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notes  作者: ペんぎn
notes Ⅰ
6/16

6.穴だらけの作戦

 いつもの放課後、歩は部活に行って席を外しているので、この会話は誰かが話さない限り、歩に知られることはない。


「へぇ、春川と秋山さんが同じマンションかぁ。やっぱり運命ってやつ?」

「そんな大袈裟な。かなっちの日頃の行いが良かったんでしょ」

「さあ、どうでしょうか…。でも、私は運命という考え方も面白いと思います」


 換気のために窓を開けておくと、風とともに校庭で部活動をしている生徒の声も入ってくることがある。今日は陸上部が練習をしていて、奏は歩の姿を探しながら思いに耽っていると、ピロンと音が鳴る。発信源に近い二人に視線を戻すと、二人はスマホを構えていたため、奏は手で顔を隠す。

 二人は悪いと思ったのか、スマホを奏に向けるのを止める。


「大丈夫大丈夫。撮(録)ったりしないから。まあ、これだけ好きなら、あたしも背中を押したいなって思うよ」

「俺も春川に秋山さんのことどう思ってるか聞いてみるし、作戦もバッチリだよ」

「本当にお二人にはいろいろしていただいて……」


ありがとうございます、とお礼をするのが分かったのか真冬が口を挟む。


「いや、まだその言葉はとっておいて。作戦が上手くいってから聞きたいからさ」


夏樹もそれに同意して、放課後の教室では3人の作戦会議が始まるのだった。


 とは言っても、たかが高校一年生にできることはさほど多くない。そのため、最終確認もすぐに終わりを迎えてしまう。雑談でも始めようとしたところで、真冬はバン!と机に手をついて立ち上がる。


「今から『オペレーション・いろは』を始めるっ!」

「え、何でいろは?」


夏樹は会議に無かったことを言い始める真冬に疑問を投げつける。だが、それに答えるのは真冬ではない。 


「『いろは』は、いろは歌の最初の3文字です。始まりという意味があり、恋のいろはとして使われることもあります。なので、私の恋の始めだと例えるのに加えて、さらに3人での作戦なので三文字の『いろは』を選んだと思われます。そうですよね、白瀬さん?」

「え?たぶんそう…?うん!そういうこと!」


奏としては思っていた答えとは異なっていたため、何か違ったことを言ってしまったのか、と思ったものの、真冬が何も言わず座ったことで訊くのも躊躇われた。


 その後は奏が二人に勉強を教えて、分かりやすいと褒められた。うれしい。

 今日はこれで解散となり、夏樹と真冬は今日も二人で帰っていった。



 いつもの帰り道、電車の中で夏樹は真冬に先程の作戦名を指摘すると、真冬は分かりやすく口を尖らせた。


「いろは坂の『いろは』ってひらがなだったから可愛さと、作戦の『オペレーション』の響きがかっこよかったから持ってきただけで、本当はそこまで考えてなかったですぅ~。秋山さんが言ってた意味なんて全然知らなかったですぅ~」


完全に不貞腐れている。だが、夏樹にはその理由すら嘘だと分かる。


「地理の先生が話してたいろは坂の話と、最近俺にやらせるゲームのなんだっけか…あ、そうだ。サブタイトルの『オペレーション・オメガ』からとってきただけだろ…」

「うぐっ、なぜ洗いざらい全部バレたし」

「そりゃ俺もその話聞いてたし、それに10年も一緒にいたら分かるだろ。…まあ、『オペレーション・いろは』の響きは俺も好きだぞ?」

「でしょ?やっぱりあたしって才能ある!」

「ちゃんと意味も知ってて使おうな」

「ぐっ、善処します…」


やっぱり、なんだかんだ真面目なところが真冬の良いところなんだと改めて思う。昔から変わらない真冬が一緒にいてくれるのは、自分も恵まれているのだと思う。

 だからこそ、何かしらの辛さを受け入れている歩を助けてあげたく思うのだろう。それは恩がどうだという話ではなく、ただ友達としてそう思っている。


「…『オペレーション・いろは』、成功させような」

「うん。絶対」


電車に揺られていても意志は合致し、人目がつかない座席の間で繋いだ手に力が入るのだった。



 次の日、放課後の部活が休みだった歩を入れて、普段と同じように勉強をしながら雑談をしていた。


 真冬が何かを思い出したように立ち上がり、歩、奏、夏樹を見渡す。

 狙いは作戦1の『今の心境を聞く作戦』。歩と夏樹だけを残して夏樹が歩に聞きたいことを聞く計画だ。まずは二人にすることが重要で、なるべく歩に疑問を持たせないようにする必要がある。さあ、どうやって二人にするのか…。


