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notes  作者: ペんぎn
notes Ⅰ
9/16

9.デートだね 前

 土曜日の夜、奏はお風呂に入った後に明日の用意してから、明日の髪型を考えているとスマホに着信があった。ただ、いつも奏が使う連絡手段ではなく、メールで送られてきていた。


(メール?知らないアドレス名だけど……Shinobu Harukawa…?)


しのぶ、はるかわ……はるかわしのぶ……春川忍!歩さんのお姉さんです!

 送り主が分かり、なぜメールが送られてきたのか不思議に思いながら内容を読んでいくと、連絡手段を交換したかったから。だそうだ。

…それより、どうして連絡先が分かったのでしょう?

 あまり使わない連絡手段に書かれた文章も読んでいくと、なぜ送ってきたのかが書いてある。


『急な連絡ごめん。奏ちゃんと連絡先を交換するの忘れててさ。私はもう家に帰っちゃったから、歩のスマホから追加してほしいんだけどしてくれる?報酬に歩の昔の写真を送ってあげるからさ?』

 分かりました。と短く返しておき、歩に連絡を取ると、1分ほどで『了解です』と返信が来た。奏は俄然やる気が湧いてきて、明日の朝のために二人分の料理を作ることにした。



 次の日の朝、歩の部屋に訪れていた奏は、電気がついていない歩の部屋にそっと忍び込んだ。以前間違えて入ったときと同じようにピッキングで鍵を開けた。前回使用したゼムクリップを持っていたので今回は楽に開けられた。

 歩を探しに寝室を見ると、そこには眠る歩がいた。

 奏は気持ちよさそうに寝ている歩の寝顔を一枚撮影して、すぐさま写真をシークレットフォルダに入れると、本題の歩のスマホを探す。

 一人用にしては少し大きめなベッドで寝る歩は、人の気配がしたのか目を擦りながら上体を起こす。


「だれ?」

「ひゃっ!?あ、怪しいものではないですから!」

「…え、秋山さん!?」


6月15日日曜日、午前5時44分、現行犯で不法侵入がバレてしまい、騒ぎになるかと思いきや、歩はそんなことはしなかった。

 歩は奏を連れてリビングの椅子に座る。髪を何度か触って寝癖を戻そうとするも戻らないので、諦めて話を始める。


「えっと、どのようなご用件で…?」

「その、忍さんから頼まれていたことがありまして」

「ああ、スマホでしょ?どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


歩からスマホを受け取り、電源をつける。画面ロックはなく、スワイプしただけで開くことができる。そして、アプリのアイコンが少なかったため、すぐに目的のアプリは見つかった。必要な操作をして忍との通信手段を作り終わると、奏はスマホを歩に返した。


「終わりました。ありがとうございます」

「昨日姉さんが『弟くんのスマホを秋山さんに貸して上げてね』って言ってたから、なんとなく秋山さんと連絡手段を持ちたかったんじゃないかと思って」

「歩さんはやらなかったんですか?」

「やり方が分からなかったから姉さんにスマホを渡したら、やる気がなくなっちゃったのか返してきたんだよ。姉さん面倒臭がりだからさ」


奏がその話を聞き終わる頃に、奏のスマホに一通の着信が来る。

 奏はその連絡を開くと、先程繋いだばかりの人の名前が表示された。


『朝から繋ぐとは、奏ちゃん…もしかして暇人か?

とはいえ、報酬はちゃんと渡すから安心してね。

 そういえば、二人はデートとかはしないの?せっかく休日の朝っぱらから会ったんだから、二人で相談して外出してみたら?

