2.勉強と恋愛の両立
次の日、予定どおりテストが行われ、テストが終わるとクラスからは、終わった~!と喜ぶ声と、他にも好ましくない方の終わった…。という声があった。
終礼が行われているのだが、疲労もあり少しクラス全体の気分が下がっているのが分かる。
そんな僕ら生徒たちに追い討ちをかけるかのように、知らされていなかった事実が小林先生から伝えられる。
「あ、言い忘れてましたけど、この学校では学校内のテストは毎回上位30名が掲示されます。皆さんの名前が多く掲示されると先生嬉しいです」
クラスからは「それいる?」や「なんで?」といった疑問の声が出てきたが、小林先生は気にせず話を進めていく。
大体要約すると、「まあ、とにかく、皆さん頑張ってくださいね」だ。
僕としては順位が掲載されることで誰が勉強できるのか分かるので、分からないところがあればその人に聞けていいと思うし、名前が掲示されることを目標にするのもやる気を起こす一つの手段にもなると思う。
「それでは、今日のテストはこれで終わりなので、伊藤さんは日直日誌を後で私に。他の皆さんは部活などを見に行ってみてはどうでしょうか」
部活、という言葉で、昨日の大量にもらった部活勧誘のプリントを思い出し、終礼後のぞろぞろとクラスメイトが出ていく教室の中で、机にもらったプリントを広げていく。
「お?なんだ春川、面白そうな部活でもあったか?」
そう聞いてきたのは、後ろの席から広げたプリントが見えたらしい夏樹で、席から動かずに頑張ってプリントを見ようとしていた。
目についたプリントを一つ取って夏樹に渡すと、夏樹は目を輝かせてプリントを読んでいく。しかし、途中で何かよくないところがあったのか、視線をプリントの下部まで通さず僕に返してきた。
「まあ、面白そうじゃないか?週6はさすがに嫌だけど」
「全国の経験がある陸上部だから、余計に力を入れているのかもしれないけど」
夏樹はあまり納得していない様子を見せて、他のプリントを要求してくる。自分で取った方が早いのでは?と思ったけれど、あえて言わなかった。
クラスメイトの中にも、中学時代からの知り合いもいるようで、何人かでグループを作って部活を見に行くであろう生徒が多く見られた。
僕のまわりには部活に興味がありそうな人がいないので、合わせるためにこうして教室にいるのだが、秋山さんが教室の一番左前で自己採点をしているのが見えた。
秋山さんを見ていると、自分がどれほどテストに向き合えたか知りたくなり、部活のことは一度水に流して、早速自己採点を始めた。
「おぉ、春川、次は自己採点か!めっちゃ真面目じゃん」
「答えを忘れる前にやっておきたいからさ」
「え、でも問題用紙にまでメモしてあるし、忘れないんじゃね?」
「いやいや、そうでもないよ。例えばここ。同じ問題に二つメモがされてるけど、解いた後すぐなら、どっちを選んだのかとか分かるでしょ?」
「た、確かに。俺もやっとこ……」
一言で言うと、夏樹は周りと一緒に伸びるタイプだと思う。こうやって誰かの良いところを見つけて真似するのは非常に素晴らしいと思う。
自己採点を初めてから約三十分ほど経った頃、僕はすでに最後の三教科目に突入し、その後すぐに三教科全ての自己採点が終わってしまった。夏樹の点数を見ないために振り向くことなく問題用紙や筆箱を片付けていると、後ろの席の震源地が机を揺らした。
何事かと思い振り向くと、そこにはぐったりした夏樹が机に突っ伏していた。
「大丈夫…?」
「疲れた……」
いきなり倒れたので、何か良くないことがあったのかと思ったが、そうではなかったらしく少しほっとした。すると、夏樹と同じように左の前に座っていた真冬も机に突っ伏した。
(これ、連鎖するものなのか…?)
