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三姉妹爆笑交響曲 — 大学生篇から陽翔&結音誕生まで  作者: リンダ


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23/113

ソフィーアの家族・ウクライナへ

リビング。湯飲みから湯気がのぼる。

優馬が座布団をぽんと叩いて、「さ、座りんしゃい」と目で合図。美鈴は急須を傾けながら、柔らかく切り出した。


美鈴「ソフィーアちゃんのご家族、どうやった? おじいちゃんおばあちゃん、気になるよね」

光子「うん。手術は無事に終わっとるよ。支援でおじいちゃんは左手の義手、おばあちゃんは右足の義足が整って、きのうから回復訓練に入ったって」

優子「ただね、メンタルの回復とリハビリがもう少しかかるけん、今は焦らんことがいちばん。ソフィーアも『ひとりでの帰国は不安』て言いよるけん、うちらも一緒に付いて行きたかって思っとる」


優馬「……そっか。命が助かっただけでも大きい。まずは安心したばい」

美鈴「行くなら、安全最優先よ。条件、決めとこ。単独行動は無し、現地コーディネーターと大使館ルートの連絡、旅行保険と緊急時の避難計画、それと毎日定時連絡。よか?」

光子「よかよ。みらいのたねのネットワークにも当たって、現地NGOとつなぐ段取りもしとく」

優子「大学側にも事前申請出して、公欠扱いにしてもらえるように相談する。資金面は自分らの口座から手配するけん、領収もちゃんと残す」


優馬「父さんのほうでも寄付の窓口んとこ動かしとく。通訳と車両の確保も、知り合いに当たってみるばい」

美鈴「それと、ソフィーアちゃんが泣ける場所と笑える時間、両方つくってあげんとね。ビデオ通話で**“眉ピッ→ぎゅー”の遠隔版、やろっか」

光子「やろやろ。あと、お土産で日本のやわらかいタオルと甘くないお菓子**持っていく。リハの合間にちょっと元気出るやつ」

優子「小さなライブもしよっか。病院の許可が出たら、子守歌×ウクライナ民謡のミニセットで」


優馬「よし、渡航チェックリスト作るばい。パスポート・保険・連絡網・GPS共有・非常用カード……父のダジャレは—」

美鈴「現地では封印」

全員「(即答)封印」


光子「行く前に、毎晩オンラインでおじいちゃんおばあちゃんと“おはなし練習”もしとく。顔見て話せたら、回復の力になるけんね」

優子「うちらの仕事は音と言葉で寄り添うことやけん。無理はせん、でも逃げもしない。そげんスタンスでいく」


美鈴は湯飲みをそっと差し出し、目を細めた。

美鈴「よか娘たちやね。——じゃ、家族会議は“眉ピッ→ぎゅー”で締め」

光子・優子「眉ピッ」

三人でぎゅー。優馬も照れながら腕を回す。


優馬「帰ってくるまで、父さん母さんはここを本部にしとく。毎日同じ時間に“ただいま”を聞かせんしゃい」

光子「了解。ただいま通信、必ず送る」

優子「ほんなら今夜から練習で**『ただいま/おかえり』**歌っとくけん」


湯気の向こう、四人の顔に同じ表情が灯る。

不安はある。でも、行く理由はもっとはっきりしとる。

笑いと音で寄り添うこと。

——小倉家のやり方で、できることを、できるだけ。




リビング。夜更け。

優馬と美鈴は、テーブルの上にノートと付箋をずらりと並べた。表紙にはマジックで太く——「バックアップ本部」。


美鈴「——あの子たち、ほんとに行く顔しとったね」

優馬「うん。苦しんどる人に横に立つ。あれがうちの双子のやり方たい」

美鈴「なら、親は後ろから全力で押す番やね」


二人は手を動かし始める。

•安全網:大使館・現地NGO・医療機関の連絡表を一枚に集約。

•通信:毎日同時刻の定時連絡、既読・未読のルール。非常用の合言葉も設定。

•資金と保険:渡航費・滞在費の枠を即時確保。緊急時立替口座を開けておく。

•書類:保険証書、連絡先、ワクチン情報——ファイルに色分けで一括。

•人のつながり:みらいのたね枠で通訳・車両・宿の候補を三本用意。


優馬「父の役目は段取りと連絡線。現地と日本を結ぶ“見えん橋”になる」

美鈴「母の役目は心の保温。毎日『大丈夫』をつなぐ。泣ける時間と笑える時間、どっちも用意する」

