第46話 傲慢の代償
一九八三年八月
午前九時。
ヌグメーダ、ハアリン沿岸要塞のビーチは、沿岸要塞とは不釣り合いな笑い声に包まれていた。 ヴォルフラム・フォン・リヒター少佐は半裸の姿で、隣に侍っている女性士官の尻を撫で回しながら、冷えたシャンパンのボトルが開けられるのを待っていた。
彼の周囲には、特別に仕立てられた下品な水着を纏っただけの女士官たちが侍り、陽光の下で不毛な称賛を繰り返している。
「さあ、オレが維持している平和に、乾杯といこうじゃないか」
リヒターがシャンパンが開いたのを確認し、グラスを掲げた、まさにその瞬間だった。
水平線の彼方、陽炎の向こう側から空気を力任せに圧し潰すような重低音が押し寄せた。
揚陸戦艦『グングニル』の三基の蒸気カタパルトが、同時にその沈黙を破ったのだ。
第一陣。
第四小隊の漆黒の『フェンリル』が、海面を飛び越え、白い水飛沫を切り裂きながらビーチへと着水する。
「あら、ごめん遊ばせ。その安っぽいシャンパン、わたくしが抜いてあげますわ」
同時に上空から飛来した、ニュエン・フォン・マイ中尉の30mmシュトローム・カノンが、リヒターの周辺を正確に薙いだ。
ドドドン!ドドドン!ドドドン!ドドドン!
あちこちで砂浜が爆ぜ、部下が抱えていたボトルは、リヒターに注がれる前に粉々に砕け散った。
次々と、「リヒターがバカンスで使うはずだったビーチパーティーの料理や資材」が砕け、弾け飛んでゆく。
「敵襲! 敵襲だあぁ!」
水着姿のまま砂を噛み、這いつくばるリヒター。
その頭上を、タケシ・サカモト少尉の機体が跳躍で越えていく。
「夏休みは終わりだ、クソ野郎!」
タケシが振り下ろしたアイゼン・ハンマーのロケットブースターが点火し、砂浜に設置されたリヒターの豪華な天幕ごと、第一防衛線の機銃座を地形ごと粉砕した。
ビーチが混乱に陥る中、第二陣、第一小隊が次々と砂浜に降り立つ。
ハインリヒ・シュミット少佐のフェンリルは、着地の衝撃を殺すことなく、そのまま要塞シュテルツァー格納庫へと肉薄した。
右手の超振動ブレード『クリーグ・メッサー』が、慌てて閉鎖されようとした防壁の継ぎ目を易々と断ち切る。
「……遅いな。そして醜い」
シュミットは左手のライフルをゼロ距離で掃射し、要塞内部の反応を物理的に沈黙させていく。
シュミットは、格納庫で機動前のシュテルツァーを見つけ、鹵獲も考え最低限の破壊に留めていた。
海岸の波打ち際では、ジョセフ・カサイ少尉が多重光学レンズを覗き込んでいた。
バディのシュミットを援護しつつ、獲物を探す。
「120mm、対物炸裂弾装填。……副長、そこの砲台の眼を潰します」
「了解だ。俺に構うな」
「了解です」
タァァァァァァァァァン!
ボルトを引くたびに、カキーンと澄んだ音を立てて排出される真鍮製の薬莢が弧を描いて砂浜に刺さる。
タァァァァァァァァァン!
ジョセフの指がトリガーを引くたび、三キロメートル圏内の沿岸砲が、主人の居ない銃座が、その弾薬を誘爆させ弾け飛んでゆく。
要塞の市街地側から、ようやく現れた帝国軍の増援部隊に対し、第三小隊が対応する。
チャルン・ピチット少佐の機体から、重厚な金属音と共にコンテナが展開する。
――ガシャンッ! カチッ。
「……無駄撃ちはせんよ」
彼が静かに呟き、トリガーを引く。
――シュッ、ドォォォォォンッ!!
放たれた有線誘導ミサイル「ドラート・ラケーテ」が、背後でリールを高速回転させながら、蛇のような軌跡を描いて敵の先頭車両を捉えた。
――ズガァァァァァァァァンッ!!
爆炎に包まれる装甲車両の破片は、炎を纏って辺りの壁を叩き続けている。
「ユキヤ、次を」
「了解です、少佐。テルミット、全弾送ります!」
ユキヤ・サトウ少尉のヴォルケ・ファウストが、その巨大な砲門を揃えて火を噴く。
――ガガガガガッ! シュババババッ!!
