優馬と美鈴、二人だけの夜話
「朝の歩幅、瓶の一枚目」
那珂川沿いの遊歩道は、まだ人が少なかった。川面に薄い雲が伸び伸びと映って、風がくるたび形を変える。
美鈴はスニーカーの紐をきゅっと結び直し、隣の優馬に目で合図した。
「十分だけ、いつも通り行こか」
「おう。歩幅、合わせるけん」
二人は並んで歩き出す。最初の三歩で、すっとリズムが揃う。昔からそうだ。誰かの手を引いて急ぐ必要も、ベビーカーを押す必要もない朝は、なんだか軽い。それでも胸のあたりには、ぽっかり空白がある。
橋の上を渡ると、通学中の自転車がひゅっと抜けていった。小さなベルの音が、背中にやさしい尾を引く。
「……静かねぇ」
「静かやねぇ。いい静けさや」
角の八百屋が、朝の箱を並べていた。店先には「春キャベツ・甘いよ!」の手書きポップ。店主の森山さんが顔を出す。
「おはようさん。あら、美鈴さん、テレビ見たばい。“スタート”良かったぁねぇ。あの子ら、大学生になったっちゃろ?」
「はい、始まったばい。向こうでもよう働き、よう笑いよる」
「そらよか。……優馬さん、泣かんごとね」
「泣いとらん。父はな、父は……さみ——」
「はい出た、禁止ワード! 春介〜!」
美鈴がつい反射で言うと、森山さんが腹抱えて笑った。
十分の折り返し地点、河畔の桜並木に差しかかる。葉桜の小さな影が歩道に格子を作る。二人の足は、その格子を踏まないようにまたいだり、わざと踏んだりした。子どもの頃の遊び方が、身体に残っているのだ。
「三人とも、この辺でよう追いかけっこしよったね」
「光子が先にネタ考えて、優子が太鼓係、美香が拾いツッコミ。……懐かしかぁ」
「懐かしかけど、今が続きやけんね」
「そうやな。止まっとらん」
帰り道、キッチンの窓に朝日が差し込んで、ステンレスがうっすら金色になった。美鈴は味噌汁を温め直し、わかめと豆腐を入れる。優馬は箸と湯のみを並べ、トーストをポップアップから救出する。
二人で「いただきます」と言った時、なんとなく声が少しだけ重く響いた。家の広さに耳が慣れてきたのかもしれない。
「さて、始めますか」
美鈴は食卓の端に小さなガラス瓶を置いた。瓶の首には、麻ひもで結ばれた紙札。「またあした」と丸い字で書いてある。
「今日から、よかったこと一言ずつ、ここに入れていく。満杯になったら、あの子らに朗読会しよ」
「賛成。……初日は譲る」
「え、譲らんでよかやん(笑)」
美鈴はメモ用紙をちぎり、ペンを握る。少しだけ宙を見て、さらさらと書いた。
朝の川風。二人で歩けた。
折りたたんで瓶に落とす。小さくコトンと鳴った。
「いい音やね」
「瓶の最初の一枚は、責任重大やけん」
「ほんなら、父の一枚は——」
「泣き文句禁止よ?」
「わかっとる。ほら」
優馬は少し照れながら書いた。
味噌汁の湯気に家の匂いがした。
コトン。二つ目の音は、最初より少しだけ低かった。瓶の底に何かが積み重なった感じがする。
食器を片付けていると、テーブルのスマホが震えた。画面に「東京・女子寮」の文字。二人は顔を見合わせて同時に出る。
「おはようさん」
光子と優子の顔が並んだ。髪はまだ少し濡れて、頬はいつもより赤い。背後では寮のラウンジで誰かが笑っている。
「レポート地獄やけど、生きとる」
「昨夜は**“さみちいでちゅ”コントのおまけやったけん、みんな眉ピッで寝れた」
「それはよか。……父はな、父は……」
「春介〜!」
条件反射で三人同時に言ったところに、別の顔がびょこっと入り込む。
「よばれまちたー!」
春介だ。すぐ隣で春海**が眉を寄せて画面に近づく。
「じいじ、またあしたっていって?」
「またあした。よー言えました」
「はなまる!(手で丸)」
昼前、通話を切ると、部屋の空気が軽くなっていた。さっきまでの静けさはそのままで、でも少し明るい。
「行ってくるね。今日は園で読み聞かせの打ち合わせ」
「うちはみらいのたねの会議。**“一拍置ける場所MAP”**の更新や」
玄関で靴を履く前に、二人はふと思い出したように顔を見合わせた。
「写真、撮っとこ」
門の影が二人の足元に斜めの帯を作っている。スマホを逆さに構えて、足を揃えて一枚。歩幅写真の一枚目だ。
