我、かくのごとく生還せり。②
でもまあ、そうもいかないかな。
「ふぅ、まあ、しょうがないか」
そう言って、あたしはよっこいしょと腰を上げる。
地面があるわけじゃないのに、意外としっかりしてるな、この空間。
あたしはその場に立ち上がると、目の前でまだキョドキョドしているルク子に向き直った。
「転生してあげるわ、しょうがないから」
「そうですか…じゃあもう諦めて…へ?」
定番の早とちりしてんじゃないわよ、この駄女神。
「転生してあげる。って、言ってんの。聞こえなった?」
ルク子の顔が、パァ…っと明るくなる。
「い…いえいえいえ!聞きました!しっかりこの耳で!」
ぶんぶんと頭を左右に振りながら、ついでにおっぱいもばるんばるん揺らしながら、ルク子は早口であたしに返事を返す。
…いちいち目障りだな、この乳…。
「で、転生したらスキルってもらえるわけ?」
「はいっ!もちろんです!」
あたしは定番のスキル付与について尋ねてみる。
転生って言ったら、やっぱスキルでしょ!特典もなしに、死地に向かうようなバカは居ませんって。
…まあ、向かわないんだけどね(小声)
「はい?何か言いました?」
「んーん、こっちのこと。で、スキルってどういうの?」
おっといけないいけない、ここで気づかれたら計画がおじゃんだわ。
あたしは何も知らずにこちらを見ているルク子に適当に返答しながら、しれっと話題を逸らしていった。
「はいっ!すっごい役に立つ”チートスキル”を用意してますよっ!例えばぁ…」
「はぁ?チートぉ?」
ルク子の言葉に、あたしは露骨に嫌な顔を向ける。
その迫力は、ルク子が思わず言葉を飲み込んで、冷や汗を流すほどで。
「ぇ…?あの、何か…?」
「あんたねぇ…”チート”って言葉の意味、分かってる?」
「…え?その、なんかすごい!…とか、神がかってる!…とか、そんな感じ?」
「違う!」
ズドン!と、見事な震脚であたしは床を踏み鳴らす。
床?床なのか?ここ。まあいいや。
とにかく、その剣幕にルク子は完全にビビっていた。
「チートってのはね!ずる!インチキ!不正行為!そういう意味!わかる!?」
チート(cheat)
1 ごまかし。ずる。いかさま。また、そのようなことをする人。詐欺師。
2 コンピューターゲームで、プレーヤーがプログラムを不正に改造すること。オンラインゲームなどで、不正な手段でゲームを有利に進めるアイテムを入手することも指す。チーティング。(デジタル大辞林より引用)
「あんた、さっきなんて言った?光と~その、なんやらかんやら!」
「ち、秩序の女神…ですか?」
「そうそれ。仮にも秩序の女神さまが!そんなズル行為をやっていいんですかー!?まーったく、とんだインチキ女神だわ!」
人差し指を突き付けながら、ズイズイ迫るあたしに、ルク子は冷や汗をたらたら流しながら両手を前に出して制止しようとする。
「あ…あの、じゃあその…ボ、”ボーナススキル”って…ことで」
「んはああぁぁ?ボォーナスぅ!?」
「あ。これもダメなんですね…?」
ボーナス(bonus)
1 賞与。特別手当。期末手当。《季 冬》
2 株式の特別配当金。
3 特別扱いの事物。また、追加の特典。「ボーナスポイント」「ボーナストラック」(デジタル大辞林より引用)
「ボーナスなんてのは、何かを成したご褒美にもらうもんでしょうが!普通、入ったばかりの中途採用社員にボーナスなんて払う?そんなわけないでしょ!?まだ何もしてないのに、ボーナスなんてもらったら、逆にこれからどんだけ働かなきゃいかんのよ?って、不安になるわ!そうでしょがぃっ!!」
「あ…で、でもでもあの、そこの3の項目に、追加の特典って…」
「だまらっしゃい!」
そこって何よ、そこもどこもあたしには見えません!
まったく、駄女神のクセに小癪な反論しようとしてんじゃないわよ!
「んー…っと、えぇ~~~~…っと」
あたしに追いつめられたルク子は、両手で頭を抱えながらうんうんと呻る。
何とかして、あたしを納得させれる名称を考えだそうとしているようだ。
…名称の問題じゃないんだけどね。
「特典…授かり…ギフ…、ギフト!そうだ!”ギフテッドスキル”!これでどうですか!?」
ルク子が提示したスキルの呼び名を、あたしは心の中で反芻する。
ギフト…神様の贈り物…授かり物…か。
「うん、なるほど、それはいいわね」
「でしょおおおぅ?じゃあ、ギフテッドスキルを瑠美奈さんに授けますからっ!今からあたしの世界にー」
「あー、ちょっと待って」
いそいそと転生準備を行おうとするルク子を、あたしは右手を挙げて制止する。「まだ何かあるんですか?」とでも言いたげにこちらを見てくるルク子に、あたしは一つ条件を提示することにした。
なんせあたしのプランには、これが一番大事だし。
「転生する場所と時間帯は、こちらで指定させてもらえる?いきなり空中ダイブとか、深夜の牢屋脱出ゲームからスタートです~。とか、ごめんだし」
「あ、はい!それくらいお安い御用ですっ♪」
いよいよ転生だという期待感からか、ルク子はあたしの提案を一も二もなく承諾する。
言ったな?
