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notes  作者: ペんぎn
notes Ⅰ
8/16

8.少しの進展

 僕はお風呂に入った後、まだ帰って来ない姉さんのためにソファーを整えていた。このソファー、なんと足を隠すためのパーツを広げることで、大人一人寝られるくらいのスペースを広げられるのだ。

 さて、どうしたことか、やることがなくなった。

 姉さんが残していった食器も洗ったし、姉さんが帰って来てからじゃないと洗濯もできないし、お留守だから寝るわけにもいかない。姉さんが鍵を置いていったから…。


ピンポーン!


 噂をすればなんとやら。これで止まった仕事が進むぞ!そう意気込んで鍵を中から開ける。ワンテンポ遅れて開かれた扉の向こうには姉さんの後ろに秋山さんがいた。


「…え?」

「弟くんよ、そこは『おかえり♡お姉ちゃん♡』じゃないの?」

「……。」

「あれ?弟くん?」



 気がつけば、自分で広げたソファーの上に寝かされていた。秋山さんが姉さんについて帰ってきたのは夢だったのだろうか。

 上半身だけを起こして横を見ると、水が注がれたコップがある。それの水面では融けきっていない氷がカランと音を立てた。このコップを僕は置いてない。じゃあ誰が?

 だんだん耳が冴えてきて、お風呂場から姉さんの声と秋山さんの声がする。

…秋山さんの声?

 僕はソファーから降りて、コップに入った水を飲む。冷たい感覚が口を襲い、自分でも夢でないと分かる。

 お風呂場から聞こえてくる声をなるべく聞かないように、僕は部屋の角で身を小さくする。

…なんでなんでなんで!?どういう状況!?

 僕が状況を理解するころには、起きてから30分は確実に経っていた。



 湯気の立つお風呂場では大学生と高校生が戯れていた。本人(わたし)たちからすれば戯れているわけではないけど。


「…えっと、お風呂、貸していただいて、助かります」

「まあ、連れ出したのは私だけどねぇ」


 私は湯船から手を出してひらひらと振って軽く話を流すと、また奏ちゃんからの言葉が止まる。もうちょっと歩について訊いてくると思ったんだけどな。というか訊いてきてほしいな。

 奏ちゃんは私が食い付きそうな話題を考えるみたいで、私のシャンプーとかを使いながら、たまに首を振る。見てて面白い。でも、奏ちゃんの引き出しが少ないからか話が飛んで来ない。うーん。今日は駄目かな?

 私の前髪から水が垂れる音が聞こえるだけの静かで暑苦しい空間に、ザーッと湯船から汲んだお湯を頭から流す音が響く。奏ちゃんは何度かお湯をかけて泡を完全に落とすと、私が意味深な笑みを浮かべていたらしく困惑した。


「な、なんですか?」

「ん?いやぁ、なんでもないよ~」


どうにも消えない笑みを浮かべながら私は浴槽から上がり、髪を絞って水分を落とす。お尻よりも下まで伸びる髪からは滝のようにお湯が出てきて、出てきたお湯はほぼ全てお風呂場の排水口に流れていく。いつ見ても凄いな。私が言うのもなんだけど。


「先に上がるね。奏ちゃんのタオルも用意してあるから、ゆっくり浸かっててもいいよ」

「はい。何から何までありがとうございます」

「歩の彼女だからね」

「ひゃ、違いますってば!」


奏ちゃんの反応に満足した私は、お風呂場から出て脱衣所で肌と髪に残った水分を取っていく。

 だんだん面倒になってきた私は下着だけを着けて、歩が用意してくれていた半袖の服とショートパンツを持ってお風呂場を出る。リビングに戻ると、部屋の角で小さくなった歩を見つけた。



 姉さんが下着姿でやってきたと思えば、僕を持ち上げてクッションに座らせた。高さが5センチくらいある茶色のクッションで、2個セットで売っていたのを姉さんが買ってきて置いているものだ。


