3.運動においてボールは敵
約1週間いろいろな部活に仮入部をして、どの部活に入ろうか悩んだ末に部活動を陸上部に決めた。理由は走るのが好きだから。ただそれだけの理由だ。
部内のルールも厳しくなく、服装も体育の授業で使う体操服を使うので特に追加で必要なものはない。
放課後に部活は行われ、ガチ勢という名の大会上位を目指すグループと、そのグループの隣で大会には出ないものの体力づくりをするという、エンジョイ勢に別れている不思議な部活だ。
日曜日以外は部活があり、グラウンドはサッカー部と陸上部が譲り合って使うらしく、どちらか一方が使うときはもう一方は休みになるそうで朝練がある日は放課後の部活はない。
「春川くん。陸上部には慣れそう?」
「大丈夫ですよ。メニューもそこまできつくないですし」
この人は加藤風太先輩。陸上部の部長をしている3年生で、今年度の前期生徒会長もしている。
前回の進級テストでは学年で堂々の1位の点数を叩き出し、さらにはイケメンなのでモテるという周りから恨まれそうな性能をしているのだが、性格が良いため恨んでいた人もいずれ部長のファンになってしまうらしい。
一言で言えば全てにおいてハイスペックな人、である。
そのハイスペックな部長が一瞬口角を上げたと思えば、次に飛んできたのは思いがけない勧誘だった。
「そうだ、春川くんもガチ勢と一緒に練習してみる?」
「え?」
どうしてこうなった……
今行われようとしているのは20mシャトルランinグラウンド。
本来は体育館でやるそうなのだが、外の方が滑るのに加え反発も少ないため、体力がつくという謎な理論のもと行われている。
3年生のムキムキな先輩方3人が同時にシャトルランに参加するようで、自分だけ一年ということもあるけれど、それよりも先輩方の威圧感が凄いため気が引ける。
「よし、一年!まずは体力テストの評価10の125回だな!」
「は、はい!」
「よし、心構えは十分。俺たちは200回を目標で頑張るぞ!」
「「おう!!!」」
ものすごい熱気と男気を目の前にして少し気が引けてしまったが、測定が開始されれば誰もが本気になるのが分かる。
ちなみに、部長はもし誰かが倒れたときに対処するため記録係になっている。
「今ので100回だよ~」
「最低でも後半分だぞ!お前ら!」
「「おう!!!」」
かなりキツくなってきたのだが先輩方はあまり息を上げていないようで余裕そうに走っているように見える。
先輩方をペースランナーとして追ってきたが無尽蔵にも思える体力にはついていけず、途中で抜けさせてもらった。
「おー、春川くん144回だよ。お疲れ様。」
「やっはり、シャトルランって、疲れますよね……それに、先輩方、凄いですね」
「俺たちは200回まで行くぞ!」
「「おう!!!」」
記録はついに150回を越え、このペースのまま200回を達成してしまうのが容易に想像できてしまうのはなぜだろうか。
普段どんなトレーニングをしていればああなるのか、全く想像できない。
やはりエンジョイ勢に紛れて楽しく部活をするくらいが一番いいのかもしれない。
驚異的なペースで200回を達成したものの、さすがに三人のうち二人は200回を過ぎたあたりでリタイアしていった。しかし、一人だけペースを落とさず、いや、どちらかというとペースを上げて走り続けている。
みるみる回数は増えていき、先輩はシャトルランの音源が切れる247回を走りきった。それでも先輩はまだ息が上がっていないように見えたのだが、どうなっているのだろう。
「初めてシャトルランの最後を見たかもしれないです」
「あはは。彼も今日は調子良かったんだと思うな。いつもは200回ちょっとで終わっちゃうから」
「それ、外での話ですよね…?」
「うん。そうだね」
外で200回越えるとなると、室内でやるならもっといけそうな気がする。まあ、男子は125回を越えれば最大評価の10がもらえるのでそれ以上やったところで評価は変わらないのだが。
「部長、やっぱり僕はエンジョイの方でやりたいです。というかやらせてください」
「あはは。みんなそう言うんだよね。ガチのグループも楽しいのに」
平然と言ってのける部長に苦笑いを返して、エンジョイ勢に戻ろうかと思ったら、先程シャトルランをカンストしていた先輩に呼び止められた。
「凄いな一年!最近のやつは100回行かずに諦めるやつらばかりで面白くなかったんだ!良ければガチの方で陸上やらないか!」
