残業
「世界の60億以上の人が皆、限りなく優しいとしよう。」
突然、山辺課長が隣で呟いた。因みに今は残業中で、社員は僕と課長、それに会計の新川さんだけだ。
「そうだったとしたらどうなると思うかね?」
「えぇ・・・・・平和になるんではないですか?」
新川さんは仕事を早く終わらせて恋人と会いたいようだったので、僕が答えておいた。
「それは違うよ。」
課長はキーボードをカタカタいわせながら言う。
「だって、皆優しかったら、誰が動物を殺すんだい?誰が木をきるんだい?きっと他にも支障が出るはずだ。世界は上手く回らなくなるだろう。」
課長は至極真面目な顔で僕を見た。
「はぁ・・・・・(そんなに優しくなるんだ・・・・)でも、優しいにこしたことは無いと思います。」
「そうだろうね。私もそう思うよ。」
課長はまたパソコンの画面に向き直って仕事を始めた。だからその話はここまでだと思ったのだが、しばらくして課長は新川さんにも問いかけた。
「新川君、新川君。君はどう思う?」
「はぁ・・・・。まぁ、私がこの前あったおじいさんは鶏を平気で殺しますがとても優しい人でした。」
「うむ・・・・・・そうか・・・・・・。」
課長はまた至極真面目な顔で新川さんの回答を吟味しているようだった。
「あぁ、じゃあ、あれだな。世界の人は皆優しいということだ。」
課長の思考回路はどこかでショートしてしまったらしい。なにがどうなったらその結論に達するのか。
そんな僕の困惑をよそに、新川さんはそうですね、と呟いて更に「私もう帰りますね」とか言い出したものだから僕はもうびっくりだ。
「えぇ・・・・(課長と2人きりじゃん)・・・・・お疲れ様です・・・・」
「うむ。お疲れ。」 課長は僕の気持ちなんか知らない。
新川さんが僕にだけ分かるように口パクで”頑張れ”とか言ってたような気がするけど、何をどう頑張ればいいのか分からない。
とりあえず課長のことは気にせずに仕事をしよう。早く終わらせて家に帰ろう。
「あぁ、・・・ところで佐久間君。」
課長がこの先僕の気持ちを察してくれることがあるのだろうかと、不安になる。






