第57話 姉妹
一九八四年一月。
バルラート洋に浮かぶ絶海の孤島、ケルゲレン。
重厚な要塞のごとき軍会議室では、人類の運命を塗り替える「軍民合同世界大会議」が続けられていた。
円卓を囲むのは、大東亜連邦とエウロ欧州連合の首脳陣。
表向きは、宿敵ヴァジュラを打ち破った戦勝の祝辞が華々しく飛び交い、英雄たちの武勲が讃えられていた。
だが、ひとたび実務の議論に踏み込めば、そこには勝利の余韻など微塵も存在しなかった。
彼らが真に向き合っていたのは、祝杯の中身ではなく、あまりに巨大な「帝国の死骸」をいかに解体し、分配するかという、困難を極める再編の算盤であった。
「――まず、帝国の統治についてだが」
エウロ側の代表が、重苦しい沈黙を破り、赤く塗りつぶされた地図を指し示した。
「先ほどすり合わせた通りだ。我々両ブロックに、あの歪みきった広大な版図を直接統治する余力はない。資源も、人員も、この数年の消耗で底をついている。我々にできるのは、焼け跡に新たな芽を植えることだけだ」
合意事項は、極めて冷徹な現実主義に貫かれていた。
帝国という国家を解体し、親エウロ・大東亜派による「新政府」を樹立させること。
それは事実上、両ブロックの意思を執行するだけの傀儡政権に等しかった。
だが、問題は山積していた。
民衆の間には未だ敗戦の事実を拒む根強い自尊心が燻っており、占領下での暴動や政変の火種は、常に戦勝国側を畏怖させていた。
統治の不安定さを解消するため、首都近郊のみを「独立国家ヴァジュラ国」として形ばかりの主権を維持させ、国民の反発を逸らす緩衝材とすることが決定された。
一方、利権の分配については容赦がなかった。 ゲヘナ大陸はエウロ欧州連合の調査が完了次第、細分化された統治区域へと再編され、順次エウロへと事実上組み込まれる。
そして世界の命運を左右するマンガニス鉱山については、大東亜とエウロ双方の資本を注入し、共同管理することで合意を見た。
それは平和の名を借りた、戦勝国による資源の完全掌握であった。
同時に断行されたのは、建国時から続く特権を粉砕する「貴族制の廃止」であり、軍備はエウロ軍の指揮下に置かれた「エウロ・ゲルマ・リキ欧州連合経済共同体所属ヴァジュラ軍」としてのみ保有が許された。
そして何より歴史的な転換点となったのは、帝国の精神的支柱であった「国教」の完全なる終焉である。
それは、戦勝国による一方的な強制ですらなかった。
凄惨な強制収容所のプロパガンダ映像を目にした帝国民自身が、あまりの衝撃に立ち尽くしたのだ。
自らが信じてきた神が、アザリア人を「不浄の汚物」と説き、その虐殺を正当化していたという戦慄すべき事実。
その欺瞞に対し、民衆は激しい拒絶と嫌悪を叩きつけた。
各地の教会からは、神のシンボルであった「神の剣」が民の手で引き剥がされ、聖典は街角の篝火の中に投じられた。
民衆は、他ならぬ自らの手で、過去の信仰を裁いたのである。
議論が最も紛糾したのは、戦後軍事バランスの核心となる「技術と人間」の問題だった。
「帝国のシュテルツァー技術は、我々の科学を数世代は加速させた。だが、これほどの『怪物』を乗りこなせる者が我々にはいないのだ」
大東亜の将官が、苦渋に満ちた表情で言葉を絞り出した。
「奴らの技術はあまりに尖鋭化しすぎている。量産機でさえ、我が大東亜のエース級でなければ満足に制御できん。ましてや帝国のプロトタイプ機(エース機)ともなれば、もはや乗りこなせる人間など、このブロックには存在せんよ」
結局、両ブロックは帝国が用いた手法は「十二歳から三年おきに実施される定期適正テストと、それに基づく才能あるパイロットの早期発掘・英才教育」の導入を決定した。
平和を守るための抑止力を維持するために、子供を戦士として育て上げる。
守るべき対象の子ども達を、積極的に戦場に送る準備をするという、残酷な皮肉がここに完成した。
せめてもの贖罪か、あるいは残酷な「買い上げ」か。