朗報待ってるよ!(^^)d』


奏は歩に視線を送るも、デートと意識してしまい、すぐに目を逸らしてしまう。デートと思うと誘いにくくなり、歩が私服を軽く直しているのを見て、奏は脱ぐのかと勘違いして思わずドキッとする。


 歩はいつもパジャマの代わりに動きやすい私服を着て寝る。なぜなら地震が起こったときにすぐに動けるから、と忍に薦められたから。着替える手間もなく人に会えるので、歩も小学校中学年くらいからずっとそうしている。


 奏は来たときにテーブルに置いたままだったタッパーをどうぞとテーブルの上を滑らせて歩に渡す。

 中身は温めればすぐに食べられるように麻婆茄子で、一応甘口で作ってある。


「その、いつでも食べられるようにしたので、良ければ食べてください」

「ありがとう秋山さん。お昼に食べるよ」


いただいてください、と優しく微笑み返し、一度深呼吸をする。目の前に座る歩を見て、いざデートに誘うのを決意する。


「あの!」

「わっ、えっ、どうしたの?」

「え、えと、お出かけは、いつ…に、しますか…?」

「お昼すぎじゃないの?」


昨日二人でお昼すぎから行く約束をしていたのを思い出し、奏は忘れていたことに恥ずかしさを覚える。なにか良い誤魔化し方を考えると、いいものが浮かび上がる。


「その、作っているのがなければ、お昼前から行きませんか!」

「え、うん。いいけど、顔真っ赤になってるよ。大丈夫?」

「ら、らいじょうぶれす!」


椅子から立ち上がり、逃げるように奏は玄関へと向かう。

 だが、それは玄関で止まる。玄関には四足の靴があり、一つは奏のもの、もう一つは歩のローファー。残りの二つは白単色と黒単色の運動靴である。

 歩が来る前に歩の部屋から逃げようとしたそのとき、奏は誰かに片手で目隠しをされる。少し冷たいけれど、火照った顔には涼しくて丁度良い。


「だーれだ?」


女の人の声でそう聞こえてきたので、忍が目隠しをしているのだと分かり、その名を口にする。


「忍さんです」

「あはは。大正解!」


目元から手が離され、振り向くと忍が笑って立っている。そこで、奏は不思議とメールや連絡がいつ行われたか考える。


「もしかして、ずっといたんですか…?」

「そっちも大正解!どう?誘えた?」

「え、その、いや…えっと…」

「あはは。やっぱり奏ちゃんは面白いなぁ!」


忍は奏を罠にはめることができて心底喜んでいた。あとから歩に怒られ、少しだけ反省していた。



 当初の予定よりかなり早い朝9時過ぎ。ご飯を食べてから秋山さんと姉さんが一緒に出ていった1時間前の私服とは変わり、秋山さんは半袖のアイボリーのバルーンスリーブブラウスに、ベージュのフリルティアードスカートを身につけ、肩からは薄いピンク色の鞄を掛けていた。さらに髪も先を少しカールさせて、普段とかなり印象が違う。

 それに対して僕は髪は寝癖を直しただけで、外に出るとき用のフード付きのジャケットを上から羽織り、財布とスマホが入るくらいの小さめのバックを背負っただけだ。


「歩さん、似合ってます。男の人って感じです!」

「あれ私が昔使ってたジャケットだけどね」

「姉さんはそれを言わないでよ!」


恥ずかしがった僕に姉さんは服の感想を求めてくる。姉さんではなく秋山さんの服装についてだけど。というか、まず姉さんは着替えていない。


「えっと、その、かわいいとは思ったんだけど…」

「え、駄目でしたか!?」

「隣を歩くのが僕でごめん」

「い、いえ、歩さんも、かっこよく決まってますから!大丈夫ですっ!」


秋山さんからのフォローもあり、僕たちはお店が開く10時頃まで部屋で姉さん中心の雑談をしていた。


 姉さんの明日から使える無駄知識を聞いていると、姉さんはふと時計を確認した。僕と秋山さんもそれにつられて時計を見ると、10時を少し過ぎていた。


「少し早いですけど、行きましょうか」

「よかったね二人とも。今日は1日晴れるらしいし、ゆっくり行けるよ」

「姉さんも一緒じゃないの?」

「うーん、奏ちゃんが良ければ」

「そ、それなら、ついてきてほしいです」

「んじゃ、そういうことで」

「あ、ありがとうございます」


奏の笑顔で元気を分けてもらい、今日は三人で部屋を後にした。



 まずはマンションから一番近くにあるスーパーにやってきた。僕が弁当やおにぎりを買うときによく来たお店だ。


 秋山さんのおすすめの調味料を紹介してもらい、どんな違いがあるのかなどいろいろなことを聞きながら、普段いる時間の5倍はスーパーにいた。

 姉さんはその途中でいたりいなかったりして、出るころには一緒にいた。何してたんだろう?