「あ、それと、ギフトってくらいだから、スキルの取得に条件はないわよね?」
「はいっ♪転生と同時に授けますので、特定の条件とかは全くありませんっ!転生したらすぐ使えますよっ♪」
よしよし、想定通り。
これでスキル習得は確定したわね。
「それじゃあ場所と時間だけど…」
「はい♪どこがいいですか?わたし的には王都の城下町とかお勧めですよっ?あ、でもお城からちょっと離れた丘陵地帯もいいかな~♪特に今の季節だと、風にそよぐ草が朝日に照らされて、それはもう…」
「場所はあたしがトラックに撥ねられた場所。時間はあの事故のすぐ後にして」
「…へ?」
あたしの言葉を理解しかねたのか、ルク子はこちらに顔を向けた姿勢のままフリーズする。
「だから、場所は元の世界のあの事故現場、時間はあの事故の直後ね。ああ、もちろんケガは治しといてくれる?出来るでしょ?それくらい」
「ちょ、ちょ、ちょ!ちょまっ!ちょっと!待ってくださいよ!なんですかそれ!転生してくれるって言ったじゃないですかぁ!」
2度目にしてやっと言葉の意味が理解できたのか、ルク子は両腕をぶんぶん振り回しながらあたしに迫る。
だーから腕を振り回すなって!乳が揺れてこぼれそうになってるんだから!揉むぞこらっ!
「言ったわよ?転生するって」
「ほら―!だったらなんで!」
「転生するとは言ったけど、『異世界』転生するとは、あたし言ってないよね?」
「え?」
しれっと言い放つあたしの言葉に、ルク子は再び何秒か思考停止する。
…なんかこの子の反応、面白いな。
「元の世界に転生するの。なんか問題ある?あたし言ったわよね?場所と時間の指定はあたしがするって。それとも何?女神ともあろうお方が、一度した約束を覆そうってわけ?」
まだ何か言いたそうに、お口をパクパクさせるルク子に、あたしは極めて事務的な口調で言い放つ。
まあ、えてしてこういう女神やら悪魔やら名乗る者たちは、自分の発言は絶対に裏切れないことが多いだろうと踏んだ、あたしの作戦勝ちである。
「あぅ…ぐッ、わ…わかり…ましたぁ…」
よっぽど悔しいのか残念なのか、ひらひらの裾を握りしめて、涙目になっているルク子に、さすがのあたしもちょびっと罪悪感を感じる
それでもあたしは帰らないといけない、自分が生きていたあの世界に。
「あ、スキルはちゃんと付与してね?ギフトなんだから、今更返せとか言わないでね?」
「瑠美奈さんの鬼――――――っ!」
ルク子の叫びが響き渡ると同時に、あたしの目の前がフラッシュの何倍も明るい光に包まれる。
内臓が浮き上がるような浮遊感の中、あたしは最後に見た女神の泣き顔を思い浮かべていた。
まあ、そんな日もあるさ、泣くんじゃないわよ、ルク子。
―現代―
「ンはっ!」
あたしは、次第に覚醒してきた意識の中、ざわざわとうるさい気配に気づいて慌てて目を開ける。
まぶしい、思わず右手をかざして目を影に入れる。
「有栖寺先輩!!大丈夫ですか!?」
聞き慣れた女の子の声が聞こえ、あたしはそちらに向けて頭を動かしてみる。
上から覆いかぶさるように、あたしの顔を覗き込んでくる綺麗な顔が見える。
大丈夫、心配しないで、ちょっと女神さまだまくらかして、帰ってきたから♪
「うん、大丈夫、ちょっと身体がびっくりしてるだけだと思う」
あたしは彼女の下から、安心させるようにその頬に手を伸ばし、優しく撫でながらそう言った。
サラサラの黒髪が指に当たって心地よい。
彼女の名前は九条 樹里。あたしの職場の後輩。この日も、彼女と一緒に得意先回りをしてて、事故にあったんだった。
次第に記憶と意識がはっきりしてきたあたしは、どこも痛まないことを確認してゆっくりと上半身を起こした。
うん、ちゃんと怪我も治ってる。傷一つない。
ルク子め、駄女神は駄女神なりにやってくれるじゃない。
「せ、先輩!?まだ動かない方が…!?」
「あー、大丈夫、ちょっと脳震盪起こしてたみたい。幸いどこもケガしてないわ」
よいしょとあたしが立ち上がると、周囲にいたその他大勢の方々が小さくざわめく。特に、トラックの運転手っぽい作業着姿のおっちゃんの顔色が凄い。何よ?そんな人をバケモノ見るみたいに…。
「…ぁ」