連射に切り替え、発射された複数の焼夷弾が、増援のシュテルツァーの装甲に直撃した。
ドスッ、ドスッ!!
シュテルツァーの装甲板に赤く点火している炎の魔神と化したテルミット弾が突き刺さる。
ゴォォォォォォォォォッ!!
着弾したテルミット弾は着弾から二秒後に、シュテルツァーを3000度の劫火で包み込んだ。
「ぎぃあぁぁぁぁあ……! あああああっ!!」 敵パイロットの悲鳴が混じる中、機体のセンサー類が熱で焼き切れ、装甲が飴細工のようにドロドロと溶け落ちていく。
第三小隊が移動する頃にはテルミット弾は、役目を終え、「燃えるもの」は燃やされ尽くされ、溶けた鋼鉄のみが燻り、取り残されていた。
チリチリ……、ジュウッ……。
そして、全ての喧騒を圧する破壊神は、跳躍していた。
高度二百十メートル。
航空機が消えた世界では「絶対高地」に、漆黒の『アスラ』はいた。
「緊急。リヴァイアサンコントロールから……アスラ。基地外部からの増援。シュテルツァー二個大隊規模。3時から4時方向に展開、距離700から1100」
オペレーター、ミナ・フェリシア少尉の報告を受け、カイ・イサギ大佐は操縦桿を静かに引き寄せた。
「アスラ了解」
通信回線から流れるミナ少尉の声は、カイの中では「安らぎ」であり「救い」であった。
カイ・イサギ大佐は戦術レーダーに映る敵影を捉える。
帝国が誇る「鉄の壁」だ。
「アスラ了解。……各員、そこの二個大隊は、俺がもらう。少し暴れるから援護不要だ」
カイは部下に静かな声で指示をすると、操縦桿を静かに引き寄せた。
漆黒の破壊神『アスラ』が、重力に従い垂直に落下を開始する。
キィィィィィィィィィィィィンッ!
背面のスラスターが青白い火を噴き、強制冷却システムが激しい蒸気を吐き出す。
機体は自由落下を遥かに超える速度で、帝国軍の頭上へと突き刺さる。
眼下では、大盾を備えたV-14『ブラク・シェル』が空から敵が来るなど思いもよらず、勇敢に前進していた。
「無駄だよ」
カイが肩部マウントのトリガーを引く。
――シュババババババッ!!
有線誘導4連ミサイルパッドから放たれた四発の弾頭が、物理的なワイヤーを引きずりながら防空網を縫うように走る。
ズドォォォォォンッ!!
装甲の最も薄い天板を貫かれた『ブラク・シェル』が四機、内部の弾薬を誘爆させ、鉄屑の塊へと変わる。
発射直後、アスラの両肩から爆砕ボルトの音が響いた。
――パァンッ!!
空になったミサイルパッドが剥がれ落ち、機体はさらに身軽になる。
高度五十メートル。
汎用機V-10『ヴルク・アクス』や三脚機V-08『ガト・リズ』が味方機の爆砕を合図に、必死の対空射撃を開始するが、アスラの降下速度はその弾道の追随を許さない。
左腕の144mm試作汎用自動ライフルAW-144Rが火を噴く。
バァァァァァァァンッ!!
バァァァァァァンッ!!
昼のビーチは音が良く響くのだ。
144mmという巨大な口径から放たれた一弾は、狙撃型V-09『グロズ・クヴァル』の胴体を真っ二つに叩き割り、続く射撃はは自走砲型V-22『モルト・カバ』四機の重厚な脚部や、背部ジェネレータパイプの根元から粉砕した。
その間、三秒
アスラが地面を叩く寸前、脚部底面のブースターが猛烈な土煙を巻き上げ、着地の衝撃を前進力へ変える。
目の前に立ち塞がるのは、双腕パイルバンカー型V-11X『ゴル・ベイン』二個小隊。
「パイルバンカーの格が違うんだ」
右腕のパイルバンカー『Cocytus』が突き出される。
ゴゥッ!! ズガァァァァァァァァァァンッ!!