 今日は秋山さんがわざわざ外についてきてくれたので、秋山さんが在庫の足しで買ったものも一緒に会計を済ませて、次の目的地へと向かう。


 道中でお財布の心配をしてくる秋山さんに、今日は奢らせてほしいとお願いすると、初めは遠慮気味にしていたけれど、こちらが引く気がないことが伝わったのか承諾を得ることができた。せっかく僕のために同行してくれているんだから、これくらいはしてあげたい。


「でも、使いすぎは駄目ですよ?私たちが持っているお金は私たちが稼いだお金ではないんですから」

「それは分かってるつもりだよ。このお金も、いつか僕が稼いで返そうと思ってるものだから」

「……それを聞いて安心しました。それで、忍さん。次に行くところはあとどのくらいで着くんですか?」

「ああ、それなら……」


スーパーから駅の方角へ約1キロ。学校と駅の中間地点にある大きなショッピングモールは、今僕たちが歩いているすぐ隣にあった。横から見れば壁しかないので、秋山さんは気づいていないようだ。角を曲がったところでショッピングモールの正面が見えて、秋山さんは感嘆の声を発した。


「大きいですね…!」

「この地区で一番大きいショッピングモールらしいんだ」

「へぇ。私は初めて来たなぁ。弟くんは?」

「二、三回だけ来たことあるよ」


僕は何度かここに来ている。本を買うためだけに来ているけれど、本屋だけでも三店舗は入っている。

 姉さんが12時に予約をしたお店もこのショッピングモールに入っていて、姉さんはすでに服屋へと直行していた。


「うーん。奏ちゃんの素体が良いから、何着せても似合う…。これは悩むなぁ!弟くんはどう思う?」

「え、どうって…えぇ?」


服に対して感想を求められているのか、秋山さんの素体についての感想なのか。服を持たずに訊くってことは後者か…?

 ここはどちらでも良いような返答をしなくては!


「かわいいと思います!」

「おぉ。だってさ奏ちゃん。着てみる?」


姉さんは秋山さんに服を何着か見せると、秋山さんはその内から一つ選んで試着室へと入っていく。


「んじゃ、後は弟くんに任せるよ!」

「え、任せるって、何を!?」


姉さんは返答しないまま、僕に鞄を預けて服屋を出ていってしまう。もちろん秋山さんを一人にしておくわけにもいかないので、試着室の前で待つしかない。

 すると、試着室の中から声が聞こえてくる。


「あ、あの…忍さん?」

「あ、えっと、秋山さん。姉さんはどこかに行ってるんだけど、何かあった…?」

「え、えっと…」


言い淀んだと思えば、カーテンの端から手が出てくる。色白で傷一つない綺麗な手は僕の腕を引き、試着室へと連れ込んだ。


 足先にはさっき受け取っていた服を着た秋山さんがいて、鏡越しに首筋が見える。

 そんな秋山さんは俯いたまま顔を赤くして、髪を巻き込んだ金属の留め具を指差す。


「と、取れなくなってしまって…その、商品だから壊してしまうと悪いと思いまして…」


言い様は分かる。胸の下あたりで発生してした巻き込み事故を見えない状態もしくは鏡越しで解くのは難しい。でも、僕にとってもそれは問題だった。秋山の二つの山は姉さんよりは大きくないものの、ないわけではない。ちゃんと山として見られるほどにはある。


「と、取ってくれませんか…?」


断るわけにもいかず、姉さんを呼ぼうとも思ったけれど、連絡を入れたら肩に掛けていた鞄から着信音が鳴る。

 僕がやるしかないのか…!?

