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第62話 公用使

 一九八四年二月二日。  

 日和極東連邦の駐屯地を覆っていた厚い雲が、この日は珍しく晴れ渡っていた。

 降り注ぐ冬の陽光は、朝露に濡れる演習場の大地さえも白く輝かせ、アスラの漆黒の装甲を鋭く縁取っている。


 その静寂を切り裂き、重厚な軍用車両の車列が演習場へと滑り込んできた。  

 降り立ったのは、大東亜エウロ軍統合参謀本部の実力者、ロレンツォ・ガバルディ少将である。 

 エウロ南部系の深く険しい容貌を持つその男は、随行する技術士官たちを従え、整列した中隊員たちの前へと歩を進めた。


「訓練を中断させたすまない、諸君」  

 ガバルディの声は、晴天とは対照的に重く沈んでいた。

 その視線は、最前列に立つカイとハインツの二人を射抜くように向けられる。


「事態は急を要する。アエテルナに駐留していた元帝国軍残党が、先ほど帝国の皇帝が生存していることを公式に宣言した。彼らは『神聖ヴァジュラ・バラ・カノン帝国』を名乗り、首都をアエテルナのポートアススクに移転。軍事暫定政府の樹立を宣言したのだ」


 隊員たちの間に、凍りつくような緊張が走った。

 ガバルディ少将は言葉を継ぐ。

「ニュースになるのは明日だろう。ヴォルガ・ゼ・ザルニカ中将が、元帥に昇進の上、暫定政府軍部宰相を名乗った。……ハインツ大佐」


 名前を呼ばれたハインツの頬が、怒りに細かく震えた。  

 ヴォルガ・ゼ・ザルニカ。

 かつて、信じて亡命を求めた自分と家族を裏切り、強制収容所へと叩き込んだ元凶。 

 ハインツにとって、あの男はもはや人間ですらない。

 自分からすべてを奪った、帝国という名の腐った機構そのものだ。

「……ヴォルガが、元帥か。泥にまみれた敗残兵が、今さら玉座の真似事とはな」  

 ハインツの冷徹な呟きは、怒りの深さゆえに、かえって感情を排した研ぎ澄まされた刃のようだった。


 ガバルディは全体へと視線を戻し、戦略的状況を説明し始めた。

「参謀本部と政府調整機構の見立てでは、帝国は今、内政の混乱と相次ぐ脱走兵により、軍の再編には早くて今年の四月か五月。あるいは……長ければ来年の三月まで動けん。だが、強硬手段に出れば『首都奪還』を名目に宣戦布告を行う可能性もある。政府は、A案とB案を考えている。

 

 A案――可及的速やかに態勢を整えて、帝国に侵攻して解体を目指す事。


 B案――対話で時間を稼ぎつつ、AAUと呼応した万全の侵攻体制を整える道を選ぶ。


 A案は、我々は我々も傷つき過ぎた。準備にしばらくはかかる。B案は、数年単位の消極的な方針だ。政府は、まだ答えを出せないでいる。……それまで、君たち『リヴァイアサン』には、新たな編制での待機を命ずる」


 少将は、威厳を持って新たな中隊編制を読み上げた。


 第41大東亜エウロ統合参謀本部直轄特務艦隊  艦隊司令:ラッタナ・シリチャイ大将  

 副司令官:ジャン・リュック・ベルナール中将  艦隊オペレーター:マリア・サントス少尉

 旗艦 揚陸戦艦『大和』

 自席旗艦 揚陸重装巡洋艦『ヘルメス』

 駆逐艦4、輸送船6、病院船1


 第41大東亜エウロ統合参謀本部直轄

 特務艦隊所属  

 第507統合参謀本部直轄特務中隊

 『リヴァイアサン』  

 隊長:カイ・イサギ少将  

 副長:ハインツ・ゼ・ゲーヴェア大佐  

 中隊オペレーター:ミナ・フェリシア少尉


 第一小隊

 ソルガ・ユルヴァ・ストリクス中佐

 エルザ・アイスグリム大尉  


 第二小隊

 ハインリヒ・シュミット中佐

 アラン・バティスタ大尉  


 第三小隊 

 アンジャリ・サマセット少佐 

 マリス・アイスグリム大尉  


 第四小隊 

 ガリアス・ヴォルカス少佐 

 ヴォルフ・ヴォルカス少尉


 一息ついたガバルディは、少し表情を和らげ、しかし苦渋を滲ませて付け加えた。

「……リヴァイアサンという部隊名は変えるべきとの意見も多かったのだが、民衆にあまりにも『英雄、リヴァイアサン』の名前が定着しすぎてしまっていてね。そして、気がついているとは思うが、何人かはすでに『昇進している』のだよ。『昇進する』のではない。昇進の有無には政治が深く絡んでいる。申し訳ないが、了承してくれ」