炸薬が爆発した瞬間、アスラの右腕から凄まじい反動が伝わる。
機体が仰け反りそうになるのを、カイは左足のスラスターを一瞬だけ吹かすことで強引に姿勢を立て直した。
パイルの先端は敵機の胸部装甲に激突し、貫通するのではなく、その「衝撃波」で機体内部のフレームを文字通りバラバラに粉砕した。
カキーン
パイルバンカーから排出された、真鍮製薬莢が石畳を跳ねる。
ズガァァァァァァァァァァンッ!!
リロードと同時に即、別の機の胸部装甲を貫く。
カキーン
バァァァァァァンッ!!
バァァァァァァンッ!!
パイルバンカーで貫くと同時に、144mm試作汎用自動ライフルが連続で発射された。
頭部の基部にある僅かに装甲の間から覗くジェネレータパイプが連続で撃ち抜かれる。
この時点で、敵のシュテルツァーは殆どが戦意を喪失しかかっていた。
カイは、パイロットとしての勘で、敵の心が崩れた事を察する。
あとは一方的な掃討だった。
重武装のV-12『ズル・ドゥガ』が振り下ろす剣を紙一重でかわし、零距離からの144mm砲でコクピットを消し飛ばす。
ハアリン要塞の精鋭二個大隊六十五機は、ただの一機も五体満足な姿を残していなかった。
燃え盛る残骸の中、油と煤に汚れた漆黒のアスラが、冷却蒸気を吐き出しながら静かに立ち上がる。
――プシュゥゥゥゥゥ……。
サカモト中佐のグレイプニルに首根っこを掴まれ、宙吊りになったリヒターが絶望の眼差しで見上げた先。
太陽を背負った破壊神が、司令部塔の真上へと吸い込まれていく。
「リヒター……。あんたが踏みにじった部下の命の代償、支払ってもらうぞ」
着地と同時。
右腕のパイルバンカーが作動した。
艦船用炸薬が鋼鉄の杭を加速させ、要塞の心臓部へと突き刺さる。
ガチィィィィィィィィィィン!
装甲を貫く鈍い金属音。
一瞬のラグを置いて、司令部塔が内側から膨れ上がるように崩壊した。
ドゴォォォォォォォォォォォオン!!
パイルバンカーがもたらした強烈な震動波が、構造材の結合を叩き壊し、コンクリートの粉塵がビーチ全体を覆い尽くす。
噴煙の中から、アスラの蜘蛛のような脚部が姿を現した。
カイは、激しい反動を抑え込みながら、瓦礫の山となった要塞の残骸を見つめていた。
その50m離れたビーチでは、グレイプニルのマニュピュレーターに掴まれた、水着姿で腰を抜かしたリヒターが失禁しながら震えている。
「……アスラからリヴァイアサンコントロール。……残敵は?」
カイの低く落ち着いた声が、通信回線を通ってグングニルへと届く。
砂浜には、リヒターが抜こうとしていたシャンパンの香りの代わりに、勝利を告げる濃密な硝煙の匂いが立ち込めていた。
「リヴァイアサンコントロールから、各機。敵要塞、シュテルツァー、車両の残存なし。殲滅を確認。後詰はエウロ軍第68海兵師団に任せてください。全機帰投せよ」
「「「了解」」」
揚陸艇のハッチが開き、エウロ軍の兵士たちが歓声と共にビーチへと雪崩れ込んでくる。
今日、ホフマン大尉が繋ぎ、第507中隊がこじ開けたハアリンの「綻び」は、帝国のヌグメーダ支配の終わりの始まりとなった。
9:45
エウロ軍参謀本部は、墓場のような静寂に包まれていた。
ヌグメーダ全域を網羅した巨大な作戦図において、ハアリン要塞を塗り潰していた「赤」のマーカーが、次々と塗り替えられていく。
オペレーターの手によって上書きされるのは、エウロの支配を意味する鮮烈な「青」。
あまりにも冷徹で、あまりにも迅速な制圧であった。
前線から雪崩れ込む報告の速度は、すでに人間の処理能力を凌駕している。
熟練したオペレーターたちの指先は、まるで凍りついたかのようにキーボードの上で止まっていた。
受信される電文の内容――「単機により二個大隊規模シュテルツァー約65機を数分で殲滅」。 リヴァイアサンコントロールから叩きつけられたその非現実的な報告を、彼女たちの脳が理解し、残酷な現実として受け入れるには、数秒間に及ぶ静寂と、あまりに長い空白が必要だった。