夕方、仕事を終えて帰宅すると、食卓の瓶は朝の位置のまま、光を受けて静かに座っていた。美鈴は冷蔵庫から麦茶を出し、優馬は唐揚げの残りを温める。
「今日の一枚、追加入れとこっか」
「うん。……どっちから?」
「譲らんでいいって言ったやろ(笑)」
美鈴の紙片。
園に来た新しいお母さんが、深呼吸して笑ってくれた。
優馬の紙片。
地図にベンチ印を一つ増やした。
コトン、コトン。音が重なるたび、部屋の壁が少しだけ厚くなる気がする。
食後、テレビからファイブピーチ★の「スタート」が流れた。二人は何も言わずに、サビのところだけ口の中で一緒に歌った。
夜更け、窓を少し開けると、川の風がひやりと頬を撫でた。
「……寂しか?」と美鈴が聞く。
「ちょっとな。けど——」
優馬は湯のみを持ち直し、笑って言った。
「またあした、って言えるけん」
美鈴も笑ってうなずく。
「またあした」
二人は同時に眉ピッした。瓶の中の紙片が、暗がりの中で小さく息をしているように見えた。明日も一枚、増えるための場所を、すでに空けて待っている。
夜の突発配信:はなまるツインズ、どーん!
博多の夜。湯のみを片づけたところで、
優馬と美鈴のタブレットが同時にぶるぶる—全画面どーん。
ひなた「こんば〜んは! はなまるツインズのひなたでーす!」
みずほ「みずほでーす! 夜の校内ニュースいきまーす!」
二人、画面の前で眉ピッからの深呼吸。
美鈴「おー、元気やねぇ。今日は何があったと?」
優馬「父は……(言いかけ)」
ひなた&みずほ「春介〜!(条件反射)」
美鈴「教育が行き届いとる(笑)」
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1本目:ランドセル渋滞(実演つき)
ひなた「本日の一時限、昇降口でランドセル渋滞発生!」
(両肩にクッションを背負って再現、ドアにわざと挟まる)
みずほ「ピーッ! “肩ベルト交差禁止違反”!」(笛の音マネ)
ひなた「違反金はあめちゃん1個でお願いしまーす」
みずほ「飴納付制度は校則に載ってませんっ!」
優馬「飴徴税、耳障りのいい制度やな」
美鈴「ちっちゃい自治が始まっとる」
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2本目:給食マーケット(謎の経済成立)
みずほ「パン→ゼリー→牛乳の三角貿易が教室で成立!」
(黒板のマネで矢印を指し示す)
ひなた「結果、パン2→ゼリー1→牛乳3になって物価が崩壊!」
みずほ「通貨は笑顔、基軸はありがとう先出し!」
ひなた「中央銀行=給食のおばちゃん、最強」
美鈴「金融政策まで学びよる……」
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3本目:黒板パトロール(新作コント)
ひなた(腕章をつける)「黒板取締課、見回り入りまーす」
みずほ(メガネを指先でクイッ)「本日の違反は**“チョーク5連折り”**」
ひなた「先生、心のチョークまで折れてませんか?」
みずほ「癒やしのぞうきんで拭きましょう」
(ふたりで“拭いてから笑う”のポーズ)
優馬「家訓が学校進出した!」
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新作ギャグ:連絡帳ラップ「またあした」
みずほ「新作、いきまーす。連絡帳ラップ!」
ひなた(ビートボックス)「つ・ぎ・の・ページ!」
みずほ「したく八つ、忘れ物ゼロ」
ひなた「でもハートは多め、笑顔は無限」
みずほ「先生チェック、母チェック、父は…さみ…」
全員「春介〜!」
(タイミング完璧。優馬、ひざから崩れ笑い)
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追加キャメオ:博多&東京、続々参加
通話に光子と優子が乱入。さらに美香・アキラ、画面の下から春介と春海もぴょこ。
光子「はなまるニュース、満点!」
優子「黒板取締課、うちの大学にも来て!」
春介「しゅんすけ えいぎょうか! はなまる しょうにん!」(親指ちょん)