優馬「それと——父のダジャレは現地封印」

美鈴「家族合意済みやね(にやり)」


ホワイトボードの隅に、二人は小さく書いた。

「合図:眉ピッ → 応答:ぎゅー(画面越し)」


美鈴「——あの子達らしいよね。誰かの痛みを抱えたら、逃げられんタイプ」

優馬「やけん強いし、やけん放っとけん。親は覚悟決めた。万全で支える」


ライトを落とす前、二人はノートに最後の一行を足した。

『帰ってくるまで、ここが本部。毎日“ただいま”を受信する』


美鈴「さ、眉ピッ」

優馬「ぎゅー。——明日から、本部稼働や」


静かな家に、小さく心強い合図が灯った。





ただいま回線、福岡発――画面越しの「眉ピッ」


夜。小倉家リビング。

ちゃぶ台の上にスマホを立てかけ、後ろから優馬が米びつで固定、美鈴が麦茶を配る。


光子「——福岡の実家からやけど、みんなに伝えたかことがあるっちゃん」

優子「ソフィーアのご家族、手術は無事終わっとる。今はリハの段階。落ち着いたタイミングで一緒にウクライナ行く覚悟ば、うちら決めた」


(画面に並ぶ顔:翼、拓実、小春、梢、ひより、ソフィーア)


翼「こっちは任せとけ。日本側の連絡と段取り、俺が受けるけん」

拓実「大学関係は俺が調整する。書類もろもろ前倒しで動かすばい。——無事に帰ってこい」


小春「共有ボード作っとくね。毎晩21時『生存ピン』押すやつ」

梢「募金と物資リスト、私がまとめる。安全ルートも調べとく」

ひより「合唱部でチャリティやるけん。歌で背中押すよ」


ソフィーア(標準語、少し涙交じりで)

「みんな……ありがとう。私、怖くないと言えば嘘だけど、一人じゃないって今ははっきり思えます。行けるときになったら、いつでも一緒にって……心強いです」


優子「眉ピッ出したら、みんなぎゅーで返してね。距離あっても届くけん」

翼「眉ピッ!」 拓実「ぎゅー!」

小春・梢・ひより「ぎゅー!」

ソフィーア(微笑んで)「ぎゅー」


(ここで優馬が小さく手を上げる)

優馬「父は本部で待機。連絡線と資金線、全部つないどく。ダジャレは——」

美鈴「現地封印やけん」

全員「(笑)」


光子「命最優先、単独行動なし、定時連絡。この三つ、忘れんで行くけん」

優子「帰ってきたら、また全員で笑い倒すばい」


画面越しに、みんなで小さく手を額へ。

眉ピッ → ぎゅー。

実家の畳の匂いと、遠くの仲間の息遣いが同じリズムになった。


——こっちは任せとけ、無事に帰ってこい。

福岡発の合図が、今夜もしっかり届いた。






出発許可、8月下旬。


学生寮。鍵を回す音がやけに大きく響いた。

光子と優子はスーツケースを置くと、そのまま机に直行。ノートPCを開き、まずはウクライナ大使館へ電話とメールで連絡を入れた。


優子「要件は人道的な家族の看護目的、同行者は小倉姉妹+ソフィーア、滞在都市は病院近郊。——ね、これでよか?」

光子「緊急連絡先は日本側が父ちゃん母ちゃん本部、現地は病院+コーディネーター。単独行動はしませんって明記しとく」


送信——ピッ。

すぐに自動返信。詳細は追って、の文面を確認して深呼吸。


続けて、旅行代理店に電話。

「8月下旬で座席の空きをお願いします。振替可能・キャンセル規定が緩い便、情勢変化でルート変更がしやすい航空券で——」

担当者は早口で候補便を挙げていく。複数の経由地案を取り寄せ、ホールドをかけた。


光子「保険は最上位プラン。救援者費用と医療移送、絶対外さん」

優子「eSIMと衛星メッセンジャーも押さえとく。毎日21時、**定時“生存ピン”**送信やけん」


そこへソフィーアからビデオ通話。

ソフィーア(落ち着いた声で)「祖父母は容体が安定しているの。担当医が、8月下旬なら面会と外泊リハも調整できるかもって。だから……行けると思う」

光子「よかった。宿は病院から徒歩圏が理想やね。生活音が静かな宿を頼める?」

ソフィーア「任せて。病院提携のゲストハウスに当たる。予約が取れたら予約番号と住所を共有するね」


三人は出発=8月下旬で合意。

寮のラウンジに移動し、共有ボードを立ち上げる。



渡航前チェック(共有ボード・抜粋)

