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19.求めていた言葉は

「あのさ、秋山さん」

「…はい」

「一緒に寝るのは構わないんだけど、これだけは言っておきたいことがあって」

「な、なんでしょう」

「これを言うのはちょっと不安だけど、聞いてくれる?」


秋山さんは静かに頷いて肯定してくれる。


「秋山さんはもう知ってると思うけど、僕…」

「っ、や、やっぱり少しだけ待ってください!」


言いかけた言葉を飲み込んで秋山さんの様子を観察する。

秋山さんは頬が赤く、目も潤んでいる。


「少し、落ち着いてから、聞きたいです」

「う、うん。衝撃的だったし…」

「…衝撃的?」

「秋山さんは驚かなかったの?」

「いきなりは驚きますけど…」


そろそろ秋山さんは落ち着いただろう。ちゃんと会話もできているし。


「そろそろいい?」

「…はい。大丈夫です」


僕は一つ深呼吸をして、秋山さんに向き合う。


「僕たち、かなり昔から会ってたんだね」

「はい。…え?」

「姉さんが昨日写真を見せてくれて、そこに僕と姉さんと一緒に秋山さんも写ってたんだ」


なぜか秋山さんはぽかんとしている。

なんと言うか、予想外の言葉に驚いているみたいだ。


「……。」

「秋山さん?」


秋山さんは椅子に座る僕に突然、一言「ばか」と言って姉さん同様お風呂場から出ていった。

僕、何か悪いことしたかな…?




 二人きりにして5分くらい経つと、先に奏ちゃんだけがリビングに戻ってきた。


「どうだったの?」


私には二人のやり取りが聞こえていたけれど、わざとらしく奏ちゃんに聞いてみる。

少し体が震えているようで、奏ちゃんは泣いているのではなく、怒っているように感じる。


「忍さん嘘つきです!」

「えぇ? 私、『本心を聞ける』としか言ってないよ?」

「だって、告白されると思うじゃないですか!」

「もうちょっと静かにしないと、弟くんにバレちゃうよ」

「…忍さん、また私をからかおうとしてます」


声を抑えて訴えるあたり、奏ちゃんは聞こえるかどうかを気にしていたみたいだ。素直すぎない?


「でも、一緒に寝るんでしょ?」

「き、聞こえてたんじゃないですか!」


声を抑えるのを忘れて大きな声になり、この声量ではお風呂場にいる歩にも聞こえただろう。

それにも関わらず、奏ちゃんは私を赤くなった顔で捉えている。

あー、ほら、弟くんがびっくりした様子で出てきちゃった。


「秋山さん、大丈夫?」

「うぅ、忍さんがからかってきます…!」

「もう、姉さんも程々にしてよ。秋山さんに迷惑かけちゃ駄目って言ってるでしょ」

「分かってるよ。でも、奏ちゃん可愛いじゃん」


私の一言で、弟くんと奏ちゃんはさっきまでの会話を思い出したのか顔を赤くして、二人が私を咎めるのが止まる。二人とも初々しすぎじゃない?

…まぁ、今はまだいいかな。


「私はお風呂~」


調子がよくなった私はお風呂場に逃げるついでに、奏ちゃんと歩を二人きりにさせようと思ったけれど、それは本人によって妨げられた。


「わ、私も行きます!」


そう言ってついてきた奏ちゃんを再び遊び道具にすることに決定したところで、後番のお風呂に入った。


…のは良かったんだけど、以外にも奏ちゃんの怒りが静まりきっていなかったようで、私が奏ちゃんの髪や背中を洗ってる間、私は奏ちゃんに優しく怒られた。

 現在は奏ちゃんが私の背中を洗ってくれている。なんだか、こっちにくると毎回奏ちゃんに洗ってもらってる気がしてきたよ。


「本当に歩さんに告白されるかと思いました…そしたら、全然違うことで」

「ごめんって。でも、それなら奏ちゃんからは告白したらいいのに」

「そっ、それは…」


奏ちゃんの手が止まり、付着している泡が少しずつ肌に溶けてくすぐったい。

背中についた泡が弾けていくのを感じる私を気にせず、奏ちゃんはポツリと綴る。


「その…怖いんです」

「もし断られたらって?」

「いえ、そうではなくて、その…」


奏ちゃんは手を動かし始め、これまでより私の肌を擦るのが強くなっているのが分かる。


「歩さんが、将来私より良い人とこれから出会うかもしれないじゃないですか。そうしたら、歩さんは私を捨ててしまうんじゃ、って…」

「それなら、奏ちゃんが一番になれるようにすれば良いんだよ」

「そんなの、どうするんですか」


少し戸惑いを含んだ疑問の声が背中側から聞こえてくる。うーん、アシストしておくべきかな…?