「あたし、先生に用事あるんだけどさ、…秋山さんもついてきてくれない?」


…導入が下手だった。

間違いなく奏と夏樹は失敗したと感じる。だが、漕ぎ出した船は止まることを知らない。

これに乗り遅れたら、きっとこの船は横転するだろう。ここは辻褄をあわせて、なんとなくで話を進める。


「私ですか?そうですね、少し動きたいですし、お供します」


歩のことを気にして横目で見ると、関係なかったからか課題に取り組んでいる。少しほっとしながら、奏は席を立ち真冬についていく。


 二人が教室から出ていって、一人シャーペンを動かす歩に、夏樹は心を落ち着かせてから声をかける。声をかけられた歩はシャーペンを置き、夏樹の言葉を待つ。


「そういえば…さ、春川には彼女いないの?」

「え?いや、いないけど。自慢したくなったの?」

「違うわ!俺の自慢話なんて聞きたくないだろうし、俺も自慢話をする気なんてないわ!」


じゃあなんだ、というように隣に座る夏樹を見る歩は、疑問をもった視線を向ける。


「春川の好きな人の…、そうだな。まあ、特徴でもいいや。なんか理想みたいなのはないのか?」

「特徴、理想…」


歩はシャーペンをノートの上で動かし、箇条書きで書き起こすと、突然窓の外を興味なさげに見た。

 夏樹にはその仕草自体を含め反応全てがどうしても気になってしまった。脳裏に焼き付く横顔を考えていると、時間すら止まっているように感じる。


「…き?大丈夫、夏樹?」

「え、あっ、なんだ?」

「いきなり魂が抜けたように動かなくなるから、大丈夫かと思って…」

「ああ、すまん。ちょっと考えて事をしてて…、あ、理想は?」


歩はノートをみせて、優しさ、思いやり、人柄の3つを夏樹は読み上げる。なんだこの一般的な平均の回答は…。


「なんか、そのへんにあるサイトみたいな答えだな」

「えぇ…?」

「もういっそのこと気になる人とかいないのか?例えば秋山さん、…とか…?」


夏樹は名前を出してから自分の発言を反省する。確実にバレたと思いつつも歩の返信を待つも返しが来ない。恐る恐る歩を見ると、歩は真剣に考えているのが見て分かる。


「確かに項目は揃ってるけど、いろんな人からモテるし、その人たちからの反感を買いそうなんだよね…」

「確かにいろんな評判は聞くな。だけど、秋山さんが誰かと付き合ってるなんて聞かないぞ?」


またしても歩は考えを深めてしまう。

 今の時点で自分の出来ることはもうないと悟った夏樹は、スマホで二人に連絡を送り、二人が戻ってくるまで他の話でその場を繋ぐことにした。



 秋山さんと真冬が教室に戻ってくると、教室には真冬の「たっだいまー!」と元気一杯な声が響く。


「おかえり。用事は済んだか?」


待っていた夏樹の質問に、真冬は何のこと?と首をかしげるも、すぐに思い出したように言葉を綴る。


「え?あぁ、それなんだけど、先生が見当たらなくて結局終わってないんだ(適当)」

「そうなんだ。先生たちも6月の始めの中間テストの用意で忙しいのかもな(適当)」


感情のない二人の会話を聞きながら、僕は中間テストのある6月の初週を想像する。確かに6月の初週には4日間(火曜日から金曜日)にわたる大がかりなテストが待ち受けているのを年間カレンダーで見た覚えがある。


 雪学は私立高校のため、他の公立高校に比べると遥かに授業料が高い。しかし、雪学には修学支援金という奨学金制度が存在し、一定数の生徒だけ学校側が授業料を負担してくれるというものがある。

 ただし、制度はランク分けがされており、学年の成績順で15番目までの生徒には授業料の全額負担、30番目までの生徒には半額負担といった、返さなくてもよい奨学金制度が定めている。この制度を維持するためにも、こうして僕たちは4人で放課後に勉強会を行っているのだ。