「ただいま、弟くん」

「お、おかえり。その、なんで、秋山さんが…?」

「誰かがテスト終わりに連れ出したからじゃない?」


 僕は夏樹から誘われたことを思い出す。

『春川が行くなら行く』。秋山さんがそう言ったのを聞いて、女子陣が僕と関わりがある夏樹に頼んだ。そして、僕が参加することにしたから秋山さんも参加した。

 まだ八時間ほど前のことだ。そこからほとんど秋山さんと一緒にいたと考えると、僕の選択で秋山さんの時間を使わせてしまった気がする。

…あとで謝ろう。

 そう決めたところに、姉さんは見透かしたように言う。


「奏ちゃん、弟くんに感謝してたよ?」

「え、僕に?」

「楽しかったって。本人の前では言うのが恥ずかしかったみたいで私に言ってね。あっ、奏ちゃんには内緒ね?」

「うん」


僕が了承すると、姉さんは黒のバスタオルを投げつけてくる。姉さんの髪を乾かす用のタオル。姉さんは僕がいるときは大体こうやって僕にやらせる。

 まずは床を汚さないように座ったら床に着く髪を乾かして、そこからだんだん上に乾かしていく。いつものやり方だ。

床に着く髪がある程度乾くと、姉さんは僕の足を広げて、クッションの上に座る。


「今日はプリンないけど、よろしくね?」

「えっ」

「連絡取らなかった分だよ」

「…うぅ」


プリン、食べたかったな…。



 しばらくすると、秋山さんがドライヤーを使っている音を聞こえ始めて、僕は姉さんに上の服を着てほしいと頼んだ。当然、暑いと言って聞かない姉さんは上を着ることなく、うちわで仰ぎながら僕に軽くもたれかかる。

このまま僕が倒れそうなんですけど…。


「6月なのに暑いね~。8月とか溶けるくらい暑いんじゃない?」

「姉さん暑いの嫌いだもんね」


姉さんは僕にもたれながら笑った。姉さんが笑うのは珍しい。悪戯して笑う悪い笑いはよく見るけれど、これはそれとは少し違う心の底からの笑いだ。

 最近は大学も楽になってきたみたいだし、姉さんが過ごしやすい環境を一つでも増やしたい一心で、この部屋も整理しているつもりだ。姉さんは僕の…


「歩もちゃんと頑張ってる。えらいえらい」


わしゃわしゃと頭を撫でたと思えば、姉さんは立ち上がり僕からタオルを取り上げる。


「ありがと。あとはドライヤー使うから、ゆっくりしてていいよ。ついでに洗濯もしてくるね」

「うん。ありがとう」


洗濯は基本毎日するタイプで、同じ階に部屋番号ごとの洗濯機があり、いつでも使えるようになっている。ただ、音が出ることから、実質21時過ぎくらいになると誰も使おうとしない。マナーが良いということだろう。


 姉さんと入れ替わるように髪を乾かし終えた秋山さんは、姉さんよりは短い銀の髪を下ろしていて、白の半袖のシャツに、くるぶしまである先が広くなったタイプの白のズボンを着用していた。一言で言えばパジャマだ。


「あ、えっと…」


声を発したのはどっちだろう?

