第74話 ライオン・ポート
午前二時
ライオン・ポート上陸まで、あと一息と迫った深夜。
揚陸戦艦『大和』の艦橋は、耳を刺すようなソナーの警告音に包まれていた。
「パッシブ・ソナーに感あり! 数が多いわ……目標地点手前23km。敵艦影、多数補足!」
オペレーターのマリア少尉の指が、ピアノを叩くようにコンソールを走る。
「艦隊A、戦艦2、巡洋艦2、駆逐艦4。艦隊B、駆逐艦6。艦隊C、駆逐艦6。……合計20隻! 先日の先遣隊とは、文字通り桁が違うわよ!」
艦橋に居合わせたカイ・イサギ少将が、鋭い眼差しでモニターを睨みつける。
「ライオン・ポート駐留艦隊が深夜行動か?奴らも警戒し始めたかもしれない……。よし、俺も出よう」
カイが背を向け、格納庫へ向かおうとしたその時――。
スピーカーからマリスの穏やかだが、一点の譲歩も許さない声が聞こえた。
「……ダメですわ、カイ閣下。ここはわたくしたちの『庭』ですもの」
「マリス?」
「お兄さまは、上陸戦の主役でしょう? 露払いに主役が出てくるなんて、お行儀がよろしくありませんわ」
マリスは優雅に首を傾げ、隣のモニターに映るエルザへ視線を送った。
エルザは既にケートスのコクピットに収まり、耐水ショットガンの薬室を確認しながら不敵に笑っている。
「そうだよ、カイ! 前回の先遣隊は数が少なすぎて、あくびが出ちゃった。今度は20隻もいるんだもん、ちょっとは真面目にやらないとね。……ね、アンジャリお姉さま!」
アンジャリもまた、クラーケオスの操縦桿を握り直し、静かに頷いた。
「中隊長、温存してください。私たちは『唯一の海の牙』……この程度の獲物、三機で噛みちぎるには改修機の丁度いい練習台です。一隻たりとも残しません」
三人の揺るぎない自信に、カイは一瞬呆気にとられた後、小さく笑って足を止めた。
「……わかった。増強第三小隊、スクランブルだ。ただし、損害は許さないぞ。生きて帰るのが第一目標だ」
「「「了解!!」」」
「それと、もう一つ。中隊員全員に達する。もう、一緒に戦火をくぐったんだ。『閣下』はやめてくれ。カイと呼び捨てしてくれ。以上だ」
「「「了解」」」
艦内マイクをオフにしたカイを見つめるシリチャイ大将と、ベルナール中将。
「まあ、わからんでも無いがね。あとで、『他の上官もいる時は閣下にしてくれ』と付け足すといい。まあ、規律とか嫉妬とか色々あるからな」と、ベルナール中将が優しく告げる。
「は、失礼いたしました!」と、言うべき時とセリフを間違えた事に珍しくカイは気付いたのでした。
ドォォン! ドォォン! ドォォン!
連続する射出音と共に、三つの影が漆黒の海へと吸い込まれた。
「潜行開始。全機、今回は敵が多い。敵艦接舷までは機体表面に微細気泡(機体内部の海水から機体各部に微細泡を展開する。これを展開すると敵ソナーにはノイズにしか見えない)展開。深淵から喉笛を狙うわよ」
アンジャリの指示と共に、三機の機体表面から無数の泡が噴き出した。
シュテルツァーの巨体が泡のコートに包まれ、水の抵抗を切り裂きながら無音で滑走する。
泡のコートは3機から水の抵抗を奪い、恐ろしい加速度を実現する。
「前回は少なかったけれど……今回は20隻。一応、真面目にやっておくわよ。マリス、エルザ……海の掟を教えてあげなさい」
「承知いたしましたわ、お姉さま。……数の多さは、そのまま墓標の美しさに繋がりますもの。わたくしは艦隊Bを攪乱しますわ」
マリスのクラーケンが、泡の尾を曳きながら水深40mまで急降下する。
気泡の乱反射により、敵駆逐艦の探信儀はもはやノイズ以外の何も捉えられない。
「あははっ! 私は艦隊Aからいくね! 二十隻全部、私たちが沈めちゃえば、カイも安心して上陸できるね! 射撃用意!」
エルザはカイの先ほどのセリフを嬉しく感じていた。
(閣下とか、硬くてメンドくさいんだよね)
エルザのケートスが、泡の外套を纏ったままマンガニスエンジンを臨界まで加速させた。
耐水ショットガン『八岐大蛇』が、至近距離から艦隊の側腹へと叩きつけられる。
――ズドォォォォンッ! ズドォォォォンッ!
カチンとフォアエンドをスライドさせる。
ズドォォォォンッ! ズドォォォォンッ!
