表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三姉妹爆笑交響曲 — 大学生篇から陽翔&結音誕生まで  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/113

婚約

試合当日—画面の向こうと、コートサイド


1) クアラルンプール:拓実のワールドカップ(優子=自宅BS応援)


朝10時、優子はちゃぶ台の前に正座。テレビはBSのライブ中継、テロップに「Men’s World Cup Kuala Lumpur」。

テーブルの上には“必勝おにぎり(カツオ)”と“必笑せんべい(顔文字入り)”。


「……よし、レシーブはYG見せといて、3球目バックな。いける、いける……あ、来た来た来た!」


第1ゲーム、拓実が台上を制して11-7。優子は拍手しながら、実況より早口で解説を被せる。


「今のはストップ見せてフリックやろ〜!相手、完全に読み外しとるやん!たっくん、ナイスッ!」


第2ゲームは相手がロングサーブで揺さぶり、9-11。優子、深呼吸して“応援ルーティン”。


「切り替え切り替え。**“最初の3球で設計”**戻そ。サーブは逆横下見せて、フォア前ショート混ぜる〜!」


第3・第4を連取した瞬間、優子の“勝利の膝リズム”発動。

「タン・タタタン♪ たっくんペース〜♪」


最終、第5ゲーム。8-8の大詰め、拓実がYGからの3球目バックミートでライン際を射抜く。

優子、テレビに向かって両手を突き上げ——

「それーーっ!取ったぁああ!!」


11-9、ゲームセット。解説者が「判断の速さですね」と言うのを、優子がドヤ顔でなぞる。

「それな(小声)。——たっくん、世界は近いけん。」


スマホに“既読にならない応援メッセージ”を送り、画面に向かって小さく一礼。

「次も、笑って戦おうね。」



2) 有明:デビスカップ(光子=現地観戦)