選抜された子供とその家族に対しては、国家による格別の生活保障と特権を付与することが、唯一の妥協案として可決された。
歴史の不条理を正す決定も下された。
帝国の盟主国であった北西の大島、アングリア。
帝国によって破壊し尽くされ、不毛の地と化したその場所を、本来の持ち主であるアザリア人に返還し、「アングリルアザリア国」を新設することが可決された。
旧帝国領内に散っていたアザリア人たちが、ようやく「自分たちの国」を持つことが許されたのである。
一方、北方では新たな動きがあった。
帝国占領下にあった北AAUの要衝ヤバチカが、AAUによって再占領されたとの報が入った。
それは帝国軍の残党がAAUに投降、若しくは排除された事を意味するのだ。
北の資源地帯をAAUが速やかに再確保したことで、戦後のパワーバランスはさらに複雑な色を帯び始めている。
皇帝の最期については「自死」と公式発表され、一切の調査は打ち切られた。
帝国側は頑なに自死を主張したが、実際には遺体どころか、死を裏付ける痕跡すら何一つ発見されていなかった。
本来、敗北し解体された今となっては、皇帝などという存在は何の政治的意味も持たないはずだった。
しかし、首脳陣が唯一恐れたのは、どこかへ消えた皇帝が再び「帝国再興」や「亡命政権」の旗印として担ぎ出されるという最悪のシナリオである。
だが、両ブロックの首脳陣は、疑惑の追及よりも「一日も早く国民の記憶から皇帝を抹消すること」を最優先とした。
公の場では平穏な幕引きを演じる一方で、世界トップクラスを誇る両ブロックの諜報機関には、極めて物騒な「裏の同意」が通達された。
即ち、皇帝生存の予兆があれば、即座にそれを永久に封殺せよという抹殺指令である。
新世界にとって、旧時代の象徴は、一刻も早く歴史の闇に葬り去るべき忌まわしき遺物でしかなかった。
かつて世界を救った「リヴァイアサン中隊」の散華に対し、ゲルマーの地で「大東亜・エウロ合同葬」が執り行われることが決定した。
実施は一九八四年三月。
それは国家の枠を超え、人類の守護者に捧げられる異例の「世界葬」となるはずであった。
葬儀を前に、一つの断罪が幕を閉じた。
戦略兵器ファフニールを強行発射させ、英雄たちを火海に呑んだエウロ軍上級大将は、発射の翌日、自らの執務室で拳銃自殺を遂げているのが発見された。
この「英雄に対する殺人」という大罪の追及は、被疑者の死という最も後味の悪い形で終止符を打たれた。
戦死した隊員たちには、今回のために特設された最高位の勲章「極星大戦傷章」が授与され、その遺族には破格の特別年金が約束された。
「軍の致命的な不手際で、最高の英雄を殺した」
その消し去れぬ事実に対し、首脳陣はなりふり構わぬ「謝罪の形」を整えることに、血眼になっていたのである。
だが、会議の議題には、まだ、最も不穏な報告が残されていた。
帝国の支配下にあったサルガナス大海南の大陸アエテルナと、その南東に位置し、深い霧と荒波に閉ざされた絶海の双島クメルクス。
そこでは帝国軍の残党が未だに強固な軍政を敷き、連合軍の降伏勧告を嘲笑い続けていた。
戦力はシュテルツァーを中核とする二十五個師団を含む、計五十七個師団。
艦隊四、巡洋艦隊十二、潜水艦二百十。
本土を失ってもなお、一国を瞬時に滅ぼしうるだけの暴力がそこには凝縮されていた。
エウロ軍諜報筋の報告によれば、この「南部軍管区」を掌握しているのは、ヴォルガ・ゼ・ザルニカ准将。
かつてハインツを英雄へと担ぎ上げた、ザハーク中隊の直属の上官である。
元帝国軍親衛隊副長官にして、「アゼリア人絶滅計画」の最高責任者。
その手は、歴史上最も多くの血で汚れていると言っても過言ではない男だった。
「正直なところ、大東亜とエウロが正面から全力でぶつかっても、返り討ちに遭う可能性がある。この怪物を解体し、真の平和を掴み取るには――今の我々には、あまりに時期尚早と言わざるを得ない」
