幼児化モード発動〜。
――グルチャ《笑って前進サポート》その夜。
春介・春海・穂乃果・水湊の爆笑トークがひと段落したあと、ぽつんと新しいメッセージが届いた。
祥子「……私も、やってみていい?
上手くできるか分からんけど。」
数秒の間のあと、スタンプがパチパチと流れる。
光子「もちろん!主役交代タイム〜!」
優子「博多の新星・祥子ちゃん、どうぞっ」
祥子は、少し照れながらスマホを構えた。
博多弁が少し混じる、柔らかい声がグルチャのボイスチャットに流れる。
⸻
祥子の初コント「自己紹介風ドラマ」
祥子「ねぇねぇ、祥子お姉ちゃん、今何歳?」
(春海)「えーと……永遠の17歳?」
祥子「ちがーう!本当は15歳!博多高校の1年生っちゃ」
(春介)「えー、マジで!?」
(穂乃果)「若っ!ていうか“っちゃ”言うとこ可愛い!」
祥子「陸上部で長距離やってるとよ。
でも、スタートのピストル鳴るたびにびっくりして“ヨイショ!”って言ってまうっちゃん!」
(みんな)
水湊「ヨイショランナー!新種や!」
優子「今度“M&Y体育祭ネタ”出る時、絶対出てほしい!」
祥子「え、うそ……!うちも出ていいと?」
光子「当然たい!“M&Yファミリー枠”正式メンバー認定〜!」
(スタンプ)
⸻
笑いが一段落したあと、祥子のメッセージが静かに届く。
祥子「なんかね……笑ったら、胸の中のもやもやが、
すーって少し軽くなった気がする。」
春海「それが“爆笑発電所”の効果やけん」
春介「泣いてもええし、笑ってもええ。どっちも“前進”たい。」
光子「もう立派な“笑いのランナー”やね。」
優子「次のレースは、“笑顔でゴールする選手権”やな!」
⸻
その夜のグルチャ名が変更された。
グルチャ名変更:『笑って前進サポート』 → 『笑って前進★ファミリー』
通知欄の最後には、美鈴の一言。
「泣いた顔のあとに笑える子は、ほんとに強か子たい。
祥子ちゃん、よう走っとるよ。次は“心のゴールテープ”、みんなで一緒に切ろうね。」
祥子はスマホを胸に当て、そっと笑った。
その笑顔は、ほんのり春風みたいに柔らかかった。
――翌日。博多の朝は少し曇っていた。
祥子は、薄いブルーのジャケットを羽織り、ゆっくりと歩道を歩いていた。
向かう先は、市内のメンタルケアセンター。
昨日、警察の事情聴取を終えたあと、美鈴に勧められたカウンセラーのところだった。
⸻
カウンセリングルームにて
柔らかい照明の部屋。壁には観葉植物、静かな音楽。
カウンセラーの女性は穏やかに微笑みながら、祥子に向き合った。
カウンセラー「今日は来てくれてありがとう。無理せず、話せるところからでいいからね。」
祥子はしばらく黙っていた。
やがて、少しずつ言葉を紡ぐ。
祥子「……いろいろ聞かれて、疲れたんです。
昨日も、警察の人とか、先生とか、いろんな人に話して……
“怖かった”って言うだけで、もう涙が出てきて……
でも、みんな真剣に聞いてくれるのが、逆に申し訳なくて……」
カウンセラーは静かにうなずきながら、メモも取らずにただ聞いていた。
彼女の手元のティーカップから、湯気がゆっくりと立ちのぼる。
カウンセラー「頑張ってるね。
“疲れた”って言えるのは、ちゃんと自分の心を見てる証拠よ。
心にも筋肉があるの。動かしたら、休ませないといけない。」
祥子は小さく笑った。