午後、有明コロシアム。光子は通路脇の席で、耳には使い込んだイヤープラグ、膝にはメモ帳。

「“半歩前”、今日はこれやね。」と呟く。


第1セットはタイブレーク。6-5、相手セカンド。コートの翼が半歩前へスッ、と出た。


「来た、あの半歩——!」


ライジングのブロックがクロスに突き刺さり、7-5。場内がどよめく。光子は立ち上がって拍手、そしてすぐ座る。

「よかよか、浮かれん、次のファースト2本目Tコース、見せ球——。」


第2セットは6-3。試合終了の握手、日の丸の揺れ、チームのハイタッチ。

光子は胸の前で手を合わせ、そっと目を閉じる。


「翼、あんた、ほんとつよなったね。」


スタンドのファンに手を振りながら出口へ向かう途中、近くの席の少年が声をかける。

「お姉さん、今の“半歩”って何ですか?」

光子は笑って、指でコートと自分の靴のつま先の距離を作る。

「怖くても、この半歩出すんよ。音楽も同じ。最初の“息”を、勇気出して前に置くと、全部が鳴りだすけん。」



3) 夜——二人の通話


夜9時。通話の着信が重なる。


優子「たっくん勝ったね!3球目の設計、完璧!」

拓実『テレビの前で解説被せるのやめて(笑)。でも助かった。次もこの流れでいく。』

光子「翼、半歩、最高。タイブレの呼吸、完璧やった。」

翼『眉サイン、見えた気がした(冗談)。でも、あの言葉、効いたよ。』


四人同時に笑いが混ざる。

優子「次は“必勝+必笑”セット、増産しとくけん!」

光子「私は“半歩前ジングル”改訂版、明日送る。」

拓実『笑わせすぎは反則ね。』

翼『でも要る。——明日も、前へ半歩。』


小さな“おやすみ”が重なって、通話は切れた。

画面の向こうでも、コートサイドでも、同じリズムが続いている。

——勝つために、笑う。笑うために、積み上げる。

そんな一日が、静かに終わった。





祈りと笑いの応援リレー - 福岡と東京、二つの空の下で


春の午後、福岡市博多区・小倉家のリビング。

壁のテレビには「卓球ワールドカップ マレーシア大会」の生中継が映し出されている。

ソファの前では、優馬と美鈴、美香、そしてまだ4歳の春介と春海が並んでいた。



福岡のリビング:優馬家の応援風景


「ほら見てみぃ。たっくん、サーブ構えたぞ」

優馬が指さすと、美鈴が頷いた。


「ほんとやね。あ、相手、ちょっと緊張しとるっちゃない?」


画面の中、拓実が冷静な表情でラケットを振る。

ボールがネット際をかすめ、相手の返球が浮いた。


「うわっ!今のナイスサーブ!あれ、YGサーブっちゃろ?」

美香がすかさず反応。

「おぉ、よー知っとるやん!」と優馬が笑う。


春介と春海も意味が分からず拍手だけは負けていない。

「たっくん、がんばれ〜!」「ぽんぽんするー!」

二人の手拍子が、リビングのリズムを刻む。


第3ゲームを取った瞬間、優馬が小さくガッツポーズ。

「よっしゃぁ、これは取ったね! 拓実、乗ってきた!」



一方、東京の音大寮


同じ時刻。

東京の音大女子寮・共用ラウンジでは、光子と優子がスマホで中継を見ながら声を上げていた。


「うわぁ、たっくん、サーブ完璧やん!」

「ねぇ、あの3球目、完全に狙っとったっちゃね!」


隣の部屋から顔を出した小春が笑う。

「二人とも、応援の声が丸聞こえばい〜!」


「よかやん、うちらの応援届くかもしれんやん!」


と、その時、もう一方の画面には有明コロシアムの様子が。

翼がデビスカップに出場していた。


「うわ、翼お兄ちゃんも始まっとるやん!二刀流応援タイム突入や〜!」



福岡と東京、同時に沸く


再びリビングのテレビ。

拓実がマッチポイントを握る。

スロー再生が映し出されるたびに、優馬の目が細くなる。


「今のは見事や。スピードより“タイミング”やね。よう練習しとる。」


美鈴が微笑む。「ねぇ、優子ちゃんもこの試合、見よるやろうね」


「見とる見とる。あいつらのことやけん、絶対叫びながら応援しとる。」


――その瞬間、テレビのテロップに「GAME SET」と表示。

拓実が勝利の笑顔を見せた。


「勝ったぁーーー!」

福岡のリビングに、笑いと歓声が広がる。


「たっくん、よう頑張ったねぇ!」

「すごい、すごい〜!」と春海。

「やったぁ、パンパンパン!」と春介が手を叩く。



東京の光子と優子も歓喜


同時刻、スマホの画面に「WINNER TAKUMI YANAGAWA」の文字。

光子と優子は顔を見合わせ、同時に叫んだ。


「きたーーーーー!!!」

「たっくん、世界取るばい!!」


周囲の寮生もつられて拍手。

「やっぱすごいね、あの柳川くん!」

「ていうか、あんたらリアルに解説上手すぎやろ!」


「まぁね、家系が“発電所”やけん」と優子がドヤ顔。

「電力安定供給中〜!」と光子が続け、ラウンジ爆笑。



そして夜、家族グループ通話


夜9時。

グループ通話が繋がる。


「お父さん〜、たっくん勝ったね!」

「見た見た!翼もええプレーしよったやん!」

「おぉ、見てたか〜。春介も春海も拍手しとったで」


「ねぇお父さん、笑いすぎて腹筋痛くなってない?」

「おう、危うく整骨院コースやったばい。笑」


画面越しの笑顔が、東京と福岡の距離を縮める。

テレビの残光が消えても、家族の笑い声だけが夜空を照らしていた。





有明に走る青い風—光子、翼のコートサイドへ


連休の午後、有明コロシアムの外周には、初夏の潮風がやわらかく吹いていた。

光子は紺のキャップを深くかぶり、手には小さな応援フラッグ。胸元にはさりげなく「ラブ翼」の缶バッジ(※自作)。入場ゲートを抜けると、砂塵の匂いとハードコートのきしむ音が混じった、独特の“試合の空気”が肺に満ちた。


