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第72話 奇襲

 カイはミナの病室のテレビを見ながら、ミナの手を強く握った。

「カイ、死なないで。そして行って。私は大丈夫だから」


 スタジオの大型モニターには、大東亜領海内・グアミ沖で撮影されたという、沈みゆく輸送船の絶望的な映像が映し出されている。


……続報です。民間船団を襲撃した勢力の正体が判明しました。

 救助された生存者、および周辺海域の哨戒データによれば、攻撃を行ったのはAAU第7艦隊。

 戦艦2隻、巡洋艦3隻、駆逐艦2隻からなる、 

 AAUが誇る主力艦隊の一つです。

 驚くべきことに、当該艦隊はAAUの国旗を堂々と掲げたまま、非武装の民間船団に対し至近距離から一斉砲撃を開始したとのことです」


……犠牲となった民間人は五千六百八十名。

 護衛の駆逐艦二隻も応戦の間もなく撃沈。

 生存者は、潜水艦によって救助された艦隊付きのわずか三名のみです。


【ラジオ放送:AAU公式声明】

 ノイズ混じりの音声から、傲慢なAAU広報官の声が流れる。


……AAU第7艦隊は、我が同盟の正当な権益を守るために行動した。

 大東亜側は、友人たる帝国への侵略を止めず、今回、AAU直近に武装艦を近接させ、艦砲射撃を含む武装行動を企図した。

 よって自衛のため、AAUの旗の下にこれを排除した。

 これは自衛権の行使であり、何ら非難されるべき点はない』


【新聞号外:大東亜日報】

【AAU第7艦隊、大東亜領内で虐殺の暴挙!】 【戦艦2、巡洋艦3の主力による一方的砲撃――犠牲者5680名】

「AAU、国旗を掲げたまま非武装船を屠る」 「『自衛』という名の侵略。大東亜政府、AAUに対し宣戦布告を辞さぬ強硬姿勢」


「……戦艦2に巡洋艦3、だと。主力艦隊をわざわざ大東亜の領内まで引き連れてきて、民間船相手に国旗を振りかざして砲撃したというのか」


 ハインツ大佐の声は、怒りを通り越して冷徹な殺意を帯びていた。

「生存者3名。5680名の血。……これは間違いなく、奴らの側の『示威行為』だ。俺たちリヴァイアサンを引きずり出すためのな」


 カイ少将は、中隊員とともに、駐屯地のブリーフィングルームでテレビを見ていた。

「第7艦隊か。AAUも、随分と高くつく『自衛』を選んだものだ」

 彼は振り返り、背後で闘志を滾らせるシュミット、アンジャリ、マリス、エルザを見据えた。 「これより休暇を全面返上。じきに中隊に命令が来るだろう。我々が行くのは、必ずや激戦区だ。……アンジャリ、マリス、エルザ。君らは艦隊行動の際、真っ先にスクランブルがかかる。機体チェックに入ってくれ」


「「「はっ!!」」」


 英雄たちは、即座に鉄と重油とマンガニスの爆発が待つ戦場への準備にかかる。

 スタジオの大型モニターには、黒煙に包まれる港町の絶望的な映像が映し出されている。


「……信じられない光景です! 大東亜領マライカに、AAU・帝国混成軍が上陸しました! 守備隊は激しい抵抗を試みましたが、わずか三時間の戦闘で壊滅。断片的な情報によれば、AAU艦隊は上陸前に市街地に対し、民間人の居住区を区別することなく苛烈な艦砲射撃を行った模様です!」


 さらに画面の下部に赤いテロップが流れる。


「……続報です! 艦砲射撃の被害はマライカに留まりません。グアミ、ライオン・ポートの各都市においても、無差別な市街地砲撃が確認されました。大東亜海軍は全艦隊に急派を指示。海域は完全に戦火に包まれました!」


 ニュースキャスターが、震える手で新たな原稿を受け取る。

「……今、入電しました! AAUおよび帝国残党が大東亜に対し、正式に宣戦布告を行いました! しかし、最初の攻撃から実に27時間以上が経過しています。卑劣にも、数千の命を奪い、主要都市を火の海に変えた後での、形式上の布告です。……大東亜は今、AAU及び帝国と完全な戦争状態に突入しました!」