「まあ、俺らはテストで高い点取った方が低い方に1000円以下ならなんでも頼み事ができるシステムを導入してるからさ、テストに余計に必死になるわけですよ」


そのシステムはいろいろと大丈夫なのか心配になるけれど、真冬は「前回はなつが駅前のカフェでパフェを奢ってくれました!」と夏樹を煽る。


「今回は絶対に勝つ…!」


 夏樹に気合いが入っていたように感じたのはこのためなのか。後から真冬に聞けば、パフェは1000円ギリギリの注文だったらしい。鬼畜かな?

 ちなみに同点だったときは、じゃんけんで勝ち負けを決めるらしい。ただし500円までと制限厳しくなって、中・高校生で考えたルールとして非常によくできている。


「そうだ。かなっちと歩もやってみれば?」

「「えっ」」

「あー、確かに。二人の点数もあんまり違いないし、二人がどんな頼み事するのかも気になるな」

「ど、どうします…?私は春川さんがやりたいなら…」


秋山さんは早々に判断を僕に任せ、夏樹と真冬の視線の対象外になる。僕はどっちでもいいんだけど…。


「どうします…?」


私に勝てるの?という煽りと期待を含んだ眼差しを受け、僕は夏樹と真冬を巻き込んで勝負を受けることにした。

 夏樹と真冬は巻き込まれると思っていなかったのか口が塞がらなかった。これで夏樹と真冬にもテストの点数で勝てば同じように頼み事を要求できる。全員参加という形で、6月初めの中間テストは点数対決をすることになった。


 いつもよりも早い時間だったが、見回りの先生が帰ってくれと指示したため、今日は少し早めに帰宅することになった。


「巻き込むなんて予想外でしたね。星野さんと白瀬さん、一瞬魂抜けてましたよ?」

「勝てないのが分かってたのか、本当に一瞬だったけどね」


僕にとって、それよりも考えていることは、点数対決で最も大きな壁となるの秋山さんで、彼女の期待通り、いや、それ以上の評価を得られるように、日々のノートを見返そうと決めた。


「では、また明日ですね」

「うん。また明日」


奏とマンションの廊下で分かれた後は、テストへの対策方法の見直しから、借りた問題集での発展問題へのチャレンジなどと、抜け目なく対策をした。



 基礎から発展の復習を繰り返す日々を何日か続けていると、気がつけば6月になって2日目、テスト前日となっていた。

別にテスト前日だからといって、何か特別なことをするわけでもなく、いつもと同じくらいの時間にご飯を食べ、お風呂に入り、ベッドに入って寝るだけだ。


(明日からテストか……今度こそ、一番になる…!)


そう心に刻んで、次の日の朝を迎えた。

 体調は万全、朝ごはんも重くなりにくいものを選んだ。朝から単語帳を開き、英単語の復習をする。


 英単語に限っては、一瞬で意味が分からなかったものは覚えていないと見なし、繰り返しページをめくる。英単語は見るだけでも復習になる。朝の空いた時間に少し見るだけでもかなり変わってくるので朝の忙しいときにはちょうどいい。


 学校に着いても、テストが始まるまでは各教科の復習をするのを欠かさない。


「はーい。皆、ホームルーム始めるよ。秋山さん、挨拶お願いします」

「起立!礼!」

「「「おはようございます」」」

「着席!」


いつもと少し違う朝のホームルーム。クラスの雰囲気がピリッとしていて、受験前同様の勝負の世界を感じた。ここにいる誰一人、テストに向けて一段と気持ちを引き締めている。


(僕も最後まで一心に取り組みたい)


クラスの雰囲気をバネにして、最後のあがきをするのであった。



 一日目はテストは難なく終わり、クラスには一時のやんわりとした雰囲気が漂った。

僕としては四日目の最終教科まではピりついた雰囲気だと嬉しかったのだが、そうもいかないらしい。

 それに加えて予想外だったのは、回答用紙だけではなく、問題用紙も回収されたことだった。見直しをテストが終わってからすぐに取り組もうと考えていたのだが、それは叶いそうにない。