 秋山さんが恥ずかしがって、ついには耳まで赤くなってきた。


「秋山さん、服を引っ張れる?」


秋山さんは恥ずかしさがあり言葉を言うことはなかったけれど、ちゃんと指示通りに服が伸びないように端を少しだけ引っ張る。

 カールした白銀の髪を留め具から少しずつ解放していく。商品を壊さないように、そして、秋山さんの髪を痛めないように、また、秋山さんに触れないように。

 そして、ようやく全てを解放できた。


「秋山さ…」

「お客様ー?」

「!?」


しゃがみこんだ体勢で背筋が伸び、手が少し固めの素材と柔らかい感触に包まれる。秋山さんから甘い声が漏れて、少し甘い匂いがするのを感じて離れようとした僕を秋山さんは優しく頭に手を回して引き寄せた。

 両頬に同じような感覚があり、そこからもドキドキと鼓動が伝わる。少し心配したような声がカーテン越しから聞こえてくる。もう店員さんが何を言っているのかも分からない。


「だ、大丈夫です。もう出ますので…!」


秋山さんがそう言うと、靴音が離れていくのが分かる。

 ようやく秋山さんの体から離れ、茹でダコのように赤くなった秋山さんと目が合う。


「ご、ごめん。大丈夫だった…?」

「は、はい。歩さんこそ、大丈夫ですか?」


大丈夫なわけないけれど、大丈夫だと言って先に外に出た。あのまま二人で試着室の中にいるのは耐えられないと思ったからだ。


 その後、姉さんが戻ってきたと同時に試着室から秋山さんが出てきた。あんなことがあったから服は戻すのかと思えば、秋山さんは服をレジに通しに向かった。


「弟くん、よかったね」

「えっ、なっ、何が?」

「奏ちゃんが定期的にあの服着てくれるんだよ?嬉しいでしょ?」

「あ…う、うん」


一瞬さっきのことを見抜かれたのかと思いヒヤヒヤした。服の入った袋を持っている秋山さんの頬はまだ少し赤かった。



 時刻は12時手前。そろそろ姉さんが予約しているお店の時間になる。


「弟くん、奏ちゃん。そろそろ時間だし、お店に行こうか」

「そうだね」

「は、はいっ」


あの事件の間に姉さんはショッピングモールを回っていて、予約しているお店の場所も回っていたそうで、迷わず姉さんの案内で同じ一階のフードコートの目の前のお店に入る。

 姉さんが予約した者だと店員さんに言うと、一度確認しに行き、戻ってきた店員さんは笑顔で中へ案内してくれた。席に案内される間周りを見ると、店内にはかなりの人がいるのが分かる。

 僕たちは店員さんに席を案内され、僕の正面には秋山さん、僕の左隣に姉さんが座る。特に狭いということもなく快適な空間だ。

 店員さんは「注文がお決まりになりましたらお呼びください」と言って、新たにやってきたお客さんの対応へと向かう。ついでに店員さんは予約席のプレートを持っていく。


 お昼時ということもあり、フードコートには多くの人がいて、席が空くのを待っているのが見える。

 いやいや、先にごはんだ。待たせるのも悪いと思い、姉さんが開いているメニュー表を横から見る。

 このお店の主なメニューはパンかパスタだ。パスタはカルボナーラやボロネーゼ、トマトソースに和風パスタなど、豊富な種類の中から選ぶことができる。また、パンは食べ放題メニューとしてあるので、好きなだけパンを取ることができる。


「どうしましょう。パンも食べたいですけど、パスタも美味しそうで、迷います……」

「ならセットメニューにする?」


今日は弟くんの奢りだから。と姉さんが笑って言うと、秋山さんは首を縦に振っているので納得したらしく、秋山さんはカルボナーラとパン食べ放題のセットに決めた。姉さんも同じくカルボナーラと食べ放題のセット、僕は和風パスタ単品を注文することにした。

 姉さんが店員さんを呼ぶと、伝票を持った店員さんがやってくる。注文をすると、その店員さんは補足説明をする。


「パン食べ放題はテーブルごとに注文するものですので、皆さんご利用いただいても大丈夫ですよ。あ、それと、衛生上の観点からお持ち帰りは遠慮しているので、食べきれる分だけ取るようにお願いします」

「はい。分かりました」

「では、後程パスタをお持ちします。ごゆっくりどうぞ」


店員さんは次々入ってくるお客さんの対応をするため、すぐさまテーブルを離れていった。

 まさかのテーブル全員が対象とは思っておらず、メニュー表を見ると※マークと共に小さく注意書きが書いてあった。気づかなかった。


「先にパンを取りに行ってもいいですか?」

「あ、なら私も。弟くんは?」

「大丈夫。鞄とかは見守ってるよ」

「はい。お願いします」

「じゃ、行こっか奏ちゃん」


秋山さんは姉さんと一緒にたくさんパンが並んだコーナーに真っ直ぐ行き、見ている限り奥から三つずつ取っているような…?