と、思いながら辺りを見回すと、すぐそこの道路わきに盛大に前面がクラッシュした4tほどのトラックの車体が目に入った。
ああ…、あれ、あたしがぶつかった跡か~。そりゃ、ゾンビ見るような顔になるわね。
「…っ、いたた。やっぱちょっと無理かな?ちょっとどこかで休ませてくれる?」
さすがにこのままスタスタ帰ったら、地元の方々からアンドロイドかロボットかと言う噂が立てられてしまう。
あたしはわざとらしく腕やら脚やら痛そうなふりをして、樹里の方に身を預けていった。
うほぅ♪役得♡
「あ、先輩、救急車来たみたいですよ?もう少しの辛抱ですからね」
「あー、うん、いたたー(棒)」
歩道の端にある花壇に腰掛けた樹里に、膝枕をしてもらっていたあたしの耳にも、日常で聞き慣れたサイレンが聞こえてくる。
なぁんだ、もう来たのかぁ~…。あと2時間くらいは来なくてもよかったのに…。
やがて赤ランプを回した救急車が目の前に停まり、救護服姿の救急隊員さんたちが、ストレッチャーをガラガラ引きながらこちらにやってくる。
あぁ…さらば、あたしの太ももよ…。
あたしは隊員さんの質問に適当に答え、そのままストレッチャーに身を横たえて救急車に積み込まれる。状況は、樹里が詳細に説明してくれているようだ。あの子はプレゼンとか、資料作成には定評があるから、隊員さんもさぞや助かるだろう。
「それじゃあ先輩、あたしは会社に帰ってこのことを報告してきますから!」
救急車に積み込まれる寸前、樹里はあたしの顔を覗き込むようにしながら声をかけてくる。
あぁ、何度見ても可愛い♡癒される♡
…ケガなんかひとっつもないがな。
「無理しないで、ちゃんと検査受けてくださいねっ!絶対ですからね!」
救急車のドアが閉まるまで、樹里はあたしのことを心配してくれていた。
大丈夫よ、ちゃんと検査受けて明日には戻るから♪
救急隊員さんたちがあわただしく受け入れ先やらなんやら探してるくれている中、あたしは目を閉じながら心で樹里に語り掛ける。
「戻ったら、一緒にランチとかしましょうね」
樹里に伝えそびれてたことをだれにも聞こえないように呟き、あたしはふと、大事なことを思い出す。
そうだ、スキル!
あのアホ…じゃない、駄女神…だけどそうじゃない、ルク…何とか言った女神をだまくらかして…いや、なんか人聞きが悪いな。
正当な交渉の上、手に入れたチートスキル!(…ギフテッドだったっけ?まあどうでもいいや)
「ふふふ、どんなスキルなのかな~?こっちでも役に立つといいな~♪」
走り出した救急車の中、あたしは一人でワクワクしながら、心を落ち着かせて自分の中に宿るスキルを呼び起こそうとしていた。
だいたいこういうのは、ぽわんと自然にスキル名とか使い方とか浮かんでくるものよね?
さて…あたしのスキルは~…?
―ウィンドウ
「は?」
心に浮かんだスキル名に、あたしは思わず低めの「は?」を漏らす。
―ウィンドウ:様々な情報を表示するステータスウィンドウを呼び出すスキル。これが無いと冒険が始まらない。使用するときは「ウィンドウ」と唱える。消すときは手でウィンドウを撫でると消える。―
ご丁寧に、解説付きでスキル名が出てきた。
試しに、あたしが小さな声で「ウィンドウ」と唱えてみると、目の前に半透明なメッシュのかかった、白枠に囲まれた板のような映像が現れた。
Name:RUMINA ARISUTERA
SEX:FEMALE
HP:999
MP:―――
STR:―――
VIT:―――
INT:―――
DEX:―――
CHR:―――
…。
なんじゃこれ?
あ、そっか、この世界にはステータスなんて概念ないから、そもそも表示されてないのかー♪
…。
「って!アホか―――――っ!!」
救急車が驚いて蛇行するほどの大声で、あたしは叫んでいた。
やってくれるわ、あの駄女神、どこがチートよ!全然まっとうなシステム内スキルじゃない!それも中盤くらいからほとんど必要無くなるやつ!
あとなんでヒットポイントだけカンストしてるのよ!あたしゃ体力バカってことか!?
ああ、腹立つ。次にあったら絶対文句言ってやる。
あたしは怒りのあまり、ストレッチャーの上で腕と脚を組んで救急車の天井を睨んでいた。
とまあ、かくのごとくであたしは生還したのである。
ホント、腹立つ。