•大使館:渡航意図・旅程・同行者・緊急連絡先→提出済/返信待ち

•航空券:フレキシブル運賃で複数便ホールド(情勢次第で最短ルートに変更)

•保険:救援者費用・医療搬送・キャンセルカバー→申込完了

•通信:eSIM+衛星メッセージ端末→手配中/21時生存ピンルール

•現地:ゲストハウス予約(ソフィーア担当)/病院の許可証取得

•連絡線:日本=本部(優馬・美鈴)、現地=コーディネーター+病院

•荷物:最小限+リハ用の柔らかタオル/ノンシュガー菓子/小型加湿器

•合図:眉ピッ→ぎゅー(OKサイン)/×マーク(中断合図)



夜、みんなと合同のビデオ通話。


翼「航空の予備便も俺のほうで追っとく。大学の公欠申請、先にフォーマット作っとくね」

拓実「安全情報の更新は毎朝俺が集約、ボードに貼る。無事に帰ってこい——そこが最優先」

小春「医療用ロシア語・ウクライナ語カードを作る。症状・アレルギー・連絡先を書いたラミネート渡すね」

梢「募金箱の報告書式、一式つくった。現地で必要な日用品リストも集めとく」

ひより「合唱のチャリティ配信、日時決めたら送る。歌で背中押すけん」


画面の中央で、ソフィーアが小さく頭を下げる。

「ありがとう。怖さはまだあるけど、私には皆さんがいる。8月下旬、行こう」


光子「命最優先、逃げも無茶もせん。それでもそばに立つ」

優子「合図いくよ。——眉ピッ」

全員「ぎゅー!」


その瞬間、8月の空気がすこし近づいた気がした。

準備は走り出した。心はもう、寄り添う場所へ向いとる。





8月23日、出発。雲の上で交わした約束


大学からの渡航許可と公休が正式に降りた朝。

8月23日、寮の玄関でスーツケースのファスナーを閉める音が同時に鳴った。


「よし、出発やね」光子が親指を立てる。

「命最優先、単独行動なし、毎晩21時“生存ピン”。三つの約束、再確認」優子が手の甲にマジックで小さく丸を書いた。


ビデオ通話の画面には、実家本部の優馬・美鈴、そして仲間たち。

翼「こっちは任せとけ。日本側の連絡線は俺が握っとく」

拓実「大学や保険の更新は毎朝チェック。無事に帰ってこい」

小春「“生存ピン”ボード、起動済み」

梢「募金と物資、集計走ってる」

ひより「歌で見送り送るけん。——行ってらっしゃい」

全員で眉ピッ→ぎゅー。出発式は3分で、温かく締まった。



成田 →(経由)→ キーウを目指す


成田空港。チェックインを済ませ、搭乗口のベンチに腰かける。

フライトはワルシャワ経由で国境近くまで空路、そこから現地コーディネーターの車でキーウ入りの計画だ。


「ただいま通信、毎晩絶対送るけん」光子が家族チャットを固定表示にする。

「非常カード、パスポートの裏ポケット、OK」優子が三度目の確認。


搭乗アナウンス。

三人は胸の前でこっそり眉ピッして、機内へ。



機内:雲の上の“作戦会議”


離陸してしばらく。窓の外に雲の海。

ソフィーアがゆっくり口を開く(標準語)。


「祖父と祖母、きのうも理学療法が進みました。祖父は左手の義手に少しずつ慣れて、祖母は右足の義足で立位訓練を始めたって。……でも、農道に近づくのが怖いって言っていました」


光子「怖か気持ちは怖かまんまで大丈夫やけん。無理に“平気”にせんでよかよ。うちら、ずっと横におるけんね」

優子「三つの約束いこ。無理せん・一人にせん・笑い忘れん。これ、現地でもずっと続ける」


ソフィーアは小さく頷き、指でハンカチの角をたたむ。

「ありがとう。私、皆さんと一緒なら、怖さに名前をつけて並べておける気がします」


ふっと、機体が軽く揺れた。

優子「おっと……空の上のゼロイチ運動やね」

光子「それ、体育の授業やん」

隣の席の乗客が思わず笑う。空気が少し緩んだ。



ミニ・リストアップ(やること)