佐官の諸君。本来なら別部隊を率いるべき立場だが、この部隊は特別だ。所属しているだけでも大きな価値がある。帝国がいる間は我慢してほしい」


 ガバルディは申し訳なさそうに言ったが、隊員たちの反応は揺るぎなかった。

「……別部隊を率いたいなどという者は、ここにはおりません。少将閣下」  

 シュミット中佐が、一歩前に出ることなく、しかし凛とした声で応えた。

「我々が望むのは、この中隊を支えることのみ。閣下、ご懸念は無用に願いたい」とソルガが続ける。

 彼らにとって、カイの隣に立つことこそが唯一の、そして他のどんな軍事的名誉にも勝る誇りだった。

 自らの二つ名を口にすることさえ、アスラの神懸かり的な機動の前では烏滸がましいと知っている彼らは、ただ沈黙をもってその忠誠を示した。 

 ガバルディは頷き、随行する技術士官たちを指し示した。

「これより、君たちの機体はすべて改修、強化作業に入る。当駐屯地にて、技術の粋を集めた最新のアップデートを施す予定だ。何か要望があれば、後ろに控える技術士官に遠慮なく伝えてもらいたい。世界でもトップエースの君たちの知見は、何よりも貴重なデータだ」


 この言葉に、隊員たちの瞳に鋭い色が宿った。 

 カイの「地獄」に耐えてきた彼らにとって、機体の強化はすなわち、あの破壊神の背中に一歩でも近づくための翼を得ることに他ならないからだ。

 ガバルディは、彼らの覚悟を噛みしめるように深く頷いた。

 だが、次に続いた言葉は、隊員たちの心に冷たい楔を打ち込むものだった。


「……国葬は延期だ。グングニルの艦橋で散った者たちを、今は静かに弔うことさえ許されん。これを行えば、『この日だけはエリート部隊のスクランブルが無い』とプロパガンダを流すに等しいからだ……。場合によっては暗殺……。すまない、許してほしい」