私は正直、奏ちゃんに教えすぎるのは良くないと思う傍ら、このまま二人の関係が進まないのも困る。

仕方ない。今回はサービスで教えてあげよう。


「簡単だよ。一番近くで、一番に歩を思えばいい。奏ちゃんの『一緒にいたい』って気持ちが歩に伝われば、自然と歩も奏ちゃんと同じ思いになっていくはずだよ。たとえ将来に会う人が良い人だったとしても、そのときまでには積み重ねの思いで奏ちゃんが上になるはずだよ」


私の意見を聞き終わると、奏ちゃんはそれでも食い下がってくる。奏ちゃんにこんな一面があったなんて知らなかったよ。


「でも、それじゃあ、途中でいい人と歩さんが出会ったら、私捨てられちゃうかもしれないです!」

「大丈夫。歩はそんなことしないよ。なんせ私の弟なんだよ? まあ…そうだね、一つ確実に言えるのは、奏ちゃん以外が先に取っちゃってもそれは同じかもしれないってことかな?」

「え…あ…!」


たった1日前の出来事。

歩は上級生の女子生徒から告白されて、それを断った。

あの時、多分歩は相手の悲しむ気持ちを感じたと思う。歩の今の心のままじゃ、きっと次に告白してきた人を断れない。

ならばこそ、もし、次の人が奏ちゃんではなかったら?

…そんなのは、言わなくても分かることだ。

当然、奏ちゃんもそれは分かっているはず。


「奏ちゃんはちゃんと伝えた方がいいよ。私からは以上」

「分かってる…つもりなんですけど」


このままの奏ちゃんだったら、多分手遅れになってしまう。どうにかして手助けしてあげたいけれど、どうしておくべきだろうか…。

私にも男の経験があれば良かったんだけど、残念ながら私は歩にしか興味が湧かなかったから…。しかもあれ以来、男性恐怖症で近づけたくないし。

何か助けになるようなこと…あ、そうだ。


「告白を断るとき、奏ちゃんはどうしてる?」

「え…? それは『気になってる人がいるから』って断ってますね」

「じゃあ、その気になってる人がいなくて、ましてや人を騙すのが嫌で、嫌われたくない人はどう断ると思う?」

「え、そんなの断れないですよ」

「今のに歩を当てはめてみたら?」

「…!」


伝えたいことは多分伝わったと思う。あとは背中を押してあげるだけ。

私は奏ちゃんから泡立てネットを奪い、ここでの仕事を無くしてあげる。


「歩は今一人だよ?」

「…ありがとうございます」

「ううん。まだ、その言葉じゃないはず」

「…がんばります」

「よし、奏ちゃんにはアドバイスをあげよう」

「なんですか!?」


奏ちゃんは食い入るように体を寄せ、私の『アドバイス』を待っている。子どもっぽいって言ったら怒るかな?