「……心にも筋肉、か。」
⸻
「みらいのたね」事務所へ
午後、美鈴の夫・小倉優馬が迎えに来てくれた。
白い軽ワゴンの助手席に乗り込み、「みらいのたね」事務所へ向かう。
到着したのは、博多駅近くの古いビルの2階。
木の看板に刻まれた「NPO法人 みらいのたね」の文字が柔らかく光っている。
中に入ると、温かい空気とコーヒーの香り。
受付の女性が笑顔で迎えた。
受付スタッフ「こんにちは。肥後祥子さんですね。お待ちしてました。」
優馬が資料を差し出しながら説明する。
優馬「今日は、被害者支援の正式な登録と、今後の生活サポートの申請を行います。
学校の対応やメンタル支援、進学相談もまとめてバックアップします。」
祥子はうなずきながら、書類にサインをしていった。
名前を書く手が少し震えたが、スタッフが優しくペンを支えてくれた。
手続きが終わる頃には、少しだけ表情が明るくなっていた。
スタッフが差し出した温かい紙コップの紅茶を手に取りながら、祥子が言う。
祥子「……こうしてると、やっと息ができる気がします。」
優馬「それでいい。焦らんで。
“未来のたね”は、育つスピードも人それぞれやけん。
今は、土の中で休む時間ばい。」
⸻
事務所を出る頃、博多の空は少し晴れていた。
雲の切れ間から、柔らかな光が差し込む。
祥子はその光を見上げ、スマホを取り出してグルチャにメッセージを送った。
祥子「今日は“心の筋トレ日”。疲れたけど、少し前に進めた気がします」
すぐに返ってくる通知。
光子「ナイスラン!」
優子「休憩もレースの一部たい」
春海「お姉ちゃん、がんばりすぎ注意報〜!」
春介「よし、次は“応援ギャグ隊”出動!」
祥子は小さく笑い、胸の奥で呟いた。
――「未来のたね」、ちゃんと芽を出せそう。
博多の風が頬を撫でる。
その風は、確かに「前へ進もう」と語りかけていた。
――GWの夜、小倉家リビング。
テーブルには枝豆、手羽先、明太ポテサラ、そしてキンと冷えた中瓶が並ぶ。
光子「お父さん、今日はビール飲む?」
優子「美香お姉ちゃんと、アキラにいちゃんも呼んだばい〜」
優馬(父)「おっ、ほんなら一本いくか」
美香「私はノンアルで。明日、朝練あるけん」
アキラ「ぼくはちょっとだけ……(枝豆ザッ)」
――カチン、と心地よい音。
全員「かんぱーい!」
光子「うちらも、ちょこっと飲もうかね」
優子「ちょ、こ、っと、ね(ニヤ)」
……のつもりが、グラスが自然と二杯。
光子「……ん〜、もう一杯だけ……追加ぁ……」
優子「明太ポテサラ……無限……(もぐもぐ)」
次第に、二人の目がとろ〜ん。
ソファの脇には、春介と春海がぴたり。
春介「(小声)……来た、姉ちゃんたちの“とろとろモード”」
春海「録画、オン(ピッ)」
光子「しゅんしゅけ〜〜」
優子「はりゅみ〜〜」
光子・優子(同時)「おねえしゃんの“しゅーぱー誘惑うぃんく”
うけてみんね〜〜〜〜〜〜〜」
(ウィンクの角度が左右バラバラ/効果音:春海の口ドラム“ポワン☆”)
春介「うわ、角度ズレてる〜!」
春海「“左右非対称ウィンク”だ〜!」
穂乃果(リモート参戦)「スクショ!スクショ!」
水湊「#とろ〜ん先輩 で投稿していい?」
美香「ダメです」
アキラ「未公開フォルダに保存」
美鈴(母)「はい、ここで“チルアウト水タイム”入りまーす。水どうぞ〜」