「え、え、その……」
「あはは。神山さん。僕もさっき春川くんには聞いたけど、エンジョイでやりたいって言っていたよ」
「そうか……だが、俺たちはいつでも君を歓迎するぞ!では、一年!陸上部、楽しめよ!」
「が、頑張ります……」
巨体が離れていくと、部長は僕が少し引いていたことに笑う。
この笑顔、本当にモテる人がする笑顔だ。僕が男でなければ気が向いたに違いない。
「春川くん、僕もそろそろ練習に戻るから、怪我には気をつけてね」
手を振って離れていく部長を見送り、エンジョイとは言ってもレベルが低いわけではないエンジョイ勢に参加して、部活動の残り時間を楽しんだ。
陸上部に加入してから1週間ほど経ったある日、僕らには球技大会という地獄が待ち受けていた。球技大会の種目としては、サッカー、バレーボール、バスケットボール、卓球がある。
ただ、僕は球技全般が苦手だ。走るのはできるので好きなのだが、球技はボールに嫌われているのかボールに襲われることがしばしばある。
僕のクラスは男子はバスケットボールとバレーボールに1チームずつ、女子は卓球1チームとバレーボール2チームと分かれていた。
別に男子女子で分ける必要はないけれど、たまたま上手いように分かれた。
全校生徒が一度グラウンドに集められ、校長先生の短い話を聞いて、その後はそれぞれの場所へと散らばることになった。
バレーは室内で行われるため、僕は同じバレーボールのチームであるクラスメイトと体育館へと向かう。
「俺は春川は絶対バレーだと思ったわ」
頭の後ろに両手の指を交互に組んで話す夏樹に、なぜそう思ったのかを訊いてみる。
「あー、言い方悪いけどさ、春川はバスケで相手に体当たりされたら吹っ飛んでそうだなって」
「あぁ……なんか想像できた」
「だろ?」
これは数日前に測った記録なのだが、僕の身長は170センチ手前で、平均くらいなのだが、体重が50キロもなく、非常に軽い。
近頃、部活終わりは晩ごはんを作るのが面倒で、コンビニやスーパーなどで売っているものを購入してばかりいるのがさらに事を悪くしているのだろう。反省だ。
「まあ、怪我しないように頑張ろうな。ほら、女子も見てることだしさ」
「そこまで見られたくないな……」
「え~、なんでだよ。カッコいいとこ見せるチャンスだぜ?ほら、滅茶やる気の人もいるし」
夏樹が指差した方には雄叫びをあげる先輩方や、気になる女子を探す男子生徒たちがいた。
……見なかったことにしよう。
この球技大会、普通に他学年とも試合が組まれている。初戦から3年生相手なのを見て、正直やる気が出ない。
「男子バレーボール第一試合、2年A組対3年D組が始まります。該当する生徒は体育館北側のコートに集合してください」
第一試合の招集がかかると、体育館から大きな黄色い声が上がる。それは、ほとんど全てが陸上部部長、加藤先輩への声だった。部長は女子陣へ手を振って対応すると、さらに黄色い声が上がる。
体育館はいつからライブ会場になったんだ……
「生徒会長、モテモテじゃねえか」
「陸上部の部長でもあるよ」
「え!?まじかよ!陸上部マネージャー多そうだな」
「あれ?そういえばマネージャーいなかった気がする……」
「え、マジで?」
「多分」
本当はいるのかもしれないが、嘘を伝えるのも悪いと思ったので、いつか部活で聞くことにする。
その後、2年生と3年生が良い勝負を繰り広げている間、夏樹からバレーボールのルールを教えてもらっていた。
「―――で、基本的なことは終わりだな。なんか質問あるか?」
「とりあえず3回以内に相手コートにボールを入れればいいんだよね?」
「ああ。まあ、うちのクラスにバレー経験者いるし、誰かに上げればなんとかしてくれるよ」
「それは凄く助かるけど、初戦から3年生だし……」
それには夏樹も苦笑いを浮かべる。
「まあ、負けたら他のチーム見て楽しむしかないな」
他のチームを観察して思ったことは、1年生チームに比べて、2年生チームと3年生チームは格段に連携が取れている。慣れがあるのかもしれないが、それにしても新年度になってから1ヶ月も経っていない今の段階で名前を呼びあって連携をしているのが、1年生との大きな違いだろう。
そして、ついに歩たちのクラスの初陣の試合が始まる。
「男子第六試合、1年G組対3年H組、ボールは1年G組からお願いします」
