第7話:生きていた淡水ミドリフグ
怒りに突き動かされた生徒たちは、放課後、ショップへと押し寄せた。
アクア・ルミナス店内
田中店長は、詰め寄る中学生たちを前に、嘘か真かわからない笑みを浮かべていた。
田中:「……文句を言いに来たのかい? でも見てごらん。うちの水槽の『淡水ミドリフグ』は、一匹も死んでいないよ」
生徒たちは言葉を失った。確かに、店内の水槽では数匹のミドリフグが元気に泳ぎ回っている。
直樹:「……嘘だ。ショップの水槽には、実はこっそり塩を入れているんじゃないのか?」
田中:「疑い深いね。そこに比重計がある。測ってみるといい」
直樹が震える手で比重計を差し込む。数値は「1.000」。完全な真水だ。念のため指に水をつけて舐めてみるが、しょっぱさは微塵も感じられない。
田中:「ね? 真水で大丈夫でしょう。うちはずっと、この水でストックしているんだから」
直樹:「そんなはずはない! こいつらは入荷したばかりなんだろ? だから、まだ耐えているだけだ!」
田中:「いや。この子たちは、もう一ヶ月もここにいるよ」
直樹は膝をつきそうになった。自分の信じていた知識と、目の前の「現実」が衝突し、逃げ場がなくなっていく。
「どっちが本当のことを言ってるの?」
「でも、アクアショップのミドリフグは死んでいないよ」
「高槻先生は、ミドリフグは汽水、海水にいるって直樹君と同じことを言ってた」
「店のフグが死んでいないと言うことは、田中さんは容疑者じゃない?」
「結局、淡水フグミドリフグって淡水なの? 汽水なの? なんで死んじゃったの?」
「それはそうと直樹君、白状しろよ! 君はいったいミドリフグに何をしたんだ!」
クラスメイトの視線が、再び直樹に突き刺さる。
直樹:「……あ、ああ。……昨日、家で作ってきた人工海水の濃縮液を、ペットボトルに入れて持ってきた。それを少しだけ……水槽に入れたんだ。救いたかったから」
「ほら見ろ! やっぱり直樹が余計なことをしたから死んだんだ!」
田中:「おいおい、待ってよ塩を入れたぐらいで淡水ミドリフグは死なないよ」
「そんなことはないよ。今朝死んでたんだ。直樹君のせいだよ」
田中:「直樹君、塩はどれくらいいれたの?」
直樹:「……三十リットルの水槽に、三十グラム」
田中:「あははは! なんだ、そんな量か。……いいかい、その程度の塩分濃度では、海水魚も淡水魚も死なないよ。死因は、どうやら別にあるみたいだね」
店長の嘲笑が店内に響く。直樹は顔を覆った。
学校への帰り道
狐兎森はスマホを操作しながら、真壁に声をかけた。
狐兎森:「ところで真壁くん、バーベー湖だけど、私メールしてみたの」
真壁:「え?メールってどこに?」
狐兎森:「バーベー湖の国立公園の事務所」
真壁:「本当に! で? なんて」
狐兎森:「『私はベトナムが好きな日本の女子高生です。来月家族でバーベー湖に行きます。バーベー湖にはフグはいますか?』って聞いたの」
真壁:「え? 狐兎森さん来月ベトナムに行くの?」
狐兎森:「行かないよ。嘘」
真壁:「え?」
狐兎森:「少しでも正確な情報が欲しかったの。ベトナムが好きですっていえば20%、来月行きますっていえば、さらに40%答えてくれる確率は上がるの」
真壁:「……凄いな、君の行動力。で? なんて返事が来たの?」
狐兎森:「はい」
狐兎森さんはメールの内容をスマホで見せてくれた。
「No pufferfish here. Welcome to Ba Be!」
真壁:「いなかったんだね」
狐兎森:「そう、先生の言ったことは嘘だったの。」
真壁:「じゃあ、あの白い粉が毒だったんだね」
狐兎森:「白い粉は毒じゃないわ。塩、人工海水の素ね」
真壁:「何でわかるの?」
狐兎森:「毒かどうか学校に着いたら高槻先生に顕微鏡で見てもらえばすぐにわかるわ」
二人は理科室へ戻り、高槻先生に水槽の淵から採取した粉を顕微鏡で見てもらった。
高槻先生:「……これは毒じゃない。塩だね。それも、ただの食塩じゃない。ミネラル分が含まれた『人工海水の素』の成分だ。直樹くんが言った通り、彼は海水の素を水槽に入れたんだろう」
真壁:「……じゃあ、結局容疑者はいなくなったってことかな? ぷく丸は、ただの寿命……自然死だった?」
狐兎森:「そんなことないわ。犯人は、ちゃんといる」
真壁:「……どうして断言できるんだよ」
狐兎森:「言ったでしょ。……私が犯人かもしれないって」
真壁:「……冗談、だよね?」
狐兎森:「さあ、どうかしら。……証拠、見つけにいく?」
真壁は、彼女の底の見えない瞳を覗き込み、覚悟を決めた。
真壁:「ああ。……ぜひ」
【新聞部・真壁の取材メモ】
■ ショップでの検証結果
田中店長は「淡水で1ヶ月キープしている」と主張。比重の数値は「1.000」。
しかし、高槻先生(専門家)は「淡水ミドリフグは海水・汽水魚」と断定。
業界の闇: 「淡水」として売った方が売れるという商業的理由。
■ 科学的矛盾の解消
水槽の淵の「白い粉」は人工海水の素(直樹が投入したもの)と判明。
しかし、その投入量は死因になるほど多くはない(田中談)。
つまり、直樹の「善意の行動」は、フグを殺す直接の原因にはなっていなかった。
それにペットボトルで入れたと言っていた。白い粉が付着するのは変だ。
■ 佐藤先生の情報の真偽
ベトナム・バーベー湖にフグは存在しない。
先生はなぜ、あんな「もっともらしい嘘」を確信を持って語ったのか?
■ 狐兎森さんの告白
彼女は「自分が犯人かもしれない」と繰り返す。
直樹が塩を入れ、先生が嘘をつき、用務員がエビを殺したこの連鎖の中で、彼女だけが別の「何か」を見ている。
「犯人は、毒も使わず、過剰な塩も使わず、ただ『状況』を使って殺したのかもしれない。狐兎森さんが見つけにいこうとしている『証拠』とは、一体どこにあるんだ?」