春海「ちゅぎは じいじ らっぷ!」
優馬「父は……またあしたラップで許して」
美鈴「OK、ビート出して」
(アキラ、机ドラム/美香、口ピアノ)
優馬ラップ(超やさしめ)
「からあげ在庫、冷凍庫/味噌も補充、これ常備
娘ら無事なら、それでよか/またあしたで眠れる夜」
ひなた&みずほ「はなまる二重丸!」
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腹筋崩壊のち、静かな余韻
笑いすぎて画面の誰もが前屈。
光子「爆笑震源地、新規開拓やね」
優子「震源名:はなまる断層、覚えとく」
美鈴「ふたりとも、宿題は?」
ひなた・みずほ「終わっとるけん安心して!」
美鈴「よかよか。またあしたね」
全員「またあした〜!」
画面がふっと暗くなる。
リビングに、さっきまでの笑いの残響だけがやさしく漂った。
優馬「……瓶、入れとこか」
美鈴「うん。今日の一枚は、“はなまる配達”」
紙片:
夜、はなまるツインズから笑い宅配。
家の灯り、さらに明るくなった。
コトン。
小さな音が、博多の夜にもう一つ、丸い輝きを置いていった。
女子寮ラウンジ、はなまる断層発生
夕食後のラウンジ。
光子と優子がプロジェクターをつなぎ、テーブルにはお茶とクッキー。
壁のホワイトボードには小雪の字で——
《飲み物は先に飲み切ってから笑ってね》。
タブレットに通知。全画面どーんで、ひなたとみずほが現れた。
ひなた「こんば〜んは! はなまるツインズ、東京支部へ出張でーす!」
みずほ「本日の寮内ニュース、まずは—スリッパ一方通行問題!」
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① スリッパ一方通行問題(実演)
二人は床にガムテで即席レーンを作る。
ひなた「右側通行です!」(ちょこちょこ歩き)
みずほ「逆走はあめ1個で反省!」(笛ピッ)
さくら「反省の単位がかわいい」
光子「うちの寮、甘味経済で回っとるやん」
優子「配送業者さんにも適用したい」
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② 洗濯機“あと3分”詐欺
みずほ「洗濯機さん、あと3分と言いながら8分25秒回りました!」
ひなた(洗濯機役)「回ってみたら回りたくなって〜♪」
優子「歌うな(笑)」
小春「時間泥棒、でも可視化されると許しちゃう」
りり「家訓:拭いてから笑う、導入します」
(全員でフィルターを外すマネ→拭く→笑う)
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③ 給湯“ピーク”対策(謎の政策)
ひなた「給湯ピークは22:10!」
みずほ「対策:“ありがとう先出し券”で順番ゆずり」
ひなた「券の発行上限は夜3枚!」
つむぎ「モラル通貨、システム設計が上手い」
小雪「券の偽造は飴で処罰します(真顔)」
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④ ホワイトボード取締課(新作)
みずほ(腕章オン)「ホワイトボード取締課です!」
ひなた(メガネクイッ)「本日の違反は**“タスク書きっぱなし”」
みずほ「『終わったら消す』。消すまでがタスク!」
ひなた「“またあした”で上書きすると優しい**よ」
梢「可視化された優しさ、好き」
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⑤ シラバス・ラップ「またあした」(やさしめ)
みずほ「東京版ラップ、いきまーす」
ひなた(ビート)「き・ょ・う・の・講・義!」
みずほ「予習は三行、復習は一笑」
ひなた「単位の通貨は深呼吸」
みずほ「テスト前でも“またあした”」
全員、親指ちょん。拍手が広がる。
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⑥ 乱入:ちび審判&国際ゲスト
画面の隅から春介と春海がぴょこ。
春介「しゅんすけ しんぱん! いーん!」