夏樹は審判からボールを受け取り、サーブをするために移動する。
夏樹が移動して、審判係の生徒に合図を送ると、ブザー音で試合開始が宣言された。
初めの夏樹のサーブは相手のコートへと向かい、相手コートに落ちることなく再び宙を舞う。
そして、前回シャトルランをカンストしていた神山先輩がボールに合わせてジャンプし、思いっきりボールを叩き落とし、僕たちがいるコートにボールが当たった瞬間、ものすごい音をたててボールが文字通り弾け飛んだ。
「「!?」」
「さ、3年H組に1ポイント!」
「む、力加減を間違えたな……」
肩を回す神山先輩に、正直なところ恐怖を覚えた。あのボールに当たったら死ぬのではないか、と。
さすがに三年H組の先輩方も危険と判断したのか、そこから神山先輩がアタックをすることはなく、順調(?)に点を取り合っていた。
スコアボードには11―24と表示され、既に勝てる試合ではないのは分かっていた。
こちらのサーブは上手く相手コートに行くのだが、神山先輩のリベロが上手く、セッターにボールが渡る。
セッターも完璧にトスをあげ、その瞬間、ボールは次にこちらに向かってくるように感じた。
夏樹に教えてもらっていた構えを準備してアタックに備えると、アタッカーから放たれたボールは真っ直ぐこちらに向かってくる。
ただ、手元ではなく顔に向かって飛んできている。
(あ、これは駄目なやつだ)
顔面だけは避けたかったのだが、回避する暇もなく顔に衝撃が襲ってきた。その衝撃で転倒し、ヒリヒリ痛む顔で天井見上げると、だんだん天井が近くなってきているような?
それがボールだと気づいた頃にはすでに手遅れで、再び頭に衝撃が襲ってきた。
気がつけば、僕はベッドの上に寝かせられていた。
周りを覆っているカーテンの外から声が聞こえ、それが夏樹と真冬、秋山さんまでいることはすぐに分かった。
心配されているのだと思い、ベッドの上で上体を起こし、カーテンを開ける。カーテンはシャッと音を立てて開き、その向こうにいた3人と目が合った。
「春川!大丈夫か!」
「ちょっとなつ!声が大きいって!」
「白瀬さんも大きいですよ。……春川さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。心配かけてごめん。えっと、今、何時?」
秋山さんは時計を見ることなく、僕の上履きを用意しながら、12時だと教えてくれた。
なるほど、ざっと15分ほど寝ていたのか。
「星野さんが春川さんを保健室まで運んでくれたんです」
「ありがとう夏樹。試合はどうなったの?」
「それがさ、相手の3年生のムキムキの人が『怪我人を出してしまったので辞退する』って譲ってくれて、お昼の後に2回戦があるんだけど……」
多分ムキムキな人というのは、神山先輩のことだろう。
神山先輩ならそんなことを言いそうだと心の中だけで思いながら、夏樹が言いとどまった言葉の続きを待つ。
「春川が抜けると人数が足りないんだ」
元々男子の人数が少ないこともあり、尚且つ半分はバスケットボールに行ったので、バレーボールはギリギリの人数で回していた。
そして、譲っていただいたのがありがた迷惑となり、また、保健室の先生からは、僕に何かあるといけないので、今日の球技大会は観戦だけにするように言っておいてほしいとのこと。
しかし、痛みなどの症状はないので、試合に参加しようと思えば参加できると思う。
「それに、『男友達が一人くらい見守っていてほしい』って言うから、二人足りなくなるんだよ」
「二人は厳しいね……」
僕の言葉に肯定した夏樹は「そこでなんだが」と前置きをする。
「秋山さんとふゆが参加したいって言ってくれたんだけどさ、春川にも了承を得ておいた方がいいってさ。どうする?」
秋山さんと真冬を見ると、二人とも自信満々のようだ。
「任せてください、春川さん」
「あたしたちがいれば、2回戦も出場できるから、3年生のムキムキな人の期待も裏切らないでしょ?」
神山先輩が譲ってくれたのを無駄にしたくはないのだが、もしもこの二人に僕にあったようなことが起こるかもしれないと思うと、簡単に任せるとは言えない。
「あたしたちなら大丈夫だよ。歩みたいにやわじゃないよ」
「春川さんがやわかどうかはさておき、私たちは春川さんのためにやりたいんです。やらせてくれませんか?」