グリップ底面の防水排莢口から、巨大な薬莢が規則正しく撃ち出されていく。
一射ごとに戦艦の艦橋は砕け散り、駆逐艦の甲板上では魚雷や爆雷が次々と誘爆を起こす。
旗艦の真下という、敵にとっての死角から放たれるその暴力は、守るべき旗艦そのものを遮蔽物にしながら、AAU混成艦隊を内側から食い破っていった。
海面上では、AAUの第12警備艦隊が、狂ったように警報を鳴らしながら、最新鋭の帝国製レーダーを頼りに周囲を警戒していた。
だが、気泡によって音を消し、海面下わずか30mを滑走する彼女たちは、彼らの探知限界の外側にいた。
「……捕まえた」
アンジャリの冷徹な呟きと同時に、海底から計十六発の「トール・ハンマー」が放たれた。
夜空に描かれる十六の火柱。それは、地獄から天へと昇る逆さまの雷光だった。
ボボシュゥゥゥッ! ポポッボボシュゥゥゥッ!
「トールハンマー発射確認!着弾まであと2!」
マリアの声が艦橋から全艦に響く。
――ドォォォォォォンッ!!! ドドドオオ!ドドオォォォォ!!
漆黒の海面に、一瞬にして巨大な火の華が咲き誇った。
駆逐艦の排煙孔に吸い込まれたミサイルが、艦の心臓部を内側から爆砕する。
混乱に陥り、狂ったように上空に対空砲火を打ち上げる艦隊の隙間を縫い、水深17mからアンジャリのクラーケオスが、艦橋を半分失っている戦艦の巨大な腹へと滑り込んだ。
「アビス・ホールド……起動。……さぁ、謝罪の時間よ」
ガギィィィンッ!!!
激しい金属衝撃音が海中に響き渡る。
二十隻の「侵略者」たちは、深淵の牙によって一人、また一人と夜の海の底へ引き摺り込まれていった。
二時十五分。
ライオン・ポート沖は、もはや「海」ではなかった。
海面上では、天を突く八本の巨大な火柱が闇を焼き払い、爆風で巻き上げられた海水が紅い雨となって降り注いでいる。
「……一隻、また一隻。まるで壊れた玩具のようですわね。カイ様ごめんなさい。市街地の敵には多分気付かれましたわ!」
「大丈夫だ。深夜の味方艦全滅など……奴らはこれに恐怖を感じるだけだ。助かるマリス」
マリスは少しだけ顔を赤くした。
「アスラから中隊に達する、リヴァイアサンは、発艦準備。揚陸に備えよ」
「リヴァイアサン・コントロール了解。各機、揚陸準備開始。スタンバイ」
マリアが矢継ぎ早に指示を飛ばしている間にも、さらに二機分の『トール・ハンマー』が着弾。
凄まじい爆発が暗黒の夜空を灼熱の紅に染め上げた。
マリスのクラーケンが、沈みゆく駆逐艦の傍らを優雅に、そして冷徹に通り過ぎる。
ゴボォォォッ、バギィィン!
断末魔を上げる艦体から漏れ出した空気が、巨大な泡となって海面へ昇っていく。
マリスは右腕の刺突槍『ガジャ・クンバラナ改』を、逃走を図る巡洋艦のスクリュー目掛けて無造作に突き出した。
――ドォォォッ!!
超空洞を纏った槍先が、金属の回転翼を粉砕し、そのまま機関部まで貫通する。
「民間人を砲撃で焼くなんてね。捨てた祖国とは言え、とてもおぞましいですわ……せめて、ゆっくりと沈みながら反省すると良いですわ」
その400m隣、水深二十メートル。
アンジャリのクラーケオスは、二隻の敵艦が重なり合う絶好の死点に位置していた。
「もうそろそろ終わりかしら……。あなた方も沈みなさい!」
アンジャリが『スキュラバイト』の出力レバーを限界まで叩き込む。
キィィィィィィン!!!
マンガニスクリンチャーが過負荷により、青白いプラズマを周囲の泡へと激しく撒き散らす。 クラーケオスの八本の脚が、左右に位置する戦艦と駆逐艦の船底へ、四本ずつ深く食い込んだ。
「二隻まとめて……へし折ってあげるわ! スキュラバイト、最大出力!!」
――メキメキメキッ、ドガァァァァァァン!!!
