第56話 暴かれる罪
一九八四年一月。
帝国の崩壊から一ヶ月が過ぎた。
大東亜連邦とエウロ欧州連合は戦勝の祝杯をあげて勝利の余韻の中、新年を迎えていた。
戦勝記念の余韻が少し落ち着いたある日。
エウロ軍によって暴かれた凍りつくような「真実」に、民衆は激しい嘔吐と戦慄を繰り返していた。
大東亜連邦の首都、八州。
かつて「魔王」とその眷属と呼ばれたザハーク中隊の面々は、用意された宿泊施設の一室にいた。
高級な調度品、柔らかな絨毯。
しかしその空気は、マンガニスの粉塵よりも重く、冷たく停滞している。
全員の視線は、部屋の隅に設置されたモニターに釘付けになっていた。
流れているのは、救助にあたったエウロ軍と、現場に同行したゲルマーのテレビクルーによる、ゲヘナ内陸部の「緊急告発特報」である。
映像は、砂嵐を突き抜け、エウロ軍の E-090「イェーガー」のレンズが捉えた「事後」の地獄を映し出していた。
『――撮影を止めるな! マイクを近づけろ! 世界中に、奴らが何をしたかを見せてやるんだ!』
ゲルマー人記者の怒号に近い声が響く。
画面には、煙の立ち昇る収容所の残骸が映っていた。
『こちら、ゲヘナ内陸部・第404強制収容施設。……絶句せざるを得ません。我々が到着した時、そこは巨大な火葬場と化していました。管理していた帝国親衛隊は、首都陥落の報を受けるや否や、証拠隠滅のために被収容者を施設に閉じ込め、ガソリンを撒いて火を放ったのです! 奴らはそのまま、蜘蛛の子を散らすように四方へ逃げ去りました……!』
画面が切り替わり、泥まみれになりながら生存者を救い出すエウロ兵たちの姿が映る。
『見てください! エウロ軍の兵士たちが、自らの食料と水を分け与え、必死の救護活動を行っています。焼け跡から救助された生存者は、わずか3名……。向こうのテントには、掘り出されたばかりの遺体が横たわっています。今、軍に確認したところ、ここだけで遺体は3,000を超えるという事です!』
カメラが、無惨に両手、若しくは片手が欠損した遺体の山を捉える。
『犠牲者はアザリア人だけではありません。この数年、戦場で行方不明とされていたエウロの捕虜、そして占領地から連行された民間人たち。彼らはベルアーク条約が保障する「捕虜の権利」を一切剥奪され、水分に反応して爆発するマンガニスの原石を素手で掘らされ続けていたのです。……見てください、あのアザリア人の遺体を。指が一本もありません。掘れなくなった者は、即座に頭を撃ち抜かれ、死体は埋葬もされず、虫が群がるまま放置されていました……!みなさん!これは生き残った方々に聞いた話です。そして、事実。あちらこちらにご遺体が虫にたかられ無惨な様子で放置されているのが散見されます!神よ!この様な事が、許されるのでしょうか!」
「……っ、うああああああッ!!」
マリスが、耳を塞いで絶叫した。
彼女は椅子を蹴り飛ばし、画面を掻き消そうとテレビに飛びかかる。
「消して! 消してよ!! 私、こんなの見たくない! 私たちが守ってきたのは……彼が死んでまで守ろうとしたのは、こんな……こんな汚い場所だったの!? 私たちが鹵獲した敵船の人達も、あそこに放り込まれたの!? 殺されるために!?」 「マリス、落ち着きなさい! 離しなさい!」
アンジャリがマリスの細い体を、自らも涙を流しながら、締め付けるように抱きしめる。
「ダメよ、マリス。見なさい! これが私たちの『正義』の正体よ! 逃げちゃダメ、目を逸らしちゃダメ! ……。見なきゃダメなのよ!」
画面の中では、エウロ兵が自分の上着を脱ぎ、衰弱した子供に着せて抱きかかえていた。
その兵士の瞳には、敵国の領土で見つけた「地獄」への、純粋な激怒と深い悲しみが宿っている。
「……ふざけるな、ふざけるなよ……ッ!」
ヴォルフの低く、押し殺したような声が響いた。
彼の拳は白く強張り、爪が手のひらに食い込んで血が滴っている。