 続いて、重厚なファンファーレと共にエウロ・ゲルマ・リキ欧州連合の紋章が映し出される。

 総統が演壇に立ち、その厳しい表情で全世界に向けて声を放った。

『……我が友邦、大東亜経済広域圏に対して行われた、卑怯極まりない不意打ちと虐殺行為。我々はこの暴挙に対し、深い遺憾の意を示すと共に、断固たる決意を表明する。 我が欧州連合は、これよりAAUに対し宣戦を布告する。 もって大東亜との友情に報い、正義を世界に取り戻さんとするものである!』


「……マライカまで堕ちたか」  

 ハインツ大佐が低く呻いた。

「民間人を盾にすらしない、ただの消滅。これが奴らのやり方か」


 大東亜海軍・関東基地は、未明の闇を切り裂く数千の投光器と、ディーゼルエンジンの重低音に支配されていた。  

 「大休止」という名の幻は消え去り、そこにあるのは冷徹な戦争の現実だけだ。


 揚陸戦艦『大和』の巨大な格納庫ハッチが開口し、クレーンが唸りを上げて、改修を終えたばかりの漆黒の巨躯――Y-S01w ASURAアスラを吊り上げていく。


「……テスト機動もなしに、実戦投入か。こいつの機嫌が悪くなければいいがな」  

 カイ少将は、機体の脚部に新設された多段階式高圧油圧バイパスの接続を鋭い目で見極めていた。  

 その隣では、ハインツ大佐がメタリックブラックのLuciferルシフェルのコクピットに飛び乗り、外部マウントの補助重油キャブレターの固定を確認して不敵に笑う。

「案ずるな、閣下。こいつらは持ち主の殺気を感じ取って動く代物だ。AAUの鉄屑を喰わせれば、すぐに馴染むはずだ」


 戦慄のニュースから二十七時間。

 旗艦 揚陸戦艦大和の艦橋では、シリチャイ大将が海図を睨みつけ、艦隊に非常呼集の最終確認を行っていた。


「物資の搬入を急がせろ! 明朝九時、一分たりとも遅れることは許さん。……マライカの同胞が流した血が乾く前に、我らが行く」  

 シリチャイの声が響く中、コンソールを叩く指を止めずに、一人の女性が華やかに声を上げた。


「シリチャイ大将、リヴァイアサン中隊のみなさーん。中隊側の新オペレーターは間に合いませーん! なので、この私、マリア・サントス少尉が中隊の管制も兼任させていただきますっ!」  

 艦隊オペレーターのマリアは、モニター越しに格納庫のパイロットたちへ向けて、茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばした。

「リヴァイアサンの皆さーん、任せて! 戦場でも私がエスコートしてあげるわ!」


「頼もしいな、マリア少尉。君の誘導なら安心だ」  

 カイが通信機越しに低く応える。


 格納庫の各所では、それぞれの「死神」が魂を吹き込まれていた。


 ソルガが、144mmライフル『グングニル』のボルトの注油具合を、何度もボルトを引いて確認している。

「エルザ、ケートスの耐水パッキンを再確認しろ。海に潜った瞬間にマンガニスが炸裂したんじゃ、笑い話にもならんぞ」

「はーい!」エルザが機体に近づくと、ケートス付きの整備兵が、すかさず叫ぶ。

「お嬢ー!その辺のパッキンは触らないでくれ!と言うか、どこも触るなよ!俺たちに整備は任せろ!」

「ありがとう、整備のみんな!みんなの為に、わたし頑張って戦ってくるからね!」

 エルザは、ディープ・ブルーの機体のハッチを叩き、嬉しそうに笑った。


 シュミットは、重厚なダークイエローのKönigspantherケーニヒスパンターに乗り込み、巨大なガンブレード『グラム』に繋がる電気系統の確認に余念が無い。

 高振動のハミングが機体全体を震わせる。

「アラン。……新型機での初めての実戦だ。気を引き締めろ」

「了解です、シュミット中佐。……四つの腕で、同時に三人を殴る練習は済んでます」  

 アランが、ハッチを開けたまま異形の四腕機Kaliカーリーを器用に操り、電磁鉄甲の拳を打ち合わせた。


 アンジャリとマリスの二機は、大和備え付けの対艦シュテルツァー射出筒脇のスロープ際で、八本の脚を丁寧に確認していた。

「マリス、アビス・ホールドの吸着圧、最大まで上げられる?」

「ええ、アンジャリお姉さま。……AAUの船底を抱き潰す準備は整っておりますわ。新装備での機動性低下と、八脚への負荷が少し心配ですわね」  水上滑走と接舷に特化した二機の八脚式が、それぞれの個性ある青い燐光を放ちながら出撃の刻を待つ。


