなさで、シュミットを波打ち際へと連行していった。


「お、おい! 二人とも! アン!助けてくれないか!」  

 シュミットが半分笑いながらも、困惑している。

 アンジャリもまた、妹たちの勢いに巻き込まれ、笑いながらも連行されるシュミットを追って波打ち際へと引き寄せられていく。


 しばらくの間、波打ち際には三姉妹の賑やかな笑い声と、シュミットの困惑した声、そして盛大な水飛沫が響き渡っていた。  

 ユキとユイはその光景を余すことなく記録し終えると、ロッジのテラスへと戻り、バーベキューの網を囲んだ。  

 英雄たちが戻ってくる前に、炭に火を起こしておくのだ。  

 彼女たちにとって、自らの命も同然であるカメラを危険に晒してまで「海に入る」という選択肢は、毛頭存在しなかった。


 「もう、シュミット中佐、観念なさいな!」というマリスの勝ち気な声も、最後には水飛沫の中に消えた。


 しばらくして、波打ち際から「捕虜」を連行した三姉妹と、全身から疲労のオーラを滲ませているシュミットが、砂を蹴りながらロッジへと這い上がってきた。  

 三姉妹は満足した様子で瑞々しく肌を光らせ、シュミットは戦場でも見せないような疲労困憊の表情で肩を揺らしている。


「……死ぬかと思った。シュテルツァー戦闘の方が、まだ楽だ」

「あら、情けないですわね中佐。あんなに楽しそうでしたのに」

 マリスが濡れた髪をかき揚げ、不敵に微笑む。 

 その横でエルザも「シュミット楽しかったね」とケラケラ笑いながら、ユキとユイが差し出した冷えたグラスを受け取った。


 マリスは、習得している軍事武術でシュミットを海に何度か投げ飛ばしたのが、楽しくてたまらず、エルザは、投げ飛ばされたシュミットの上にまたがって沈めていたのだ。

「はい、英雄の皆さんにお疲れ様の乾杯!」


 ユキが威勢よく声をかける。

 シュミットとアンジャリは、キンキンに凍らせたジョッキに注がれた黄金色のビールを選び、マリスとエルザは、南国の陽光を閉じ込めたような、鮮やかな原色のトロピカルフルーツジュースを選んだ。


「……これは、たまらん」

 シュミットとアンジャリが喉を鳴らしてビールを煽り、妹二人がストローで甘美な果実の滴を吸い込んだ。

 その瞬間、全員の口から「ぷはぁ!」と、戦士の仮面を脱ぎ捨てた吐息が漏れた。


 さあ、ここからは戦場だ。  

 バーベキューコンロの上では、ユイたちが熾した炭火が、パチパチと爆ぜながら牙を剥いている。

「さあさあ、焼き上がりますよぉ! 今日のメインディッシュ、グアミ名物の『巨大ロブスター』だぁ!」

 ユイがトングでひっくり返したのは、大人の腕ほどもある深紅のロブスターだ。

 殻の間から溢れ出した濃厚なミソとバターが炭に落ち、鼻腔を狂わせるような芳香を巻き上げる。  

 その隣には、これでもかと厚く切り分けられた、極厚のTボーンステーキ。

 強火で焼き固められた表面からは、肉汁がマグマのように噴き出し、焦げたソースとスパイスの香りが海風に乗ってテラスを支配した。


「はぁ〜、もう最高! 最高ですよユキちゃん! この極上の肉と、南国の酒! そしてこの完璧な『絵』!」

 ユイはジューシーな肉を口いっぱいに頬張り、冷たいジュースを流し込む。

「……ふふ、私たちの仕事は、本当にやりがいがあるわ」

 カシャ!