そんな僕の疑問に答えるように、突っ伏したままの真冬が言う。
「疲れたって聞いたら、あたしも疲れた……」
「えぇ…?」
「これ、食べますか?」
突っ伏した真冬の前に現れた秋山さんは、真冬に一口サイズのチョコレートを見せる。
個包装になったチョコレートに釣られて上体を起こした真冬は、目を輝かせて秋山さんを見つめる。
「貰ってもいいの?」
「いいですよ。持ってきても食べきれませんでしたし」
「ホントはあたしたちに分けるつもりだったとか」
「え、そ、それは……」
分かりやすすぎる反応をする秋山さんに、「ありがと!」とお礼を言った真冬は、秋山さんの手の上からチョコレートを一つ取り、包装を解いて茶色の固体を口に放り込んだ。
「おいひい、あひはほうははっひ!」
口にチョコレートを含んだまま、もごもごと話す真冬に、秋山さんは「食べるときは静かに食べましょうね」と言って、真冬の机にチョコレートをもう一つ置いた。
真冬は一つ目のチョコレートを食べきったのか、机に置かれた二つ目のチョコレートの包装を解きながら「ありがとうかなっち」とお礼を言い、二つ目のチョコレートも口に入れた。
「どういたしまして。春川さんはいかがですか?」
「いや、僕は大丈夫。それより、夏樹にあげた方がいいと思うな」
「俺にもくれるのか!」
いつの間にか、ビシッと姿勢正しく座った夏樹は、秋山さんからチョコレートを貰って、「お返しはまた今度します!」とバレンタインデーやホワイトデーではないが宣言をした。僕ら四人以外は教室内に残っていなかったが、全員で笑いあった。
週明けになると、一階の下駄箱の前の廊下に1位から30位まで、名前とクラス、点数が貼り出されていた。
僕の順位は2位。自己採点と同じく284点で、その隣には「-4」と書いてある。
1位は288点をとった人の名前が書かれており、明朝体で『秋山奏』と書かれている。僕のクラスと同じ『1年G組』と名前の前に書いてあり、同じクラスに秋山という名字は一人しかいないし、奏という名前も一人しかいない。
4点差というのが少し悔しかったが、終わったものは仕方がないと割りきった。次のテストで上回ればいいのだ。
そんなことを考えていると、後ろから挨拶をされた。
「おはようございます、春川さん」
「あ、おはよう、秋山さん」
こちらが挨拶を返すだけでふわりと微笑む彼女は、1位をとったとは思えないほどゆったりとしている。
「これが先生が言っていた掲示ですね」
肩にかけていたスクールバックを廊下に置いて、30位から目を通していく秋山さん。同じクラスの人を見つけると、たまにリアクションをとる彼女が彼女自身の名前を見るタイミングで、彼女に称賛を送る。
「秋山さん1位なんてすご……」
「……凄い」
秋山さんの反応が少し変だと思った瞬間、秋山さんに両手で左手を握られていた。
「凄いですよ、春川さん!」
「えっ、な、何が!?」
「ほら、点数差!1桁です!」
彼女がいきなり何を言い始めたのか、全くわからなかった僕は、少しの間困惑することしかできなかった。
「私、これまで2位との差が1桁台だったことがないんです!」
「え?」
「だから、春川さんは凄いんです!」
「え、えぇ?」
そこでようやく手を握っていたことに気づいた秋山さんは、そっと握った手を離して距離をとると、少し頬を赤くしているように見えた。
「つ、次も期待してます!」
「え、あ、あ……」
廊下を走っていってしまった秋山さんは廊下にスクールバックを置いていってしまい、彼女が取りに帰ってくる気配がない。
(持っていった方がいいよな、これ……)
自分の鞄を背中に、秋山さんのスクールバックを手に持ち、4階まで上がることになった。幸い、生徒や先生などの学校関係者に見られることはなかったものの、教室で秋山さんにものすごく謝られた。
「ほ、本当に申し訳ないです。私ができることならなんでもしますから、何かお詫びを……!」
「分かったから、謝るのはやめよう?他のクラスメイトに見られたら、いろいろと誤解を生むことになりそうだから」
特に顔立ちが整った彼女が、僕みたいなその辺にいそうな人間に頭を下げているとなれば、僕が彼女の弱みを握っているように見えてしまわないだろうか。
とにかく、彼女が謝るのを止めさせたい。
「なら、何か私にしてほしいことなどは……」
「それなら、勉強の仕方を教えて、と言ったら教えてくれる?」
秋山さんはどうして?と言いたげに首をかしげる。
「もちろんですけど、人によって勉強方法の向き不向きはありますし、春川さんなら今の勉強方法で……」
「いえ、教えてください。それ以外ないです」
そろそろ誰か来てもおかしくない時間なので、きっぱりとお断りをいれると、秋山さんはすんなり勉強方法を教えてくれた。
