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淡水の毒  作者: たんすい
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第6話:ピレスロイドの余波

廊下を足早に進む狐兎森の背中を、真壁が追いかける。


狐兎森:「うん。でもね、用務員さんが殺したのは蜂とエビ。フグじゃないの。」


真壁:「じゃあ、フグは誰が……?」


狐兎森:「それを確かめに行くの。――用務員室へ」


コンコン、と控えめだが鋭い音が廊下に響く。


用務員:「どうぞ」


入室するなり、狐兎森は核心を突いた。


狐兎森:「昨日、四組の蜂を駆除したそうですが、何を使いましたか?」


用務員:「殺虫剤を使ったよ。危ないからね」


狐兎森:「……使ったのは四組だけ? 他の教室は? 例えば、二組とか」


用務員:「いいや、使ったのは四組だけだよ」


狐兎森:「そうですか、ありがとうございます」


その時だった。廊下の向こうから、波のような怒号と噂がなだれ込んできた。


「おーい! エビ殺しの犯人が発覚したぞ!」

「放課後、教室に蜂が入ってきたらしくて。殺虫剤をシュッとやったってさ。」

「そのせいで朝、エビが全滅したんだ!」


興奮した生徒たちの声は、閉ざされた用務員室のドアを容易く突き抜けてくる。


狐兎森:「……ああ、間に合わなかった」


直後、生徒たちの群れが勢いよく室内へなだれ込んだ。真壁と狐兎森は、その過熱した様子を見て深く肩を落とした。


「四組のエビ、用務員さんが殺したんだろ!」


用務員:「え? 殺してなんかいないよ。駆除したのは蜂だけだ。危ないからね。」


狐兎森が、生徒と用務員の間を割って入るように静かに口を開いた。


狐兎森:「殺虫剤は、水に溶け込みやすいの。エビ、特に甲殻類は殺虫剤に対して非常に敏感。少量の使用でも死んでしまう。」


用務員:「そんな……そんなつもりじゃ……」


狐兎森:「ええ、故意じゃないのはわかってる。でも殺虫剤に含まれる神経毒――ピレスロイド系は、一吹きでもエビには致命的なの。」


用務員:「……すまん。エビまで殺すつもりはなかった。蜂にかけた殺虫剤が、あんなに離れた水槽のエビまで殺すなんて思わなかったんだ」


生徒:「やっぱり! じゃあ、二組のフグも用務員さんが――」


用務員:「フグ? そんなの知らんぞ!」


用務員は涙を浮かべ、激しく首を振った。

その悲痛な否定に、狐兎森が毅然とした声で加勢する。


「違うの。聞いて。フグを殺した犯人は別にいる。用務員さんじゃない。だって用務員さんは二組で殺虫剤は使っていないの。」


用務員:「二組の教室には行っていないんだ。本当だよ。エビのことは申し訳なかった」


部屋に、気まずい沈黙が流れる。


「……なんだ。アキラじゃないのか」

「じゃあ……フグを殺したのは、やっぱり……」


出口を失った怒りと疑念は、再び二組の教室へ――美月や直樹へと逆流し始めた。



淡水ミドリフグの死を巡る混迷は、ついに専門家への聞き込みへと発展した。真壁と数人の生徒たちは、生物担当の高槻先生の元を訪れた。


高槻先生:「ミドリフグ……。ああ、それは本来、海水や汽水(海水と淡水が混ざった水)に住むフグだよ。完全に淡水で一生を過ごす種ではないね」


生徒:「でも、ショップの店長さんは『淡水で飼える』って断言していました」


高槻先生:「幼魚のうちは淡水への耐性が強いからね。でも、成長すれば塩分が必要になる。……ショップが『淡水ミドリフグ』と称して売るのは、単純にその方が売れるからだよ。汽水を作るとなると、専用の塩や比重計が必要で、初心者は二の足を踏む。売れ残りを捌くために、都合のいい流通名を使うのさ」


生徒:「……僕たちは、騙されたってことですか?」


高槻先生:「ルール違反ではないが、不親切な売り方ではあるね。淡水では、彼らは長くは生きられない」


「直樹の言っていたことは本当だったんだ!」

「俺たちは店長に騙されたんだ!」

「犯人は、嘘をついて売りつけた『アクア・ルミナス』の田中だ!」


【新聞部・真壁の取材メモ】

■ 四組のエビ全滅事件:解決と新たな謎


原因: 用務員による蜂駆除の際、殺虫剤(ピレスロイド系)の微粒子が水槽に混入したことによる中毒死。



用務員のアリバイ: 蜂の巣があったのは四組のみ。二組の教室には立ち入っておらず、フグの死には関与していない。



未解決の矛盾: 殺虫剤が撒かれた四組の隣、三組の「ゲンゴロウ」はなぜ無事だったのか? 同じ昆虫なら、エビ以上に殺虫剤の影響を受けるはずだ。


■ 「淡水ミドリフグ」という商品の正体


生物学的真実: 本来は汽水・海水魚。完全淡水で終生飼育できる種は存在しない。



ショップの欺瞞: 「淡水で飼える」という謳い文句は、初心者に売りやすくするための商業的な嘘。


ぷく丸の死因再考: * ショップの嘘(淡水飼育そのものの限界)


直樹の「善意の塩」


二組の水槽だけにあった「白い粉」 これらは用務員の殺虫剤とは無関係だ。


■ 狐兎森さんの動揺と確信

「想定外」と取り乱しながらも、三組のゲンゴロウを確認し、用務員のアリバイを即座に見抜いた。


彼女の言う「買った日から始まっていた」という言葉。 もしショップの販売形態そのものが「死の宣告」だったのなら、田中店長は単なる不親切な商人なのか、それとも……?


真壁の独り言 「用務員の件が片付いたことで、二組の教室に漂う『犯意』がより純粋なものとして浮き彫りになってきた。高槻先生の話では、フグはいずれ死ぬ運命だったという。だが、あの朝の死はあまりに唐突すぎた。……まだ、パズルのピースが一つ足りない。」

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