 ユキは肉を食べる手を止めず、隣で笑うユイをフレームに収めた。  

 日が沈み始めるグアミのビーチ。

 バーベキューの香ばしい匂いはまだ残るが、酒とフルーツが並ぶテーブルは、すでに歓談の場へと姿を変えている。

 シュミットは、三姉妹に囲まれてはしゃいだ後の疲労感と、心地よいアルコールで、少しだけ頬を赤らめていた。


 アンジャリは、指輪を握りしめながら、シュミットの隣で穏やかに微笑んでいる。 

 マリスとエルザは、まだシュミットの周囲を離れようとせず、彼との会話の隙を探っていた。


「ねえ、ユキ。そろそろかしら?」  

 ユイが、グラスの底に残ったトロピカルジュースを飲み干しながら、相棒に鋭い目配せを送った。  

 ユキは手帳に今日の撮影枚数を書き込み終えると、愛機であるカメラを愛おしそうに、そしてそっとテーブルに置いた。  


 各地で繰り返される帝国の虐殺。

 今この瞬間も、どこかの前線で友軍が血を流している事実は、彼らの心に拭い去れぬ罪悪感として横たわっている。  

 だが、だからこそ彼らは、この束の間の休息を貪るように享受した。


 特に帝国で生まれ育った三姉妹にとって、「海で遊ぶ」という行為そのものが、生まれて初めて触れる未知の体験だった。  

 海で水に濡れるのは水練訓練か洗浄のためだけ。

 そのような文化の帝国にいた彼女たち。

 ただ波に身をゆだね、無邪気に笑い合う時間とは、何物にも代えがたい「自由」の味を感じる事であった。

 しかしそろそろ、楽しかったビーチでの時間は終わろうとしていた。


 街の喧騒から少し離れたステーキハウス。


 分厚い肉が焼ける香ばしい匂いと、冷えた酒の香りが、戦場の砂埃を一時だけ忘れさせていた。  テーブルには、ハインツの前には重厚な赤ワイン、ガリアスとヴォルフの前には黄金色のビール。

 そして、それぞれが注文した豪快なステーキが並んでいる。


 ヴォルフは、手元のナイフを置き、意を決したようにハインツを見据えた。

「ハインツさん。副長。……改めて、言わせてください。クリスさんと、結婚させてください」


 ハインツはワイングラスを揺らし、その深紅の液体をじっと見つめていたが、やがて短く、重みのある声で応えた。


「ああ、何度も言ってるだろう。そんなに改めて言う必要もない。……娘を、頼む。あの子は、地獄で育ったからな。お前が人生の喜びを与えてやって欲しい」

「……ああ。任せてくれ……」


 ヴォルフが安堵の息を漏らすと、横で豪快にステーキを頬張っていたガリアスが、口の周りの脂を拭いもせずに身を乗り出した。

「ハインツ、話は決まりだ。で、式はどうするんだ? 派手にやるのかい?」

 ハインツはふっと視線を窓の外、海へと向けた。

「ガリアス、それは若い二人に任せれば良いだろう。二人が望むなら、英雄として、アレ――」  ハインツの視線の先、ビーチで水着姿のままはしゃいでいるユキ軍曹がいた。

「――アレを通じて、『英雄の結婚式』として国をあげてやってもらっても良いが」


 その言葉に、ヴォルフは苦笑いしながら頭を掻いた。

「いや、たぶん、クリス、いやクリスさんも嫌がるだろう。もちろん、クリスさんと話し合って決めるけど、俺は中隊のみんなだけが来てくれるくらいで十分だけどな」


「フッ。クリスが大きい式が良いと言うかもしれんぞ?」  

 ハインツの意地悪な問いかけに、ヴォルフはビールを煽り、晴れやかな顔で笑った。

「その時は、それはそれで賑やかで良いよな、親父!」


「ああ! 国の金で飲む酒っていうのは美味いもんだしなガッハッハッハ!」  

 ガリアスの下卑た、しかし温かい笑い声が店内に響く。

「ヴォルフ。俺も『親父』になるんだがな」

 ハインツがさらりと、だが確かにそう告げた。


「親父?」  

 ヴォルフが呆けたように問い返すと、ハインツとガリアスが同時に、そして力強く頷いた。

「「おう」」

 一瞬の静寂の後、三人の豪快な笑い声が重なった。

「「「ガッハッハッハ!」」」


 グアミの屋外射撃場。

 照りつける熱帯の陽光を遮るものはなく、湿った空気の中に、耳を劈く乾いた重低音が幾度も木霊していた。  

 標的を容赦なく穿つのは、カイとソルガ。

 巨大な鋼鉄の獣を駆る彼らにとって、拳銃という小火器は本来、護身以上の意味を持たない。

 だが、この二人の「兵器」への執着は、操縦席の外でも異質であった。


「……ふぅ。やはり、プロペラントの反動は悪くないね。ソルガ、これは例の『改良型ショートリコイル』だろう?」


 カイは、今日受領したばかりの愛銃グァルダーL36のホールドオープンしたスライドを、熱を確かめるように細めた目で見つめた。

 剥き出しになったバレルからは、焼けたオイルの匂いが陽炎のように立ち上っている。


「その通りだ、カイ。独自のロッキングブロックによる閉鎖機構……。スライドの重量を抑えつつも、9ミリの強装弾を正確に叩き込む。今の量産型にはない、あの精密なフィッティングを再現させた」