「よっしゃ、つばさ—今日は暴れちゃってよかよ…!」

独りごちてスタンドに上がる。コートではデビスカップのシングルス、翼の試合がちょうど第1ゲームに入るところ。相手はパワー型、サーブのトスが高い。


序盤、翼は深いリターンで主導権を握る。

相手のフォアに集めたと思ったら、一拍置いて逆クロス。スタンドの空気が「うまい…」と波立つ。光子は膝の上で指を組み、呼吸を合わせるように小刻みにうなずいた。


「(ストレート見せて、次ショートアングル…いける)」


——パン。

翼のバックハンドがネットすれすれに抜け、相手は走り込んで届かず。

「よっしゃあぁ!」思わず博多弁が漏れる。「今ん、エグかったねぇ!」


コーチ席からも小さく拍手。スコアボードが動く。

第1セット、6–3。サーブもリターンも噛み合い、翼のフットワークが有明の風を切り裂く。


第2セット、中盤で小さな揺らぎ。ブレークポイントを握られる。

相手の重いフォアがベースラインに突き刺さり、場内がざわつく。光子は唇を結び、客席の手すりに指を添えた。


「(ここは“粘り”やろ…つばさ、我慢よ。我慢からの一撃や)」


相手のセカンド。翼は一歩踏み込み、体の正面に引きつけて、コンパクトなリターンブロック——からの前詰め。

ドロップ気味のボールをネット前で拾い、ふわりとスライスロブ。相手は振り向きざまに下がるが、打点が合わない。

ボールはベースライン手前にふわりと落ちて、大きく跳ねた。


「ナイス判断っ!」光子は立ち上がって拍手する。「よー見えとる、つばさ!」


ここから流れが返る。

翼は配球を変え、サイドへのワイドサーブとボディサーブを織り交ぜる。リターン位置を揺さぶって、相手の“決め所”を曖昧にする。ラリーが伸びた瞬間は、足で勝つ——それが今日の翼だ。


第2セット、タイブレーク。

「一本ずつ、積み上げればよか…!」光子は胸の前で拳を軽く合わせる。

大事な6–5。翼のサーブ。観客の気配がすっと引く。トスが高く上がる。

イン——外へ逃げるスライスがライン際へ吸い込まれ、相手のリターンは浅い。

翼は踏み込み、体重を乗せたフォアの逆クロス。コーナーに針で刺すように決まる。


ブザァッ!