優馬(父)「塩昆布も追加。あと“鼻からビール”は禁止!」
光子「び……鼻からビールは……国家への冒涜……」
優子「うちらが広めた“鼻文化”やけど、今日は封印……」
春介と春海、ここぞとばかりに即興コント。
「ミニ寸劇「誘惑ウィンク・安全講習」
春介(教官)「飲んだら“誘惑ウィンク”は角度20度まで!」
春海(教官)「30度超えは“事故ウィンク”です!ピピーッ!」
光子「ちょ、違反切符……(とろとろ)」
優子「減点、まけてぇ〜(とろとろ)」
(家族:ドカーン)
美鈴「よーし、クールダウン。深呼吸〜、いち・に・さん」
光子「すぅ〜……ふぅ〜……(少しシャキッ)」
優子「あ、戻ってきた。世界が二重に見えてたのが単眼に……」
美香「単眼じゃなくて単眼鏡ね」
アキラ「語彙力は生きてる」
優馬「よし、ここで“お茶”コール!」
(温かいほうじ茶がカップに注がれる)
光子「うぅ……ありがとう。春介、春海、録画は家族保管ね」
春介「任せて。“家族の宝箱”に入れとく」
春海「タイトル『伝説の誘惑ウィンク』」
優子「やめて(小声)」
ふと、祥子からグルチャにスタンプが届く。
祥子「(笑い泣き)“事故ウィンク”勉強になります」
優子「明日、未成年向けノンアル乾杯講座やろっか!」
光子「“笑って前進・ハーブティー部”も発足〜」
締めは、恒例の一曲。
全員「♪ 笑って前進〜 今日は水で乾杯〜
鼻から出さず〜 腹筋だけ鍛える〜」
夜風がカーテンを揺らし、笑い声がやさしく溶ける。
“爆笑発電所”は、適切な給水と安全運転で、本日も安定稼働。
ソファの上の二人は、最後に角度10度の控えめウィンクをきめて、
「おやすみ〜」と毛布にくるまった。
――翌朝。
博多南の朝は晴れ。
小倉家のリビングでは、すでに笑いの予感が充満していた。
食卓でトーストを焼いている美鈴が、ふと廊下の方から聞こえる声に首をかしげる。
「……なんか、聞き覚えある声やね?」
扉がスッと開く。
そこには、春介と春海が登場。
白いハチマキ、手には即席のビールジョッキ(麦茶入り)。
春介「おはようございまーす! 本日は“昨日の再現コント〜!”」
春海「題して『スーパー誘惑ウィンク☆完全再現スペシャル〜!』」
(光子&優子:ソファで顔面蒼白)
⸻
コント:『スーパー誘惑ウィンク2044・完全再現編』
春介(光子役)「はぁ〜、ビールって……地球の恵みたいな味やねぇ〜」
春海(優子役)「ちょこっとのつもりが〜、二杯、三杯〜♪」
(バックミュージック:春介が鼻歌で“笑って前進〜鼻からビールはダメ〜”)
春介「しゅんしゅけ〜〜〜」
春海「はりゅみ〜〜〜」
二人「おねえしゃんの……しゅ〜ぱ〜誘惑うぃんく、うけてみんねぇ〜〜〜〜」
(※ウィンク音:春海の「パチュン☆」)
優馬(父)「ぶふっ……(コーヒー吹く)」
美鈴(母)「あっははは!角度までそっくり!」
美香「ちょ、待って、その“とろ〜ん目”、どこで覚えたん!?」
アキラ「再現度、95%……いや、こっちの方が完成度高いわ!」
⸻
春介(酔った風に)「びーるは……大地の詩ばい……」
春海(机に頬をつけて)「単眼鏡の世界が見える……」
春介「しゅーぱー誘惑うぃんく、フルスロットル!!」
(バシィッとウィンク/効果音:ポワン☆)
光子「うわぁああああ!!」
優子「それ、全国放送レベルで恥ずかしかっ!!!」
(全員:ドッカーン!!!)