 その言葉は、駐屯地の空気を一瞬で凍りつかせた。  

 弔うことすら許されない。  

 それは、サカモトが「仲間を殺したプロパガンダ用のお遊びだ」と吐き捨てて去った、あの国葬という儀式さえもが、今の彼らからは取り上げられたことを意味していた。

 彼らを知る者達の脳裏には、あの日、散った者達の顔が浮かぶ。


 ミナの脳裏に、サカモトの孤独な背中と、彼が残していった『戦闘報告書』が蘇る。  

 マイの誇り高い死も、タケシの形も残らぬ最期も、今の連合軍にとっては「弔い」という感情に時間を割くことすら許されないのだ。  

 葬儀を行えば、その日は『リヴァイアサン』が動けないことを敵に教えるようなもの。

 帝国がそこを「Xデー」として狙ってくるであろうことは、軍人として確かに理解できてしまった。

 カイは無言だった。  

 アスラに乗ればあんなにも雄弁な彼が、今はただ、ガバルディの言葉を空虚な瞳で受け止めている。  

 彼の中に刺さり続けた「棘」――子供を産めない体になったミナへの負い目、失われた未来、そして去っていった戦友たちの記憶。  

 それらすべてを「今は忘れろ」と言われているようで、空虚な気持ちがじわりと広がっていくのを、カイは感じていた。


 冬の澄み渡った青空の下、ガバルディ少将は中隊員たちを演習場の奥、重厚な偽装網で覆われたシュテルツァー輸送車両が運び込まれた演習場へと導いた。

 そこには、偽装網越しにも分かる、明らかに異様な二機の試作シュテルツァーが鎮座していた。

 二機の試験機を前に、ガバルディ少将は随行の兵士に命じ、いくつかのコンテナを運び込ませた。

「機体と共に、新たな部隊制服を用意した。本日からこれが、第507特務中隊『リヴァイアサン』の正装となる」

 配られた制服は、これまでの軍の規格を外れた、あまりにも美しく、そして不穏な色を湛えていた。

 生地は、光を吸い込むような漆黒。

 しかし、その肩章とモールには、深海の底で光る燐光を思わせる鮮やかな「ブルーメタリック」の糸が織り込まれている。

 上衣のボタンや襟元の細部、そしてズボンの側章に至るまで、その鋭く美しい銀蒼の意匠が施されていた。

 女子は端正なプリーツスカート、男子は機動性を重視した優美な乗馬ズボン。

 黒と青のコントラストは、まるで夜の海に現れる伝説の海獣、リヴァイアサンそのものを体現しているようだった。


「美しい……いい色だ。闇に紛れ、しかし仲間の目には鋭く映る」

 ハインツが予備を含めて渡された制服の袖に触れ、低く呟いた。


「これ、リヴァイアサンだけの制服なんですね。……なんだか、本当に一つになったみたいだ」

 カイが少将としての重みを感じながら、新調された黒い上衣を羽織る。

 肩に輝くブルーメタリックのモールが、彼の引き締まった身体をより一層、指揮官としての威厳を持って際立たせた。


「君たちへの改修とは別に、今日は二機のプロトタイプを持ってきた。帝国首都デリ・ガート陥落の際、我が軍が接収に成功した数少ないシュテルツァー試験機だ」


 ガバルディの合図で、偽装網がゆっくりと引き剥がされる。

 そこには、現行のフェンリルとは明らかに一線を画す、禍々しいまでの威圧感を放つ二体の鋼鉄の獣が佇んでいた。


「それぞれ、武装と機体特性が極端に固定されている。自ずとパイロット候補は決まっているのだ。まずは、これらの機体を使いこなせるかどうか。それが条件だ」


 ガバルディがまず一機目を指し示す。

 「 シュミット中佐、一歩前へ」

 その鋭い眼光が、新しき愛機の輪郭をなぞる。

 G-HX02-P Königspantherケーニヒスパンター

 幾何学的な平面で構成されたダークイエローの機体は、一種の芸術品の様な美しさを湛えつつも、そこに立つだけで周囲の空気を圧するような、冷徹なまでの闘争本能を剥き出しにしていた。

「高次元で綺麗にまとまっている近接機。やや装甲が厚い。跳躍高度20m。旋回性能が非常に高く、腕部の可動速度は抜きん出ているらしい」

 ガバルディは続ける。

「武装は、両手持ち高振動電磁剣ガンブレードG-GB155『Gram』(グラム)。120mm砲を刀身に備えている。背部にはもう一振り背負っているが、使えなくなった時の予備である。背部の予備刀は『Refil』(レフィル)。刀身先端、中心には155mm試製対要塞ライフルの銃口が覗いている。これは、高反動、高威力。有効射程距離は400mだ。どのような重装甲シュテルツァーでも盾ごと貫通するだろうな」


 シュミットは、圧倒的な威容を誇るその装甲を、どこか縋るような、あるいは恐れるような目で見つめた。


「凄まじいな……確かに。……ですが閣下、この『豹』は、そう簡単に人に背を預ける様な生優しいものじゃあないでしょう」

 彼は自らの右手をじっと見つめ、ゆっくりと握りしめた。

「……正直に言えば、こいつを完全に乗りこなし、カイ少将の隣を走り続けられるのか、今の自分には確信が持てない。……試させてください。俺が、この野獣の王に選ばれる資格があるのかどうかを」


 ガバルディは英雄シュミット中佐の、謙虚なまでの闘争心に満足そうに頷いた。


 続いてガバルディは、二機目の巨躯へと歩み寄った。


「二機目。アラン・バティスタ大尉、前へ」

「機体名 A-AX04-M Kaliカーリー。鈍いダークイエローに塗装された機体。やや、機体速度と、反応速度、跳躍能力を重視した格闘機体だ。敵の砲火を正面から受け流し、体当たりで粉砕することすら可能な攻撃的装甲を肩部、肘部、膝部、脚部等に装着。跳躍高度35m。各関節部には新型の流体モーターが組み込まれ、その旋回速度と滑らかさは、人間の武道家が繰り出す「正拳突き」の機動すら完璧に模倣することを可能にするらしい。二足歩行、四腕の異形機だ」

 ガバルディは続ける。

「武装は、上右手に20mm短機関銃J-MG20/H『Vajra』。下右手に高振動電磁刀G-ES02『Chandrahas』。左手上に60式電磁鉄甲J-KN89 『Mahakala』。残った左手下は各種補助行動に使用する」