 曖昧な切り出しでどちらも黙ってしまう。

 僕は秋山さんの服装について感想を言うべきだろうし、秋山さんはお礼をしたそうにしている。


「「えっと、あ、どうぞ…!」」

「息ピッタリだねぇ」

「ひゃあ!?」


秋山さんの後ろから姉さんが現れ、秋山さんは弾かれたように僕に近づき背中に隠れる。


「奏ちゃん怖いの苦手なんだね」

「うぅ、びっくりしました…」


僕の肩をかなり強く掴んでいる手が震えているのがわかる。どれだけ怖いのが苦手なのか、力と一緒によく伝わってくる。


「とりあえず姉さんは先に髪乾かして。それに洗濯もするって言ったよね?」

「はいはーい」


姉さんはにこやかに表情を和らげて脱衣所へと入っていった。

 本当に姉さんは悪戯心が強くて、よく人で遊んで満足していることがある。

 そんな姉さんの生態観察は置いといて、僕の肩を掴んで離さない秋山さんをなんとかしなければ。


「その、大丈夫?」

「…(ふるふる)」

「え…なら、一回座って落ち着こう?ほら、クッションまだあるから」


ようやく肩から手が離れて安心していたところ、影が僕に重なった。

 見上げると、涙目になっている秋山さんの銀色の髪が部屋の天井の照明ライトで白く見える。

…って、そんなこと考えてる場合じゃない!


「ちょ、駄目ですって!クッションあっちだから…!」

「…ぅ」


 秋山さんの頭がだんだん高度を下げる。僕が危険を察知して足を閉じると、秋山さんは音を立てずに僕の膝の上に向かい合って座った。そして、僕を抱き枕のように抱き締める。だんだん身を預けるように力がかかってきて…!


「ちょ、秋山さん!?倒れる!倒れるって!」

「んんっ…!」

「痛い痛い!爪、爪が!」

「…ふぇ?え、わっ…!」


僕は抱きついてくる女子高生に押し倒れた。仕方ないじゃん。どこ触って支えればいいのか分からないもん。


「大丈夫!?…って、奏ちゃん、やり返ししてたの?」

「ち、違いますっ!」

「ちゃんと弟くんが逃げられないように跨がって、さらに押し倒すところを見せつけられたらねぇ」

「事故…そうです、事故なんです!」

「事後?」

「違いますってば!」


僕は二人の言い合いを秋山さんの下で聞いていた。重くはないんだけど、その、お腹に跨がれるのは…ね?

 タイミングがなく言い出せない僕を見かねて、姉さんは助け船を出してくれる。


「まあ、奏ちゃん。弟くんから降りよう?食後だし、ね?」

「…あ。大丈夫ですか、()()()?」


そっと僕の上から退いた秋山さんは、謝罪を口にしながら僕に手を差し出してくれる。僕はそれを助けに起き上がり、まだ姉さんが服を着ていないのが分かる。


「大丈夫。姉さんの方がよっぽどひどいから」

「え、そうかな?」

「今日初めて会った人の前で服着ない人だし…」

「ん~?でも、私は押し倒したりしないけどなぁ」

「わ、忘れてください!」


秋山さんが顔を赤くして怒ったところで、服を着ない姉さんの代わりに、僕は洗濯機を回しに行った。お風呂を上がった秋山さんは部屋に一度戻り、タオルやハンカチなどを追加した洗濯機を回していた。


「その、今日は本当にありがとうございました。勝手にお邪魔して、ご飯もいただいて…なんて言えばいいんでしょう…」

「いやいや、僕は楽しかったよ。まあ、姉さんのことは謝るけど」

「…ふふっ」


口元に軽く握った手を当てて笑う秋山さん。いつぞやの可愛いと話題になっていた理由はこういうところにもあるのだろう。

 今の本人の前では絶対に言えないけど。


「その、いろいろご迷惑になったので、できれば何かお手伝いをさせていただけないでしょうか…?」

「うーん。なら、お買い物のお手伝いをしてほしいかな」

「お買い物、ですか?」

「そう。姉さんが調味料がもっとほしいって言うから、よければ秋山さんのオススメの調味料とかを教えてほしいな」


秋山さんは僕の提案に目を輝かせた。これは良いアシスタントが得られた。


「明後日の日曜日とか、時間空いてる?」

「はい。私は明日でも良いですよ」

「ごめん。明日は部活が昼からあるから」

「分かりました。歩さんは何時頃がいいですか?」

「お昼からでもいい?」

「はい。なら、お昼ごはんが済んだらまたこちらに来ますので、ここで待っていてください」


急遽、二人の予定ができたことに喜んだ秋山さんに満足した。結局、僕たちは洗濯が終わるまで二人で隣同士の洗濯機の前で話合った。

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