⸻
家族グルチャ・実況まとめ
穂乃果「爆笑しすぎて走れんwww」
水湊「動画保存した。永久保存版w」
祥子「笑いすぎて涙出た……!」
優子「しゅんしゅけ、はりゅみ、うちらの“とろ〜ん魂”継承したね」
光子「……次のライブ、“スーパー誘惑ウィンク・リベンジバージョン”やるか」
春海「そのときはバックダンサーする〜」
春介「ボク、ウィンク係で!」
美鈴「うちは審査員で“鼻噴射ポイント”つけるけん!」
⸻
最終的に、朝食は笑いすぎてパンがのどを通らない状態に。
家族全員、涙を拭きながら腹を押さえる。
優馬「……こんなに笑ったら、腹筋6つに割れるばい」
美香「“笑って前進”って、ほんとに筋トレやね……」
光子「はぁ〜、うちらの恥が、家族の筋肉になっとる」
優子「笑いのエネルギー、再生可能資源たい」
窓の外ではツバメが飛び交い、
小倉家の“爆笑発電所”は今日もフル稼働中——
ソファの上では春介と春海が、
今度は**「とろ〜ん目」対決**で、さらに家族を崩壊させるのであった。
――博多駅・新幹線ホーム。夕方の風が線路の上をすべっていく。
発車案内のベルがやさしく鳴り、ホームに「のぞみ」の白い車体が滑り込んだ。
光子「……じゃあ、うちらは音大に戻るね。」
優子「でも覚えとって。また何かあったら“小倉家の全員”を使っていい。」
祥子「……うん。」
光子「電話でも、グルチャでも、夜中でも構わん。」
優子「“助けて”は合図やけん。遠慮いらん。」
改札の向こうで家族が手を振る。
光子が一歩寄って、祥子をぎゅっと抱き寄せた。肩越しに小さく囁く。
光子「自分の体は、自分がいちばん大切にするんよ。」
優子「走るのは得意やろ? 怖さからじゃなく、光の方へ走り。」
祥子「……ありがとう。」
目の縁が少し赤い。でも、もう震えてはいない。
発車メロディ。ドアが開く。
ふたりは最後に、約束の合図みたいに手を差し出す。
三人で「笑って前進。」
車内へ乗り込む直前、光子が振り返ってウィンク、優子が親指を立てる。
「のぞみ」が低い音を残して、ゆっくりと動き始めた。
ガラス越しに揺れる手。車体が加速し、博多の街並みが後ろに流れていく。
スマホが震える。グルチャ《笑って前進★ファミリー》に新着メッセージ。
光子「到着したら連絡するね。課題の合間に“朝顔バトル第2弾”作るけん」
優子「今日の課題:5分だけ笑う作戦。達成したら満点」
祥子「了解。……がんばる。光のほうへ」
夕暮れ。ホームに残った風が、やわらかく頬を撫でた。
別れは終わりじゃない。走り出すための合図だ。
「のぞみ」は東へ、三人の約束は胸の中へ。
そしてまた、笑って前進。
――新幹線「のぞみ」の車内。
車窓の向こうで、博多の街が少しずつ遠ざかっていく。
光子と優子は、隣同士の座席に腰を下ろし、手元のペットボトルを開けた。
カチリとキャップが鳴る音が、少しだけ静かな空間を満たした。
光子「……祥子ちゃん、大丈夫やろかね。」
優子「うん……。あの子、まだ心が疲れとる気がする。」
光子「学校で、変なこと言われたりせんといいけど。
“被害に遭った子”って、妙に高いとこから見られたり、
逆に“あの子は特別扱いされとる”って陰口言われたり……そういうの、ほんと嫌よね。」
優子は、窓の外を見つめながら小さくうなずく。
新幹線のリズムが、彼女の言葉の間を刻むように流れていく。
優子「うん。人ってさ、わからんことを“怖い”って感じたら、
勝手に線を引いて遠ざけるやん。
でも、あの子にはもう、うちらも、美鈴お母さんも、仲間もついとるけん。
“ひとり”にはさせんよ。」
光子が微笑む。
光子「そうやね。あの子、強いもんね。
泣いても立ち上がるし、笑ったときの顔が、ちゃんと未来見とった。」
二人は静かに目を閉じた。
窓の外では、春の陽が薄く差し込み、線路の向こうに青い空が広がる。
優子「……また夏休みになったら、帰って会いに行こうか。」
光子「うん。あの子の“笑って前進”がちゃんと続いとるか、見にね。」
新幹線はトンネルに入り、一瞬、世界が暗くなる。
だが、すぐに光が戻り、窓の外には明るい空と、流れる雲。
その光の中で、光子と優子は小さく頷き合った。
光子「だいじょうぶ。あの子は、もう“走り出しとる”けん。」
優子「うん。博多の風が、ちゃんと後ろから押してくれとるよ。」
列車は東へ――東京へと向かう。
二人の胸の中には、まだあたたかな“約束の抱擁”のぬくもりが残っていた。