点灯するスコア。7–6(5)。ストレート勝ち。


一拍の静寂ののち、有明が割れるような拍手に包まれた。

光子は胸に手を当て、深く息を吐く。


「つばさ…やったね。めっちゃ、かっこよかったばい。」


選手がネットを越えて握手を交わす。

コートを後にする時、翼がスタンドへ手を振った。気づいたのか、ほんの一瞬、視線がぶつかる。

光子は慌ててフラッグを振り回しながら、子どもみたいに笑った。


——その笑顔のまま、通路へ。スマホを取り出して、すぐに寮のグループチャットへ動画を投げる。


「有明勝利!ストレートやで!たっくんもおめでとうスタンプ連打しとって〜!」


すぐに優子から電話が鳴る。

「みっちゃん、聞こえる?コートの音、やば!現地の空気、伝わってくる〜!」

「えへへ、鳥肌モードやった。あ、あとで“勝利うにゃだらぱ〜”配信しよか?」

「よし来た、勝利ギャグ会見や!」


ふたりの笑い声が通話口で重なり、まるでコロシアムの歓声の余韻みたいに、長く、やさしく尾を引いた。

光子はキャップを少し上げ、青い空を見上げる。

今日の東京の空は、翼が打ち抜いた逆クロスみたいに、透きとおっていた。





熱戦の果てに──ベスト8進出


◆ 翼の戦場・有明コロシアム


東京の空が夕暮れに染まる頃、有明コロシアムはまだ熱気に包まれていた。

翼の試合はすでに3時間を超えていた。相手は世界ランキング20位の強豪。

誰もが「ここで止まるか」と思った第3セット、翼は笑った。


「……まだ、いける。」


観客の息を飲む中、デュースを繰り返す。サーブを打つたびに、足の裏から伝わる硬質な振動。

腕は重く、ラケットを振るたびに汗が飛ぶ。

それでも彼は、前へ出た。ネット際でのドロップボレー——相手が届かない。


歓声が爆発する。

光子はスタンドで両手を握りしめ、泣き笑いになった。


「つばさぁぁぁ!その一球で十分ばい!」


最後のポイント。

翼はフルスイングでフォアの逆クロスを突き刺した。

ボールがラインをかすめ、チャレンジシステムの赤いランプが点灯。


──IN。


「勝ったぁぁぁーーー!!!」

光子の叫びが会場の歓声に混ざる。翼はラケットを胸に抱え、深く頭を下げた。



◆ 拓実の戦場・クアラルンプール


そのころ、マレーシアでは拓実が戦っていた。

熱帯の湿気の中、体育館の空気はまるで湯気のよう。

相手は中国の新星、回転量の多いサーブと強烈なバックドライブで知られる選手。


第6ゲーム、スコアは10対10。

観客が静まり返る。

拓実は汗をぬぐい、短く息を吐いた。


「負けるのは、まだ早い。」


相手のサービス——ナックルに見せかけた下回転。

一瞬の読み。拓実のラケットがすっと前に出た。

軽く合わせたようなブロックが、ネット際でふわりと揺れて、相手コートに沈む。


——11対10。マッチポイント。


次のラリーは、魂のラリーだった。

二十回、三十回……。

互いにチャンスボールを打たない。耐える。

観客が固唾をのむ中、拓実が最後に放ったのは、低く鋭いカウンター。


ネットをかすめて入った瞬間、相手は動けなかった。

拓実は無言でガッツポーズを取る。

コーチの手が震えながら拍手する。

電光掲示板に「YANAGAWA 4–3」の文字。



◆ 福岡と東京、歓喜の連鎖


光子:「拓実も勝ったばい!!!」

優子:「えっ、マジ!?翼も勝っとるけん、ダブル8強やん!!!」


寮のラウンジが一気にどよめいた。

「え、どっちも勝ったの!?」「日本勢すげぇ!」

周囲の学生たちがスマホを掲げてSNSに投稿する。


一方、福岡の小倉家でも——。

「すごい……ほんとに二人ともベスト8やん!」

優馬が涙目で叫び、美鈴が拍手。

春介と春海もぴょんぴょん飛び跳ねて、「おめでと〜!!」と声を揃える。



◆ 終わりなき挑戦へ


試合後、記者からのインタビュー。

「これでベスト8ですが、次は?」


翼:「まだ中間点。勝って笑うけど、油断せん。次はもっと速く、もっと正確に。」

拓実:「相手が強くなるほど、試合が楽しくなる。次も自分らしくやります。」


ふたりの言葉は、スクリーン越しに東京と福岡を結ぶ。

光子と優子は同時に言った。


「うちらも、次の“爆笑決勝ラウンド”負けられんばい!」


――音楽でも、笑いでも、家族でも。

それぞれのフィールドで戦う小倉ファミリーの物語は、まだ続いていく。





準決勝、心を燃やせ


◆ 拓実──銅を越えて、さらに上へ


