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第35話 手紙

 ジョセフ・カサイ少尉の手紙


 日和極東連邦 イズモ市 父へ


 ジョセフは、フェンリルの巨大な脚部の影で、膝の上に木板を置いて便箋を広げていた。

 彼の傍らには、整備を終えたばかりの愛銃、120mm滑腔ライフルが黒い光を放っている。


 親父、元気か。  

 こっちは今、(検閲により消去)にいる。昨夜、俺は少尉に昇進した。それと「ヤマト小綬章」を貰ったよ。

 イズモの実家の神棚に飾るには、少し派手すぎるかもしれないな。


 カイは元気だ。

 あいつは昨日、大将から直接、肩の階級章を付け替えられて大佐になった。

 俺も少尉だ。二人で一気に雲の上まで来た気分だよ

 あいつは相変わらず無茶ばかりするが、俺が後ろからしっかり支えているから安心してくれ。

 俺の仕事は、遠くからあいつの道を邪魔するものを排除することだ。

 詳しいことは言えないが、(検閲により消去)


 戦場は、親父が昔言っていた通り「武士道」なんて綺麗なもんじゃない。

 鉄と鉄がぶつかり合い、油が血のように流れる場所だ。

 でも、俺たちの機械は裏切らない。

 俺が毎日磨き上げているこのライフルが、仲間を守る唯一の杖だ。


 次に帰るときは、もっと凄い勲章を持って帰るよ。

 その時は、親父の自慢の地酒を、最高の肴で飲ませてくれ。  

 母さんには、俺はちゃんと毎日野菜を食べていると伝えておいてくれ。嘘だけどな。


 ジョセフは小さく笑い、ライフルのバレルを愛おしそうに撫でてから、手紙を封じた。


 

 ニルット・プラサード大尉の手紙


 マライカ ケダ村 妻へ


 第二小隊を率いるニルットは、要塞のテラスで、湿った海風に吹かれながらペンを動かしていた。


 愛するサティへ。  

 マライカの森の匂いが恋しい。

 こちらの海は冷たく、鉄の匂いしかしない。  今日、私は大尉になった。ヤマト小綬章も授かったよ。

 君に、この輝く銀の星を見せてあげたかった。

 私の機体には、君がくれたお守りをいつも操縦席に吊るしてある。

 私は君と子供たちの平穏な眠りを守っているのだと自分に言い聞かせている。

 戦いは激しく、時には自分がどこにいるのか分からなくなることもある。

 だが、目を閉じればマライカの緑と、君の歌声が聞こえる。それが私の羅針盤だ。  

 子供たちには、父さんは空飛ぶ巨大な騎士になって、悪い魔物と戦っていると伝えてほしい。  必ず帰る。

 君の作る、あの辛くて旨いスープをもう一度飲むまでは


 

 アラン・バティスタ中尉の手紙


 スター・アイルズ 第11艦隊司令部 エマへ


 アランは、自機『フェンリル』の機体足首に腰掛け、不器用な字で書き綴っていた。


 エマ、手紙をありがとう。何度も読み返して、紙がボロボロになりそうだ。  

 俺は中尉になった。勲章も二つ貰った。

 でも、そんなことより、君の誕生日に隣にいられなかったことが一番悔しい。

 俺が戦いを辞めて、君のそばに居る事を考えたけど俺が戦わなければ、僕らの故郷のあの静かな港町まで炎が届いてしまう。

 だから、俺は立ち止まらない。

 こっちの食事は昨夜だけ豪華だったけど、普段は味のない(検閲により消去)ばかりだ。

 君が焼いてくれるレモンパイが食べたい。  

 次に会うときは、この勲章を君のドレスに飾らせてくれ。  

 俺を待っていてくれ。それだけが、俺の希望だ。



 チャルン・ピチット少佐の手紙


 シムラーシュ、レベーン市 母へ


 古参のチャルンは、白熱灯の下で、静かに筆を走らせていた。


 母上、お変わりありませんか。  

 不肖の息子は、ついに少佐という大任を仰せつかりました。

 鉄十字章も頂きました。  

 私の背中には今、多くの若い命が預けられています。


 母上、かつて私に教えてくれた「慈悲」の心は、今の私には重荷になることもあります。

 ですが、(検閲により消去)空に煙の尾を引くとき、その先にあるのは平和だと信じています。


 シムラーシュの山々に雪が降る頃には、戦況が少しでも良くなっていることを祈っています。  どうかお体をお大事に。あなたの息子は、誇り高きエウロ・大東亜の騎士として戦っています。