「まあまあ、奏ちゃんはお湯に浸かりながら聞いてよ。私の背中はもういいからさ」

「え、でも…」

「あー、今すぐに浸かってくれないと話さないかもな~?」

「浸かりますっ!」


奏ちゃんは風呂桶のお湯で手の泡を流すと、すぐに私が言ったとおりお湯に浸かる。

真面目ちゃんだね。まあ、その分だけからかいがいがあるとも言えるけど。


「聞く気満々だね?」

「そ、そういうわけじゃ…!」

「なら話さないでおこうかな?」

「それは…って、忍さん意地悪ですっ!」

「ごめんって。ちゃんと話すから許して?」

「…もうっ」


奏ちゃんは分かりやすく頬を膨らませ、顎が湯船に浸かるまで姿勢を丸める。一つ一つの仕草が可愛いのは狙ってやってるわけじゃないんだろうけど。


「じゃあ、まずは互いの呼び方を変えないとね」

「呼び方ですか? 歩さんは歩さんで良いと思いますけど…」

「ダメダメ。もっとフレンドリーに呼ばないと。『歩くん』とかどう?」

「も、もう少し…なんというか、難易度が低いのはないんですか?」

「え~? じゃあ、『あっくん』とかは?」

「難易度上がってます!」

「やっぱり『歩』ってスッキリ呼んじゃう? ボーイッシュだねぇ」

「うぅ、恥ずかしいです…」


これじゃ呼び方を変えることすら難しそうだ。

はぁ、奏ちゃんはもっと簡単に言ってくれると思ってたんだけどな。


「でも、さん付けだと夫婦みたいじゃない?」

「……。」


奏ちゃんの反応がなく、奏ちゃんは完全にフリーズしていた。

でも、さっきより頬の赤みが増していて、一瞬だけ逆上せたのではと勘違いした。


「な、な、何言ってるんですか! そういうのはまだ早いですっ!」


『まだ』なんだ。奏ちゃんはそういうのは求めていない訳ではないってことだね。


「ごめんって。じゃあ、戻って『歩くん』でどう?」

「…歩、くん…」


奏ちゃんは頬が赤いまま、何度か「歩くん」と呼び、数秒黙るのを繰り返していた。


「ほら、練習しとこ? 面と向かって言えるようにさ」

「長風呂にならないようにしないとですね」


前回私が逆上せたのを言ってるのかな…? いい度胸じゃないか、奏ちゃん。喧嘩は買うよ?


私が髪を洗い終わった頃には、奏ちゃんは歩のことをくん付けで呼べるようになったらしく、さっきとは打って変わって随分上機嫌だ。


「そろそろ上がりますね。逆上せないでくださいよ?」

「からかうのはいいけど、相手は選ばないといけないよ奏ちゃん?」

「…は、早く出るようにしてくださいね…?」


奏ちゃんが少しビクッと緊張したのが分かり、言い直したと思えば、ただ言い方が優しくなっただけで、私をからかうのは変わらなかった。

弱みを握られた気分だよ。こっちも頃合いを見て反撃してあげようかな。


奏ちゃんがお風呂場の扉を開けると、中の熱気が奪われていくのが分かる。ちょっと寒くなっちゃうな。

いつ頃に出ていってあげようかな?

熱気と共に出ていった奏ちゃんが作り出す人影をお風呂場から眺めながら、私は独り言を呟いてみる。


「早くくっつけばいいのに」


ボソッと呟いた一言は、きっと歩はおろか、奏ちゃんにも聞こえなかっただろう。でも、それでいい。二人には二人のやり方があると信じてるから。

歩と奏ちゃん、私からすればお似合いな二人だと思うし、きっと私がいなくとも大丈夫だと信じてる。

だから、私は見守ることしかできない。


「あと5分くらいは入っておこうかな」





 秋山さんか姉さんのどちらかがお風呂から上がったようで、お風呂場からはドライヤーの音が聞こえてくる。

自分でドライヤーを使うなら、間違いなく秋山さんだ。

姉さんもそろそろ自分で髪を乾かせばいいのに、どうして毎回僕にさせるんだろう?


 ともかく、秋山さんが姉さんと一緒にお風呂に行く前のことは謝らないと。

でも、どれだけ考えても、いきなり「ばか」とだけ言われた理由が思い当たらない。

謝るつもりではいるけれど、何を謝ればいいのか分からないのが現状だ。

ドライヤーの音が止まり、廊下に銀白色の髪をまっすぐに下ろした女の子が現れる。


「おまたせしました…あ、歩くん?」

「待たされてはないと思うけど…。寝る時間もまだ先だし」

「…そ、そうですよね!」


秋山さんの何か様子がおかしい気がする。

なんだか…何かを決意しているような…?

ソファーに座る僕に近づいてくると、目を逸らしながら言う。


「隣、失礼してもいいですか?」

「あ、どうぞ…?」


すっと隣に座り、秋山さんが座りやすいように距離を離すと、秋山さんはその開けた距離を詰めてくる。


(こ、これ…やっぱりまだ怒ってる!?)

(落ち着いて…言うだけ…)


秋山さんの手がゆっくりと動き、僕の膝の上に乗せた手に触れ、次第に重なっていく。


「歩く…」

「ごめん!」

「…え?」

「お風呂に入る前、機嫌悪くしちゃって…何か悪いことしたのかと思ったけど、何か分からなくて」

「…ふふっ」


秋山さんが笑ったと思ったその時、頬に温かくて柔らかい触感が触れた。

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