クアラルンプールの会場は、湿気まで震えるほどの緊張で満ちていた。

準々決勝を突破した拓実は、この瞬間すでに銅メダル以上が確定。だが、彼の視線は表彰台のさらに上だけを捉えている。


相手は世界ランキング一桁、回転とコースの読みに長けた老獪な左利き。

第1ゲームを落としても、拓実は眉ひとつ動かさない。タイムアウトで短くつぶやく。


「一本ずつ、削る。」


第2ゲーム、サービスの型を半歩だけ前に。トスの高さを数センチ下げ、下回転に見せかけた巻き込みナックル。

相手のレシーブがわずかに浮いた瞬間、拓実のフォアカウンターが前に刺さる。

——歓声が波のように押し寄せる。


3、4ゲームは互いに譲らず、セットカウント2–2。

第5ゲーム、11–10のマッチポイント。長いラリー、15本、20本……。

相手の深いボールに、拓実は身体を折り畳むようにして粘り、最後はミドルへ低い弾道のチキータ。

ネットをかすめて沈んだ白球に、相手の足が一歩止まる。


審判の手が上がる。

「ゲーム、マッチ、ヤナガワ!」


右拳を握りしめた拓実の頬に、初めて火が灯る。

銅を超えた。金まで、あと一つ。



◆ 翼──すべてをラケットに預けて


有明コロシアムの屋根が揺れる。

翼の準決勝はフルセットに突入していた。相手は強烈なフラットで押してくるビッグサーバー。

リターンゲームは耐える時間。ブレークの芽は小さい——それでも、翼は笑っていた。


「崩れるの、待たん。こっちから崩す。」


最終セットのタイブレーク、3–4。

翼はリターン位置を半歩前へ、さらにセンター寄りに寄る“読み”。

相手の得意なワイドへのスライスサーブに体を開きながら、逆クロスへ低いライジング。

返球が甘くなる——ネットへダッシュ、ドロップボレーが芝を滑る。


4–4、5–4。

土壇場のサービスポイント、こぶしを握りしめてトスを上げる。

ボールが真上から落ちてくる一瞬に、彼は心で叫ぶ。


「この一球のために練習してきた!」


センターへ220km/hのフラット。相手のラケットが弾かれる。

6–4、マッチポイント。最後はフットワークで作ったクロスへの強打、ライン上に吸い込まれた。


——決まった。


翼は天を仰ぎ、胸にラケットを抱えた。

観客が総立ちで拍手する中、彼はネットを挟んで相手と固く握手を交わす。



◆ 東京と福岡、そして家族


光子(客席で涙目):「つばさ、やったぁぁぁ! はぁ〜心臓もたんばい…!」

優子(配信を見ながら跳ねる):「たくみキタ! 銅確定からの決勝進出とか、上げてくるやん!!」


福岡の小倉家では、春介と春海がぴょんぴょん跳ねている。

春介:「たくみにいちゃん、かっこよか〜!」

春海:「つばさにいちゃん、はやか〜!」

優馬:「よっしゃぁ! 決勝や決勝!」

美鈴:「落ち着いて水分とって、次の応援の準備よ〜!」



◆ 記者会見の言葉


拓実:「取れたメダルの色は、ここから自分で塗り替えます。」

翼 :「最後の一球まで、笑って攻めます。迷いは置いてきました。」


ふたりの視線は、同じ高さでまっすぐ前に伸びていた。

準決勝を制し、舞台はいよいよ最終日へ。

家族も、仲間も、そして日本中の“爆笑発電所”のファンも——心拍数をそろえて、その瞬間を待っている。






決勝、ふたりの「この一球」と「この一本」


有明—翼の決勝


土曜の午後、有明コロシアムの屋根は夏の光をはじき返し、センターコートの緑が鮮やかだった。

光子は客席の手すりに指をかけ、視線で翼を追い続ける。呼吸は浅く、鼓動はサーブのテンポと同調している。


相手はリターン巧者のカウンターパンチャー。序盤、翼の攻撃は何度も壁のように押し返された。

第1セット、タイブレークを落とす。

ベンチへ戻る翼は、タオルに顔を埋めて数秒、そして顔を上げた。目の奥に曇りはない。


「風、1球ごとに半歩流れる。トス、1センチ低く。足、前へ。」


第2セット、翼はリターン位置を微妙に前に詰め、相手のスピンをライジングで刈り取る。

6–4。イーブン。


最終セット。3–3からの第7ゲーム、デュースが続く。

長いラリーの終盤、翼は一瞬だけスライスで時間を止め、相手の重心が前へ崩れた刹那、バックのダウン・ザ・ライン。

ライン際に白い粉がふわりと舞い、客席の空気が破裂する。


5–4。サービング・フォー・ザ・チャンピオンシップ。

光子は拳を握り、無意識に唇が動いた。


「いけ、翼——この一球。」


0–15、15–15、30–15。