勉強方法はいつもしているものとほとんど同じだったが、秋山さんが納得しなければ他にもできることを聞いてくる気がしたので、始めてやり方を知ったふりをして、その場を乗りきった。
「ありがとう秋山さん。参考になったよ」
「それなら良かったです。今度も期待してます」
「今度は負けないよ」
秋山さんは僕の宣言に満足したのか、「私も負けませんよ」と言い、一番左前の端の席に戻っていった。
秋山さんが席についたとき、ちょうどクラスで3人グループを作っている女子3人組が教室に入ってきた。
(危なかった……知らないふりして正解だったかも)
その後も、教室に人が増えていくと、ひそひそと順位に入っていたかどうか話す人や、1位の秋山さんが可愛いと他クラスで有名になっているなどと騒いでいる生徒が見られた。
「おはよ……」
「うわっ!?夏樹!?」
声をかけられるまで気がつかなかった。「うわっ!?」と声が出るほど、夏樹は見た限り体調が悪そうで、数日前には何もなかった目の下には隈ができていた。
「その、何かあったの?」
「ふゆに夜中までゲームに付き合わされてさ。まあ、寝不足だよ、寝不足。こんくらい大丈夫大丈夫……」
明らかに大丈夫なように見えない夏樹だが、すぐ後にやってきた真冬は元気一杯だった。
「もー、なつったら、たかが二徹でへばってたら駄目だよ?」
「二徹!?」
「あはは、ゲームしてたら気づいたら次の日だったって感じかな」
「夏樹と違って、真冬は元気そうだけど?」
「当たり前に徹夜くらい何ともないよ!」
「春川、ふゆは参考にならないから、あんまりあてにしない方がいいぞ」
後で夏樹にノートをせがまれたときに見せられるように、今日の授業をきちんとノートにとる必要がありそうだ。
夏樹は本当に限界だったようで、自身の席の足元へリュックを置くと、すぐさま机に突っ伏した。
夏樹のことは朝のホームルームが始まるまでは放っておこうと思っていたのだが、ホームルームが始まっても一向に起きる気配がない。
「夏樹、起きろー?学校だぞー?」
「あと5分だけ……え、学校!?」
学校で寝ていたことに気づいていなかったらしく、驚いた声が教室に響き、クラスメイトからの視線を集める。それは先生も対象外ではなく、夏樹は小林先生と目が合う。
「星野さん、どうかしましたか?」
「な、何でもないです!続きをお願いします!」
クラスから笑いが起きたものの、先生には気づかれなかった(?)ようで、先生は再びホワイトボードに係の名前を書いていく。
今日はホームルームと1限目で係決めを行う予定だ。
一通り係の名前を書き終わった先生は、係についての説明をする。
「級長と副級長はこのクラスを仕切る大切な役割です。誰かが欠席したときは代わりに仕事を引き受けたり、率先した行動をしたりする係です。誰か立候補はいますか?」
静かに一番左前の席の生徒の手が挙がるのが見えた。これまでの経験上、あまりリーダーをやりたくない人は多い。だからこそ、手が挙がったのはたったの二つだった。
「秋山さんと春川さんですね。他に立候補する人はいませんか?」
静まり返る教室には、早く他の係を決めに移れと言うような圧すら感じる。先生もそれが分かっていたのか、すぐに信任投票を始め、級長に秋山さんが、副級長に僕が信任された。
「それでは、秋山さんに春川さん。続きはお願いします」
「「分かりました」」
お互いが級長を譲り合うということがあったものの、1限目が始まって10分も経たない間にトントン拍子で全ての係が決まっていった。
「秋山さん、春川さん、ありがとうございました。ここからは私から書類等の配布物があるので、二人は席に戻ってください」
「はい。よろしくお願いします」
「分かりました」
僕と秋山さんはそれぞれの席に戻り、大量に流れてくるプリントを後ろに流していく作業へと戻った。
一人あたり6枚のプリントを手にして、それぞれのプリントに目を通しながら、小林先生からのプリントの説明を聞いていた。意識が上の空のクラスメイトも見られたものの、先生は気にせず話していった。
「それでは、担任の長い話も終わったことですし、残りの30分で席替えでもしましょうか?」
クラス内はリアクションが大げさな人と薄い人で分かれた。仲の良い生徒同士近くにいたいのが本望だが、教卓の中から箱を取り出して、二つ折の紙を入れていく先生からの説明により、それは簡単なことではないことを知らされる。
「引いた番号が次の席の場所なので、席替えが終わるまでちゃんと持っておいてくださいね。あ、席の交換は駄目ですよ?」
「えー、先生ケチじゃん」
「っ!?」