海中に響き渡る、鼓膜を破らんばかりの鋼鉄の破砕音。
数万トンの質量を誇る戦艦と、それに縫い付けられた駆逐艦が、巨大な掌で握り潰された空き缶のようにひしゃげていく。
食い破られた舷側同士が激突し、火花を撒き散らしながらお互いを破壊し合う地獄絵図。
引き裂かれた艦底からは海水が爆発的な勢いで流入し、その急激な水圧変化が、海面を巨大なクレーターのように陥没させた。
「あはははっ! お姉さま、すごーい! まるで海の怪獣だよ!」
エルザのケートスが、燃え上がる駆逐艦の残骸をジャンプ台にして水面上へ躍り出た。
空中で反転しながら、耐水ショットガン『八岐大蛇』を水平に構える。
「さぁ、逃げる鼠は一匹も残さない! シュート!!」
――ズドォォォォンッ! ズドォォォォンッ!
百八十ミリのフレシェット弾が、炎に照らされた海面を切り裂き、パニックに陥った救命ボートや残存艦を容赦なく肉片と鉄屑に変えていく。
揚陸戦艦大和 露天甲板。
水平線の彼方、夜の帳を焼き払うほどに燃え盛る二十の火光。
水平線が白み始める。
増強第三小隊による蹂躙が終わり、今度は「鉄の破壊神」が、死の半島へと降り立つ刻が近づいていた。
ライオン・ポート沖に、復讐の夜明けを告げる凄まじい轟音が響き渡った。
「リヴァイアサンコントロールより各機、敵艦隊撃滅を確認。カウント開始。……射出まで、三、二、一……シュート!!」
ドォォォォォォンッ!!
蒸気カタパルトの爆発的な加速を受け、漆黒の『アスラ』が虚空へと弾き出された。
着水寸前、カイ・イサギ少将の指が操縦桿のトリガーを浅く引く。
「…… カイ・イサギ少将出るぞ!」
キィィィィィィィン!!
足底部の三連駆動ローラーが超音速域で絶叫を上げ、海面に接触した瞬間、高圧プラズマガスが海水を一気に蒸発させた。
水蒸気爆発による強烈な反発力を、カイは繊細なペダルワークで「浮力」へと変換する。
「制御安定。……海面走行に移行。エルザ、ソルガ、遅れるなよ!」
時速一八〇キロ。
背後に巨大な白銀の水柱を立ち上げ、アスラが霧を切り裂いて疾走する。
その異様な光景は、あたかも海面を駆ける黒い死神のようであった。
「ヤマト、カタパルト準備よし。射出!」
「『オーディン』、出るぞ!」
ソルガ・ユルヴァ・ストリクス中佐の黒い機体が、アスラの引いた航跡を追って発進する。
さらにその後方、ダークイエローの巨躯がカタパルトに固定された。
「……ハインリヒ・シュミット、『ケーニヒスパンター』。いつでもいける。飛ばせ!」
ドォォォォン!!
重量級の機体が、凄まじいGと共に射出される。
ハインリヒは着水の衝撃を厚い装甲の脚部で受け流し、即座に水面走行へと移行。その背後では、アランの四腕の異形機『カーリー』が、野獣のような唸り声を上げて続いた。
その頃、海面下。
アンジャリ、マリスの二機は、凱旋の余韻を殺し、冷徹な「盾」へと戻っていた。
「リヴァイアサンコントロールから第三小隊。……残存艦の掃討確認。第一波の揚陸を援護せよ。艦隊警戒に移行」
「……第三小隊、了解。上空にはエルザが、地上には中隊長がいるわ」
アンジャリは、ソナーに映る味方の高速移動信号を見つめた。
「ええ……。わたくしたちの仕事は、この『大和』に不埒な輩を近づけぬこと。マリス、了解いたしましたわ」
マリスのクラーケンが、泡の尾を曳きながら『大和』の周囲を円を描くように泳ぎ始める。
「カイお兄さま! おっそーい! もう待ちくたびれちゃったよ!」
海中から水面を割って躍り出たエルザの『ケートス』が、アスラと並走する。
海水を滴らせる巨大な鉄の塊の上で、戦乙女は無骨なショットガン『八岐大蛇』を肩に担ぎ、天真爛漫に笑った。
砂浜へ駆け上がると同時に、後方からカタパルト射出の勢いそのままに各機が着地、地響きを立ててカイに続く。
「すまない、エルザ。……ソルガ、アラン、シュミット。全員揃ったな」
カイの声が、激しい振動に揺れる各機のコクピットを繋ぐ。
霧の向こう、かつて東洋最大の要塞都市と呼ばれたライオン・ポートの黒いシルエットが、復讐を待つ巨獣のように姿を現し始めていた。
「ハインツの『ルシフェル』が降り立つ前に、門扉(沿岸砲台)をブチ破るぞ。副長をくやしがらせてやろう……リヴァイアサン中隊、戦闘開始!」
「了解ッ!!」
水柱を曳く怪物たちが、要塞の喉笛を目指して加速した。