「……ハアリン、制圧……? 嘘だろう。作戦開始から、わずか四十五分だぞ」
一人の参謀が、絞り出すように呟いた。
その言葉が、凍りついた室内を激震へと変えた。
「報告を読み上げろ!」
ド・ラ・クロワ中将の怒号が響く。
「はっ! 〇九〇〇時、第41混成艦隊より第507特務中隊『リヴァイアサン』射出! 〇九一◯時、第四小隊がビーチの重機関銃座およびトーチカ群を完全に無力化。〇九二◯時、第一小隊が要塞正面をを制圧。その後、◯九三五時、駐留シュテルツァー二個大隊殲滅。同時刻、沿岸砲台、全門沈黙! 狙撃によるピンポイント破壊、残敵確認完了が◯九四五時となります」
ナティカ准尉の送る無機質な数字が、参謀たちの常識を叩き壊していく。
一九八一年以来、エウロ軍が数個師団を投入しても、その分厚いコンクリートの壁の前に数万の死体を積み上げるだけで終わった難攻不落の「西側最強要塞」が、たった一個中隊、わずか二千七百秒でこじ開けられたのだ。
「……敵の損害は?」
「壊滅的です! 都市防衛にあたっていたシュテルツァー二個中隊は、市街地戦に持ち込む間もなく第三小隊のミサイルと焼夷弾によって全滅。主力のシュテルツァー二個大隊は隊長機単騎により壊滅。残存兵力はすべて武装解除されました」
参謀たちは顔を見合わせた。
これは「勝利」という言葉で片付けるには、あまりに一方的で、あまりに苛烈な蹂躙だった。
ビーチの喧騒は、すでに処刑場の後のような静けさに変わっていた。
立ち昇る黒煙と、熱で歪んだ空気の中を、カイ・イサギ大佐の『アスラ』がゆっくりと歩を進める。
その巨大な脚が、砂にまみれた帝国軍の旗を踏みしだいた。
「大佐、要塞中枢の制圧を完了しました。……それと、一つ報告が」
副長サカモト中佐の、感情を排した声が通信に入った。
カイが視線を向けると、そこには無残に破壊された司令部塔の瓦礫の横で、泥まみれのまま転がっている「肉塊」があった。
ヴォルフラム・フォン・リヒター少佐。
先ほどまで水着姿でシャンパンを掲げていた男は、もはや呼吸を止めていた。
「……事故、だそうです」
サカモトの機体が、返り血を浴びた超振動ブレードを無造作に鞘に収める。
「捕虜として連行しようとした際、暴れて逃げて、即、転んでビーチに刺さっていた鋼鉄の破片が腹部を貫通しました。……周囲にいた歩兵部隊と、連行しようとした憲兵小隊が目撃してます。不幸な事故ですよ。良いのか悪いのか、即死では無かったようですがね」
カイは、その「事故死」の現場を冷めた目で見つめた。
ホフマン大尉を殴り、家族を絶望の淵に追いやった男の末路としては、あまりに呆気なく、そして惨めな幕切れだった。
「……そうか。事故なら仕方ない。エウロの憲兵に任せておけば良い」
「了解しました。……これで、ホフマンへの土産話ができましたな」
旗艦 グングニル艦橋。
「ハアリン要塞、完全制圧! 沿岸砲全破壊、敵エース大隊長、死亡を確認!」
ナティカ准尉の宣言が、グングニルの艦橋に響き渡った。
シリチャイ中将は、葉巻を深く燻らせ、窓の外に広がるヌグメーダの海岸線を見つめた。
「四十五分か。……カイ大佐、予定より二時間以上も早い。エウロの参謀本部が、今頃自分たちの無能さに椅子から転げ落ちている姿が目に浮かぶようだわ」
「司令、エウロ第三師団より通信。補給物資の揚陸準備完了。……信じられない、といった様子です」
シリチャイは小さく笑い、葉巻の灰を落とした。
「彼らは、信じるしかないのよ。これが『リヴァイアサン』の、そして我々の戦い方だ。ナティカ、カイたちに伝えて。……少し休みなさい。その後はしばらく忙しくなるからねと」
一九八三年八月十五日、九時四十五分。
歴史の教科書には「ハアリンの奇跡」と記されることになるこの戦闘は、一人のバカな指揮官の「事故死」と、漆黒の中隊による圧倒的な暴力によって記録的な速さで幕を閉じた。