ラリーの中で、翼はネットへ。ショートボレー、ロブ、振り返り様のスマッシュ——45度の角度で突き刺した。

40–15、ダブル・マッチポイント。


最後のポイント、センターへフラットのエース。

コートに響いた琴線のような音と同時に、有明が揺れた。


審判の声が落ちる。「ゲーム、セット、マッチ——ツバサ!」


翼はラケットを空へ掲げ、膝を折る。汗と涙が混ざった。

そして——コートサイドインタビュー。マイクを受け取ると、彼は深呼吸を一つ。


翼「えっと……まず、支えてくれたみんなへ心から感謝します。

それから——今日、ここで伝えたい人がいます。光子、ステージに来てくれませんか?」


客席がどよめく。係員に促され、光子が震える足でコートへ降りる。

翼はポケットから小さなリングケースを取り出した。

有明コロシアムが、一瞬、世界でいちばん静かな場所になる。


翼「これからも、勝っても負けても、笑って泣いて、一緒に歩きたい。

結婚してください。」


光子の目から、堰を切ったように涙がこぼれた。

彼女は大きく頷き、声にならない「はい」を唇でつくる。

抱き合う二人に、スタンドから紙吹雪のような拍手が降り注いだ。



クアラルンプール—拓実の決勝


時差を越えて、画面の向こうにも「決勝」の熱が漂っていた。

日本時間14時、優子はPCの前で姿勢を正す。

呼吸のリズムは拓実のサービス前のルーティンと同期していた。


対戦相手は中国の超攻撃型。前陣での早い打点、重い前進回転。

第1ゲーム、拓実はレシーブで先手を取れず、7–11。

だが表情は変わらない。タオルタイムで指先を見つめ、次の一手を整える。


第2ゲーム、巻き込み下回転と見せてのナックル、バック深くのストップからの一気のフリック。

相手の表情に「読み違えた」影が差す。11–8。

第3ゲーム、相手が前に出れば中へ、中を閉じればストレートへ。11–6。

セットカウント2–1、逆転。


第4ゲーム、相手のギアが上がり、超高速の打ち合い。9–11で落とす。

最終ゲームへ。会場の空気が熱を帯び、優子は画面越しに祈る。


「一本ずつやけん、拓実。」


6–6、7–7、8–8。

レシーブはストップと見せて、ギリギリでツッツキに切り替え——相手のプッシュが浮く。

バック対バックの応酬、ミドルへ一撃、そしてフォアのカウンターが稲妻のように走る。10–8、ダブル・マッチポイント。


タイムアウト。

拓実は首元の汗をぬぐい、視線をまっすぐメインカメラへ向けた。

その先に、優子がいる。


再開の一本。サービスは巻き込み。回転は浅い下——に見せたナックル。

相手のフリックがわずかに上ずる。

拓実、踏み込みながらのフォア・ドライブ——黒いラバーが白球を掴み、一直線。


審判の手が、静かに、そして高く上がる。

「ゲーム、マッチ、タクミ・ヤナガワ!」


拓実はラケットを胸に抱き、天を仰いだ。

すぐにコートサイドインタビュー。彼はマイクを握り、噛みしめるように言葉を紡ぐ。


拓実「この舞台に立たせてくれたすべてに感謝します。

そして、ずっと支えてくれた人へ——日本で見てる優子、聞こえる?

俺、約束どおり勝ったよ。だから、もうひとつ、言わせてください。

俺と結婚してください。これからも、ずっと一緒に。」


優子の視界が一瞬にじむ。

PC越しに、画面の拓実へ向かって、彼女は両手で大きく丸をつくり、涙声で笑う。


優子「はい! もちろん! ずっとずっと、いっしょに!」


会場のスピーカーから、通訳の言葉が遅れて流れ、歓声がドームを揺らした。

国籍も言語も超えて、祝福の拍手が渦を巻く。



交差する祝福


その夜。

有明のロビーでは、光子の左手で小さなリングがきらりと光り、

クアラルンプールの表彰式では、拓実の首に金色のメダルが輝いていた。


電話がつながる。

画面の四分割——光子と翼、優子と拓実。

みんな笑って、泣いて、また笑う。


光子「翼、やったね。——私も、やっと言える。よろしくお願いします。」

翼 「こちらこそ、一生よろしく。勝って、言えてよかった。」

優子「拓実、最高やった。うち、あんたの嫁さんになるけん!」

拓実「聞けてよかった。次は日本で、正面からもう一回言わせて。」


遠く離れたふたつの決勝が、同じ日の光で結ばれた。

スポットライトの余熱が消えても、胸の鼓動は静まらない。

ふたりの「この一球」と「この一本」が切りひらいた未来に、

拍手は、いつまでもやまなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