クラスメイトの発言により、先生が大ダメージを負ったような気がしたが、先生は念のためもう一度席の交換を禁止することを伝えて、出席番号が一番早い生徒から紙を引きにくるように指示をした。
「なぁ、春川。俺の分も引いてきてくれね?くっそ眠い……」
「席の交換って言われそうだから却下」
「うえー、友達だろ、俺たち?」
「…………」
「え、ノーコメント!?」
夏樹は無視をされたことの驚きで起きてくれたので、起きたついでに紙を引きに行ってほしい。
おい、うつ伏せになるんじゃない。
順調に紙が引かれていき、僕が引いた紙には9と下線が記されていた。前に貼り出された席順からすると、後ろから二列目、窓側から二列目の席だ。位置的に少し白板が見えづらくなるかもしれないが、決まってしまったものは仕方がない。
そしてなぜか夏樹は10が書かれた紙を手にしている。また歩から一つ後ろの席である。
クラスメイト全員で場所移動をすると、左後ろの端の席には、5が書かれた紙を持った真冬、左隣には4と書かれた紙を手にした秋山さん。
秋山さんは周りが話せる人であることにほっとしたのか、微笑みが溢れていた。
全員が所定の位置に移動したのを確認すると、先生は箱をしまい、だれがどこに移動したのかをメモし始めた。
「中間テストが終わるまではその席なので、周りの人と仲良くしてくださいね」
「よ、よろしくお願いします。春川さん」
「こちらこそ、よろしく。秋山さん」
「えへへ、なつと隣だ~!今年はいい年だ!」
「まだ今年の四分の一も経ってないんだが…?」
夏樹の死にかけな声が終わるところで、先生が追加で話し始めた。
「あ、そうだ。隣の人にインタビューをしてください。好きな食べ物や教科、特技などを軽く聞きあってみてください。残りの時間はその時間とします」
先生が話し終わると、すぐに机に突っ伏して眠る夏樹を横目に、僕は秋山さんにインタビューを開始する。
話し相手がいなかった真冬は、時間を潰しがてら僕たちの話し合いに参加する。
「えっと、真冬と秋山さんは好きな食べ物はある?」
「私は甘いものが好きですね。最近は食べすぎないように頑張っています」
「あたしは何でもいけるよ」
テストの日に持ってきたチョコレートは秋山さんが知る中で一番甘いものだったらしい。僕は食べていないので、甘かったかどうかは知る由もないが。
「春川さんはどうですか?」
「僕は……特にないかも。ごめん」
「なら、好きな教科はありますか?」
「数学かな。二人は?」
「あたしは音楽とか美術かな~」
「私は春川さんと同じく数学が一番好きですね。ずっとやっていられるというか、楽しいですよね」
「ちょっと分かるかも。楽しいよね」
会話が盛り上がり、先生から出された質問の例は聞き終わってしまった。
何を聞けばいいのか分からなくなったのだが、タイミングよくチャイムが鳴り、授業時間が終わったことを知らせる。
僕は先生に聞きたいことがあり、しばらくの間席を外すことにした。
歩が教室を出ていってから、奏は夏樹にちょっかいを出す真冬に話しかけ、興味を引けたことが分かると、個人的な話なんですけど、と前置きをした。
「私、気になる人がいるんです」
急に奏が恋愛相談を始めたことに少し驚いた真冬は、歩の席へと移動する。
「へぇ、かなっちが好きって言うなら、相手は断るなんてしないと思うけどね」
「そ、そうですかね」
「かなっち、顔立ちも良いし、頭も良いから、引く手数多な気がするけど」
「そ、そのくらいで…!」
奏は顔を真っ赤にして、頬から熱を取るように手を張り付けていた。
「かなっちは告白とかされなかったの?」
言った後にかなり攻めた質問をしてしまったのではないかと心配になった真冬だが、奏は少し微笑んで、迷惑ではなさそうにした。
「中学生のときはよくありましたね。でも、全て断りました。多分、皆さん、私の表面しか見てないと思うんです。だから、私の中までちゃんと知って、受け入れてくれる人がいたら良いなと」
「気になる人がいるってことは、ようやく見つけられたんだ?」
「はい。でも、告白ってどうすればいいのか分からなくて……」
「うーん。かなっちなら、『付き合ってください』って言えばOKもらえると思うけどな」
「そ、そうだと良いんですけど……」
どうしてそこまで卑屈になるのかよく分からないが、確実に彼女に告白された人は付き合ってくれると思う。
いつの間にか時間も過ぎ去り、教室に歩が戻ってくるのが見えた。
「その、個人的な話を聞いていただいてありがとうございました」
律儀にお礼をする奏に困ったら頼ってほしいことを伝えておき、真冬は歩に席を返すと、歩は何をしていたのか気になっていたが、訊いてくることはなかった。