 そして最も静かに、けれど最も冷酷に機体を塗り潰していたのはガリアスとヴォルフだった。 「ヴォルフ、レンズの状況はどうだ?」

「ゼロから4000まで完璧だぜ親父。魔王に鍛えられたしな」  

 彼ら親子は、錆と煤の色に染まった愛機が、蜘蛛のような姿勢で静かに伏せるよう、超可変式ダンパーとサスペンションの確認に余念がなかった。


 午前九時。

 揚陸戦艦『大和』の巨大な推進器が海を沸騰させた。


「抜錨! 針路、 ライオン・ポート。民間人を虐殺し、不法に占拠している敵軍を完全粉砕する!抜錨!」

 シリチャイ大将の号令が飛ぶ。  

 旗艦『大和』を中心に、重装巡洋艦『ヘルメス』、駆逐艦、そして病院船までもが、復讐の白波を立てて進軍を開始した。


 格納庫の中で、漆黒のアスラが静かに重油とマンガニスの咆哮を上げた。  


「マリア、全機のマンガニス臨界駆動を確認。……リヴァイアサン中隊。全機、シュテルツァー稼働確認全て終わりだ」

「リヴァイアサンコントロール了解、リヴァイアサン中隊は交代でブリーフィングルームに詰めて下さい」


 揚陸戦艦『大和』のブリーフィングルーム。

 そこは、スクランブルに備えたパイロットが待機を兼ねる場所でもあった。

 館内各モニターに、旗艦艦橋に立つラッタナ・シリチャイ大将の姿が映し出された。


 シリチャイは、冷徹なまでの静寂を纏い、マイクを握った。


「諸君、いよいよだ。……将官クラスにとっては、『来るべき日がきた』。それだけのことだ。ただ、奴らの攻撃ポイントと規模が、我々の予想を上回っていた。それだけの違いに過ぎない」


 シリチャイの言葉は、熱を帯びるのではなく、鋭い剃刀のように空気を切り裂いていく。


「AAUは、先の帝国との戦いにおいて、停戦こそしたが事実上の敗戦国家だ。我々大東亜エウロ同盟が帝国を粉砕したからこそ、奴らは命からがら生き延びることができた。……奴らにあるのは物量だけだ。だが、シュテルツァーという『個の技術』が戦場を支配するこの時代、その物量は容易く粉砕されてきた」


 画面越しのシリチャイの視線が、カイ、ハインツ、そしてエースパイロットたちを射抜く。


「このままでは、大東亜とエウロが煌びやかな戦勝国として世界の頂点に君臨し、栄光あるAAUは二線級国家へと転落していく。それが彼らの考えだ。……そしてそれは、彼らのプライドが耐えうるものではなかった。今回の宣戦布告は必然だ。『強すぎる隣人は殺せ』。奴らの論理は至極単純だ」


 そこでシリチャイは一度言葉を切り、さらに声を低めた。


「奴らの背中を押したのは、帝国の残党だ。敗北し、居場所を失った奴らの技術が、AAUの物量と合わさった。虎視眈々と牙を研ぎ、我々が前戦争の傷を癒やし切る前に、その喉笛を噛みちぎろうとしているのだ。……統合参謀本部も、この流れは読んでいた」


 ブリーフィングルームに、戦慄にも似た納得が広がった。

 五千六百八十名の犠牲。

 それは偶発的な事故ではなく、周到に準備された「世界への反逆」の狼煙だったのだ。


「……なるほどな。落ちぶれたエリートと、敗残兵の逆恨みか」  

 カイ・イサギ少将が、アスラのハッチを掴みながら低く笑った。

 その瞳には、冷徹な闘志が宿っている。


「期待しているぞ、我が艦隊に所属している全ての将兵諸君。リヴァイアサン中隊だけでは無い。我々の艦隊こそが最精鋭なのだ」


「「「はっ!!」」」


 シリチャイの号令と共に、艦隊全ての将兵が叫ぶ。

 第41大東亜エウロ特務艦隊は、今、蹂躙された幾億の同胞を救う航海に出る。

 

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