 ユキヤ・サトウ少尉の手紙


 日和極東連邦、山狗猫村 両親へ


 ユキヤは、ロケットランチャーの予備弾箱を机代わりにしていた。


 父さん、母さん。  

 少尉になったよ。

 勲章も貰った。

 村のみんなには内緒にしておいてくれ、恥ずかしいから。  

 今の仕事は、(検閲により消去)。

 派手な仕事だけど、その分、責任も重いと感じている。

 カイ・イサギ大佐――ああ、カイ兄は大佐になったんだ――あいつを見ていると、俺の悩みなんてちっぽけに思えるよ。

 あいつはもっと大きなものを背負っている。

 俺は、(検閲により消去)


 こっちは冬が近いのか、風が冷たい。  

 母さんの編んでくれた靴下、まだ大事に使っているよ。  

 また、家族みんなで暖炉を囲んで、餅を焼いて食べたいな。  

 それまでは、俺は(検閲により消去)



 ニュエン・フォン・マイ中尉の手紙


 ガンダルヴァ スジューヌ区 姉へ


 マイは、最高級の香水が微かに香る私物の便箋に、流麗な文字を躍らせていた。


 お姉様、ご機嫌よう。  

 わたくし、ついに中尉になりましたのよ。

 勲章も二つ頂きましたわ。

 でも、式典で頂いたムースケーキの方が、勲章よりもずっと価値がありましたわね。


 こちらの戦場は、相変わらず野蛮で、泥臭くて、最低ですわ。

 (検閲により消去)美しい景色が台無しになりますの。

 でも、わたくしが撃つのをやめたら、わたくしの愛するガンダルヴァの花園が、あの醜い帝国の連中に踏み荒らされてしまいますわ。それは許せません。

 中隊の殿方たちは、相変わらず無骨で、デリカシーがありません。

 でも、腕だけは確かですわ。特にカイ大佐……ふん、あの方の無鉄砲さには呆れますけれど、あの方が前を走る限り、わたくしたちは負けませんわ。

 お姉様、わたくしが帰ったら、最高級の紅茶とスコーンを用意しておいてくださいな。

 泥と硝煙の味は、もう飽き飽きですわ。



 タケシ・サカモト少尉の手紙


 日和極東連邦 第二十四通信指令大隊 ハンナへ


 タケシは、油で汚れた工具箱の中からペンを取った。


 ハンナ、元気にしてるか。  

 俺、少尉になったんだぜ! それに勲章も! 信じられるか?

 あの泣き虫だったタケシが、英雄の一人になっちまったんだ。


 俺の仕事は(検閲により消去)でも、本当は、こんな鉄の塊じゃなくて、お前の家の手伝いで使うクワを握っていたい。


 カイは、どんどん遠くへ行っちまう。

 あいつの背中は、いつ見ても危なっかしいんだ。

 だから、俺はあいつに近づく悪い奴らを全部叩き潰してやるんだ。

 同期の絆ってやつだな。


 ハンナ。

 俺が帰ったら子供の時、あの丘の上で約束したこと、ちゃんと覚えてるか?  

 この勲章は、お前への結納品の代わりだ。

 待っててくれ。俺は絶対に、お前の元へ帰る。



 書き終えられた手紙たちは、ミナ少尉の手によって集められ、軍事郵便の特殊な封筒に入れられた。

 彼女は一枚一枚、丁寧に消印を押し、検閲済のハンコを据えていく。


「……みんな、同じね」

 ミナは、不自然なほど空白が目立つ便箋たちを見つめた。

(本当はダメなんだけど、検閲、これでも甘ーくしてあげてるんだからね。家族に、元気だって伝わらなきゃ意味ないもの)

 彼女が押す「検閲済」の赤い印影は、まるで戦場に咲く小さな花のように、冷たい紙の上で震えていた。

 ミナは、窓の外の月を見上げた。  

 手紙の内容はそれぞれ違う。

 誇り、恐怖、愛、そして食欲。  

 だが、その底に流れているのは、一つの同じ願いだった。


「生きて、帰る」


 それだけが、鉄と油の塊を動かす、この時代で最も貴いエネルギーだった。  

 明日には、これらの手紙は輸送艦に乗せられ、広大な海を越えて故郷へと運ばれる。  

 そして彼らは再び、シュテルツァーの重低音と共に、死と隣り合わせの三次元機動の世界へと身を投じるのだ。


 ケルゲレン島の夜が明ける。  

 英雄たちの「人間」としての時間は終わり、再び「漆黒の死神」としての時間が始まろうとしていた。

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