 アランは、四つの腕を持つ異形の威容を仰ぎ見て、静かに、そして深々と一礼した。

「……身に余る名誉です、閣下。ですが正直なところ、この『カーリー』の四本もの腕を自在に操るなど、私のような凡庸なパイロットには、少しばかり荷が重すぎるのではないかと……。そんな懸念が拭えません」


 彼は苦笑いを浮かべ、しかしその瞳には、機体の各関節に仕込まれた流体モーターの滑らかなラインを、プロとして冷静に見極める光が宿っていた。

「正拳突き、ですか。……私は武道の達人ではありませんが、泥の中でもがき、それでもカイ少将の中隊にしがみついてきた自負だけはあります。この殺戮の女神が、私のような男の無骨なステップに付き合ってくださるというのなら、死ぬ気でその手綱を握るつもりです。……精一杯、努めさせていただきますよ」


 二人は、それぞれの機体を見上げ、無言で機付の整備士たちと頷き合う。

 ガバルディ少将は、その光景を満足げに見つめながら、最後に付け加えた。

「リヴァイアサンは、さらなる深淵へと向かう。この二機が、君たちの牙となることを期待している」


 演習場に、新型エンジンの咆哮が響き渡る。

 不意にジョセフ、ユキヤ、サカモト、共に死線を越えた仲間の死がカイの脳裏に浮かぶ。

 カイは唇を噛み、ミナは静かに俯いた。

 その重苦しい沈黙を、一陣の風が吹き抜ける。 

 カイが不意に顔を上げ、横に立つミナを真っ直ぐに見つめた。


「ミナ!」


 その声の響きに、ミナは吸い寄せられるように彼を見た。

「何? カイ」

 今、シュミットとアランが、まさに新型機の試験運用をしようと機体に体を滑り込ませたタイミングだった。

「……なかなかチャンスが無いからさ。帝国が動けない三月に、結婚式をしよう」


 演習場に、時が止まったような静寂が訪れた。 

 これまでの絶望、血の滲むような日々。

 二人が互いの欠損を抱きしめ合い、戦場でしか結ばれることができなかった長い道程が、今、一つの約束へと結実した。


「え……? え、あ、うん……」  

 ミナの目に、みるみるうちに涙が溜まっていく。

「やりましょう。海が見える小さな教会で、小さな式が憧れだったの。……もう、私たちには親族もいないんだから」


 マライカのケダ村。

 帝国の蹂躙によってすべてを失った二人。

 彼らにとって、ここにいる仲間たちが、唯一の血の繋がらない家族だった。

 ガリアスが呟く。

「おいおい、このタイミングかよ。さすが中隊長だぜ」

 マリスが可笑しそうにコロコロ笑いながら「シュミットとアラン、きっと困ってますわよ。『待望の新機体を立ち上げたタイミングで結婚式決める』だなんて」

 エルザが「みんなで式に出るでしょ!すっごい楽しみ!シュミットとアランは、こっちが良いところなんだから、動かないで待つのよ」と小悪魔の微笑みを浮かべている。


「ま、待ってください少将閣下!」  

 一番慌てて割って入ったのは、ガバルディ少将だ。

「これは……高度な政治的案件です! カイ少将の結婚ともなれば、国家の、英雄の……! しかし帝国に知られれば暗殺の恐れも。くそっ、とにかく早急に調整します! 連絡をお待ちください!」