•病院着:まず担当医と面談、家族としての面会手順を再確認

•宿:病院徒歩圏。夜は静かで段差の少ない部屋

•祖父母:短時間の会話練習→疲労サインが出たら即おしまい

•音:許可が出れば子守歌×ウクライナ民謡のやさしい音量ライブ

•連絡:毎晩21:00 “生存ピン”/緊急時は×マーク合図


「お土産、喜んでもらえるかな」光子が小袋を撫でる。

中にはやわらかタオルと甘くない小さなお菓子、それと手書きの“ただいまカード”。

優子「“おかえりカード”も作っとる。帰る約束は先に置いとく派」



機内食と、ちいさな笑い


CA「お食事はチキンとサーモンからお選びいただけます」

優子「チキンで」

光子「サーモンで」

ソフィーア「私は……サーモンを」

配られたトレーを見て、優子が光子の皿をチラ見。

光子「交換する?」

優子「……ちょっとだけ一口」

ソフィーア(くすっと笑って)「半分こにしましょう」


三人のトレーは自然と三色お子様ランチみたいに彩りがそろう。

さっきまで固かった空気が、湯気みたいにやわらぐ。



雲間の朝焼け


新しい空が機体の向こうで色を変えていく。

光子は窓の外を見ながら、ぽつり。


「なんか、サンライズ小章書いたときの朝の匂いがするね」

優子「うちら、夜明けの音、ずっと好きやけんね」

ソフィーア「その曲、ウクライナでも聴かせてください。——祖父母に」


「もちろん」二人の声が重なる。


雲の綿毛を朝日が縫い、長い旅は続く。

“無理せん・一人にせん・笑い忘れん”。

機内の小さな約束は、雲の上で強く結び直された。





国境へ:はじめまして、現地コーディネーター


ポーランドに着陸した機体のドアが開くと、冷たい空気が頬を撫でた。

到着ロビー。手書きのプラカードに——「Sofiia & Ogura Twins」。

掲げていたのは、黒縁メガネの女性だった。


女性は胸ポケットから社員証と身分証を取り出し、順に示す。

「Hello. わたしはIryna Melnykイリーナ・メリニク。ポーランド側で医療搬送と人道支援のコーディネートを担当しています。今日は越境手続き・移動・宿まで、終日ご一緒します」


(ここからの細かなやり取りは、ソフィーアが日本語へ通訳。)