春海「はりゅみ ふくしん! ぜんいん いーん!」
別ウィンドウでソフィーア(寮生のウクライナ留学生)が笑顔で手を振る。
ソフィーア「はなまる、とてもよかった。券のアイデア、ナイス」
ひなた「サンキュー!」
みずほ「ありがとう先出し券、輸出できます!」
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腹筋ポイント報告&命名式
小雪「本日の腹筋ポイント、平均4.5。整骨院ライン手前でセーフ」
優子「震源名:はなまる断層(東京支部)を公式採用」
光子「ラウンジ掲示板に小さな“またあしたポスト”作ろ」
ひかり「投稿第一号、誰いく?」
梢「今日の良かった一言——“笑いは回覧板”」
ポストにカサリと入る紙。ラウンジが少し明るくなる。
⸻
〆
ひなた「東京のみなさん、またあした!」
みずほ「飴の納付は1人1個でOKでーす!」
全員「またあした〜!」
通話が終わる。
光子が小さく言う。「はなまる、強い」
優子が頷く。「うちらも半歩だけ、また前へ」
掲示板には新しい札が掛かった。
《はなまる断層・観測中》
今夜の女子寮は、笑いと深呼吸がちゃんと混ざっていた。
「後継者?」に答える夜
女子寮ラウンジ。
ホワイトボードに小雪が大書き——《公開取材:はなまるは小倉の後継者?》
飲み物は先に飲み切った。準備万端。
記者役・さくら「質問です。ひなたさんとみずほさんは、小倉さんたちの後継者ですか?」
優子「後継者やなか。仲間やね」
光子「たとえば漫画で言うたら、本編の続きやなくてスピンオフの主人公。震源地が増えたって感じ」
ひなた「スピンオフ主人公、よか響き!」
みずほ「でも家訓は継ぎます。飲み物は先に飲み切る/拭いてから笑う/出力は45%」
小雪「つまり**“後継”より“共鳴”**?」
光子「そう。笑いは回覧板。うちらが回して、はなまるが次の家に回す」
優子「回覧板、止めたらいかんけんね」
記者・りり「免許皆伝とかあるんですか?」
優子「あるよ、ごっこやけど」
(胸ポケットから眉ピッバッジを二つ出す)
光子「今日付けで**“眉ピッ初段”授与。条件は①ありがとう先出し ②相手の歩幅に合わせる ③整骨院送りにしない**」
ひなた「了解!」
みずほ「飴の納付で反省も続けます!」
記者・梢「最後に、目標は?」
ひなた「学校をやさしくする笑い」
みずほ「“またあした”って言いやすい空気」
優子「満点」
光子「じゃ、合同稽古の予定決めよ。**月イチ「はなまる道場」**開講。コント1本+日常ネタ1本、ペアで作る」
小春「BGM任せて」
奏太「効果音も出す」
美香(ビデオ越し)「ピアノの下で転ばんようにね」
アキラ「拭いてから笑えよ〜」
春介(乱入)「しゅんすけ しんぱん! はなまる いーん!」
春海「ふくしん! ぜんいん いーん!」
さくら「結論。後継者ではなく“共犯者”——笑いの良いほうのな」
全員「賛成!」
ラウンジの掲示板に新しい札が掛かった。
《共鳴中:小倉 × はなまる 月イチ道場》
夜の終わり、四人は小声でそろえる。
光子・優子・ひなた・みずほ「またあした」
——バトンは渡すんやなくて、並走で運ぶ。そんな答えで落ち着いた。
おやすみ進行
19:50(博多)|春介・春海
•歯みがき→絵本→**眉ピッ45%**で「またあした」。
•美香が家族グループに写真送信:
「二人、もうすやすや。キャプション:『ぼくたち ねましゅ』」
•大人勢「よか子〜」で一致。春介・春海はこの時点で就寝。
20:45(東京)|はなまるツインズ
•ラウンジに登場→ミニネタ披露→保護者の声「歯みがきの時間よ〜」。
•ひなた「了解! またあした!」
•みずほ「眉ピッ!」
•二人はログアウト→就寝。
21:00(東京)|女子寮のしめ
•優子「これで正しい時間割」
•光子「はなまる断層、今夜はここまで」
•みんなで“またあしたポスト”に一言ずつ投函。
•光子:腹筋は温存、心は満腹
•優子:はなまる、またあした
•小さく合わせて「またあした」→眉ピッ→消灯。
——子どもは先に夢の国、大人は静かに後片づけ。笑いの余熱だけが、ふわっと残った夜でした。




