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第7話 黒い神

 二週間後。  

 第48収容所の正門に、一台の黒い軍用車が静かに止まった。  

 そこから降り立ったのは、泥にまみれた捕虜の少年ではない。

 仕立ての良い黒い帝国軍服に身を包み、肩には金色の少佐徽章を輝かせた、冷徹なかおの将校だった。


「カイ……? 嘘だろ、お前、その格好は……」


 作業に駆り出されていたジョセフが、信じられないものを見る目で絶句した。

 その隣には、帝国の高度な抗生剤と外科処置によって一命を取り留めたミナがいた。

 彼女は鈍い輝きを放つ最新式の義足をつけ、粗末な車椅子に揺られながら、幼い頃から共に過ごし、淡い恋心を寄せていた少年に絶望の眼差しを向けていた。


「カイ……どうして? 私たちの街を壊して、みんなを殺した人たちの仲間になるの……?」


 ミナの細い声が、カイの背中に鋭い棘となって突き刺さる。

 だが、カイは振り返らなかった。

 振り返れば、氷のように固めた自分の仮面が割れてしまうことを知っていたからだ。


「黙れ。生きるためだ。……この泥水を啜り、明日死ぬのを待つだけの生活には、もう飽きたんだよ」

「嘘だッ! お前はそんな奴じゃないッ!!」


 ジョセフが詰め寄ろうとした瞬間、警備兵の銃床がその顔面を殴打した。

 泥の中に突き飛ばされた親友に、カイは冷たい一瞥を投げ、表情を殺した声で言い放った。


「ジョセフ、その女を連れて下がれ。……これからは言葉を慎め。貴様らが今、清潔なベッドで眠り、生きていられるのは、すべて俺の『温情』だということを忘れるな」

「……カイ……最低だよ、あんたなんて、あの時死んじゃえばよかったんだ……!」


 ミナの血を吐くような泣き声が、止まらない嗚咽が、冬の空気に響き渡る。

 カイの拳は、軍服の袖の中で爪が肉に食い込むほど握りしめられていたが、その顔は一分の隙もなく「帝国の冷徹な将校」を演じきっていた。


 カイはそのまま、収容所の奥に新設された特設格納庫へと歩を進めた。

 重厚なシャッターが軋んだ音を立てて上がると、そこには漆黒の闇を纏った「死」そのものが鎮座していた。


 先行試作シュテルツァー『Y-S01w アスラ』。


 それは、既存の兵器体系を根底から覆すための「野心」の結晶だった。  

 二足歩行型でありながら、人型の優雅さを捨て、跳躍力に特化した細く強靭な脚部は、まるで獲物を狙う蜘蛛の四肢を思わせる。


 右腕部:新型大質量パイルバンカー

 ASPB-602 "Cocytus"

 通常の機体が装備するものの1.8倍近い炸薬を用いる特殊仕様。

 艦船搭載型パイルバンカーの炸薬を使用。

 敵機の装甲を貫通するのではなく、掠るだけでも衝撃で内部構造ごと「粉砕」することを目的としている。

 しかし、その破壊力の代償として生じる反動は凄まじく、発射した瞬間に機体の重心を崩し、当機に慣れていないパイロットであれば反動で跳ねた自機の腕で機体を大破させかねない。


 左腕部:144mm試作汎用自動ライフル

 AW-144R "Valkyrie"

 連射性、射程、威力において当時の水準を二世代以上追い越しているが、あまりに強力な初速ゆえに弾道に独特の「歪み」が生じる。

 重心バランスも劣悪で、狙った場所に当てるには機体制御と射撃計算を同時に、かつ瞬時に行う異常なまでの空間把握能力を必要とする。


 肩部:有線誘導4連ミサイルパッド

 OMS-04 "Hades"

 被弾時の誘爆リスクを考慮せず、ランチャー内蔵式ではなく外部マウント式を採用。

 発射後は爆砕ボルトによって即座にパージされ、アスラの機動性を極限まで引き上げる仕様となっている。


 そして、この機体を真に「怪物」たらしめているのは、脚部底面と背面に配された独立マンガニス推進機構だった。  

 通常、シュテルツァーの跳躍限界は15メートル。

 精鋭機であっても17メートルが関の山であるこの時代において、アスラは一気に最大約210メートルという、高高度跳躍を可能にする。

 そこからの滑空、あるいは急降下攻撃は、航空機が消えたこの世界の空において絶対的な支配権を意味していた。  

 通常機が(ジャンプ時に起きる強烈な負荷が原因の整備限界)一戦闘で3回しか跳べないところを、アスラは連続跳躍すら可能とし、整備範疇で40回もの再使用を許容する大容量空液冷ハイブリッド型冷却システムを装備している。

 これはジャンプ時に、ジャンプスラスターを同時に強制冷却することも可能にしている。

 恐るべきはもう一つ。

 この脚部底面ブースターにより、海面走行すら可能であるという事だ。

 しかし、これについては技研は「理論的には可能だが、使用条件を鑑みるに不可能である」と結論付けている。


「 少佐、お待ちしておりました!」


 居並ぶ帝国整備兵たちが、一斉に一糸乱れぬ敬礼を送る。

 カイはその中心を歩きながら、昨夜、アシュラフ大佐と交わした「悪魔の契約」を脳裏に蘇らせていた。


『いいか、少佐。この取引は、君と私との友情にかけての秘密だ。……もし君が裏切ったり、誰かに真実を話すようなことがあれば、この収容所は即座に「閉鎖(皆殺し)」だ。……ミナ君も、あの友人も、跡形もなくなってしまう。なぁ少佐、これから仲良くやろうじゃないか』


 大佐の、毒蛇のような囁きが耳元でリフレインする。  

 カイはアスラを見上げた。今はまだ光の消えた、真っ赤なモノアイ。

 その漆黒の鉄塊は、鏡のようにカイの今の姿を映し出していた。


 彼は今日、魂を売った。  

 愛する者の命と引き換えに、故郷を焼いた軍の「牙」となったのだ。

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