 

 ソルガが手にするのは、WW2以来愛用しているザルセヌGf335拳銃だ。

 ソルガはパイロットだ。

 拳銃は、常に胸に帯びるが撃つことはない。

 彼は独特のトグル・ジョイントを鮮やかな手つきで跳ね上げ、薬室の空を見届けた。


「ソルガのそれは、相変わらず精密な機械の極みのようだね。尺取虫のようなトグルの動き……。泥濘の戦場には不向きだが、この射撃場のように管理された空間では、これほど美しい機動を見せる銃もない」


 カイの言葉に、ソルガはわずかに口角を上げた。

 トグルが「カチリ」と金属音を立てて戻る。

 その音の透明度だけで、調整の極致にあることが分かる。


「ああ。アスラの四肢が、ミリ単位の電気信号に過敏に反応するように、この銃もまた、射手の僅かな迷いを弾道のブレとして鏡のように写し出す。まぁ、……カイ、お前の銃の、そのアンビタイプのデコッキングレバー。緊急時の操作性はアスラのベクターノズル制御に通じるものがあるな」


「はは、確かに。僕は、この『軍用銃の完成形』と謳われる、無駄のない無骨な機能美が好きなんだよ」

「ふっ、それは俺もだ」

 カイは予備の弾倉を抜き、銃身に残る余熱を惜しむように眺めてから、ホルスターへと納めた。


「さあ、弾も使い切った。腹も空いただろう。行くとしよう。次は硝煙の匂いではなく、ステーキの焼ける匂いの方へな」

 ソルガが短く応え、二人は硝煙の臭いを漂わせたまま、中隊付き運転手を呼び軍用車を走らせた。


 辿り着いたステーキハウスの重い扉を開けた瞬間、暴力的なまでの「熱」が二人を迎え入れた。  脂の焼ける咆哮と、理性を揺さぶる肉香が満ちていた。


 二人の前には、それぞれが注文した一キロ近い厚切りのトップロインが鎮座している。

 表面はカリリと焼き固められ、溢れ出した肉汁が熱い鉄板の上で弾け、褐色のソースと混じり合って芳醇な香気を放っていた。


「……見てくれ、この『重み』だ。ナイフの刃先を押し返すような弾力。これこそが、生命を喰らうという実戦の重みだよ」


 カイは慎重にナイフを入れ、断面に現れた理想的なローズピンクの色調を確認すると、一切れを口へと運んだ。  

 噛み締めた刹那、閉じ込められていた肉汁が洪水のように溢れ出し、ガーリックと焦がし醤油の刺激が鼻腔を突き抜ける。


「たまらないな……。繊維の一本一本に蓄えられた野生の旨みが、咀嚼するたびに解き放たれていく。ステーキとは、単なる料理じゃない。失われたエネルギーを物理的に補填するための、最も贅沢な儀式だ」

 キッチンに目をやると、薪で豪快に焼いている厨房が目に入る。

「違げえねえ。……マンガニス粉塵で喉を焼かれながら、鉄の味がする乾パンを流し込む戦場の食事に比べりゃ、ここは天国だ。そうだろ、カイ?」

 ソルガは野性味溢れる手つきで、ジョッキを高く掲げた。

 結露したガラスの表面を滑る雫を構わず、喉を鳴らして琥珀色の液体を流し込む。


「プハァッ! この苦味! 脂でコーティングされた舌を、キンキンに冷えた炭酸が一気に洗い流していく。そして残るのは、次の一口を渇望する純粋な食欲だけだ。この交互の連鎖こそが、正義と言ってもいい」


「ああ、同感だ。赤身の力強い歯応えと、脂身の甘美な口溶け。それをビールで締めくくり、再び肉へと戻る。……この循環は、マンガニス・リアクターの熱サイクルよりに通じるものがあるな」


 静かな、しかし確かな「生」の時間を、二人は存分に慈しんでいた。


 二人がステーキと格闘していると、店の入り口付近で、ハインツたちが談笑しながら会計を済ませているのが見えた。  


「……見てみな。あの『魔王』が、娘の結婚式の打ち合わせとはな」


 ソルガが笑いを堪えながら肉を突き刺す。カイもまた、ワイングラス越しにその光景を眺め、ふっと口角を上げた。

「……良いものだね。俺たちが守りたかったのは、結局のところ、あの小さな幸せだったのだろう?」


 二人は再び、黙々と肉を喰らい始めた。

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