「親父……あんた、これを知ってたのか!? 俺たちが凱旋パレードで花束をもらってる時、親衛隊の野郎どもは赤ん坊をサッカーボールにして遊んでたんだぞ! 誇り? 帝国軍人の栄光? クソ食らえだ! 俺たちがシュテルツァーで守って来たのがこの虐殺を完遂させるための、これだっていうのかよ!!」
ヴォルフはガリアスに向かって叫んだ。その瞳は、憎悪と悲しみに燃え上がっていた。
「知るわけねぇだろ!バカ息子!」
「まぁ、外出出来ねぇわけだよな。オレが逆立場なら『帝国人』なんて見たら袋叩きだぜ」
ハインツは、背筋を伸ばし、直立不動のまま画面を見つめていた。
その瞳は、酔いも迷いもなく、ただ深い奈落のような静寂を湛えている。
「……知っていたさ、ヴォルフ。……私は、その地獄から娘を買い戻すために、その片棒を担いだ言ったはずだ」
「だからって……! 何で言ってくれなかったんだよ!あんた、それでも人間かよ!!」
「……帝国内で言っても、私が消されるだけだ。そして、『私の言葉だけ』で信じる事が出来るか?」
ハインツの声は、驚くほど平坦だった。
エルザが見かねて「ヴォルフ。おバカさんね。中隊長は私たちの事を思って『言えなかった』のよ。言っても、聞いても親衛隊に連れて行かれるものね。しかも、信じられないでしょ?こんな事……」とハインツの言葉を遮る。
そして葉巻に火をつけたヘルガが重い口調で呟いた。
「帝国の一般臣民は何も知らされていない。我々兵士ですらだ。何せ、このゲヘナ内陸部は軍以外は通行すらできず、地図にさえ載っていない、法が届かぬ『真空地帯』なのだからな。だがな、ヴォルフ。知らなかったことは、免罪符にはならん。我々の国は罪を犯した。そして、この罪は世界中から恨まれよう」
この言葉は全員の胸に、鋭く痛みを伴って突き刺さるのだ。
「中隊長、すみません。オレ……」
呟くヴォルフの声は震えて、消え入りそうであったが、誰の耳にもしっかりと届いていた。
映像の終盤、画面の下部に重厚なフォントで警告文が流れた。ナレーターの口調が、一段と厳しさを増す。
『――現在、現場を放棄して逃亡した帝国親衛隊、および収容所管理責任者の行方を、エウロ・ゲルマー連合、および大東亜連邦の連名で追跡中です。これらの者たちは、ベルアーク条約に抵触する「重大な戦争犯罪者」の可能性があります。各地の潜伏先、目撃情報があれば直ちにご通報ください。人類の敵に、逃げ場はない――』
「……帝国の貴族は知っていたのかしら」
エルザが、幽霊のような足取りでテレビの前に歩み寄った。
彼女は、書類上でしか知らない「両親」の顔を思い浮かべようとして、失敗する。
「マンガニス鉱山……」
彼女は、自らの白い指を見つめ、不気味に笑った。
「ねえ、中隊長!私の乗る『ワルキューレ』も『ルシフェル』も、あそこから掘られたマンガニスで動いてるの? ……ねえ!!」
エルザの叫びが、豪奢な部屋に空虚に響き渡る。
ハインツの代わりにソルガが「そうだろうな」と短く答えた。
「……ヴォルフ」
ハインツが、顔を上げる。
「お前が望んだ『クリス』という光は奈落の底で、私が同胞の死体と引き換えに繋ぎ止めた命だ。……それでも、良いのだな?」
ヴォルフは 「当たり前だろ!! そんな。この ……この罪は帝国人だ。クリスさんに……あんな地獄の底からあんたが連れ出してきた……希望……むしろ、俺なんかでいいのかよ……」と力なく呟く。
ハインツは、一瞬だけ目を見開いた。
そして、かつて「英雄」と呼ばれた頃には決して見せなかった、深い、慈愛に満ちた眼差しで、若き部下の顔を見つめた。
「問題……ない。……お前なら、そう言うと思っていた」
ハインツは窓の外の夜景に目を向けた。
テレビの中では、エウロ兵が、泥だらけの生存者に温かいスープを差し出している。
「……希望、か。……我々がそれを語る資格があるのかは分からん。だが、生き残ってしまった以上……我々はその『責任』を、死ぬまで背負い続けねばならんのだ」
ハインツは、内ポケットに入っていた娘の写真を、ゆっくりと、祈るように手で触れた。
その手は、かすかに震えていた。