この会議の終盤、一度は葬り去られたはずの議題が再びテーブルに載せられた。
「アエテルナに帝国の残党が不穏な形で健在である以上、リヴァイアサン中隊の解散など、断じて受け入れられん」
「しかし、中隊は実質的に壊滅状態ですぞ」
「ならば――ザハークはどうだ? あの降伏した中隊を使えんか」
一人の将官が投げかけた言葉に、会場に沈黙が流れる。
「二大ブロックの国民感情は、帝国そのものへの反発こそ強いですが、ザハーク中隊に対しては概ね良好です。ハインツが『アゼリア人の血を引くがゆえに、無理に戦わされていた』というプロパガンダが劇的な効果を上げていますな」
「だが、本人たちの意思はどうなのだ。正直なところ、個人の卓越した技量が、組織立たれた軍事行動を容易に覆すのが現代の戦場だ。ハインツという駒は、あまりに貴重すぎる」
首脳陣の視線が鋭さを増す。
「大東亜、エウロ共に全力で彼らを取り込むべきだ。しかし相手はプライド高き『魔王』。安っぽく媚びへつらえば、即座に我々に失望し、牙を剥く。奴らの希望を先読みし、恩を売るのです。そして祈りましょう。我らが英雄、リヴァイアサン中隊の復活を」
会議の結果、ザハーク中隊を核とした「新生リヴァイアサン」の再編が極秘裏に決定した。
三月までに仮再編を完了させ、カイ・イサギ大佐の復帰を待って本再編とする。
ハインツは希望の象徴ではあるが、元敵軍の中将に「最強部隊の中隊長」の座を任せる博打を打つ勇気は、首脳陣にはなかった。
「問題は階級です。ハインツは現階級で中将。もしカイ大佐をその上に置くならば、彼を中将以上に昇進させねばならん。それでは軍の機構が破綻してしまいますな」
「……それについては軍部の裁量に任せるとしよう」
こうして、世界の命運を決める会議は終結した。
決定事項のうち「差し障りのない部分」だけが、即日華々しいニュースとして編集され、戦勝に沸く世界を駆け巡ることとなった。
数日後、大東亜連邦の首都・八州。
重厚な警護に守られた滞在施設の一室に、一人の女性将官が訪れた。
大東亜連邦軍のイザベラ・ロペス准将。
スター・アイルズ出身の彼女は、質素な軍装に身を包みながらも、その瞳には数多の修羅場を潜り抜けた者特有の、冷徹な理知と深い慈愛が宿っていた。
部屋には、葉巻を片手に鋭い視線を投げかけるハインツ中将と、ザハーク中隊の面々が、固唾を呑んで准将の言葉を待つ。
「……前置きは抜きにしましょう。閣下、そして皆さんも」
ロペス准将は、ケルゲレン会議の機密印が押された極秘ファイルをテーブルに置くと、一人ひとりの顔を射抜くような鋭い視線で見つめた。
「あなた方には、大東亜とエウロ、延いては世界のために戦う意思はありますか? ……」
ハインツは沈黙を守っている。その横で、隊員たちは一様にハインツの反応を窺っていた。
彼らの結束が依然としてハインツという個にあることを見抜いた准将は、用意していた「とっておきの切札」を先に切ることに決めた。
彼女は、淡々と、しかし残酷なまでに正確な「家族の真実」を告げていった。
「まず、アエテルナで残存軍を率いているのは、あなた方の上官であったヴォルガ・ゼ・ザルニカ准将です。彼は今も帝国の亡霊を追い、軍を掌握し続けている」
ハインツの眉が微かに動いた。
ヴォルガ・ゼ・ザルニカ准将。
かつて亡命したハインツとその家族を「ゲヘナ大陸中央部」という名の地獄へ叩き込み、自分をこの過酷な運命へと引きずり込んだ張本人の名だ。
その名を聞いた瞬間、ハインツの胸中には、押し殺していたはずの過去の情景と、冷徹な殺意が静かに混ざり合った。
「……そして、ハインツ中将。あなたの奥様と娘さんは、今日、この施設の別室に来ています」
一瞬、部屋の空気が凍りついた。
「話が終われば、すぐにでも会っていただきましょう。家族で暮らせる住居も既に手配済みです。後ほど、私の部下に案内させます」