 クラスの中では、今日行われたテストについて、話し合っている生徒がいた。今日は放課後に部活も集まりもない。僕は足早に教室を出ると、明日の教科の重要語をまとめたノートを見ながら帰る。


 テストは進み、ついには最終日の最終教科に向き合っている。

 最終教科は数学1。学力テストのときもそうだったのだが、最後の一問だけ、難易度が高すぎる問題となっている。

 この問題の配点は5点。前回4点差だったのを考えると、この最終問題(ラスボス)が解ければ秋山さんにも近づける。いや、抜かせるかもしれない。

 残り20分という微妙な時間なので、最終問題以外を先に見直してから最終問題に挑む。


「残り僅かなので、クラスと名前の確認と、回収の準備をしておいてください」


先生の声が教室内に響く中、最終問題をもう4回は見直している僕にとっては、それを気にする余裕もない。


(答えが『解なし』…?本当にそうなのか……何か見落としているところ、もないし、本当に合っているのか…?)


そして突然、ピピピピとタイマーの音で意識はテストからそれる。気付けば時間はテスト終了の時刻と重なっている。


「はい。そこまで。一番後ろの席の人は答案用紙を、後ろから二番目の人は問題用紙を回収してください」


教室内が喜びの声で溢れる中、歩は一人悶々と問題を思い出す。家でじっくり解きたい、そんな気持ちが強くなっていると、問題用紙を集め終わった夏樹が後ろからツンツンと肩をつつく。


「なあ、春川。この後ちょっと付き合ってくれね?」

「あ、うん。いいけど…?」

「よっしゃ。秋山さんが『春川が行くなら行く』って言うから、女子陣から頼まれてさ!」

「え、そんな大人数なの?」

「…あれ?春川、聞いてなかったのか?『テスト最終日にカラオケ行く』って」



 無理矢理連れてきてしまい表情が引きつる夏樹と、カラオケしにいくからかウキウキの真冬、僕を条件に使って呼び出してしまったことを反省する秋山さん。そして、何も知らされず3人に連れられた僕、春川歩。

 合計参加者は16人で、場所はクラスメイトの親が経営しているらしいカラオケボックス。当然ながら発案者はその人だ。


 カラオケボックスは本来休日であったため、4グループに分かれて計5部屋中4部屋を貸し切りにしていて、利益をそこまで考えていないのか、お金は払わなくていいと発案者の母親から言われた。本当にいいのだろうか…?


 ちなみに、部屋分けは中の良いグループはそのまま、ペアは二グループを一つの部屋に押し込み、まだ馴染めていない人は、同じ性の多いグループに入れられた。僕たちは4人で一グループで部屋分けされた。


分けられた部屋の中で、秋山さんが口を開く。


「私、こういうの初めてで、どうすればいいか…」

「大丈夫!歩が教えてくれるって。ね?歩?」

「え、僕も初めてなんだけど…」


4人中2人がカラオケ初体験。思わず固まった夏樹は、選んだ曲を歌わず驚いている。

…高校生って、そんなにカラオケ行くの…?


 気を取り直して、僕と秋山さんは聞く専門になっていた。歌う夏樹と真冬は判定で高得点を何度も叩き出して、ここでも点数勝負をしていた。

 30分もしない内に二人はどちらも100点を採り、休憩しに席を外した。慣れない手つきで秋山さんは初めてタブレット端末にさわり、大型のモニターに曲が表示される。選んだのは直前に真冬が歌っていた曲。

 深呼吸をして、秋山さんはマイクを持つ。そして、観客一人に向けた一曲限りの歌声を疲労する。


「嫌われる事が怖くてーー



同じ曲だったのに、歌い手が違うだけで印象がガラッと変わった。真冬は優しさを含んだ歌い方だった。でも、秋山さんにはそういうものは感じられない。むしろ、哀しさや辛さを含んでいるような歌に聞こえた。

 目が離せなかった、と言えばいいのだろうか。彼女の歌には彼女の思いが込められているようにも思えたが、それが何なのかは一向に分からない。気づけばラストのサビも終えて、曲は終わりに向かう。誰にも止められることがないまま、彼女の歌が終わっていく。

 今の僕には彼女を止めることはできない。彼女には、もっとふさわしい王子様がいると思ったから。



ーー僕は、君を、君を愛した」


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