 少将がうろたえながら去っていく中、隊員たちは無言で、しかし熱い眼差しを二人に送っていた。

 誰も余計なことは言わない。

 ただ、彼らの心は決まっていた。

 リヴァイアサン中隊はもはや家族、ならば家族の式に参列するのは当然である事。


 そして、シュミットとアランは、新型機の動作確認を出来ずにコクピット内でタイミングを見計らっていたが、誰も「家族」は気がついてくれなかった。


「……おい、アラン。もう動かしてもいいと思うか?」

「よしてくれよ、シュミット中佐。今このハッチを開けてみろ。ミナ少尉のあの幸せそうな顔を、新型機の排熱ガスで汚したって末代まで呪われるぜ」

 新型機の狭いコクピットの中で、二人は外部モニター越しに抱き合う二人を眺めながら、溜息を吐いた。

 ようやく訪れた「日常」の気配。

 それを壊す野暮は、この最強の中隊には一人もいなかった。


 数分後、ようやく感極まったミナがカイの胸から顔を離したのを見計らい、シュミットが震える指で起動スイッチを入れた。


『Königspanther システムオールグリーン。駆動開始』


 ダークイエローの装甲が、まるで眠りから覚めた獣のように微かに震える。

  続いて、アランの『カーリー』からも、流体モーター特有の、低く滑らかな唸り音が響き渡った。

「よし……。一歩、出るぞ」


 シュミットがペダルを踏み込む。

 だが、次の瞬間、ケーニヒスパンターは彼の予想を遥かに超える感度で反応した。

「――っ!?」

 ほんの数センチ機体を前進させるつもりが、地面を蹴った衝撃で機体は弾かれたように数メートル前方へ。

 旋回性能の高さゆえに、視界が恐ろしい速度で流れる。

 かつての愛機で培った感覚が、この最新鋭の獣の前では、あまりにも鈍重で無骨なものに感じられた。


 一方のアランもまた、四本の腕の制御に悪戦苦闘していた。

「……っ、多すぎるな。意識が、四散しそうだ……!」

 右腕の短機関銃を構えようとすると、意識の隙を突いて左下の補助腕が予期せぬ動きを見せ、機体の重心を揺らす。

「帝国の技術者は、これを本当に操縦出来る人間が居ると思って作ったのか!?」

 武道家の動きを模倣するという流体モーターは、アランの僅かな迷いさえも過剰に拾い上げ、機体を泥酔した巨人のようにふらつかせた。


「……酷いものだな」

 ハインツが、演習場を無様にのたうつ二機の新型機を見つめ、腕を組んだ。

「ああ。今のあいつらじゃ、量産機一機にだって勝てやしねえ。……だが」

 ガリアスが、煙草に火をつけながら、目を細める。

 二機の挙動は確かに未熟で、ぎこちない。

 しかし、旋回するたびに巻き起こる凄まじい風圧と、一歩踏み出すたびに砕ける大地が、その潜在能力を無言で証明していた。

 もし、あの暴れ馬たちを乗りこなしたなら。

 それは、帝国の並のエース機では視認することさえ叶わぬ「神の領域」に到達する牙となる。

 そしてこの二人は、その技量を持つトップエースであった。


 その時、コクピットの二人の耳に、通信回線を通じてカイの快活な声が飛び込んできた。


『シュミット、アラン! 思ったより苦戦してるみたいだな。……いいこと考えたよ!』

 二人の背筋に、新型機の冷却水よりも冷たい戦慄が走った。

 モニター越しに聞こえるカイ・イサギ少将の声は、今日一番の、そして最も残酷なまでの善意に満ちた笑顔を浮かべているかのようだった。


『明日から、俺が付きっきりで二人を鍛えてあげるよ。特別メニューを組むから、期待してて!』


「……じ、辞退させていただきたいのですが……」

 アランの声が、カーリーの複雑な駆動音に混じって震える。

「大佐……いや、少将。我々のリハビリに閣下の手を煩わせるわけには……」

 シュミットもまた、冷や汗を流しながら必死の拒絶を試みた。


 だが、救いの手は意外なところから差し伸べられた。

「あ、そうだわカイ。さっき、ガバルディ少将が言ってたでしょう?アスラも今日から技術士官たちが解体して、フレームレベルからの総点検と改修作業に入るんですって。もちろん、他のみんなの機体も順番にドック入りよ」


 ミナの言葉に、カイの顔から一瞬で輝きが消えた。

「……え? アスラも、今から?」

「ええ。だから、早くても二ヶ月は動かせないわ」


「そんな……。新型機の動き、楽しみだったのに……」

 がっくりと肩を落とし、子供のように「しょんぼり」と項垂れる破壊神。

 その姿を見つめ、シュミットとアランはコクピットの中で、同時に深く、深く胸を撫で下ろした。


「……お姉さま。きっとあの二人、『助かった』って顔してますわね」

 マリスがくすくすと笑い、エルザも「きっと本当に必死だよね」と、楽しそうに瞳を輝かせた。


 冬の澄み渡った青空の下。

 改修のために次々とドックへと運び込まれていく、傷だらけの鋼鉄の巨人たち。

 狂気的な訓練に明け暮れた中隊には、いま、束の間の穏やかな休息がもたらされようとしていた。


 

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