息を吸うように貶された気がしなくもないが、二人のフォローは良いように捉えておくことにしておく。
「怪我しないようにプレーしてくれるなら、お願いしてもいいかな」
「お任せあれ!」
「分かりました。怪我しないように頑張ります」
選手交代のことは小林先生がすでに済ませていたらしく、僕が許可しなかった場合には棄権するつもりだったらしい。
秋山さんと真冬が加わった2回戦の1年B組との戦いでは、余裕を持って25―8で勝利し、続けた3回戦では、さすがに3年生相手で苦しかったようで、20―25で惜しくも敗れた。
男子相手にでも戦ってくれた二人には感謝しかない。
蒸し暑い体育館の外で代わりに試合に出場してくれた秋山さんと真冬が休憩しに行ったのが見え、夏樹と一緒に二人に会いにきていた。
二人は少し落ち込んでいるようで、まず謝罪をしたのは真冬だった。
「ごめん。なつ、歩……」
「いやいや、むしろ凄いよ!3年生相手にあそこまで粘るなんてさ!ふゆも秋山さんもお疲れ様!」
夏樹が労いの言葉をかけると、二人の表情は少し和らいだように見える。
続けて秋山さんが僕に頭を下げる。
「春川さん、期待に添えず、ごめんなさい!」
「大丈夫だよ。二人とも怪我しない方が嬉しいからさ」
「春川さん…!」
「歩、いいやつ…!」
これまで何だと思っていたんだ。
その後は四人で少し話をした。やはりこの四人で話すのが楽しいと思える。
「春川くん!」
僕の背後から部長の声が聞こえ、聞こえてきた方に視線を移すと、誰かに脇の下に腕を入れられ、そのまま持ち上げられる。
「え、あわっ!?」
「一年!すまなかった!体の調子は大丈夫か!?」
目の前にいる巨体から心配する声が聞こえるが、僕は左右に揺らされそれどころではなかった。
目立った外傷がないことを確認しているのだろうが、足が地に着いていないのは少し怖い。
神山先輩は僕の顔を念入りに観察したと思えば、部長の「下ろしてあげて」という声で、ようやく僕の足は地面に着いた。
「一年、体調が悪くなったらすぐに呼んでくれ。このお詫びはまた今度会ったときにさせてもらうが、それで問題ないか?」
「は、はい。えっと?」
「では、そういうことだ。すまなかったな一年!」
嵐のように去っていく巨体を見送ると、神山先輩を連れてきたのだろう部長は、
「今日は部活無いから、今日はちゃんと体を休めてね」
と、僕の体の心配をしてから、さすが陸上部というスピードで、先を行く神山先輩を追っていった。
「春川、陸上部って、あんなのばっかりなのか?」
「まあ、そうかも」
「楽しそうですけど、入部は考えちゃいますね」
「それは分かるな~」
体育館の陰で談笑していると時間はあっという間で、バレーボールの試合の決勝が始まるらしく、体育館の中からは声援が飛び交い始めた。
「決勝戦が始まるみたいだし、俺たちも行こうぜ」
夏樹の意見に満場一致で、僕らは再び熱の籠った体育館へと戻った。
決勝戦は生徒会長であり陸上部部長の加藤先輩のいる3年D組と、秋山さんと真冬が戦ってくれたあの3年A組で行われている。
どちらも激しい攻撃と、他の生徒とのカバーが見られ、一点を取るのにも時間がかかる。
部長の良いところがあると、周りで盛り上げている生徒たちは黄色い声をあげていた。
勝負は後半になり、点数は22対24と、3年A組がマッチポイントを迎えていた。
どちらのクラスも疲労が見られ、A組のサーブが失敗し、さらにA組のリベロのミスにより、24対24の同点になった。
雪校の球技大会のバレーボールでは、早く試合を終わらせるためにデュースが不採用になっているため、あと一点を取った方が勝ちになる。
これが本当に最後になるのだろう。
会場の体育館は事前に打ち合わせをしたかのような静かを保ち、A組がサーブを始めるのを待つ。
バチンという音と共に、ボールはD組のコートへと向かうと、すぐにボールは起動を変えて宙を舞う。
そのボールはトスによりもう一度宙を舞うと思われたが、落下位置にいた部長は体育館の床を強く踏み、ボールへ向かって飛んだ。
まさかアタックに来るなんて思いもしなかったA組はブロックが遅れ、高く飛んだ部長のアタックにより放たれたボールはA組のコートで音を立ててバウンドした。
この瞬間、雪校球技大会のバレーボールは3年D組の優勝が決まった。体育館は大いに盛り上がり、次に集合の放送までは誰も移動しようとしなかった。