ソフィーア(標準語)「紹介します。私の友人で、今回の同行者です」


光子(博多弁で、はっきり)「小倉光子です。ソフィーアの親友たい。ウクライナ語もロシア語も話せんけん、通訳はお願いします」

優子(同じく博多弁)「小倉優子です。安全第一でいきます。単独行動はせん、**毎晩21時に“生存ピン”**出します。よろしくお願いします」


イリーナはうなずき、A4の今日の行程表を配った。

「では、簡単に安全ブリーフィングを。大事なポイントは四つです」

1.移動ルート:ポーランド側を白いワンボックスで国境へ。越境後は提携ドライバーに引き継ぎます。

2.チェックポイント:パスポートは常に手元。撮影禁止エリアではスマホをしまい、指示に即従う。

3.警報時:サイレンが鳴ったら最寄りのシェルターへ。私が最短ルートを指示します。

4.連絡:位置情報はLive共有。日本側“本部”への定時連絡は21:00固定で。


ソフィーア(通訳しながら、少し笑って)「——以上。父上のダジャレは現地封印、だそうです」

光子「それは家族共通認識やけん安心して」

優子「命優先で、笑いは小出力にしとく」


イリーナは口元だけで小さく笑い、腕時計を見た。

「車へどうぞ。国境は午後のほうが流れやすい見込みです」



車中:雲の切れ間みたいな会話


白いワンボックスは、滑るようにハイウェイへ。

ソフィーアが前席で英語とウクライナ語を行き来し、運転手と速度や検問の位置を確認する。

窓の外、ひまわり畑が帯のように続いた。


優子(小声)「朝の色が、サンライズ小章の一楽章に似とるね」

光子「うん。夜明けの匂い、覚えとる」

ソフィーア(標準語)「その曲、祖父母に聴かせたい。……許可が出たら、やさしい音量で」


三人はうなずき合い、家族チャットに短いメッセージを送る。


8/23 14:10(現地) ポーランド側移動中。眉ピッ→ぎゅー。景色は晴れ。


既読がぱらぱらと灯り、スタンプの**「ぎゅー」**が並んだ。



国境手前:もう一度、約束


サービスエリア。イリーナは地図をひろげ、最後の確認をする。

「この先で越境レーンに入ります。手続きは私が先行して交渉します。皆さんは指示があるまで車内待機。呼ばれたらゆっくり、書類は順番に」


光子「了解。深呼吸→眉ピッで行く」

優子「こげん時ほど丁寧にね」


ソフィーア(深く息を吸って)「ありがとう。——一人じゃないって、今はちゃんと分かる」


イリーナは親指を立てた。

「行きましょう。ここからがわたしの仕事です」


白い車がウインカーを出し、国境のレーンへ滑り込む。

窓の外に、コウノトリが電柱の巣に戻るのが見えた。

——長い道のりは、まだ続く。

でも、役割は決まっている。

案内する人、寄り添う人、そして支える人たち。

それぞれの位置で、同じ方向を見ていた。





キーウの風、胸の底まで


国境を越えて、白いワンボックスは静かにキーウ市内へ入った。

夕方の光が長く伸び、修復の足場と、まだ穴のままの窓を交互に照らす。壁には機銃掃射の痕が散り、角を曲がるたびに更地が突然ひらける。そこだけ、時間がごっそり抜け落ちたみたいに。


運転席のイリーナがルームミラー越しにやさしく言う。

「もうすぐ病院です。今日は空襲警報も出ていません」


後部座席で、ソフィーアが窓に掌を当てた。

「……私の故郷が——」

そこから、ことばが続かなかった。


光子は何も言わず、手の甲でそっとソフィーアの手に触れる。

優子も、反対側から指を絡める。

しばらく、三人の呼吸だけが同じテンポで揺れた。


光子(小さく、博多弁)「……福岡が、もしこげんやったらって思うとね。ソフィーアの痛か気持ち、ちょっとは分かる気がする」

優子「泣いてよかよ。泣くこと、前に進む合図やけん」

ソフィーアは目尻を拭い、うなずいた。涙は出たが、顔は崩れなかった。帰ってきた人の顔をしていた。


車は川沿いを抜け、メモリアルに置かれた花束の前を通る。誰かが今日も花を替え、リボンを結び直している。

角のパン屋には焼きたての香りが漂い、復旧した路面のアスファルトの黒が夕陽に濡れていた。

壊れたものと、戻ろうとするものが、同じ街に並んでいる。


イリーナ「ここを曲がれば、病院と提携のゲストハウスです。チェックインを済ませて、担当医へ挨拶に行きましょう。面会は短時間、疲れのサインが出たら即おしまい——その約束、忘れずに」


光子「了解。無理せん、ひとりにせん、笑い忘れん」

優子「それがうちらの作法やけん」


ゲストハウスの前で車が止まる。荷物を降ろす音が、夕暮れの空気に薄く溶けた。

フロントで鍵を受け取り、部屋に入る。窓の外、クレーンのシルエットが遠くでゆっくり動く。


三人は立ったまま、短く抱き合った。

光子「眉ピッ」

優子「ぎゅー」

ソフィーア(少し笑って)「ぎゅー」


スマホを開き、家族と仲間のチャットに一文。


8/23(現地)19:12 キーウ着。無事。眉ピッ→ぎゅー。


既読が次々に灯り、スタンプが並ぶ。

“ぎゅー”、“おかえり”、“深呼吸”。


窓の外、遠くの建物の影が濃くなる。

失われた景色と、今ある息づかい。

そのどちらからも目を逸らさず、三人は明日の段取りを小声で確認した。


ソフィーア「明日は、祖父母と五分だけでも話したい。『ただいま』って」

優子「言おう。日本語でも、ウクライナ語でも」

光子「音も持っていこ。やさしか子守歌で」


部屋の明かりを落とす直前、もう一度だけ眉ピッ。

返ってくるぎゅーの手は、さっきより温かかった。

——この街で、寄り添う。

**それが今日の“ただいま”**だった。






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