スピンオフ第三章 作者の思い
美香の言葉 ― 音楽に込めた祈り
ステージの照明が落ち、トロンボーンの余韻が静かにホールを包む。
拍手が鳴り止んだあと、美香はマイクを手に取り、少し照れたように笑った。
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「私の音楽で、誰かが救われるなら」
「うちはね……昔、いろんなことがあって、
生きるのがつらいと思ったこともあったっちゃん。
でも、音楽に出会って、笑いに出会って、
そして、家族に出会って、生きる意味を見つけたと。」
観客席のあちこちから、静かなすすり泣きが聞こえる。
けれど、美香の声はまっすぐで、あたたかかった。
「うちはね、自分が苦しかった分、
誰かがうちの音を聴いて、
ちょっとでも“ホッとした”って思ってくれたら、
それだけで幸せなんよ。
ちょっとでも“生きててよかった”って思ってくれたら、
もう、それが音楽家冥利に尽きるっちゃん。」
彼女の言葉には、悲しみの跡があった。
でもその悲しみは、希望のかたちに磨かれていた。
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「笑顔を届ける音」
光子と優子が舞台袖からそっと拍手を送る。
優馬と美鈴も客席で涙をぬぐいながら笑っていた。
優馬:「……あの子は、ほんとに強うなったなぁ」
美鈴:「ううん、強うなったんじゃなくて、優しくなったんよ。」
美香の奏でる音は、
もう“悲しみ”ではなく、“再生”だった。
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「音楽家としての使命」
その夜、美香は楽屋の日記帳にこう記した。
『音楽は奇跡を起こせる。
音は見えんけど、人の心を包むことができる。
だから、うちは今日も音を出す。
いつか、過去の自分みたいに泣いてる子の心に、
小さな灯りをともせるように。』
――その日から、彼女の音楽は**“救う音”**と呼ばれるようになった。
あとがき —— 痛みの先に、笑いと音楽を
この物語を書き進めながら、私は幾度も立ち止まりました。
いじめの記憶、元配偶者からの暴言や非常識なふるまい、子どもへの理不尽な暴力と精神的虐待、そして新興宗教に呑み込まれていった家庭の崩壊——。死にたいと思い、実際にその一歩手前まで行ってしまった自分の過去が、ページの隙間から何度も顔を出してきたからです。
美香の人生を描くことは、私自身の忌まわしい過去と向き合い、決別するための宣言でもありました。
彼女は“被害の記号”としてではなく、痛みを抱えながらも、誰かを愛し、守り、笑わせ、音楽で照らす一人の人間として生きていきます。そこに、私が回復の道でつかみたかった「人間らしさ」の輪郭があります。
光子と優子の底抜けの明るさは、ときに眩しく、ときに涙が出るほどありがたい光でした。
彼女たちのギャグは、苦しみを茶化すためのものではありません。重さをなかったことにしないまま、背負える重さに変えていくための力です。笑いは、心の筋肉をほぐし、次の一歩を踏み出させる——そう信じています。
書くことは痛みをなぞる行為でもありますが、同時に、痛みの“出口”を作る行為でもあります。
筆を進めるたび、過去の私に「助けてと言っていい」「泣いていい」「笑っていい」「幸せを求めていい」と語りかけていました。物語の登場人物たちは、その言葉を私に返してくれた恩人でもあります。
このスピンオフは、過去に傷ついた「誰か」への手紙です。
血のつながりだけが家族を作るわけではないこと。暴力の連鎖は断ち切れること。つらさの只中にあるときこそ、助けを求めてよいこと。あなたの尊厳は、出来事に奪われないこと。
もし今、読んでくださっているあなたがしんどさの中にいるなら、どうか自分の味方を探してください。身近な人、地域の相談窓口、専門家、そして物語の中の誰かでも。声を上げることは弱さではなく、回復へ向かう力です。
最後に。
登場人物たち——美香、光子、優子、家族や仲間たち——は、私の中でこれからも生き続けます。彼らの笑いと音楽が、読む人それぞれの日常に小さな灯をともせますように。
そして、過去の自分へ。よくここまで来た。これからは、物語とともに、笑いながら進もう。
読んでくださったあなたに、心からの感謝を。