パスタまで食べきれるだろうか……


 姉さんが両手にお皿を持ち、秋山さんは片手に。二人は各種三つずつパンを取ってきたみたいだ。

秋山さん曰く、

「どれも美味しそうだったからつい……」

とのこと。

 テーブルに5種類のパンが一つずつ乗ったお皿を並べていくと、ちょうど大皿を持った女性の店員さん二人がやってきた。大皿には各々が注文したパスタが乗っている。


「お待たせしました~!カルボナーラ二つと、和風パスタです」

「おお」

「美味しそう」

「美味しそうです」


 秋山さんの嬉しそうな表情に二人の店員さんも思わず笑顔になる。営業スマイルとは違う素の笑顔だった。


「では、ごゆっくりどうぞ」


二人の店員さんは笑顔を営業スマイルに戻して伝票を状差しに入れて、まだまだ入ってくるお客さんの対応に向かっていく。

 和風パスタに手をつける前に姉さんたちが取ってきてくれたパンを食べてみた。柔らかくて美味しい。パン一つ一つで味付けが違い、パンの食べ放題だけでもかなり満足できる。

 ふと視界に入ったのは、目の前でパスタを食べる秋山さん。平たいパスタ麺をフォークに丸めて食べている。

 すでに半分以上食べているけれど、パンまで食べきれるのだろうか?


「歩さんもパスタ食べますか?もちもちで美味しいんですよ?」


フォークに丸められたパスタと、先端に刺されたベーコンが差し出され、そこまで言われると気になってしまう。


 丸められたパスタを頬張ると、もちもちの麺にしっかり味のついたカルボナーラ、大きいのに柔らかいベーコンが絶妙なバランスでマッチしている。


「うま…!」

「そうですよね!止まらなくなっちゃいます!」


そこでふと気づいたことがある。当たり前だが、今僕は秋山さんが持っているフォークで食べたはずだ。

 それで秋山さんはパスタを食べていたし、今も食べてようとしている。

 これは、間接キスというやつではないか?


 手が止まっている僕を不思議に思ったのか、首をかしげる秋山さんは、わざとやっているのかというくらいの可愛さで「どうしたんですか?」と心配してくれる。パンを食べたからなのか、ドキドキしているのか、異様に体温が高くなっているのが分かる。


「歩さん、大丈夫ですか?」

「え、えっと…」


言おうかどうか迷っていると、姉さんはフォークを置いてペーパーナプキンで口を拭いた。助け船を出してくれるのかと思っていると、姉さんは僕の期待を突き飛ばした。


「間接キスだね」

「「……。」」


ドストレートな一言に、僕と秋山さんは完全に固まった。姉さんは僕たちがどんな反応をするのかを楽しみにニコニコしている。


「…た、食べましょうか。お持ち帰りできないので」


顔を真っ赤にして言う秋山さんに僕は数度頷いて、手元の和風パスタに手をつけた。食べたけれど味は全然分からなかった。



 無事にパンも食べきって会計は姉さんがしてきてくれた。「予約したのは私だから」と引く気がなかったため任せて、僕と秋山さんは一足先にお店を出た。

 試着室のことに加えて間接キスまでしてしまい、僕たちの間には物理的な距離ができている。


「その、私は気にして、いないので…」

「そ、そっか。無理しなくてもいいよ…?」

「うぅ、やっぱり恥ずかしいです…」


秋山さんが恥ずかしがるのを見ているだけで、頬に熱を感じる。赤くなっていないかが心配になり手で隠しておく。

 穴があったら入りたいとはこのことだろうか。誰にも見られないところでこの恥ずかしさがなくなるまで一人にさせてほしい。

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