常に沈着冷静、戦場の「死神」として恐れられたハインツが、その時ばかりは動揺を隠せなかった。
指先に挟んでいた葉巻が、音もなく床へと滑り落ちた。
「マリス、アンジャリ。……あなた方の家族は、もうこの世にはいません。親衛隊の手による『不穏分子』としての粛清。もって、両家の家名は完全に断絶しました」
二人の目は、信じがたい現実を前にして限界まで大きく見開かれた。
だが、ロペス准将の声は、どこまでも事務的で冷たかった。
「アンジャリ、マリス。あなた方は『エースでありながら、基地で唯一の生き残り』となった。
親衛隊は、拘束したあなた方の祖父母や両親を前に、『優しく』こう問いかけたそうですよ。『娘は帝国最高のエースなのに、なぜ同僚を見捨てて一人生き残ったのですか?』とね」
准将は手元の資料を捲る。
「優しく聞き取りを行った結果、家族は全員死んでしまった。親衛隊の公式記録にはこうあります――『自らの不徳とやましさに耐えきれず、自死した』と」
「……何で、そんな……」
マリスの喉から、掠れた声が漏れる。
親衛隊という組織の在り方を知る彼女たちには、その「優しさ」がどのような拷問であったか、容易に想像がついた。
「嘘よ……そんなの、お父様と二人のお母様が……!」
アンジャリが叫ぶ。
だが、突きつけられた現実は、あまりに重く彼女たちを押し潰した。
「ああぁぁぁぁあああ! アンお母様! エリーお母様! お父様!!」
「……ああ……あああああああ!!」
崩れ落ち、獣のような悲鳴を上げる二人を、無言で抱き止めたのはエルザだった。
その腕の震えを隠すように、彼女は二人をただ強く、静かに抱きしめ続けた。
「ソルガ中佐。あなたの息子さんが戦死したという報は、帝国が捏造した欺瞞に過ぎません。彼は上官の不当な命令に背き、反逆罪としてゲヘナ中央部の強制収容所へ送られていました。……幸いなことに、エウロ軍の進駐によって救出されました。現在、奥様と息子さんはエウロの保護下でゲルマー郊外の街に身を寄せています。息子さんはパン屋を開業していますよ」
「……ッ!」
鋼の理性と称されたソルガの表情が、劇的に瓦解した。
ガタン、と不作法な音を立てて椅子が跳ねる。
長年、戦場の死と虚無に耐え続けてきた彼の屈強な体が、たった数行の事実を前にして、ひどく頼りなく震えていた。
息子は死んだ。
そう信じ込むことで、彼はこれまで正気を保ってきたのだ。
だが、冷たく閉ざされていたはずの心に、考えもしていなかった生存という熱い光が強引に抉じ開けられた。
ソルガの目から、堰を切ったように熱いものが溢れ出す。
それは軍人としての彼を捨て、一人の父親へと立ち返らせる、痛切なまでの嗚咽だった。
「そして、エルザ大尉。……あなたのご実家であるシュタイン家は、社会的に抹殺されました。あなたのご両親は、アザリア人虐殺の『積極的首謀者』としてエウロ軍に拘束されています。お父上こそが、収容所の囚人を使い潰して私腹を肥やした『マンガニス鉱山利権の管理者』その人だったのです。そして母上についても……これ以上の言及は伏せますが、お父上以上に人道に悖る行為に手を染めていた」
エルザの顔から、一気に血の気が引いた。
自分が「天才」と持て囃され、華やかな戦歴を積み上げていたその裏で、親が何をしてきたか。
その富が、どれほど残酷な血と涙で購われてきたか。
帝国軍屈指のエースという私自身の存在さえ、彼らにとっては虚飾を彩るための「飾り」に過ぎなかったのだ。
親としての慈しみなど与えられた事は無かった。
エルザの恵まれた環境も、「飾りの輝きを増す為の投資」、すべては汚れた金が形を変えただけの、中身のない偶像。
積み上げてきた誇りが、足元から音を立てて崩れ去っていくのを、彼女はただ震えながら感じていた。
「……書類上の、あんな汚れた偽物の両親なんかいらない!あの人達……まともに会った事もないのよ。お姉さま、お願い……本当のお姉さまになって! お姉さまの家族になりたいの!」
家族を「殺された」マリスと、家族を「捨てた」エルザ。
マリスは、震える少女を優しく抱き寄せると、その耳元で優しく、そして慈しむようにクスリと笑った。
「……ふふ、いいわよ。あなたも今日から『アイスグリム』を名乗る? 私もたった今、この世界で一人きりになってしまったところだもの」
「いいの……? 本当にお姉さまに……」
「ええ。エルザ・アイスグリム。今日から、あなたは私の可愛い妹ですわ」
「ガリアス少佐、それにヴォルフ少尉。あなた方のご家族については……その、今はもう、いらっしゃいませんね。数年前に……」
「おっと、准将。それ以上言う必要はねえぜ」
ガリアスは軽薄な笑みを浮かべつつも、その瞳には湿っぽさを拒絶する鉄の意志を宿して言葉を遮った。
ロペス准将はすべてを察して短く頷くと、ファイルを閉じた。
それ以上、死者に土足で踏み入るような無粋な真似はしなかった。
その姉妹の絆の再編を見届けたハインツが、静かに口を開いた。
「……ロペス准将。その申し出、受けよう。帝国の残党、そしてザルニカがそこにいるというなら、引導を渡すのが私の筋だ」
ハインツは葉巻を深く吸い込むと、自らを落ち着かせる様に、静かに准将を真っ向から見据えた。
「……だが、条件がある。部下たちには強制せず、個人の意志で選ばせてやってほしい。それと、私はもう中将ではない。階級は大佐以下に下げてくれ。中将のままでは『中隊員』にはなれまい? ……それに、元敵軍の中将を隊長に据える勇気など、貴公らにはないだろう」
ロペス准将は、一瞬の静寂のあと堪えきれぬように苦笑した。
「流石ですね。我々が頭を悩ませていた懸念事項を、こうも容易く見抜かれるとは。……ええ、あなた方には『増強中隊』として再編ののち、我らが連合軍の誇るリヴァイアサン中隊と合流していただきます」
准将は椅子に深く背を預け、隊員たちを見渡した。
「もちろん、強制はしません。市民権は大東亜でもエウロでも、ご希望の通りに準備させましょう。……ああ、そちらの『新しい妹さん』の身分も保証しますよ。報酬も、両ブロックから絶対に不満が出ない額が支払われるはずです」
ロペスは卓上のファイルを叩き、締めくくった。
「さて、隊員の皆様。ご返答はいかがでしょう。情勢は刻一刻と動いています。十日後までにご回答いただけますか? ……たとえ断ったとしても、亡命者として不利益な扱いをしないことは、この私が約束しましょう」
「……同胞と戦うか。だが、奴らには責任を取らせねばならん。参加させてもらおう」
ソルガが、拳を握りしめて即答する。
「私も行くわ」
アンジャリが立ち上がる。
「マリス、エルザ。あなたたちは、せっかく本当の姉妹になったのよ? 平和な八州で、家族として暮らしてもいいの。戦いは、私たち大人が……」
「アンジャリお姉さま! せっかくの姉妹なら、あなたもですのよ!?」
マリスが叫ぶ。
「私たちは三人で姉妹ですわ。誰一人、欠けてはいけませんの!」
「その通りです! アンジャリお姉さま! 私もワルキューレと共に参ります」
エルザの決然とした瞳に、もはや迷いはなかった。
「……俺たちが必要なんだろう? ハインツ大佐」
父ガリアスが不敵に笑い、息子ヴォルフの肩を叩いた。
ロペス准将は満足げに頷くと、これまでの事務的な態度を崩し、どこか晴れやかな手つきで手帳を閉じた。
「……新生『リヴァイアサン』。あくまで現時点での仮称ですが、受託されたと判断し、これより直ちに編成作業へと入ります。明日は、八州近郊のあなた方の駐屯地にご案内しましょう。さて、あなた方の隊長となる予定の人物ですが……名を、カイ・イサギ大佐と言います」
准将は、ふと視線を落とし、慈しむような、あるいは痛みを堪えるような複雑な影を瞳に宿した。
「今はまだ、戦傷により深い眠りの中にいます。……ですが、時が来れば改めてご紹介しましょう。彼が目覚めたその時に」




